内層優位の所見
ミニピーク(mini-peaks):内層網膜の鋸歯状外観。外層の乱れを伴わない点が特徴。特発性網膜前膜との鑑別に有用。
シャークティースサイン:外顆粒層の三角形状過反射変化。Arrigoら(2019)が命名。軽微な本疾患でも確認できる7)。

網膜・網膜色素上皮複合過誤腫は、網膜および網膜色素上皮のグリア細胞・血管組織・色素上皮細胞から構成される稀な良性過誤腫である。過誤腫とは、本来その部位に存在する成熟組織が無秩序に増殖した良性局所性過剰発育を指す。
1973年にGassが初めて7症例の報告とともに本疾患を命名した。その後1984年にSchachatらが黄斑学会研究委員会と共同で60例を系統的にレビューし、さらにShieldsらが連続77症例の大規模シリーズを発表した。
疫学的特徴として、主に小児期に診断され、診断年齢中央値は7.5歳である。腫瘍の平均径は7.6mm、厚さ1.9mmと報告されている2)。ほぼ全例が片眼性・単発性で生じる。性別については研究間で差異があり、Schachatらでは男女ほぼ同等(31:29)、FontらおよびShieldsらでは男性優位(70%、68%)であった。白人に多いとされる。
日本の眼科学教科書では、純粋に網膜色素上皮のみの単純性過誤腫から、グリア細胞増生を伴う混合性過誤腫までのバリエーションが記載されており、通常は先天性かつ非遺伝性の疾患とされている。
網膜・網膜色素上皮複合過誤腫は良性過誤腫であり、悪性化の報告はない。ただし脈絡膜メラノーマや網膜芽細胞腫と臨床像が類似するため、誤診を防ぐためにも正確な診断が重要である。
部位別では乳頭傍76%、黄斑部17%、周辺部7%の頻度で生じる4)。腫瘍は暗褐色・緑色・黄色・灰色・オレンジ色を呈し、色素沈着を伴って隆起する。
腫瘍部位による初診時視力の違いは顕著である。
| 部位 | 平均視力 | 20/200以下の割合 |
|---|---|---|
| 黄斑部 | 20/320 | 69% |
| 黄斑外 | 20/80 | 25% |
主な臨床所見を以下に示す。
黄斑部に腫瘍がある場合は予後不良で、平均視力は20/320と黄斑外(20/80)より著しく低い。4年間の追跡で黄斑部腫瘍の60%が視力3ライン以上低下するのに対し、黄斑外腫瘍では13%にとどまる。
CHRRPEの病因は不明であり、先天性と考えられているが出生時の報告例はない。Pujariらは、網膜色素上皮になる運命の未分化異所性前駆細胞が分化を完了できず、神経感覚網膜内で増殖・蓄積するという仮説を提唱している3)。
組織学的にはメラノサイト・血管・グリア細胞が様々な割合で混在する2)。亜型としては血管優位型(赤色調)、メラノサイト優位型(黒色調)、グリア優位型(白色調)がある2)。
網膜前膜形成の機序については、グリア細胞と網膜色素上皮細胞が筋線維芽細胞様の網膜前細胞にトランス分化し、硝子体網膜界面を変化させて網膜前膜形成を引き起こすと考えられている2)。
日本の眼科学教科書では、通常は先天性非遺伝性であるが、ときに神経線維腫症1型および2型に随伴すると記載されている。
神経線維腫症2型との関連が最も強いため、特に両側性病変や神経線維腫症の家族歴がある場合は神経線維腫症2型のスクリーニング(脳MRIおよび遺伝子検査)を検討すべきである。神経線維腫症1型やその他の全身症候群との関連も報告されており、全身評価が推奨される。
網膜・網膜色素上皮複合過誤腫の診断には複数の検査を組み合わせたマルチモーダルイメージングが重要である3)。
光干渉断層計では本疾患に特異的な複数の所見が確認できる。
内層優位の所見
ミニピーク(mini-peaks):内層網膜の鋸歯状外観。外層の乱れを伴わない点が特徴。特発性網膜前膜との鑑別に有用。
シャークティースサイン:外顆粒層の三角形状過反射変化。Arrigoら(2019)が命名。軽微な本疾患でも確認できる7)。
全層の所見
マキシピーク(maxi-peaks):全層にわたる網膜襞。
オメガサイン:マキシピークのより広く深いバリエーション。黄斑部の本疾患と特発性網膜前膜の鑑別において特に有用1)2)。
ダブルレチナサイン:網膜が折り重なる新所見。欠損部にグリア増殖が充填する1)。
その他の補助検査として、**強調深度イメージングOCT(EDI-OCT)**では腫瘍直下の脈絡膜が対側眼より平均37%薄いことが確認されており7)、MP-1マイクロペリメトリーでは術前の低感度領域が網膜前膜付着部位を示し、手術予測因子として活用できる2)。
Dedaniaらは位置・特徴・OCT所見の3軸による体系的分類を提唱し、管理方針の決定に使用されている8)9)。
主要な鑑別疾患を以下に示す。日本の眼科学教科書では脈絡膜悪性黒色腫との最大の鑑別点として、網膜栄養血管の存在と多量の硬性白斑の沈着が挙げられている。
