眼科的要因
眼内レンズ脱臼
1. 眼内レンズ脱臼とは
Section titled “1. 眼内レンズ脱臼とは”眼内レンズ(intraocular lens; IOL)脱臼は、白内障手術で挿入されたIOLが眼内の正常な固定位置からずれた状態の総称である。晩期in-the-bag IOL脱臼の累積発生率は0.5〜3%程度とされ、白内障手術から6〜12年後に多い11)。
IOLの偏位は以下の3つに分類される。
- 偏心・傾斜:IOLの非対称挿入など固定不備により光学部が視軸中心からずれた状態。落下に進展することはない。
- 脱臼(亜脱臼):IOLがチン氏帯(Zinn小帯)や水晶体囊の一部につながったまま偏位した状態。IOLの動揺があり、落下の危険がある。
- 落下:IOLがチン氏帯や囊から完全に離れ、網膜上に落下した状態。
脱臼はさらに囊内脱臼(IOLが水晶体囊に包まれたまま脱臼)と囊外脱臼(IOLが囊から出て脱臼)に分けられる。囊内脱臼はチン氏帯断裂が進行してIOLが後方へ沈んでいく過程で生じ、落屑症候群によるチン氏帯劣化が原因の約4割を占める。
発症時期による分類では、IOL挿入から3か月以内を早期脱臼、3か月以降を晩期脱臼とする。早期脱臼は術中のIOL固定不良や水晶体囊・チン氏帯の破裂が原因となる。晩期脱臼は進行性のチン氏帯不全と前囊の収縮が主因である。
昭和大学藤が丘病院の統計では、水晶体脱臼の発生率は1,639眼中16眼(約1.0%)であり、関連因子はレーザー虹彩切開術後50.0%、眼打撲既往25.0%、落屑症候群(XFS)18.8%、Marfan症候群12.5%であった。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”
- 視力低下:IOLの偏位・傾斜による屈折異常や、光学部が瞳孔領から外れることで生じる。
- 単眼複視:IOLのエッジが瞳孔領に露出することで発生する。
- グレア・ハロー:IOLエッジによる不快光視現象。
- 動揺視:IOLの揺れにより、体位変換で見え方が変化する。
- 眼痛・頭痛:間欠的な隅角閉塞や炎症に伴って生じる。
軽度では瞳孔領内にIOLの偏位が観察される。重度になると瞳孔領から外れた領域にIOLが観察される。体位変換によって位置が変化することも少なくない。
無散瞳下で眼球運動や瞬目をさせるとIOLの動揺が観察でき、軽度脱臼の診断に有用である。下方のチン氏帯が断裂していても上方が付着している場合、座位の細隙灯顕微鏡検査ではIOLが正常位置に見えることがある。仰臥位になるとIOLが後方に傾斜・沈下するため、術前には手術顕微鏡下で仰臥位の状態を確認する。
硝子体の液化が著しい例や無硝子体眼ではIOLが硝子体腔に落下し、無水晶体眼と同様の所見(強い遠視化)を呈する。
前房内にIOLが脱臼した場合、以下の重篤な合併症を伴いうる。
Simら(2022)は網膜色素変性症の64歳女性で両眼に順次発症した前方IOL脱臼を報告した6)。右眼では角膜内皮障害による水疱性角膜症、左眼では瞳孔ブロック緑内障(眼圧50 mmHg)を合併し、いずれもIOL摘出を要した。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”IOL脱臼は水晶体囊とチン氏帯の支持機能の破綻によって生じる。リスク要因は多岐にわたる。
全身的・外的要因
外傷:鈍的外傷による眼球変形でチン氏帯が断裂する。原因が明らかな水晶体脱臼では最多。
Marfan症候群:FBN1遺伝子変異による結合組織疾患。約60%の症例で水晶体偏位を生じ、上方偏位が多い。
アトピー性皮膚炎:繰り返す眼叩打によりチン氏帯が損傷される。
ホモシスチン尿症:先天性アミノ酸代謝異常。両眼性の水晶体偏位(下方偏位が多い)を生じる。
Zinn小帯脆弱は、落屑症候群、硝子体手術既往、強度近視などで問題となり、白内障手術中の合併症や晩期IOL脱臼リスクを高める7, 8, 9)。
晩期脱臼の主要な機序は**前囊収縮(カプセルフィモーシス)**である。連続曲線状前囊切開(CCC)後に前囊切開縁の水晶体上皮細胞が増殖し筋線維芽細胞に化生する。この収縮力がチン氏帯の遠心性の力に打ち勝つと囊切開部の収縮が進行する。前囊収縮症候群の頻度や程度はIOLの種類や眼背景によって異なる10)。前囊収縮のリスク因子には小径CCC、Zinn小帯脆弱、落屑症候群、網膜色素変性症、慢性眼内炎症、強度近視が挙げられる。後発白内障に対するNd:YAGレーザー後囊切開術の衝撃が亜脱臼の引き金となることもある。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”IOL脱臼の診断は散瞳下の細隙灯顕微鏡検査が基本である。以下の4項目を確認する。
脱臼・落下の鑑別と手術計画のため、手術顕微鏡下で仰臥位にて評価することが必須である。座位の細隙灯では瞳孔領にあったIOLが、仰臥位では後方に傾斜・沈下していることが多い。
| 検査法 | 主な用途 |
|---|---|
| 細隙灯顕微鏡 | IOL位置・動揺の評価 |
| Bモード超音波 | 硝子体腔内IOLの検出 |
