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その他

倒像鏡検査(Binocular Indirect Ophthalmoscopy)

1. 倒像鏡検査(双眼倒像検眼鏡検査)とは

Section titled “1. 倒像鏡検査(双眼倒像検眼鏡検査)とは”

双眼倒像鏡検査(Binocular Indirect Ophthalmoscopy: BIO)は,頭部装着型の照明付きヘッドセットを用いて散瞳下に眼底を両眼立体視する眼底検査の基本手技である。集光レンズ(通常20Dまたは25D)を患者眼前に保持し,眼底の倒立実像を眼前に形成して観察する。倍率は使用レンズにより2〜4倍,視野は30〜60°と広く,周辺網膜の全周観察が可能である。

直像鏡に比べて倍率は低いが,広い視野と立体視強膜圧迫との組み合わせにより,周辺部の網膜裂孔網膜剥離格子状変性を高い感度で検出できる。網膜硝子体疾患の診療において欠くことのできない検査であり,網膜剥離術前の全周詳細眼底評価はBIOなくして行えない。米国眼科学会(AAO)のPreferred Practice Pattern 2025 でも,急性後部硝子体剥離網膜裂孔格子状変性の評価において散瞳下のBIO強膜圧迫が推奨されている[2]

双眼倒像鏡の最大の特長は,集光レンズと強膜圧迫子をそれぞれ両手に持てる点にある。強膜を圧迫しながら網膜を立体的に観察し,圧迫による動的観察(網膜の動き・剥離の程度)や接線方向からの観察(裂孔辺縁の立ち上がり)が可能となる。これらの所見は単眼倒像鏡や前置レンズ法では得ることができない。

BIOの習熟には相応のトレーニングが必要であり,「双眼倒像鏡による眼底検査は面倒なうえに習熟するのに時間がかかるため敬遠されることが多いが,ほかの検査法では得ることのできない多くの所見を観察できる。診断の精度を上げ,正しい治療法の選択のためには必ず必要な検査である」とされている。実際,倒立逆像による空間定位の困難さがレジデントの習熟を妨げる主因とされ,近年は拡張現実シミュレータを用いた教育法の有効性も報告されている[8]

また,Charles L. Schepens は1945年に双眼倒像鏡を開発し,網膜剥離診療に革命をもたらしたことから「網膜剥離の父」と称される[1]

Q 倒像鏡検査では像が逆さまに見えるが,正しく観察できるのか?
A

倒像鏡では眼底の倒立実像(上下反転・左右反転)が検者の眼前に形成される。すなわち上方網膜が視野の下方に,右側網膜が左側に見える。これは光学的に正確な現象であり,検者は訓練を重ねることにより倒立像を自動的に読み替えながら観察する。慣れるまでは空間的な方向把握に戸惑うが,眼底スケッチを並行して行いながら習熟するのが一般的な手順である。

2. 直像鏡・前置レンズ法との比較

Section titled “2. 直像鏡・前置レンズ法との比較”
直像鏡・PanOptic・20D倒像鏡・網膜写真による眼底観察の比較(模式図と臨床写真)
直像鏡・PanOptic・20D倒像鏡・網膜写真による眼底観察の比較(模式図と臨床写真)
Corr RH. Fundoscopy in the smartphone age: current ophthalmoscopy methods in neurology. Arq Neuropsiquiatr. 2023;81(5):502-509. Figure 4. PMCID: PMC10232018. License: CC BY.
上段の模式図と下段の臨床写真で、従来の直像検眼鏡(A・B)、PanOptic検眼鏡(C・D)、20ジオプトリーの集光レンズを用いた倒像鏡(E・F)、網膜写真(G・H)による眼底像の視野と倍率の違いを示す。本文「直像鏡・前置レンズ法との比較」の項で扱う各検査法の視野・倍率特性に対応する。

倒像鏡は直像鏡・前置レンズ法(細隙灯顕微鏡+凸レンズ)と目的に応じて使い分けられる。

項目直像鏡双眼倒像鏡(BIO前置レンズ法(78D/90D)
倍率約15倍約2〜4倍約6〜8倍
視野約10°約30〜60°約20〜30°
像の方向正立像倒立・左右反転像倒立像(非接触)
立体視なしありあり
散瞳の要否不要(小瞳孔可)必要必要(推奨)
周辺網膜観察困難優れている赤道部まで良好
強膜圧迫不可可能不可
主な用途スクリーニング・乳頭観察周辺網膜・剥離・裂孔乳頭・黄斑・ガラス体

使い分けの原則として,網膜周辺部の裂孔・剥離・変性の検索には倒像鏡が最適であり,視神経乳頭黄斑部の詳細評価には前置レンズ法が適する。スクリーニング目的の簡易観察には直像鏡が用いられることもある。

