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眼科救急疾患(Ophthalmic Emergencies When to Seek Immediate Care)

眼科救急疾患とは、適切な治療の遅れが不可逆的な視力障害・失明につながりうる緊急性の高い眼疾患の総称である。眼は繊細な神経組織で構成されており、虚血・外傷・急激な眼圧上昇などに対して耐性が極めて低い。

眼科救急において特に重要な点は、「時間との戦い」である疾患が複数存在することである。網膜中心動脈閉塞症CRAO)では発症から90〜240分で網膜神経節細胞が不可逆的に壊死するとされ1)、脳梗塞における「time is brain」に相当する「time is vision」の概念が成立する。急性閉塞隅角緑内障発作では眼圧が60〜80 mmHgに達し、速やかな治療がなければ視神経障害が不可逆となる2)。化学外傷(特にアルカリ)では浸透性が強く、受傷直後からの大量洗眼が予後を決定する3)網膜剥離黄斑剥離前(macula-on)の手術で視力予後が大きく改善するため、前駆症状の早期認識が不可欠である4)

一方、前部虚血性視神経症視神経炎角膜潰瘍などは「当日〜翌日以内の対応」で対処可能な準緊急疾患である。緊急度の正確な区別が、患者の視力を守るための第一歩となる。

Q 急に片目が見えなくなったらどうすればよいか?
A

突然の無痛性片眼視力喪失は、網膜中心動脈閉塞症CRAO)の可能性がある。CRAOでは発症から90〜240分で網膜神経節細胞の不可逆的な壊死が始まるとされ1)、直ちに眼科救急を受診する必要がある。CRAOは脳梗塞との関連も深く、約25%に同側の頸動脈狭窄が認められるため5)、救急搬送(119番)を選択することが望ましい場合もある。絶対に「様子を見る」ことなく、速やかに受診すること。

2. 最緊急の症状と疾患(直ちに受診)

Section titled “2. 最緊急の症状と疾患(直ちに受診)”
網膜中心動脈閉塞症(CRAO)の眼底写真:毛様体網膜動脈分布域(黒矢印)を除く網膜白化とチェリーレッドスポット
網膜中心動脈閉塞症(CRAO)の眼底写真:毛様体網膜動脈分布域(黒矢印)を除く網膜白化とチェリーレッドスポット
Salman AG, et al. Baseline composite fundus photograph of the left eye showing retinal whitening except for the cilioretinal artery distribution area (black arrow). F1000Res. 2022 Jun 1;11:600. Figure 1. PMCID: PMC9490277. DOI: 10.12688/f1000research.122293.2. License: CC BY 4.0.
毛様体網膜動脈の分布領域(黒矢印)を除く網膜全体が白化し、中心窩の相対的な赤みが際立つCRAOの典型的な眼底所見。本文「2. 最緊急の症状と疾患」の項で扱う網膜中心動脈閉塞症CRAO)のチェリーレッドスポットに対応する。

以下の疾患は「数時間以内」の対応が視力予後を大きく左右する最緊急疾患である。

① 網膜中心動脈閉塞症(CRAO)

症状:突然の無痛性片眼性視力喪失。相対的瞳孔求心路障害RAPD)陽性。

緊急性の根拠網膜は終動脈支配であり虚血耐性が極めて低い。発症90〜240分で網膜神経節細胞が不可逆的に壊死する1)。「retinal stroke(眼の脳梗塞)」と称される5)

治療:眼球マッサージ・前房穿刺・動脈内血栓溶解療法(tPA、発症4.5時間以内)1)。脳梗塞との合併検索のため神経内科との連携が必要。

② 急性閉塞隅角緑内障発作

症状:激烈な眼痛・頭痛・嘔気嘔吐・角膜浮腫による霧視充血眼圧60〜80 mmHgへの急上昇2)

緊急性の根拠:高眼圧による視神経虚血が急速に進行し、治療が遅れると不可逆的な視神経障害を来す2)。嘔吐・頭痛から消化器疾患・脳血管疾患と誤診されるリスクに注意2)

治療:縮瞳薬(ピロカルピン)・β遮断薬点眼・炭酸脱水酵素阻害薬静注による急速眼圧降下→レーザー虹彩切開術2)

③ 網膜剥離

症状(前駆症状の順序)光視症(光が閃く)→ 飛蚊症の急増 → 視野欠損(「カーテンが下りてくる」)4)

