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白内障・前眼部

チン氏帯脆弱(Zonulopathy):評価と外科的管理

1. チン氏帯脆弱(Zonulopathy)とは

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チン氏帯脆弱(Zonulopathy、チン氏帯離開・断裂とも)は、水晶体嚢を支えるチン氏帯(zonular fibers、Zinn小帯)の支持機能が不足している状態を指す。水晶体の位置異常(亜脱臼・脱臼)を伴う場合と伴わない場合がある。

Zinn小帯には2つの主要な機能がある。①水晶体嚢赤道部を360度方向に牽引して視軸の中心に水晶体を固定する位置固定機能、②均等に牽引することで水晶体嚢の形状を維持する形状維持機能である。Zinn小帯断裂ではその程度や範囲によって、位置固定機能・形状維持機能のいずれか、あるいは両方が失われる。断裂範囲が拡大するにつれて部分断裂→亜脱臼→完全脱臼→核落下へと進展する。

白内障手術の際に術前から認識できれば対策を講じられるが、多くの場合は術中に初めて判明する。術中に悪化させると核落下硝子体脱出など重大な合併症に至り得る。

一般的なZinn小帯断裂の発生率は低リスク症例で約1.1%、偽落屑症候群を伴う症例では約6.7%に上昇する1)。402眼を対象にしたZinn小帯脆弱の客観分類研究では、脆弱度が高いほどPEA中の嚢安定化デバイス使用とIOL強膜縫着が増加した5)。CEを用いた小規模シリーズでは、弱いZinn小帯をもつ眼で嚢支持を補助しPEAを行えたと報告されている6,7)IOL-嚢複合体の晩期脱臼は術後平均8.5年で発生し、偽落屑症候群が最多原因とされる3)

Q チン氏帯脆弱があっても手術は受けられるか?
A

適切な術前評価と準備を行い、経験豊富な術者が嚢拡張リングCTR)やカプセルエキスパンダーなどの補助器具を用いることで、多くのチン氏帯脆弱症例で超音波乳化吸引術(PEA)が安全に行える。ただし脆弱の程度が重度の場合は、水晶体嚢外摘出術(囊外摘出術)や囊内摘出術(ICCE)、IOL強膜固定術が必要となる場合がある。

多くの患者は無症状で、白内障手術の術前評価で初めて指摘されることが多い。顕著な亜脱臼や脱臼がある場合は以下の症状が生じる。

  • 霧視視力変動散瞳・縮瞳や眼内での水晶体位置移動に伴い変動する
  • 単眼複視水晶体が偏位した際の屈折変化による
  • 視覚の歪み(distortion)水晶体縁が視軸にかかる場合

細隙灯顕微鏡検査での評価が基本となる。

  • 水晶体振盪(phacodonesis):眼球運動時の水晶体の揺れ。Zinn小帯脆弱の代表的所見
  • 虹彩振盪(iridodonesis)水晶体の揺れに伴う虹彩の振盪
  • 前嚢の皺襞:前嚢穿刺時に赤道部に向かう皺が現れる
  • 前房深度の左右差・浅前房:術前前房深度<2.5mmはリスク指標となり、合併症リスクをほぼ5倍に高める
  • 水晶体偏位・赤道部の露出瞳孔縁に水晶体赤道部が見える
  • 偽落屑物質の付着:前嚢縁・瞳孔縁への白色線維状物質の沈着(偽落屑症候群
  • 前房内への硝子体脱出:重度例で認める

全身性強皮症(systemic sclerosis)患者では、既知のリスク因子がない場合にも術中にZinn小帯離開を来すことがある。55歳男性の強皮症患者で、両眼独立した白内障手術でそれぞれ術中Zinn小帯離開と虹彩脱出が生じた症例が報告されている。術前評価での偽落屑物質はなく、左眼の術前前房深度は2.59mmとやや浅く、後にZinn小帯不安定性を示唆するものと考えられた1)

球状水晶体症(spherophakia)では、Zinn小帯の弛緩が高度なためIOL-嚢複合体が重力方向(下方)に亜脱臼し、術後に局所的な虹彩前癒着(PAS)・虹彩膨隆(iris bombe)を生じることがある2)