BIOは以下の光路によって倒立実像を形成する。

  • ヘッドセット内の光源(ハロゲン/LED)から照明光を発する
  • コンデンサーレンズを通じて照明光を患者の瞳孔に向けて集光する
  • 照明光が眼底(網膜)に到達し,反射・散乱光が瞳孔から出射する
  • 検者が保持する集光レンズ(凸レンズ)が出射光を屈折させ,眼球と集光レンズの間(検者側)に倒立実像を形成する
  • 検者の両眼がこの実像を通してそれぞれ異なる角度から観察することで,両眼視差による立体感が生じる

集光レンズの屈折力(D値)が大きいほど焦点距離が短くなり,倍率は低下するが視野は広くなる。倍率の概算は「眼球の屈折力(約60D)÷ 集光レンズのD値」で求められる。

レンズ焦点距離倍率(概算)視野主な用途
14D約71 mm約4.3倍約37°乳頭・黄斑の詳細観察
20D約50 mm約3倍約45°成人の標準的な眼底検査
25D約40 mm約2.4倍約50°未熟児・小児
28D約36 mm約2.3倍約53°周辺網膜の広角観察
30D約33 mm約2倍約60°最周辺部・小瞳孔

レンズと患者眼の距離は焦点距離に相当する約5〜8 cmが目安となる。散瞳が十分なほど(瞳孔径が大きいほど)立体視の質が向上する。

倒像鏡は照明光と観察光の両方が瞳孔を通過する構造上,散瞳径が大きいほど明るく広い眼底像が得られる。小瞳孔(4 mm未満)では観察可能な視野が制限され,特に周辺部の強膜圧迫が行いにくくなる。

散瞳薬を点眼し,完全散瞳後に検査を開始する。

標準的な散瞳薬: トロピカミド0.5%(ミドリンM®)+フェニレフリン塩酸塩0.5%の配合点眼液(ミドリンP®)

  • 点眼後,約20〜30分で散瞳が完成する
  • 散瞳の効果は通常4〜6時間持続し,その間は羞明(光をまぶしく感じる)と近見困難が生じる
  • 閉塞隅角の既往・前房の浅い患者では急性緑内障発作のリスクがあるため,事前に前房深度を細隙灯顕微鏡または眼軸長検査で確認する
  • 小児ではサイプレジン(シクロペントレート1%)の使用を検討する
Q 散瞳薬の副作用と注意点は?
A

散瞳薬(トロピカミド0.5%+フェニレフリン0.5%)の主な副作用は,羞明(4〜6時間持続)と調節麻痺による近見困難である。自動車・自転車の運転は検査後当日は避けるよう説明する。最も重要な合併症は急性閉塞隅角緑内障発作であり,前房が浅い患者(遠視・高齢・小眼球等)では散瞳隅角を閉塞させ眼圧が急上昇する危険がある。散瞳前に細隙灯顕微鏡で前房深度を確認し,浅前房が疑われる場合は隅角検査ゴニオスコピー)を行ってから散瞳を決定する。

基本手順(仰臥位)

仰臥位が基本。以下の順で行う。

  1. 患者をストレッチャー等に仰臥位にする
  2. BIOヘッドセットを装着し,照明輝度を適切に調整する(過度に明るいと瞳孔が収縮)
  3. 患者の胸部にスケッチ用ボードを置く
  4. 20Dレンズを患者眼前約6〜8 cmの位置に保持する
  5. 反射光を利用して眼底像をレンズ内に捕捉する
  6. 上方→下方→耳側→鼻側→黄斑視神経乳頭の順に系統的に観察する
  7. 観察しながらスケッチに所見を記録する

強膜圧迫手順(周辺網膜検索)

赤道部より周辺は強膜圧迫を追加する。

  1. 圧迫棒(強膜圧迫子)を検眼鏡観察と同時に使用する
  2. 圧迫棒の先端を瞼越しに強膜に当て,軽く押し込む
  3. 眼底に網膜の隆起が生じ,最周辺部(鋸状縁近傍)が視野内に入る
  4. 圧迫しながら圧迫部位を移動させ,全周の最周辺部を順次確認する
  5. 裂孔・偽裂孔・変性部位が見られた場合は圧迫の前後で所見を確認し,動的変化(ゆがみ・剥離範囲変化)を記録する

強膜圧迫を併用したBIOは周辺網膜裂孔の検出におけるゴールドスタンダードであり[3],非接触細隙灯検査では急性の馬蹄形裂孔が見逃されうるとの報告がある[5]。一方,超広角眼底撮影(UWF)と比較した近年の検討では,馬蹄形裂孔の約半数がUWFのみでは検出できなかったとされ,UWF単独では強膜圧迫付きBIOを完全には代替できないと考えられている[4]。なお,強膜圧迫中の眼内圧は外来検査でも平均65 mmHg程度・最大88 mmHgまで上昇しうるとの報告があり,眼灌流に影響を及ぼす可能性があるため,高眼圧症例や緑内障症例では圧迫の強さと時間に配慮する[6]

