瞳孔ブロック
虹彩形態:周辺部虹彩の前方膨隆(iris bombé)
前房深度:周辺部が特に浅い
PI:閉塞または未施行
縮瞳薬:有効
悪性緑内障(malignant glaucoma)は、典型的には閉塞隅角緑内障眼に濾過手術を施行した後に生じる、高度の浅前房を伴う高眼圧状態である。毛様体前方回旋や硝子体腔内への房水の異常流入によって生じる硝子体の前方偏位に起因する閉塞隅角と推定されている。房水迷入症候群(aqueous misdirection syndrome)、毛様体ブロック緑内障(ciliary block glaucoma)、直接閉塞隅角(direct lens block glaucoma)とも呼ばれ、複数の呼称が混在している。ICD-10コードはH40.8。
1869年にVon Graefeが濾過手術後の難治性浅前房として初めて報告した歴史的な疾患概念である3)。その後、房水が正常な前方経路ではなく後方(硝子体腔側)へ誤導されるという病態概念が確立され、aqueous misdirection(房水迷入)の名称が広く用いられるようになった。濾過手術後の閉塞隅角緑内障眼に最もよく遭遇するが、白内障手術を含むあらゆる内眼手術後に発症しうる点が臨床上重要である。
緑内障診療ガイドライン(第5版)では、続発閉塞隅角緑内障の眼圧上昇機序として以下の4分類を定めている6)。
悪性緑内障は上記3番目の「水晶体より後方の組織の前方移動」に分類される。EGS第5版では「posterior pushing mechanism(後方押し出し機序)」に相当する5)。
濾過手術後の発生率は0.6〜4%とされる5)。女性に多く、通常は片眼性に発症する。原発閉塞隅角緑内障眼の濾過手術後に最も多いが、白内障手術を含むあらゆる内眼手術後に生じうる5)。リスク因子には短眼軸(21 mm未満)、高度遠視(+6 D以上)、原発閉塞隅角緑内障の既往がある5)。まれに手術歴のない特発例の報告もある。閉塞隅角緑内障眼に対する線維柱帯切除術では、術後に浅前房や脈絡膜剥離とともに悪性緑内障を引き起こす可能性が比較的高いことが知られている6)。
瞳孔ブロックでは瞳孔縁での房水通過障害により周辺部虹彩が前方へ膨隆(iris bombé)する。一方、房水誤導では水晶体後方から房水が硝子体腔に蓄積するため、前房が均一に浅くなる点が異なる。瞳孔ブロックには縮瞳薬が有効だが、房水誤導では縮瞳薬は禁忌である。

急性発症の場合は以下の症状を呈する。
症状は変動性(fluctuant)であり、白内障手術後数週〜数年経ってから顕在化することがある3)。初期には眼圧が正常範囲内にとどまる場合もあり、診断が遅延する要因となる5)。急激に眼圧が上昇した場合は急性緑内障発作と類似した臨床像を呈し、視力低下が急速に進行する。
以下の所見の組み合わせにより診断する。眼圧上昇に加えて前房深度の変化パターンが鑑別上最も重要である。
前眼部光干渉断層計(AS-OCT)では、CTR(カプセルテンションリング)-IOL複合体の前方偏位に伴うplateau iris様の所見(虹彩中央部は平坦だが隅角は閉塞)を呈することが報告されている2)。超音波生体顕微鏡(UBM)では水晶体嚢-IOL複合体の前方偏位や毛様体の前方回旋・位置異常を直接確認できる4)。UBMは解像度20〜60μmと高く、虹彩・毛様体など前眼部の構造を詳細に描出できるため、悪性緑内障が疑われる症例では積極的に施行すべき検査である。
病態解明にはUBMや前眼部OCT検査が有用であり、特に手術歴の有無を確認しつつ、毛様体の位置異常がないかを評価する。