チン氏帯脆弱の原因は多岐にわたる。

眼科的原因

偽落屑症候群:最頻の原因。フィブリリン・エラスチン線維が異常蓄積しZinn小帯を弱化させる。手術合併症率21.5%、Zinn小帯離開6.7%と高い1)

外傷:鈍的眼外傷によるZinn小帯への剪断力

医原性白内障手術・硝子体手術・繰り返す硝子体内注射

超硬色白内障緑内障ぶどう膜炎

チン氏帯脆弱を生じやすい病歴と所見:

病歴所見
外傷・眼手術歴水晶体振盪
緑内障発作眼偽落屑症候群
硝子体手術・LI後前房深度左右差
ぶどう膜炎・先天性疾患隅角
網膜色素変性・アトピー性皮膚炎・加齢

チン氏帯脆弱は臨床診断であり、患者の病歴と詳細な術前検査によって評価する。

  • 病歴聴取:外傷歴・全身疾患(マルファン症候群等)・家族歴・眼手術歴を確認
  • 細隙灯顕微鏡検査水晶体の中心性・偏位、虹彩透照欠損、偽落屑物質、水晶体振盪に注意する
  • 体位変換検査:坐位と仰臥位、散瞳前後で水晶体位置の変化を確認する
  • 眼球運動時の水晶体振盪確認:外傷歴・手術歴がある場合は特に重要
  • 前眼部OCT前房深度の精密計測(<2.5mmで合併症リスク上昇)
  • チン氏帯離開の範囲評価:関与している時計方向の範囲を特定することが外科的アプローチの決定に重要

CCC開始時の水晶体の揺れの程度でZinn小帯脆弱度を評価する(谷口らのZW分類):

  • 0度水晶体の揺れなし・前嚢皺襞なし(ほぼ健常)
  • 1度:わずかに揺れる・皺襞あり
  • 2度:揺れあり、BSSまたはOVDのもとで前嚢穿刺と引き裂き可能
  • 3度:揺れが強く、ヒーロンV®のもとで細い針による穿刺を要する
  • 4度水晶体振盪・脱臼を認める

主観的分類のVery Weak群(大きな揺れ)は全体の約9%を占め、囊支持器具の使用割合は96.1%に上る。

Q 術前検査で異常がなければ術中も安全か?
A

必ずしも安全ではない。経験豊富な術者でも術中に初めてZinn小帯脆弱が明らかになることは珍しくない。偽落屑症候群ではCCC時に揺れがなくても術中に突然断裂が生じることがある。すべての前眼部外科医は術中対処法に習熟しておく必要がある。

Zinn小帯断裂例は長期予後を考えると、IOL強膜縫着術で終了することが最も理想的である。現在では小切開で7.0mmのIOLを縫着する手技が確立されているため、その前段階の水晶体全摘出術をいかに小切開(3.0mm弱の強角膜切開と2か所の2.0mm弱の角膜ポート)で済ませるかが課題となる。CTR使用には連続前嚢切開の完成が前提条件となる。

  • 必要となりうるすべての器具(虹彩リトラクター、カプセルエキスパンダー、嚢拡張リング強膜固定用縫合糸等)を手術室に準備する
  • 術前NSAIDs点眼で術中散瞳維持を最適化する
  • 偽落屑症候群では緑内障散瞳不良などの眼科的併存疾患に留意する
  • 点眼麻酔のみは避ける(手術時間が通常より長くなることが多いため)

チン氏帯脆弱例では対抗牽引が減少し、CCCの施行が困難になる。

  • Zinn小帯欠損領域を避け、無傷のZinn小帯がある領域から対抗力が得られるよう剪断力の方向を調整する
  • サイドポートから第2の器具を挿入し中央の水晶体嚢に固定点を作る
  • リトル式嚢切開レスキュー手技(Little capsulorhexis tear-out rescue maneuver、2006年):外向きに流れる嚢切開の進展を防ぐ強力なツール。粘弾性物質を十分に用いて穏やかに対抗させる

ハイドロダイセクションと核回転

Section titled “ハイドロダイセクションと核回転”
  • コルティカルクリービング法(Howard Fine, 1992年)による優れた皮質剥離ハイドロダイセクションで嚢内での水晶体可動性を高める
  • Zinn小帯支持が損なわれていると核回転が困難な場合がある→両手を用いた核回転手技を採用することがある
  • 顕著なZinn小帯弛緩があれば核分割・除去を試みる前に囊支持フックを設置する