緊急性の根拠黄斑が剥離すると視力回復が限定的になる。黄斑剥離前(macula-on)の手術で視力予後が大きく改善する4)強度近視白内障術後・外傷後にリスク上昇4)

治療:裂孔閉鎖(レーザー・冷凍凝固)・強膜内陥術・硝子体手術4)

④ 眼外傷・化学外傷

症状:眼への化学物質曝露・異物刺入・眼球打撲。激痛・流涙・羞明視力低下。

緊急性の根拠:アルカリ外傷では脂肪の鹸化反応により組織深部まで浸透し、角膜実質前房水晶体に達する3)。酸外傷はタンパク凝固による自制作用でアルカリほど深部に浸透しにくい3)

初期対応:受傷現場での即時大量洗眼(水道水可)。最低30分の持続洗浄3)。Roper-Hall分類またはDua分類で重症度評価3)

⑤ 眼窩蜂窩織炎

症状:眼瞼腫脹・発熱・眼球突出・眼球運動制限・視力低下。

緊急性の根拠:副鼻腔炎からの波及が最多であり、小児に多い6)海綿静脈洞血栓症への進展は生命に関わる緊急事態である6)

治療:広域スペクトル抗菌薬の静注(入院管理)。膿瘍形成時は外科的ドレナージ6)

3. 準緊急の症状と疾患(当日〜翌日以内)

Section titled “3. 準緊急の症状と疾患(当日〜翌日以内)”

以下の疾患は当日または翌日以内の眼科受診を要する準緊急疾患である。最緊急ほど切迫してはいないが、いずれも放置すれば不可逆的な障害に進行するリスクがある。

⑥ 前部虚血性視神経症(AION)・視神経炎

  • AION:50歳以上での急性発症。下半盲が多い7)。動脈炎性(巨細胞性動脈炎:GCA関連)では側頭動脈炎の除外が急務であり、ESR・CRP測定と速やかな副腎皮質ステロイド投与が求められる7)。対側眼への進展リスクがあるため緊急対応が必要。
  • 視神経炎:若年女性に多い。眼球運動時痛を伴う急性視力低下。多発性硬化症MS)との関連が重要であり、MRIによる中枢神経病変の検索が必要である8)

動眼神経麻痺複視の急性発症)

  • 瞳孔散大を伴う動眼神経麻痺は後交通動脈瘤が破裂前の圧迫を疑わせる。頭部MRI/MRA・CTAによる動脈瘤検索を緊急で行わなければならない9)
  • 糖尿病性動眼神経麻痺では瞳孔が侵されないことが多く、動脈瘤との鑑別に有用である9)
  • JAMA Ophthalmologyの人口ベース研究では、後天性動眼神経麻痺の6.4%に動脈瘤が確認された9)

⑧ 後部強膜炎視神経炎(眼球後部の激痛)

  • 眼球運動時の疼痛増強が特徴的所見。
  • B-scan超音波で強膜肥厚・後部Tenon嚢液貯留(T-sign)を確認する8)
  • NSAIDsまたは副腎皮質ステロイドによる治療が必要。

急性前部ぶどう膜炎・感染性角膜炎(充血眼痛視力低下)

  • 角膜白色浸潤巣:感染性角膜炎(角膜潰瘍)を示唆10)。細菌・真菌・アカントアメーバを鑑別し、角膜擦過培養を行う。
  • 前房内フレア・セル:急性前部ぶどう膜炎を示唆10)。HLAタイピング・全身疾患の検索が必要。
  • コンタクトレンズ(CL)装用者:緑膿菌・アカントアメーバの除外が特に重要10)
症状疑う疾患緊急度受診目安
突然の無痛性片眼視力喪失網膜中心動脈閉塞症CRAO最緊急直ちに(数時間以内)1)
激痛+充血霧視+頭痛・嘔吐急性閉塞隅角緑内障発作最緊急直ちに(数時間以内)2)
光視症飛蚊症増加→視野欠損網膜剥離最緊急直ちに(当日中)4)
眼への化学物質曝露化学外傷(アルカリ・酸)最緊急洗眼しながら直ちに3)
眼瞼腫脹+発熱+眼球突出眼窩蜂窩織炎最緊急直ちに(入院が必要な場合あり)6)
急性の片眼視力低下+視野欠損AION・視神経炎準緊急当日〜翌日以内7)
複視の急性発症(瞳孔散大あり)動眼神経麻痺(動脈瘤除外)準緊急当日(緊急MRA)9)
眼球運動時の激痛+視力低下後部強膜炎視神経炎準緊急当日〜翌日以内8)
充血眼痛角膜白点感染性角膜炎・ぶどう膜炎準緊急当日〜翌日以内10)