| 前眼部OCT・超音波生体顕微鏡 | 虹彩後方のIOL評価 |
細隙灯顕微鏡でIOLが確認できても、硝子体の液化が著しい症例では手術顕微鏡下でIOLが直視できなくなる可能性がある。眼底検査は必須であり、IOLが硝子体腔に落下すると強い遠視化を示す。
多焦点IOLやトーリックIOLでは、ごく軽度の偏位でも光学性能が著しく低下するため、早期の手術介入を検討する。
術前診断として、囊内脱臼か囊外脱臼か、IOLをどのように虹彩上に持ち上げるか、硝子体切除の範囲、摘出から固定に必要な器具の判断が求められる。
- 水晶体亜脱臼(未手術眼):先天性・外傷性の水晶体偏位。Marfan症候群やホモシスチン尿症では双方に生じうる。白内障手術歴の有無が鑑別の第一歩。
- 後発白内障による視力低下:IOL自体の位置は正常であることが多い。Nd:YAGレーザー後囊切開術で改善する。
- 硝子体混濁による視機能低下:前眼部・IOLの位置に異常がなく、眼底検査・Bモード超音波で硝子体混濁を確認する。
Manoら(2021)は落屑症候群末期のIOL脱臼・眼圧上昇例で、swept-source OCTによるIOL傾斜角の経時的測定を行い、術後1・4・6か月でそれぞれ6.6°・7.9°・8.7°であったと報告した4)。
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”IOLの亜脱臼が軽度で視力への影響が少なく、周囲組織への障害がない場合は経過観察が選択肢となる。偽水晶体眼震盪(pseudophacodonesis)があり下方脱臼がない例は、無症状で経過することが多い。屈折矯正により視力を補正し、厳重なモニタリングを行う。
偏位の程度によっては整復のみで対応可能な場合がある。瞳孔捕獲・囊捕獲・ループの前房内脱臼・術後早期の非対称固定などは、サイドポートからフックやスパーテルで位置を整復できる。
IOL摘出と再固定
Section titled “IOL摘出と再固定”IOLが脱臼・落下した場合の標準的な治療は、脱臼IOLを摘出した後に新しいIOLを縫着または強膜内固定する方法である。
脱臼IOLの摘出
Section titled “脱臼IOLの摘出”- 瞳孔上への誘導:(1) 輪部サイドポートからフックで拾い上げる、(2) 毛様体扁平部からピックで押し上げる
- 落下IOL:硝子体全切除後に硝子体手術用鑷子で拾い上げる。液体パーフルオロカーボン(LPFC)で虹彩面まで浮上させる方法もある
- PMMA IOL:光学部に合わせた6.5 mm前後の切開創から摘出する
- フォルダブルIOL:眼内で半切または折り曲げ、3〜3.5 mmの小切開創から摘出する
角膜内皮保護のため、IOL移動・摘出時には眼粘弾剤(OVD)を使用する。
IOL固定術
Section titled “IOL固定術”2018年のnetwork meta-analysisでは虹彩固定・経強膜固定・強膜内固定の3法はいずれも同等の有効性を示すことが確認されている(AAO PPP)。7)毛様溝固定IOLの度数は囊内固定の計算値より0.5〜1.0 D減じることが推奨されている。7)なお、単焦点アクリルワンピースIOLの毛様溝固定は虹彩擦過・色素分散・IOL偏位のリスクがあるため禁忌とされている。7)
強膜内固定(山根法)
経強膜縫着固定
前房レンズ・虹彩固定
ACIOL:柔軟なオープンループ型。前房深度と隅角の評価が必須。50歳未満では回避を推奨する報告がある。
虹彩縫着固定:虹彩クリップレンズまたはMcCannel縫着術。角膜内皮障害のリスクに注意。
ポリビニリデンフルオライド(PVDF)などの折れにくい素材のマルチピースIOLであれば、脱臼IOLをそのまま硝子体腔内で強膜に再固定することも可能である。IOLの再脱臼が繰り返される症例や虹彩・強膜の状態が不良な症例では、最終的にACIOLへの交換が選択されることもある2)。
Manoら(2021)は落屑症候群末期の88歳女性(眼圧47 mmHg)に対し、山根法(flanged intrascleral fixation)と線維柱帯切除術を同時施行した4)。IOL摘出は下耳側のL字型切開(8時方向)から行い、上方結膜を温存して線維柱帯切除術に供した。術後6か月で矯正視力0.2→0.4、眼圧8 mmHgと良好な経過であった。
軽度の亜脱臼で視力に大きな影響がなく、周囲組織への障害がなければ経過観察が可能である。屈折矯正で視力を補正し、定期的にモニタリングする。ただし進行する可能性があるため、症状の変化があれば速やかに眼科を受診すべきである。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”IOL脱臼の発症機序はチン氏帯(Zinn小帯)の脆弱化・断裂を基盤とする。チン氏帯は水晶体囊を毛様体に懸架する線維であり、その断裂範囲に応じて臨床像が異なる。
落屑症候群におけるチン氏帯不全
Section titled “落屑症候群におけるチン氏帯不全”落屑症候群では虹彩、水晶体表面、隅角、毛様体表面に落屑物質が沈着する。この物質はチン氏帯に直接蓄積し、加齢とともに線維の脆弱化が進行する。散瞳不良を伴うことが多く、白内障手術の難易度が上昇する。