核の操作と回転を最小限に抑える代替手技が適切な場合がある。

  • クロスチョップ法(cross chop、Dooho Brian Kim報告):水平チョップ後、超音波ハンドピースを跨ぐように「X」の形を作り2回目のチョップ。水晶体を回転させずに分割できる
  • ダブルチョップ法:Zinn小帯へのストレスを最小限にする手技
  • 放射状の線維に垂直な力を加える接線方向の剥離(tangential stripping)手技で、Zinn小帯への負担を最小限にする
  • ハリケーン式皮質吸引法(Nakanoら、2014年):接線方向の皮質剥離によって生じる力の軽減を献体眼ビデオ解析で実証
  • 90歳以上などの重度広範Zinn小帯弛緩例:「中央皮質クリーンアップ」(Mansourら、2016年)—周辺部への過度なストレスを避けつつ中央の透明視軸を残す新手技

嚢保持フック(カプセルリトラクター)

Section titled “嚢保持フック(カプセルリトラクター)”

ナイロン製の虹彩フックを改良したもの。ループ状の支持端が嚢にかかる力を広い範囲に分散し、前嚢破損リスクを軽減する。角膜縁切開または角膜縁後方から虹彩と平行な向きで挿入。挿入・除去が容易。外傷などによる部分的Zinn小帯断裂では断裂部位に2本程度かけることで水晶体嚢を安定化できる。

PMMAの開放型リングで、直径約12〜14.5mm(嚢内で約2mm圧縮)。約150度までのZinn小帯断裂に有効。保険収載あり。

適応:①約1/3周以下のZinn小帯断裂、②軽度〜中等度の脆弱(水晶体嚢拡張リング使用ガイドライン 2014年3月版)4)

禁忌:前嚢破損、不連続な嚢切開、後嚢破損強膜固定計画なしの重度Zinn小帯脆弱

挿入タイミングCTRは術中の任意の時期に挿入可能とされるが、早期挿入は早く嚢を安定化できる一方で皮質除去を難しくし、遅めの挿入はZinn小帯への追加ストレスを抑えやすい。症例ごとにリスクと利益を判断する8,9)

CTRを留置しても晩期IOL-嚢複合体脱臼を防ぐエビデンスはないことに留意する3)。ただし早期支持が必要な場合は嚢拡張セグメント(CTS)が代替選択肢となる

改良型CTR

  • ヘンダーソンCTR:8つのスカラップ状凹みで、残存水晶体破片の除去を容易にする
  • キオンニCTR(Cionni Ring):広範なZinn小帯欠損で強膜固定が必要な場合に使用。固定用アイレット付き角度フックを通じて強膜に直接縫着する(RobertJ. Cionni、Robert Osher開発)

Ike Ahmed(2002年)が導入。PMMAでZinn小帯損傷部の120度をカバーし、前方固定用アイレットを強膜に縫合。水晶体除去前に挿入可能な点が最大の利点。

全長12mm、先端2mm幅のT字型パッド付きフック、5-0ポリプロピレン糸本体とシリコーン固定部から構成される。弱いZinn小帯をもつ眼で嚢縁と赤道部を支持する器具として報告されており、修正CEを用いた嚢-IOL複合体の強膜固定報告もある6,7)

術式変更を検討する状況水晶体嚢を安定保持できない場合、前後嚢破損、不整CCC、高度亜脱臼・脱臼、核落下などでは、ICCE硝子体手術IOL強膜固定などへの切り替えを検討する5,7)

ホフマンポケット(強膜固定法の改良)

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角膜縁から後方に180度離れた2箇所に強膜ポケットを作成し(Brian Hoffman、2006年)、縫合糸をポケット内で結ぶ。結膜切開不要、術後の快適性向上、縫合糸露出リスクの低減が利点。

Zinn小帯脆弱の程度と手術アプローチに応じてIOL固定法を選択する。

  • 嚢支持器具を用いた嚢内IOL(軽度〜中等度脆弱)
  • 毛様溝IOL(光学部キャプチャーあり/なし)
  • 前房IOL虹彩固定IOL
  • 強膜縫着IOL・グルードIOL強膜内固定IOLYamane法等)
Q 球状水晶体症では手術後も注意が必要か?
A