最も多い誘因は内眼手術である5)。
小さい眼球ほどリスクが高い5)。
片眼に発症した場合、対側眼の発症リスクも上昇する3)。緑内障の既往の有無にかかわらずリスクが高まるため、対側眼の定期的な経過観察が重要である。
主なリスク因子を以下にまとめる。
| リスク因子 | 具体例 |
|---|---|
| 眼球形態 | 短眼軸(<21 mm)、高度遠視(>+6 D)、浅前房 |
| 手術 | 濾過手術、白内障手術、CTR留置 |
| 薬剤 | トピラマート、SSRI |
トピラマートは毛様体脈絡膜の血管透過性を亢進させ、毛様体の腫脹と前方回旋を引き起こす1)。小眼球症などのハイリスク眼では房水誤導の引き金となりうる。SSRIも散瞳作用を介して狭隅角眼に隅角閉塞を誘発する可能性がある。
悪性緑内障は除外診断であり、瞳孔ブロック、脈絡膜出血・剥離、上脈絡膜出血、その他の閉塞隅角機序を系統的に除外した上で初めて診断が成立する4)。特定の検査値や画像所見のみで確定できる疾患ではなく、臨床経過と複数の検査所見の組み合わせで総合的に判断する。
閉塞隅角緑内障の術後早期に極端な浅前房と高眼圧をきたした場合に本症を疑う。出血性の脈絡膜剥離は類似した細隙灯顕微鏡所見を示し、どちらも高眼圧となりうるが、眼底所見から鑑別が可能である。特発例では手術歴がないため診断がより困難となり、UBMによる毛様体の位置異常の確認が診断の鍵となる。
瞳孔ブロックと房水誤導の鑑別点を以下にまとめる。
瞳孔ブロック
虹彩形態:周辺部虹彩の前方膨隆(iris bombé)
前房深度:周辺部が特に浅い
PI:閉塞または未施行
縮瞳薬:有効
房水誤導
虹彩形態:虹彩は全体的に前方偏位
前房深度:均一に浅い〜消失5)
PI:開存している
縮瞳薬:禁忌(悪化)
その他の鑑別疾患として以下がある。いずれも浅前房と高眼圧を生じうるが、発症機序が異なるため治療方針も異なる。
薬物療法→レーザー治療→手術治療の段階的アプローチが基本である。まず薬物療法で毛様体ブロックの解除を試み、奏効しなければレーザー治療、さらに無効であれば手術治療へと段階的に進む。治療の最終目標は、後房と前房の間にブロックが生じえない状態(unicameral eye:単房眼)を作成し、再発を防止することにある。
副交感神経遮断薬(散瞳・毛様体弛緩薬)、房水産生抑制薬(点眼および内服)、高浸透圧薬(点滴)の三者併用が推奨される5)。
| 薬剤 | 用法 | 作用機序 |
|---|---|---|
| アトロピン点眼液1% | 1日1〜3回点眼 | 毛様体弛緩・散瞳 |
| チモロール点眼液0.5% | 1日2回点眼 | 房水産生抑制(β遮断) |
| ダイアモックス錠250 mg | 2錠 分2食後 | 房水産生抑制(CAI内服) |
| マンニトール点滴 | 静脈内投与 | 硝子体容積縮小 |
アトロピンは毛様小帯の緊張を高めて水晶体を後方移動させ、硝子体腔へ回った房水が前方に戻るきっかけとなる。シクロペントラートもアトロピンの代替として使用可能である5)。
房水産生を抑制する点眼薬(β遮断薬・炭酸脱水酵素阻害薬)と高浸透圧薬の点滴を併用する6)。高浸透圧薬は硝子体容積を縮小させるが、その治療効果は一時的であるため手術の前処置と位置づけられる6)。
薬物療法の奏効率は約50%(5日以内)とされるが、薬物単独での再発率は高い5)。薬物療法で前房が深くなり眼圧が正常化した場合でも、アトロピン点眼を中止すると再発することが多いため、長期的な維持療法としてアトロピン点眼を継続する必要がある場合がある。薬物療法はあくまで初期対応であり、根治的治療には多くの場合レーザーまたは手術介入が必要となる。