4. 眼科救急を受診すべき症状チェックリスト

Section titled “4. 眼科救急を受診すべき症状チェックリスト”
Q 眼科の救急はどこに行けばよいか?
A

大学病院・総合病院の眼科救急外来が24時間対応可能な施設として適している。かかりつけ眼科がある場合は緊急連絡先を確認しておくことが望ましい。夜間・休日にCRAO(突然の無痛性視力喪失)や眼への化学物質曝露が疑われる場合は、眼科外来の開院時間を待たずに119番による救急搬送を選択することが重要である。地域の救急医療情報(#7119等)を活用して最寄りの対応可能施設を確認することも有効である。

眼科救急において、受傷直後の適切な初期対応が最終視力予後を大きく左右することがある。正確な応急処置の知識は患者本人・家族・非眼科医療者にとって不可欠である。

化学外傷後の角膜浮腫の経過:受傷直後の重篤な実質浮腫・デスメ膜ひだから6ヵ月後の透明化まで
化学外傷後の角膜浮腫の経過:受傷直後の重篤な実質浮腫・デスメ膜ひだから6ヵ月後の透明化まで
Shimazaki J, et al. Photographs of anterior segments (A) and central corneal thickness data (CCT; B). A. Chemical injury of the cornea causes severe corneal edema and endothelial damage immediately after chemical injury. PLoS One. 2015 Sep 17;10(9):e0138076. Figure 1. PMCID: PMC4574742. DOI: 10.1371/journal.pone.0138076. License: CC BY 4.0.
化学外傷直後に生じた重篤な角膜浮腫デスメ膜ひだが受傷後6ヵ月で透明化に至る経過を、スリットランプ写真と角膜中央厚(CCT)データで示す。本文「5. 応急処置の基本」の項で扱う化学外傷初期対応の目的と予後に対応する。

受傷から洗眼開始までの時間が眼表面のpH回復速度と最終予後に直結する3)

  • 受傷現場で直ちに大量の水道水で洗眼を開始する(専用洗眼液がなくても水道水で可)
  • 眼を開けたまま洗う(可能であれば瞼を反転させる)
  • 最低30分間の持続洗浄を行う
  • 洗眼しながら救急受診する(洗眼完了を待たなくてよい)
  • 受傷した化学物質の特定(アルカリか酸か、製品名)を受診時に伝える
  • 洗眼後のpH確認(目標:pH 7.0〜7.4)3)
  • 穿孔性外傷(鋭利なものによる刺通):眼球を圧迫しない。清潔なカップや保護盾で眼を覆い、圧迫せずに搬送する11)。目薬をさす・ガーゼで押さえるなどの行為は厳禁。
  • 鈍的外傷(打撲):冷却・安静。眼圧低下・前房出血硝子体脱出などの眼球破裂の兆候があれば緊急搬送11)
  • 眼表面の異物:人工涙液や清潔な水で洗い流す。深く刺さった異物は無理に除去しない11)
急性閉塞隅角緑内障の前眼部OCT(AS-OCT):両眼の隅角閉塞と著しい前房浅化
急性閉塞隅角緑内障の前眼部OCT(AS-OCT):両眼の隅角閉塞と著しい前房浅化
Shimazaki Y, et al. AS-OCT performed at the acute phase confirms the angle closure in both eyes (a and b). Note the presence of shallow anterior chamber (c). BMC Ophthalmol. 2018 Feb 17;18:50. Figure 2. PMCID: PMC5816554. DOI: 10.1186/s12886-018-0718-z. License: CC BY 4.0.
急性期に施行した前眼部OCTAS-OCT)で両眼の隅角閉塞(a・b)と著しい前房浅化(c)を示す。本文「6. 病態生理学」の項で扱う急性閉塞隅角緑内障房水流出路閉塞メカニズムに対応する。
  • 仰臥位(横になる)にせず、座位または半座位を保つ
  • 暗い環境を避ける(暗所での瞳孔散大が症状を悪化させる)
  • 速やかに眼科救急を受診する
  • 縮瞳薬(ピロカルピン)は眼科受診後に眼科医が投与するものであり、自己投与を試みない
Q 化学物質が眼に入ったらまず何をすべきか?
A