球状水晶体症ではZinn小帯の弛緩が高度で、IOL-嚢複合体が術後も重力方向(下方)に亜脱臼し続けることがある。局所的な虹彩膨隆・前房浅掘化・隅角癒着を生じる例があり、術中に追加虹彩切開を行うことで防ぐことができる2)。術後の経過観察と眼圧管理が重要である。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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Zinn小帯(チン氏帯)の構成と機能:

  • 約140本の線維束がZinn小帯装置を構成し、主成分はフィブリリン(FBN1遺伝子産物)
  • 毛様体無色素上皮の基底板から起始し、水晶体嚢赤道部に停止
  • 赤道部前方1.5mm・後方1.25mmの幅広い範囲に付着
  • 線維径5〜30μm。水晶体懸垂と調節運動の伝達を担う

主要な病態別機序:

  • 偽落屑症候群:細胞外マトリックスの異常回転による異常フィブリリン・エラスチン線維・ラミニン・グリコサミノグリカンの蓄積がZinn小帯と毛様体に沈着し弱化させる
  • マルファン症候群:FBN1遺伝子変異によりフィブリリン1タンパク質に異常が生じ、Zinn小帯に強度と弾力性を与えるフィブリリンが機能しなくなる
  • ホモシスチン尿症:ホモシステイン代謝酵素の欠損による異常糖タンパク蓄積がZinn小帯を弱化させる
  • 全身性強皮症:線維芽細胞の過活性化によるコラーゲン・細胞外マトリックスの過剰産生が結合組織に沈着する。Zinn小帯の毛様体への付着点が弱化する機序が推察されている1)

術中に生じる医原性損傷の機序:

  • 核の強制回転・超音波チップの前嚢縁接触・I/A操作時の求心力がZinn小帯の残存線維に断裂を起こす
  • Zinn小帯脆弱例の超音波乳化吸引術ではWieger靭帯が外れて灌流液がBerger腔に回り、浅前房(infusion misdirection syndrome)を生じることがある

7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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フェムトセカンドレーザー補助白内障手術によるZinn小帯脆弱症例への応用

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フェムトセカンドレーザー補助白内障手術(FLACS)で嚢切開と核軟化を行うことで、90%以上の成功率で水晶体嚢を保持し嚢内IOL移植を行えた報告がある。標準的な術中手技ではリスクが高いZinn小帯脆弱症例でのフェムトセカンドレーザー補助白内障手術の役割が今後研究される。

90歳以上のきわめて高齢の重度Zinn小帯弛緩症例を対象とした手技として、両手手技で中央皮質線維を持ち上げ周辺部に向かって吸引する方法が導入されている。周辺部への過度なZinn小帯ストレスを回避しつつ透明な視軸を確保するアプローチとして注目される。


  1. Fowler TE, Bloomquist RF, Brinsko KJ, et al. Bilateral zonular dehiscence during cataract surgery in a patient with systemic sclerosis. Am J Ophthalmol Case Rep. 2023;30:101817. doi:10.1016/j.ajoc.2023.101817.
  2. Gupta S, Mahalingam K, Ramesh P, Gupta V. Need of additional iridotomies despite lens extraction in spherophakes. BMJ case reports. 2021;14(4). doi:10.1136/bcr-2021-242838. PMID:33875515; PMCID:PMC8057550.
  3. American Academy of Ophthalmology Cataract and Anterior Segment PPP Panel. Cataract in the Adult Eye Preferred Practice Pattern. American Academy of Ophthalmology. 2021.
  4. 日本眼科学会 水晶体嚢拡張リングに関する委員会. 水晶体嚢拡張リング使用ガイドライン(2014年3月版). 日眼会誌. 2014;118(5):461. https://www.nichigan.or.jp/Portals/0/resources/member/guideline/ctr.pdf
  5. Yaguchi S, Yaguchi S, Yagi-Yaguchi Y, Kozawa T, Bissen-Miyajima H. Objective classification of zonular weakness based on lens movement at the start of capsulorhexis. PLoS One. 2017;12(4):e0176169. doi:10.1371/journal.pone.0176169. PMID:28426745; PMCID:PMC5398681.
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