眼底所見は以下の形式で記録する。

  • 時計方向: 1〜12時(上方を12時として記録。例:「5時方向」)
  • 赤道からの距離: 後極(post),赤道部(equator),鋸状縁(ora serrata)で区別
  • 乳頭径(DD): 距離の目安として乳頭径を1DDとし,「赤道部から1DD周辺」のように記載
  • スケッチ: 網膜剥離・裂孔の位置・形状・範囲を眼底スケッチ用紙(同心円付き)に色鉛筆で記録する。「スケッチを省略した網膜剥離手術は,海図を持たずに航海に出るに等しく無謀である」とされている

座位での検査も可能だが,耳側・鼻側の立体視が困難になるほか,圧迫検査できる範囲が制限される。全周の精密検索を行う場合は仰臥位が推奨される。

周辺網膜の嚢胞状網膜タフトと全層裂孔、および圧迫白色変化(white without pressure)のSD-OCT像
周辺網膜の嚢胞状網膜タフトと全層裂孔、および圧迫白色変化(white without pressure)のSD-OCT像
Chu RL, et al. Morphology of Peripheral Vitreoretinal Interface Abnormalities Imaged with Spectral Domain Optical Coherence Tomography. J Ophthalmol. 2019;2019:3839168. Figure 3. PMCID: PMC6590607. License: CC BY.
眼底写真(a)で左眼の嚢胞状網膜タフトに伴う網膜裂孔(矢印)と圧迫白色変化(矢頭)がみられ、レーザー網膜固定術1か月後(b)・SD-OCT術前(c)・術後1週(d)の変化を示す。本文「代表的な検査所見と対応」の項で扱う裂孔・偽裂孔・white without pressureの鑑別に対応する。
所見疑う疾患・状態緊急度対応
灰白色の波打つ隆起(網膜がなびく)裂孔原性網膜剥離緊急即日手術(バックリング/硝子体手術
馬蹄形・円孔・蓋付き裂孔網膜裂孔(剥離前)準緊急予防的レーザー光凝固術を1〜2日以内に施行
格子状・蝸牛状の周辺変性格子状変性(裂孔好発部位)経過観察自覚症状悪化時に再診指導
眼底透見不良(赤み)硝子体出血準緊急〜経過観察原因精査(糖尿病・静脈閉塞・裂孔等)
新生血管・出血・白斑・浮腫増殖糖尿病網膜症準緊急〜経過観察福田分類等で病期評価。レーザー/硝子体手術
乳頭の発赤・隆起うっ血乳頭乳頭浮腫準緊急頭蓋内圧亢進を疑い神経内科に紹介
乳頭蒼白・境界鮮明視神経萎縮経過観察〜精査原因精査(緑内障・虚血・視神経炎
周辺の白色リング状病変未熟児網膜症ROP)Stage分類緊急〜準緊急25D/30Dレンズ使用。ICROP3分類で評価

強膜圧迫は裂孔と偽裂孔(white with pressure: WWP)の鑑別にも有用である。

  • 真性裂孔: 圧迫で裂孔縁が明確に立ち上がる。周囲に網膜下液を認める場合は剥離が進行していると判断する
  • WWP: 圧迫によって白く見えるが,周囲との境界が不明瞭で圧迫除去後に消失する

この鑑別は,予防的レーザー凝固が必要か経過観察で良いかの判断において極めて重要である。

6. 病態生理学:倒像鏡の光学と立体視の原理

Section titled “6. 病態生理学:倒像鏡の光学と立体視の原理”

BIOで観察される倒立実像の形成は幾何光学に基づく。集光レンズの屈折力(D)と眼球の等価屈折力(約60D)の比から倍率(M)が概算される。

  • 倍率の概算式: M ≒ 60D ÷ レンズのD値
    • 例: 20Dレンズ使用時 → M ≒ 60 ÷ 20 = 3倍
    • 例: 28Dレンズ使用時 → M ≒ 60 ÷ 28 ≒ 2.1倍

実際の倍率はレンズの設計(非球面・平面鏡補正)により上記より若干高くなる。

集光レンズは現代では非球面設計が標準となっており,周辺部の球面収差・色収差が補正されている。これにより20D/28Dレンズで実用的な視野端まで鮮明な像が得られる。

