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白内障・前眼部

トーリック眼内レンズ(Toric IOLs)

1. トーリック眼内レンズ(Toric IOLs)とは

Section titled “1. トーリック眼内レンズ(Toric IOLs)とは”

トーリックIOLとは、白内障手術時に角膜乱視を同時矯正するために使用する眼内レンズIOL)である。乱視矯正IOLは、角膜乱視の矯正を目的に従来のIOLに柱面度数を追加した構造を持つ。術者はメーカーのウェブサイト上のカリキュレータを用いて、使用する症例に適切な乱視矯正IOLのモデルと度数、固定する軸、切開位置を算出する。手術終了時に、角膜の強主経線にIOLの弱主経線を合わせるようにする。

白内障手術は単なる水晶体除去にとどまらず、屈折矯正手術としての要素が強まっている。患者が術後に眼鏡不要の生活を求める傾向が高まるなか、乱視矯正の重要性はますます増大している。

最初のトーリックIOLは1992年、日本の清水(Shimizu)によって考案された。PMMA製・ポリプロピレン支持部の3ピース開放型設計であった2)。初期のシリコーンプレート型IOL(Staar Surgical社)は回転安定性の問題から、早期症例の24%で30度以上の回転が報告された2)。2006年にAlconが単ピース開放型疎水性アクリル製トーリックIOL(AcrySof)を発売し、優れた回転安定性と後嚢混濁(PCO)低減効果から広く普及した2)

角膜乱視1.0D以上が白内障外来患者の約30〜40%に存在し、1.5D以上は15〜29%に認められる。未矯正の乱視は術後の裸眼視力低下の主な原因となる。現在は白内障を伴う正乱視が主な適応だが、軽〜中等度の円錐角膜角膜移植後、翼状片切除後など多様な病態でも使用されるようになっている2)

保険制度: トーリックIOLは選定療養(患者負担)。単焦点IOLとの差額のみが患者負担となり、白内障手術自体は健康保険が適用される。

Q トーリックIOLとは何ですか?
A

白内障手術時に角膜乱視を同時矯正できる特殊な眼内レンズである。通常の球面IOLでは術後に乱視が残るため眼鏡が必要になるが、トーリックIOLを使用することで多くの患者が遠方視力について眼鏡不要となる。適切な患者選択・IOL計算・手術手技が組み合わさることで高い成功率が得られる。単焦点トーリックIOLは選定療養(差額患者負担)であり、白内障手術自体は保険適用である。

トーリックIOLが必要となる乱視の主な自覚症状を以下に示す。

  • 遠方視力低下: 特に低照度環境で悪化しやすい
  • 像のぼやけ・ゆがみ: 縦または斜め方向の視力低下が特徴的
  • 眼鏡依存: 矯正眼鏡なしでの生活が困難
  • 羞明まぶしさ: 高い乱視度数では光学的収差が増加

乱視による視力低下の程度は度数だけでなく、軸方向(直乱視・倒乱視・斜乱視)によっても異なる1)。倒乱視(ATR)は直乱視(WTR)と比べ視力への影響が大きいとされる1)

検査所見のポイント
手動屈折検査慎重な検査で屈折乱視を決定
角膜曲率計前眼部の乱視量・軸を確認
角膜トポグラフィー/トモグラフィー不正乱視の除外に必須5)
光学式バイオメータ眼軸長前房深度も同時計測

すべての測定値で乱視の方向と大きさが一致していることを確認する。測定値間の不一致は不正乱視や計測誤差を示唆する。

3. 原因とリスク要因(患者選択基準)

Section titled “3. 原因とリスク要因(患者選択基準)”

良好な適応(適応あり)

角膜乱視: 規則正しい乱視が必要

乱視: 通常1.0D以上。2.0D以上では根拠が比較的強い5)