前囊収縮による晩期脱臼
Section titled “前囊収縮による晩期脱臼”連続曲線状前囊切開(CCC)後、前囊切開縁の水晶体上皮細胞が増殖し筋線維芽細胞に化生する。この細胞が生む求心性の収縮力がチン氏帯の遠心性の力を上回ると、カプセルフィモーシス(囊切開部の収縮)が生じる。後発白内障による上皮細胞増殖はIOLと水晶体囊の重量を増加させ、チン氏帯へのストレスをさらに増大させる。8)9)
網膜色素変性症におけるチン氏帯脆弱
Section titled “網膜色素変性症におけるチン氏帯脆弱”網膜色素変性症の患者ではIOL脱臼の有病率が9〜10%と報告されている6)。変性した網膜からの毒性物質によるチン氏帯の直接障害が推定されている。血液眼関門の破綻により房水中のサイトカインが増加し、水晶体上皮細胞の増殖を促進して前囊収縮を加速させる機序も提唱されている6)。
Marfan症候群
Section titled “Marfan症候群”FBN1遺伝子変異による常染色体優性遺伝性の結合組織疾患である。骨格系(高身長・クモ状指趾・側弯)、心血管系(大動脈瘤・解離)に加え、眼科的には約60%の症例で水晶体偏位を生じる。上方・上耳側への偏位が多い。球状水晶体、強度近視、網膜剥離、緑内障のリスクも高い。
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”光調節型レンズ(LAL)の強膜固定への応用
Section titled “光調節型レンズ(LAL)の強膜固定への応用”強膜固定IOLでは屈折予測性が低下し、in-the-bag固定の72%に対し約50%の患者しか±0.5 D以内に収まらない。光調節型レンズ(Light Adjustable Lens; LAL)は紫外線照射により術後に度数を調整できるIOLである。
Maら(2023)は両側水晶体亜脱臼の53歳女性に対し、LALのトロカーベースISHF(強膜内ハプティック固定)を施行した1)。術後にmicro-monovisionを目標として度数調整を行い、両眼とも裸眼視力20/20を達成した。LALの強膜固定への応用はISHFの最大の弱点である屈折予測誤差を克服しうるアプローチである。
トロカーベース変法による手技の簡便化
Section titled “トロカーベース変法による手技の簡便化”Beverら(2021)はIOLを意図的に網膜上に落下させ、27ゲージ鑷子で直接ハプティック先端を把持して強膜外へ引き出す変法を報告した3)。虹彩面での操作が不要であり、硝子体網膜手術に習熟した術者にとって安全で効率的な手技である。4眼の症例で全例レンズの安定性と良好な中心固定が得られた。
Cable tie法による多焦点IOLの再固定
Section titled “Cable tie法による多焦点IOLの再固定”Eomら(2022)は6-0ポリプロピレンを用いたcable tie法により、C-loopおよびdouble C-loopハプティックの亜脱臼多焦点IOLの4点フランジ強膜内固定を報告した5)。結紮糸をケーブルタイ状にループ形成することで、光学部-ハプティック接合部に確実に固定される。2症例とも良好なIOL中心固定と遠方・近方視力が得られた。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Chu Jian Ma, Craig C. Schallhorn, Jay M. Stewart, Julie M. Schallhorn. Modified intrascleral haptic fixation of the light adjustable lens in a case of spontaneous adult-onset bilateral lens subluxation. American Journal of Ophthalmology Case Reports. 2023;31:101864. doi:10.1016/j.ajoc.2023.101864.
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- Bever GJ, Liu Y, Stewart JM. Modified technique for trocar-based sutureless scleral fixation of intraocular lenses: A new approach to haptic externalization. American journal of ophthalmology case reports. 2021;23:101145. doi:10.1016/j.ajoc.2021.101145. PMID:34195478; PMCID:PMC8233194.
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