偽水晶体眼ではNd:YAGレーザーによる後嚢切開を行い、さらに後嚢後方にフォーカスをずらして3〜4 mJのエネルギーで10〜20発照射し、前部硝子体膜を破砕する。硝子体腔と前房の間に房水の通路を作成することで、ブロックの解除を図る。奏効した場合、直後〜翌日に前房深度の改善と眼圧下降が得られる。
偽水晶体眼あるいは無水晶体眼ではYAGレーザーまたは手術的前部硝子体膜切開術や水晶体嚢切開術が選択される6)(エビデンスレベル2C)。
ダイオードレーザーによる毛様体光凝固は治療のいずれの段階でも考慮しうる5)。毛様体突起の凝固壊死と萎縮を引き起こし、毛様体-硝子体界面の破壊と毛様体の後方回旋をもたらす可能性がある3)。ただし、毛様体-硝子体界面を破壊するために必要な照射条件は未確立である。
薬物・レーザー治療で効果不十分な場合、または再発例では手術を行う。前部硝子体膜切開を伴う硝子体切除術によって病態を解消することが重要である6)(エビデンスレベル2C)。
経毛様体扁平部硝子体切除術(PPV)を行う5)。水晶体摘出を併施する場合もある6)(2C)。水晶体摘出を併施することでunicameral eye(単房眼)を作成し、後房と前房の間のブロックを完全に解除して再発を防ぐ。
zonulo-hyaloido-vitrectomy(虹彩-Zinn小帯-前部硝子体膜切除)が有効である5)。周辺虹彩切除部から前房側にアプローチし、水晶体嚢周辺のZinn小帯と前部硝子体膜を切除する。この術式により硝子体腔と前房の間に永久的な交通路が作成される。
前部硝子体膜切開を伴う硝子体切除では、最周辺部の前部硝子体膜を処置するために虹彩切除が必要な症例がある6)(2C)。前部硝子体膜やZinn小帯を十分に処理しないと硝子体腔と前房の間にブロックが残存し、再発する可能性がある。有水晶体眼では水晶体も同時に摘出することで、毛様体突起と水晶体赤道部の接触を解除し、unicameral eyeを作成する。
CTR除去、前部硝子体切除、IOL強膜内固定の組み合わせが有効であったとの報告がある2)。
房水誤導は水晶体後方の押し出し機序による閉塞隅角である。縮瞳薬は毛様筋を収縮させ、毛様体の前方突出を助長して毛様体ブロックを増悪させるため禁忌となる6)。これに対し、アトロピンなどの散瞳・調節麻痺薬は毛様筋を弛緩させて毛様小帯の緊張を高め、水晶体を後方に移動させることでブロックの解除に有効である。
片眼での発症は対側眼のリスクを有意に上昇させる3)。緑内障の既往の有無にかかわらずリスクは高まるため、対側眼の定期的な眼圧・前房深度の評価が重要である。
悪性緑内障の正確な発症機序は完全には解明されていないが、以下の2つの仮説が提唱されている5)。
脈絡膜膨脹説
主要機序:脈絡膜の容積増大が後方から前方への液体移動に抵抗を生じさせる5)
結果:房水が硝子体腔に蓄積し、虹彩-水晶体隔膜を前方へ押し出す
毛様体ブロック説
主要機序:毛様体突起と水晶体(またはIOL)赤道部、前部硝子体膜の異常な解剖学的接触
結果:一方向弁として作用し、房水の前方流出を阻害する「悪性サイクル」が成立する
病態の進行は以下のカスケードで理解できる。正常眼では毛様体で産生された房水は後房から瞳孔を通過して前房に流れ、隅角の線維柱帯から流出する。悪性緑内障ではこの流路が破綻する。
アトロピン点眼は毛様筋を弛緩させ、毛様小帯の緊張を高めて水晶体を後方に移動させる。これにより硝子体腔へ回った房水が前方に戻るきっかけとなりうる。