倒像鏡の立体視は検者の両眼が瞳孔を通じて眼底を異なる角度から同時に観察することで生じる。

  • 左眼と右眼はそれぞれ異なる入射角で眼底からの反射光を受け取る
  • この両眼視差が網膜の奥行き情報(隆起の高さ・陥凹の深さ)として認識される
  • 散瞳が不十分(瞳孔径が小さい)と両眼の入射角の差が縮まり,立体感が乏しくなる

瞳孔径が大きいほど立体感が向上するため,十分な散瞳(6 mm以上が理想)が検査精度を左右する要因となる。

患者を仰臥位にすると以下の利点がある。

  • 全周の周辺部を重力の影響なく観察しやすい
  • 強膜圧迫が瞼越しに均一に行いやすい
  • 検者がスケッチを取りながら観察を継続しやすい
  • 網膜下液の分布が変化する(体位変換試験)の確認も可能

座位では耳側・鼻側の立体視が困難になるほか,圧迫検査できる範囲が制限される。

超広角眼底撮影装置との使い分け

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Optos®(200°超広角走査型レーザー検眼鏡)やCLARUS®(45〜133°超広角眼底カメラ)は非散瞳・非接触で広角眼底像を取得できる。スクリーニング・記録・患者説明・遠隔読影において有用性が高い。

ただし,超広角眼底撮影は平面画像であり,BIOが提供する立体視・動的観察(強膜圧迫による所見変化)・鋸状縁近傍の最周辺部評価を代替することはできない。二次元画像上で「裂孔様に見える病変」の最終確認にはBIOが不可欠であり,両者は補完関係にある。

デジタルセンサーを内蔵した記録機能付きヘッドセット(Digital BIO)が実用化されている。リアルタイムの映像を外部モニターに表示し,動画・静止画として記録できるため,術前説明・教育・遠隔コンサルテーションへの応用が進んでいる。

遠隔読影と未熟児網膜症スクリーニング

Section titled “遠隔読影と未熟児網膜症スクリーニング”

途上国・離島・NICU施設では眼科専門医の常駐が困難な場合があり,BIO検査の映像をリアルタイムで遠隔地の専門医に転送し読影するシステムの開発が進んでいる。未熟児網膜症ROP)スクリーニングは特に有望な応用領域であり,デジタルBIOと遠隔読影の組み合わせは医療アクセスの格差解消に貢献する可能性がある。なお,ROPスクリーニングを広視野デジタル眼底撮影BIOで前向きに比較した試験では,デジタル撮影は単独でBIOを置き換えるのではなく補助的位置づけにとどまるべきであるとされている[7]

AIを用いた広角眼底カメラによる糖尿病網膜症ROP緑内障スクリーニングが商業化されつつある。これらのシステムはファーストスクリーニングとして有用だが,精密診療(手術適応判断・治療モニタリング)の場面では依然としてBIOが主要な検査手技として機能し続けると考えられている。

  1. Sen M, Honavar SG. Charles L. Schepens: Eye Spy. Indian J Ophthalmol. 2023;71(7):2625-2627. PMID: 37417098. PMCID: PMC10491037.
  2. Kim SJ, Bailey ST, Kovach JL, et al. Posterior Vitreous Detachment, Retinal Breaks, and Lattice Degeneration Preferred Practice Pattern®. Ophthalmology. 2025;132(4):P163-P196. PMID: 39918519.
  3. Raevis J, Hariprasad SM, Shrier E. The Depressing Part of Retina: A Review of Scleral Depression and Scleral Indentation. Ophthalmic Surg Lasers Imaging Retina. 2021;52(2):71-74. PMID: 33626165.
  4. Lin AC, Kalaw FGP, Schönbach EM, et al. The Sensitivity of Ultra-Widefield Fundus Photography Versus Scleral Depressed Examination for Detection of Retinal Horseshoe Tears. Am J Ophthalmol. 2023;255:73-79. PMID: 37468086.
  5. Natkunarajah M, Goldsmith C, Goble R. Diagnostic effectiveness of noncontact slitlamp examination in the identification of retinal tears. Eye (Lond). 2003;17(5):607-609. PMID: 12855967.
  6. Trevino R, Stewart B. Change in intraocular pressure during scleral depression. J Optom. 2015;8(4):244-251. PMID: 25444648.
  7. Dhaliwal C, Wright E, Graham C, McIntosh N, Fleck BW. Wide-field digital retinal imaging versus binocular indirect ophthalmoscopy for retinopathy of prematurity screening: a two-observer prospective, randomised comparison. Br J Ophthalmol. 2009;93(3):355-359. PMID: 19028742.
  8. Rai AS, Rai AS, Mavrikakis E, Lam WC. Teaching binocular indirect ophthalmoscopy to novice residents using an augmented reality simulator. Can J Ophthalmol. 2017;52(5):430-434. PMID: 28985799.

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