期待値: 遠方眼鏡フリーへの現実的な期待

角膜の安定性: 計測値が安定している

相対的禁忌・注意が必要な例

不正乱視: 角膜瘢痕・角膜拡張症では不適

チン氏帯脆弱: 回転リスクが高い

瞳孔散大不良: 手術の難易度が上がる

硝子体網膜緑内障手術既往: 期待成績が変わる可能性

乱視1.0D以上ではトーリックIOLが有用な選択肢となり、2.0D以上では特に根拠が強いとされる5)。0.75D以下の乱視では対向切開(OCCI)や主切開位置の調整が代替手段となる5)角膜弛緩切開(LRI)は残余乱視リスクがトーリックIOLより高い11)

後部角膜乱視(PCA: posterior corneal astigmatism)は長らく軽視されてきたが、現在は計算への組み込みが必須と認識されている1)2)

Koch et al.(2012)は435患者でPCAの平均値が0.30Dであることを報告した2)。後部角膜の急峻経線(steep meridian)は87%の患者で垂直方向に維持されることも示された2)。直乱視(WTR)眼ではPCAが前部角膜乱視を減弱させ、倒乱視(ATR)眼では増強させる効果がある1)

PCAとELPを組み込む計算方法では、考慮しない場合より術後残余乱視が低減する可能性がある8)。高PCA眼では、実測PCAを用いるトーリックIOL計算機が予測PCAより潜在的に優れるとされる5)。Barrett式、Goggin Nomogram、Baylor Nomogramなどがこの補正を組み込んでいる1)

トーリックIOL挿入前の術前評価として、通常の白内障手術前評価に加え以下が必要である5)

  1. 角膜トポグラフィー/トモグラフィー: 乱視の種類・軸・量を確定し不正乱視を除外する。トーリックIOL計画時には必須の検査である5)
  2. 後部角膜乱視の測定または推定: Scheimpflug装置(Pentacam等)、前眼部OCTが有用
  3. 手動屈折検査: 屈折乱視角膜乱視の乖離がないか確認
  4. 光学式バイオメトリー: 眼軸長前房深度・有効レンズ位置(ELP)を計測

複数回の計測を行い、変動の少ない安定した値を採用する。術前の自覚的屈折乱視IOL計画において無関係(水晶体由来の乱視は手術で消失するため)6)

各メーカーが提供するオンライントーリック計算機を使用する。入力項目は角膜乱視(円柱度数と軸)、手術誘発乱視(SIA)、眼軸長前房深度、希望切開位置である。

代表的な計算ツール:

推奨計算式: 新世代式(Barrett Universal II、Kane、Hill-RBF、EVO等)は従来式よりトレンドエラーが少なく推奨される5)。後部角膜乱視とELPを含む計算方法が推奨されており、これを考慮した計算では術後残余乱視が有意に低減する8)

術中収差計測: ORA、Holos IntraOpなどの術中収差計を用いると、無水晶体眼でのリアルタイムな屈折測定が可能となりトーリックIOLの軸合わせ精度の補助となる6)。ただし収差計測が常に転帰を改善するとは限らない6)

Q トーリックIOLの計算で注意すべきことは何ですか?
A

最も重要なのは後部角膜乱視(PCA)の考慮である。多くの従来の計算ツールは前眼部角膜データのみを使用しており、PCAを無視すると直乱視では過矯正、倒乱視では低矯正になる可能性がある。現在はPCAを組み込んだBarrett式やESCRS calculatorなどのツール使用が推奨される。また手術誘発乱視(SIA)もベクター計算で必ず反映させる必要がある。長眼軸長眼では嚢が大きくIOLが回転しやすいため、術前から計算に反映させる。

単焦点トーリックIOLは遠方視力矯正を主目的とする。近方・中間距離は眼鏡が必要となる。

IOL素材円柱度数(IOL面)特徴
AcrySof IQ Toric / Clareon Toric(Alcon)疎水性アクリル1.5〜6.0D光学径6mm、2.2mm創挿入。最も普及
TECNIS Toric(J&J Vision)疎水性アクリル1.5〜6.0DWavefront設計
enVista Toric(B+L)疎水性アクリル1.25〜5.75D収差フリー設計
Staar Toricシリコーン2.0、3.5Dプレート型。回転安定性に課題