直ちに大量の水道水で洗眼を開始することが最優先である3)。専用の洗眼液がない場合でも水道水・ペットボトルの水で構わない。眼を開けたまま少なくとも30分間、継続的に洗い流す。洗眼しながら救急受診する。化学物質がアルカリ性(石灰・セメント・カビ取り剤・漂白剤等)の場合は特に重篤になりやすいため、より積極的な対応が求められる。受診時に化学物質の製品名を伝えること。

6. 病態生理学・なぜ時間が重要か

Section titled “6. 病態生理学・なぜ時間が重要か”

網膜は終動脈支配(動脈間の吻合が乏しい)であり、虚血に対する耐性が脳よりも低い1)。虚血開始から90〜240分で網膜神経節細胞が不可逆的に壊死する1)。この生物学的特性から「retinal stroke(眼の脳梗塞)」と称され5)、脳梗塞に準じた超急性期の対応が求められる。CRAOの約25%に同側の内頸動脈狭窄が認められ、脳梗塞との同時発症または連続発症のリスクがあるため、神経内科との連携が不可欠である5)

眼球内では房水毛様体で産生され、隅角虹彩角膜の境界)から流出して眼圧を維持している。急性閉塞隅角緑内障では瞳孔ブロック虹彩後面と水晶体前面の癒着)→ 後房圧上昇 → 虹彩が前方に膨隆(虹彩膨隆)→ 周辺隅角の急速閉塞 → 房水流出不能 → 眼圧の急激な上昇(60〜80 mmHg)という経路をたどる2)。高眼圧視神経乳頭の血液循環を障害し、視神経虚血による障害は治療が遅れると不可逆となる2)

  • アルカリ外傷(石灰・セメント・カビ取り剤等):水酸化イオン(OH⁻)が脂肪の鹸化反応を引き起こし、細胞膜を溶解しながら組織深部へ浸透する。角膜実質前房水晶体毛様体にまで達することがある。浸透が持続するため予後が特に不良である3)
  • 酸外傷(硫酸・塩酸等):水素イオン(H⁺)がタンパクを凝固させ、形成された凝固層が以降の浸透をある程度遮断する自制作用が働く。アルカリと比較して浸透は浅い3)
  • 洗眼によりpHを7.0〜7.4に戻すことが組織障害の進行を止める最初のステップである3)

裂孔原性網膜剥離では、硝子体の液化により生じた液体が裂孔を通じて網膜下腔に流入し、感覚網膜網膜色素上皮RPE)の間で剥離が広がる4)黄斑中心窩を含む後極部)は網膜のなかで最も視機能に重要な領域であり、ここが剥離すると光受容細胞の不可逆的な障害が始まる。黄斑剥離前の手術(macula-on surgery)では術後視力が1.0以上に回復する例が多い一方、黄斑剥離後(macula-off)では視力回復が限定的になることが多い4)

CRAOに対する動脈内血栓溶解療法(IAT)

Section titled “CRAOに対する動脈内血栓溶解療法(IAT)”

CRAOに対する動脈内血栓溶解療法(組織プラスミノゲン活性化因子:tPA)の有効性については、発症4.5時間以内の投与で視力改善効果が報告されている1)。ただし出血リスクを含む合併症の評価が必要であり、現在も大規模ランダム化比較試験による有効性・安全性の検証が続いている。脳梗塞に準じた急性期管理プロトコルの眼科領域への応用が検討されている5)

遠隔眼科(テレオフタルモロジー)による救急トリアージ

Section titled “遠隔眼科(テレオフタルモロジー)による救急トリアージ”

スマートフォン・タブレットを用いた遠隔眼底撮影・テレトリアージシステムの開発が進んでいる12)。眼科専門医が不在の地域・夜間帯でも非眼科医が撮影した眼底画像をリアルタイムで眼科医が判読し、緊急度を判断するシステムが実証実験段階にある。

スマートフォンによる視力・視野の簡易自己チェック

Section titled “スマートフォンによる視力・視野の簡易自己チェック”

スマートフォンアプリを用いた視力・視野の簡易測定ツールの開発が活発である12)網膜剥離の早期発見や視野欠損の日常的なモニタリングへの応用が期待されるが、専門的な機器に代替しうる精度については引き続き検証が必要である。

AI画像診断による眼科救急の自動検出

Section titled “AI画像診断による眼科救急の自動検出”

ディープラーニングを用いたAI眼底画像解析は、糖尿病網膜症のみならず緑内障AMDCRAO網膜剥離の自動検出にも応用が進んでいる12)。救急外来・プライマリケアでのスクリーニングに用いることで、眼科専門医への適切なトリアージが効率化される可能性がある。

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