一方、ピロカルピンなどの縮瞳薬は毛様筋を収縮させる。この収縮は毛様小帯を弛緩させて水晶体を前方に押し出し、さらに毛様体の前方突出を助長するため、毛様体ブロックが増悪する6)。したがって、縮瞳薬は悪性緑内障において禁忌である。
偽水晶体眼ではIOL-嚢複合体の水平径が天然水晶体より大きく、毛様体突起に接触しやすい4)。毛様体突起で産生された房水の一部が後方(硝子体腔)へ分泌される。前部硝子体膜がintactであれば前方への液体流出が妨げられ、圧較差が生じて前房が浅くなる。
硝子体切除術の既往がある眼であっても、前部硝子体膜が残存していれば発症しうることが報告されている4)。3 D以上のmyopic shiftとともに再発した症例では、goniosynechialysis(隅角癒着解離術)と虹彩切除、zonulo-hyaloidectomyの組み合わせにより屈折と眼圧が回復した4)。このため、硝子体切除術の際には前部硝子体膜を十分に郭清し、最周辺部まで処理することが再発防止に不可欠である。
トピラマートは毛様体脈絡膜血管の透過性を亢進させ、毛様体・脈絡膜の腫脹と毛様体の前方回旋を引き起こす1)。小眼球症では強膜肥厚による渦静脈ドレナージ障害が加わり、uveal effusionのリスクがさらに上昇する1)。
CTR留置により水晶体嚢が拡大・肥厚し、CTR-IOL複合体が全周性に毛様体および後部虹彩に接触する2)。これにより毛様体腔が圧迫され、房水の後方から前方への移動に対する抵抗が増大する。CTR-IOL複合体の大きな径は前方偏位を部分的に制限するため、前房深度が保たれたままplateau iris様の隅角閉塞を呈することがある2)。この非典型的な所見は、従来の「均一な浅前房」という悪性緑内障の典型像とは異なるため、AS-OCTによる隅角形態の詳細な評価が診断の鍵となる。
Cheanら(2021)は、白内障手術後に近視化(myopic surprise)を唯一の初期徴候として発症した房水誤導の1例を報告した3)。術後約3年間は眼圧が正常範囲内であり、診断が遅延した。生体計測による前房深度が一見正常であっても、短眼軸眼では計測誤差が生じうるため、近視化を認めた場合には房水誤導を鑑別に含めるべきとされた。
Stephensonら(2023)は、硝子体切除術・白内障手術・人工虹彩留置の既往眼で3 D以上のmyopic shiftとともに房水誤導を発症した症例を報告した4)。硝子体切除後でも前部硝子体膜が残存していれば発症しうることを示し、goniosynechialysis+虹彩切除+zonulo-hyaloidectomyにより屈折と眼圧が回復した。
Gotoら(2024)は、CTR-IOL複合体の前方偏位による二次性隅角閉塞をAS-OCTで初めて特徴づけた2)。前房深度が保持されたままのplateau iris様所見という非典型的な像を報告し、白内障手術+CTR留置後の二次性隅角閉塞の検出にAS-OCTが有用であることを示した。
薬物療法→Nd:YAGレーザー→cyclodiode→手術という段階的アプローチが提唱されている3)。Cyclodiodeは毛様体突起の凝固壊死と萎縮を引き起こし、毛様体-硝子体界面の破壊と毛様体の後方回旋をもたらす可能性がある。しかし、毛様体-硝子体界面を破壊するために必要な照射条件は未確立であり、薬物・レーザーのみでは効果不十分な場合にはunicameral eyeを作成する手術が依然として最終的な治療選択肢となる3)。