眼科所見
ワイル・マルケサニ症候群
1. ワイル・マルケサニ症候群とは
Section titled “1. ワイル・マルケサニ症候群とは”ワイル・マルケサニ症候群(Weill-Marchesani Syndrome; WMS)は、遺伝性の結合組織疾患である。Spherophakia-Brachymorphia syndromeまたはMesodermal dysmorphodystrophyとも呼ばれる。別称としてMarchesani症候群、Inverted Marfan syndromeがある。80年以上前にWeillおよびMarchesaniにより報告された。2)
有病率は10万人に1例と推定される。1) 遺伝形式は常染色体劣性(AR)と常染色体優性(AD)のいずれもあり、常染色体劣性 45%・常染色体優性 39%・孤発 16%とされる。1)
原因遺伝子によって4つのサブタイプに分類される。
- WMS1:ADAMTS10(常染色体劣性)2)
- WMS2:FBN1(常染色体優性)
- WMS3:LTBP2(常染色体劣性)1)
- WMS4:ADAMTS17(常染色体劣性)
マルファン症候群とは対照的な体型を呈することが特徴で、「Inverted Marfan syndrome」とも称される。マルファン症候群が高身長・クモ状指・水晶体上方偏位を示すのに対し、ワイル・マルケサニ症候群は低身長・短指症・水晶体下方偏位を示す。
有病率は10万人に1例と推定される希少疾患である。1) 遺伝形式は常染色体劣性 45%・常染色体優性 39%・孤発 16%で、原因遺伝子はADAMTS10・FBN1・LTBP2・ADAMTS17の4種類が知られている。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”
眼所見と全身所見を以下に整理する。各所見の頻度はFaivre(2003)の128例統計による。2)
全身所見
低身長:98%に認める。身長103 cm(Zスコア -5.4)の報告例がある。2)
短指症・弯指症:98%に認める。2)
関節硬直:62%に認める。2)
皮膚肥厚・偽性筋肉質体型:特徴的な体型を呈する。
顔貌異常:狭い眼瞼裂、長い睫毛、広い鼻根、薄い上唇。2)
心血管欠損:24%に認める。動脈管開存症などを含む。2)
知的障害:13%に認める。2)
聴覚障害も報告される。
以下に主要所見の頻度をまとめる。
| 所見 | 頻度(%) |
|---|---|
| 低身長 | 98 |
| 短指症 | 98 |
| 近視 | 94 |
| 小球状水晶体 | 84 |
| 続発緑内障 | 80 |
| 水晶体偏位 | 73 |
| 関節硬直 | 62 |
| 心血管欠損 | 24 |
| 白内障 | 23 |
| 知的障害 | 13 |
小球状水晶体が前方に移動すると瞳孔ブロックが生じ、閉塞隅角緑内障を発症する。2) ワイル・マルケサニ症候群患者の80%に緑内障を来すとされる。縮瞳薬はこの機序を悪化させるため禁忌となる(詳細は「標準的な治療法」の項参照)。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”ワイル・マルケサニ症候群の原因は、細胞外マトリックス(ECM)構成成分をコードする遺伝子の変異である。
- FBN1(フィブリリン-1):常染色体優性遺伝。マイクロフィブリルの主要成分をコードし、Zinn小帯の構造に関与する。
- ADAMTS10・ADAMTS17:常染色体劣性遺伝。フィブリリン-1との密接な関連が知られ、欠損するとワイル・マルケサニ症候群様症状を来す。
- LTBP2(Latent TGF-β Binding Protein 2):常染色体劣性遺伝。細胞外マトリックス産生に関与し、弾性組織・毛様体小帯に存在する。1)
具体的な変異例として、LTBP2遺伝子のc.3672delCおよびc.3542delTの複合ヘテロ接合変異(GnomAD東アジアデータベース未登録)が報告されている。1) また、ADAMTS10 c.2050C>T p(Arg684*)のホモ接合変異も報告されている。2)
近親婚がリスク因子となり、サウジアラビアの報告では患者の57%に近親婚歴があった。2)
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”ワイル・マルケサニ症候群の診断は眼科所見と全身所見の組み合わせにより臨床的に行う。確定には遺伝子検査が有用である。
臨床診断に用いる検査
Section titled “臨床診断に用いる検査”- 細隙灯顕微鏡:浅前房、小球状水晶体、水晶体振盪(iridodonesis)、虹彩振盪を確認する。
- 前眼部 OCT・超音波生体顕微鏡(UBM):水晶体の形状・位置・隅角の評価に用いる。
- IOLMaster・超音波 A 法:水晶体厚の計測(例: LT 5.36 mm)に有用。1)
- 眼圧測定:OD 26.5 mmHg・OS 30.6 mmHgの例あり。1)
エクソーム解析・次世代シーケンシング(NGS)にて候補変異を同定し、サンガー法で確認する。1)
代表的な鑑別疾患を以下に示す。
| 疾患 | 体型 | 水晶体偏位方向 |
|---|---|---|
| ワイル・マルケサニ症候群 | 低身長・短指 | 下方 |
| マルファン症候群 | 高身長・クモ状指 | 外上方 |
| ホモシスチン尿症 | 高身長 | 内下方 |
| Ehlers-Danlos症候群 | 関節過可動性・皮膚過伸展 | 不定 |
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”治療の基本方針は、病態の進行度に応じた段階的な介入である。軽度の場合は経過観察、緑内障や水晶体合併症が進行した場合は手術を検討する。水晶体が硝子体内に落下する前に手術を行うことが推奨される。
緑内障の薬物治療
Section titled “緑内障の薬物治療”急性閉塞隅角発作には以下を組み合わせる。
- 調節麻痺薬(シクロペントレートなど):毛様筋を弛緩させZinn小帯を緊張させ、水晶体後退を促す。
- β遮断薬・炭酸脱水酵素阻害薬(CAI)・高浸透圧薬:眼圧降下に用いる。
慢性管理の点眼薬として、カルテオロール塩酸塩、1) ブリモニジン・チモロール・ドルゾラミドなどが使用される。2)