ミニピーク(内層網膜の鋸歯状外観)、マキシピーク・オメガサイン(全層の網膜襞)、シャークティースサイン(外顆粒層の三角形過反射変化)が特徴的な所見である。これらは本疾患と特発性網膜前膜の鑑別にも有用である。
網膜・網膜色素上皮複合過誤腫の治療方針は腫瘍部位・病期・視力・年齢・症状に基づき個別に決定される。安定例は定期的なマルチモーダル画像によるフォローアップが基本である3)。
経過観察
適応:安定した非黄斑部腫瘍、無症状例、視力良好例。
フォローアップ:マルチモーダル画像(光干渉断層計、フルオレセイン蛍光眼底造影、OCT血管造影)による定期的な評価。
弱視治療:若年期発症のため極めて重要。健眼遮蔽などを早期から実施する。
手術介入
適応:網膜前膜形成による進行性視力低下、牽引性網膜剥離、脈絡膜新生血管合併例。
術式:網膜前膜剥離を伴う硝子体手術(経毛様体扁平部硝子体切除術)が主体。
小児例:早期手術+術後弱視治療の組み合わせが重要。
小児期発症の本疾患では弱視を合併することが多く、早期の弱視治療が視力予後に直結する。Schachatらの報告では視力改善を示した症例の大多数が弱視治療を受療していた。全遮蔽3週間の実施で20/50→20/30への改善が得られた症例も報告されている7)。
網膜前膜を伴う本疾患に対する硝子体手術は、複数の研究で一定の有効性が確認されている。
| 報告 | 症例数 | 術後視力改善率 |
|---|---|---|
| Zhang X ら(2023)集約2) | 43例(13研究) | 90.7%(39/43) |
| Sun ら(2020)2) | 15例 | 93.3%(14/15) |
| 自家プラスミン酵素補助(Cohn ら)2) | 11例 | 72.7%(8/11) |
術中には染色剤を用いて網膜前膜および内境界膜を視認化する。van der Sommenら(2021)はトリアムシノロンによる硝子体可視化とインフラシアニングリーンによる内境界膜染色を組み合わせた完全硝子体手術を報告し、術前視力1.3 LogMAR→術後0.8 LogMAR、48ヶ月安定を達成した5)。
周辺部の本疾患に伴う牽引性網膜剥離では、硝子体皮質膜の牽引が主因の場合は網膜前膜剥離ではなく硝子体牽引膜剥離で対応する。タンポナーデ不要で網膜復位が得られる場合もある。Holekampら(2021)の報告では術後18ヶ月で視力20/40→20/16への回復が得られた9)。
13の小規模研究を集約した検討では、43例中39例(90.7%)で術後視力改善が得られている2)。ただし、長期嚢胞様黄斑浮腫や膜の腫瘍内入り込みがある場合は予後が不良となる。小児例では術後の弱視治療が視力予後の改善に不可欠である。
網膜・網膜色素上皮複合過誤腫の組織学的特徴は、無秩序なグリア組織、増殖する網膜色素上皮の索状物・管状構造、および多数の血管の混在である。亜型は優位な組織成分によって異なる外観を示す。
本疾患の発症には2つの仮説が提唱されている1)。
LedesmaGilらの仮説では、腫瘍増殖は段階的に内層網膜から外層網膜へと進行し、各層への関与に伴い血管構造が障害されると考えられている1)。
網膜前膜形成の分子機序は以下の通りである2)。
患眼の腫瘍直下の脈絡膜は対側眼より平均37%薄いことが確認されている7)。これは腫瘍による脈絡膜組織の代替または圧排による変化と考えられている。
Naseripourら(2023)は7歳女児の本疾患症例において、OCTで網膜が折り重なる新所見「double retina sign」を初めて報告した1)。この所見は網膜欠損部にグリア増殖が充填することで生じ、omega signとの同時確認例でもあった。3年間の経過観察で視力は安定していた。
shark-teeth sign(外顆粒層の三角形状過反射変化)はArrigo ら(2019)が命名した所見であり、軽微で見逃されやすい本疾患の早期診断に貢献する可能性がある2)7)。
van der Sommenら(2021)は、血管増殖性腫瘍を伴う本疾患症例において、vitreous wiping法による完全な硝子体皮質残留除去を含む術式を報告した5)。硝子体皮質残留が術後の増殖硝子体網膜症の足場となりうる可能性が指摘されており、完全除去の意義が注目されている。
Zhuら(2022)は、片側性網膜色素上皮異形成(unilateral retinal pigment epitheliopathy, URPED)と本疾患の臨床的類似性を報告した6)。乳頭傍の本疾患と片側性網膜色素上皮異形成が同一疾患のスペクトラム(forme fruste)である可能性が提唱されており、今後の症例蓄積による検討が必要とされている。
網膜前膜手術の適応基準と最適な手術時期の標準化、ランダム化比較試験によるエビデンスの構築が今後の主要課題である2)。現状では小規模な後方視的研究のみであり、治療効果の正確な評価には限界がある。