多焦点・EDOF型トーリックIOL乱視矯正と近方〜遠方視力の同時矯正を実現する。PanOptix Toric(Alcon)、Vivity Toric(Alcon)、TECNIS Symfony Toric(J&J Vision)などが代表的である。球面多焦点IOL角膜弛緩切開よりも、トーリック多焦点IOLの方が予測性・回転安定性に優れる6)

ステップ1: 術前マーキング(軸同定)

患者を座位(または立位)にし、正面視させた状態で角膜輪部に基準マークを付ける。臥位になると眼球回旋(cyclotorsion)が生じるため、必ず座位で行う1)。麻酔前に軸の同定を行うことが重要である1)

マーキング方法:

  • 手動マーキング法: スリット灯顕微鏡を用い3時・6時・9時等の位置を直接マーク
  • 画像ガイドシステム: CALLISTO eye(Zeiss)、VERION(Alcon)が虹彩紋理・結膜血管を認識して軸を自動同定。仰臥位による眼球回旋も補正対応される。ESCRSガイドラインのメタ解析(Zhou et al. 2019)では、画像ガイドマーキングは手動マーキングに比べ軸ずれが有意に小さく(加重平均差 −1.33°)、術後残余乱視もわずかに小さい(WMD −0.14D)5)9)

ステップ2: IOL挿入と軸合わせ

粘弾性物質注入後、IOLを最終目標位置より約10〜15度手前(反時計回り)で大まかに配置する。粘弾性物質を丁寧に除去後、IOLを目標位置まで回転させ、IOLの弱主経線マークを角膜強主経線に合わせる。

術後フォローアップ:

  • 通常の白内障手術と同様に術後1日・1週・1ヶ月に診察を行う
  • IOLの軸位置と屈折検査の結果が一致しない場合はIOL回転を疑う
  • 術後2〜4週での軸修正手術(IOL回転)が適切な時期1)
  • 嚢の収縮が進んだ後期(数ヶ月以降)の修正は技術的に困難となりうる1)
Q 術後に乱視が残っている場合はどうすればよいですか?
A

まずIOLの軸位置と術後屈折を確認する。軸ずれが原因であれば、術後2〜4週を目安にIOLを正しい位置に回転させる再手術(repositioning)を行う。IOLの円柱度数が不適切な場合はIOL交換や追加手術が必要となる。非トーリックIOLを使用していた場合は毛様体溝への補助トーリックIOL挿入、または角膜レーザー(LASIK・PRK等)によるenhancementも選択肢となる。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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未矯正の乱視視力を低下させる1)。その影響は度数だけでなく軸方向にも依存し、倒乱視は直乱視より視力への影響が大きい1)白内障手術で水晶体を除去すると水晶体由来の乱視成分が消失するため、術後乱視は実質的に角膜乱視(前部+後部)のみとなる6)

トーリックIOLはレンズ上に円柱屈折力(cylinder power)を持つ。最低出力のトーリックIOLは通常1.0D(IOL面)で、これは角膜面で0.5〜0.6Dの乱視矯正に相当する1)IOLの球面度数が変わると必要な円柱度数も変わることがあり、有効レンズ位置も矯正量に影響する1)

白内障手術切開創そのものが軽微な乱視を誘発する(小切開手術で約0.3〜0.5D)。トーリックIOL度数計算にはSIAを差し引いた残余乱視量を使用する。SIAは切開位置・サイズ・術者経験に依存する多因子的な因子である5)

  • IOL素材: 疎水性アクリルは親水性アクリルやシリコーンより後嚢との接着性が高く、回転安定性に優れる1)
  • 嚢の大きさ: 眼軸長が長く嚢が大きい眼(高度近視眼)ではIOLと嚢壁の接触が減り回転しやすい1)
  • 粘弾性物質除去: 残存すると嚢内でIOLが滑りやすくなる
  • CCCの形状・サイズ: CCCIOL光学部の全周を覆うと回転安定性と後発白内障抑制の両方に寄与する6)
  • 回転の時期: 術後1時間〜翌日の早期に生じることが多い