- 水晶体摘出術+前部硝子体切除術+強膜固定眼内レンズ(IOL)挿入:術後眼圧が右 13 mmHg・左 12 mmHgに改善した報告がある。2)
- 囊内水晶体摘出術:小球状水晶体に対して行われる。
- 周辺虹彩切除術・レーザー周辺虹彩切開術(LPI):瞳孔ブロック解除のために用いる。2)
- 線維柱帯切除術:緑内障コントロール不良例に行われ、半数の症例で手術が必要になるとの報告がある。2)
屈折矯正・弱視管理
Section titled “屈折矯正・弱視管理”小児例では弱視予防のため早期から屈折矯正(眼鏡)を行い、適切な時期に手術へ移行する。
- 理学療法:関節硬直・短指症への対応。
- 心臓フォローアップ:心血管欠損(24%)のスクリーニングと管理。
- 成長ホルモン(GH)療法:エビデンスは確立しておらず試験的段階である。GHピーク 7.89 ng/mLの症例で試験的に開始された報告がある。2)
縮瞳薬(コリン作動薬)は毛様筋を収縮させ、Zinn小帯を弛緩させる。その結果、小球状水晶体がさらに前方へ移動して瞳孔ブロックが助長され、閉塞隅角緑内障発作を悪化させる危険がある。ワイル・マルケサニ症候群では調節麻痺薬(散瞳薬)を用いて水晶体を後退させることが治療の原則である。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”ワイル・マルケサニ症候群の病態は、細胞外マトリックス構成成分の異常による毛様体小帯・水晶体囊の脆弱化を中心に理解される。
フィブリリン・マイクロフィブリル系の異常
Section titled “フィブリリン・マイクロフィブリル系の異常”FBN1変異はマイクロフィブリルの構造を障害し、Zinn小帯の脆弱化と水晶体可動性亢進を引き起こす。ADAMTS10・ADAMTS17はフィブリリン-1と密接に関連し、これらの欠損でもワイル・マルケサニ症候群様の症状が生じる。
LTBP2 の役割
Section titled “LTBP2 の役割”LTBP2はECMのマイクロフィブリル安定性に関与する。変異によりZinn小帯・水晶体囊が脆弱化し、小球状水晶体と水晶体偏位が生じる。1)
球状水晶体の発生機序
Section titled “球状水晶体の発生機序”正常では胎生5〜6か月頃に水晶体は一時的に球形となる。その後中胚葉の正常発達により楕円形へ変化するが、中胚葉の異常によりこの球形が維持されると小球状水晶体となる。1)
AR型(ADAMTS10/LTBP2)
遺伝形式:常染色体劣性
主な遺伝子:ADAMTS10・LTBP2・ADAMTS17
眼所見の重症度:高い傾向(LTBP2: LT 5.36 mm,眼圧 26〜30 mmHg)1)
全身所見:低身長・短指症が顕著
AD型(FBN1)
また、アクチン分布の異常がワイル・マルケサニ症候群の病態に関与するという仮説も提唱されている。2)
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”新規 LTBP2 変異の報告と出生前診断への展望
Section titled “新規 LTBP2 変異の報告と出生前診断への展望”Linら(2021)は、LTBP2遺伝子の新規複合ヘテロ接合変異(c.3672delC・c.3542delT)を持つ5歳女児を報告した。1) これらの変異はGnomAD東アジアデータベースに未登録の新規変異であった。出生前診断・遺伝カウンセリングへの応用が今後の方向性として示されている。
ADAMTS10 家系における遺伝カウンセリング
Section titled “ADAMTS10 家系における遺伝カウンセリング”Al Motawaら(2021)は、ADAMTS10 c.2050C>T p(Arg684*)ホモ接合変異を持つ家系を報告し、遺伝カウンセリングおよび着床前遺伝子診断の重要性を強調した。2) 患者の両親は近親婚(いとこ婚)であった。
成長ホルモン療法のエビデンス
Section titled “成長ホルモン療法のエビデンス”ワイル・マルケサニ症候群に伴う低身長に対する成長ホルモン療法は、現時点でエビデンスが確立されていない。Al Motawaらが報告した症例では成長ホルモンピーク 7.89 ng/mLと低値ではなかったが、試験的に成長ホルモン療法が開始された。2) 有効性・安全性の確立には今後の検討が必要である。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”-
Lin Z, Zhu M, Deng H. A Pedigree Report of a Rare Case of Weill-Marchesani Syndrome with New Compound Heterozygous LTBP2 Mutations. Risk management and healthcare policy. 2021;14:1785-1789. doi:10.2147/RMHP.S307290. PMID:33958902; PMCID:PMC8096439.
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Al Motawa MNA, Al Shehri MSS, Al Buali MJ, Al Agnam AAM. Weill-Marchesani Syndrome, a Rare Presentation of Severe Short Stature with Review of the Literature. The American journal of case reports. 2021;22:e930824. doi:10.12659/AJCR.930824. PMID:34057920; PMCID:PMC8175056.
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Coviltir V, Burcel MG, Marinescu MC, Urse BM, Danielescu C. Secondary Angle Closure Glaucoma in Weill-Marchesani Syndrome. Diagnostics (Basel). 2024;14(20). PMID: 39451626.