トーリックIOLの成績に関するエビデンス

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Goggin(2022)によるエビデンスベースの総説では、適切な術前計画・計算・手術手技により以下の成績が達成可能とされる1):

  • 軸合わせ精度: ルーチン症例では意図した軸の5度以内が達成される
  • 術後残余乱視: 平均約0.4Dが達成可能
  • 達成率: 目標1D以内に約100%、0.5D以内に約90%

Kessel et al.(2016)のメタアナリシス(13研究)では、トーリックIOLは非トーリックIOLと比較してUDVAを有意に改善し(logMAR MD −0.07〜−0.10)、遠方眼鏡不要率も有意に高かった(RR 0.51, 95%CI 0.36–0.71)7)

既存の非トーリックIOL挿入後に残余乱視が残存した場合、毛様体溝(ciliary sulcus)に追加のトーリックIOLを挿入する方法(STIOL)が選択肢となる3)

Rocha-de-Lossada et al.(2023)の系統的レビュー(155眼)では3):

  • 57.41%の眼で目標乱視±0.50D以内を達成
  • 平均回転量: 30.48±19.90度(回転安定性に課題あり)
  • 32.25%の症例で再固定手術(repositioning)が必要
  • 合併症: 高眼圧1.93%、角膜浮腫1.29%、角膜変性1.29%、色素分散0.64%

拡大適応: 円錐角膜へのトーリックIOL

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円錐角膜(KC)患者の白内障手術では、不規則な前後眼角膜比率・軸の非直交性・ELP推定の誤差などが精度低下の原因となる4)。系統的レビュー・メタアナリシスでは、軽度〜中等度の円錐角膜では比較的満足できる術後成績が得られるが、進行した円錐角膜では1D以内の目標達成率が12〜48%に留まると報告されている4)円錐角膜では Barrett True-K や Kane keratoconus 式を用い、従来式(SRK/T等)は慎重に扱う5)

  • 光調節型IOL(Light Adjustable Lens: LAL: 術後に紫外線照射で未重合フォトセンシティブシリコーンマクロマーを移動させ、球面・柱面度数を微調整できる技術6)
  • フェムトセカンドレーザーによる屈折率変更(Refractive Index Shaping): アクリルIOLのフェムト秒レーザー処理で度数・円柱度数・焦点数を術後に変更可能にする技術6)
  • デジタルマーキング・AI統合: 術前データと術中画像のシームレスな統合による軸合わせ精度のさらなる向上
Q 円錐角膜があってもトーリックIOLは使えますか?
A

軽度〜中等度の安定した円錐角膜であれば、トーリックIOLが有用な場合がある。ただし不規則な角膜形状のために乱視矯正の予測精度が低下する。系統的レビューでは軽〜中等度(Krumeich I〜II度)では比較的良好な成績が報告されているが、進行した円錐角膜では目標から1D以内の達成率が低い傾向がある。計算式は Kane keratoconus 調整計算式または Barrett True-K を検討する。

  1. Goggin M. Toric intraocular lenses: Evidence-based use. Clinical & experimental ophthalmology. 2022;50(5):481-489. doi:10.1111/ceo.14106. PMID:35584257; PMCID:PMC9543206.
  2. Singh VM, Ramappa M, Murthy SI, Rostov AT. Toric intraocular lenses: Expanding indications and preoperative and surgical considerations to improve outcomes. Indian journal of ophthalmology. 2022;70(1):10-23. doi:10.4103/ijo.IJO_1785_21. PMID:34937203; PMCID:PMC8917572.
  3. Rocha-de-Lossada C, García-Lorente M, La Cruz DZ, Rodríguez-Calvo-de-Mora M, Fernández J. Supplemental Toric Intraocular Lenses in the Ciliary Sulcus for Correction of Residual Refractive Astigmatism: A Review. Ophthalmology and therapy. 2023;12(4):1813-1826. doi:10.1007/s40123-023-00721-0. PMID:37145259; PMCID:PMC10287861.
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