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眼外傷

網膜鋸状縁断裂(網膜ダイヤリシス)

1. 網膜鋸状縁断裂(網膜ダイヤリシス)とは

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鈍的眼外傷では、後極部網膜に圧迫と反発性の伸展が加わるとともに、硝子体基底部が網膜を牽引する。これにより赤道部や周辺部の網膜変性巣に裂孔が生じるほか、血管アーケード付近の後極部裂孔、鋸状縁断裂(網膜ダイヤリシス)毛様体上皮裂孔を生じやすく、これらをまとめて外傷性網膜裂孔(traumatic retinal tear)という。

外傷性網膜裂孔は発生部位と機序により以下の3型に分類される。

  • 後極部裂孔: 血管アーケード付近に生じる。黄斑円孔網膜震盪(Commotio retinae)を合併しやすい。
  • 鋸状縁断裂(網膜ダイヤリシス): 網膜の最周辺部(鋸状縁)で硝子体基底部から網膜が離断する。若年者に多い。
  • 毛様体上皮裂孔: 毛様体上皮が裂ける。診断に毛様体鏡が必要。

鋸状縁断裂は弁状裂孔とは異なり、全層の裂隙(離断)であり、網膜弁が翻転しない点が特徴である。網膜の前縁は鋸状縁に固着したまま残り、後縁が硝子体側に折れ曲がる形態をとることが多い。

鋸状縁断裂は若年者に多い。特にスポーツ外傷(ボクシング・サッカー・野球などのボール外傷)、交通事故、暴行による鈍的眼外傷の後に好発する。

若年者では硝子体の液化が進んでいないため、硝子体網膜の癒着が成人より強固である。そのため鈍的外傷時の牽引力が直接鋸状縁に及び、離断が起こりやすい。一方、硝子体液化が少ないことで網膜下液の流入が緩やかとなり、扁平な網膜剝離として進行する。この「緩徐な進行」のために受傷から診断まで数週間〜数か月の間隔が生じることがある。

硝子体出血隅角後退を合併しやすく、これらが直接の受診動機となることも多い。

Q 鋸状縁断裂と通常の網膜裂孔はどう違うのか?
A

通常の網膜裂孔(変性性裂孔や後部硝子体剥離に伴う馬蹄形裂孔)は中高年に多く、網膜の赤道部〜後極部に生じやすい。これに対し鋸状縁断裂は外傷性であり、最周辺部(鋸状縁)が硝子体基底部から離断する点が異なる。弁状でなく全層の裂隙であること、若年者に好発すること、扁平な網膜剝離として緩徐に進行すること、が主な特徴である。間接倒像鏡による通常の眼底検査だけでは見逃しやすく、毛様体鏡を用いた最周辺部の観察が診断に必要となる。

下方網膜剝離と鋸状縁断裂を示す後眼部カラー写真
下方網膜剝離と鋸状縁断裂を示す後眼部カラー写真
Shrestha RM, Bhatt S, Shrestha P, et al. Rhegmatogenous retinal detachment with spontaneous dialysis of the ora serrata in neurofibromatosis type 1: A case report. JNMA J Nepal Med Assoc. 2022;60(250):555-558. Figure 3. PMCID: PMC9275462. License: CC BY 4.0.
後眼部カラー写真で、下方網膜の広範な隆起と鋸状縁部の離断縁(矢印)が確認できる。本文「主な症状と臨床所見」の項で扱う鋸状縁断裂に対応する。
  • 無症状(初期): 鋸状縁断裂が小さく網膜剝離が生じていない場合、受傷後しばらくは自覚症状がないことがある。
  • 飛蚊症: 硝子体出血硝子体混濁が生じると飛蚊症が現れる。
  • 視野欠損: 断裂が大きく網膜剝離に進展した場合、断裂部位に対応した視野が欠ける。断裂部が下方に多いため、上方視野が欠けることが多い。
  • 視力低下: 網膜剝離が黄斑部に及んだ場合に生じる。扁平な剝離の段階では視力が比較的保たれていることがある。
  • 鋸状縁部の離断: 最周辺部に弧状または半円状の全層裂隙を認める。前縁(鋸状縁側)は固着したまま残り、後縁が折れ曲がる。
  • 扁平な周辺部網膜剝離: 硝子体液化が少ない若年者では、網膜下液の貯留が緩やかで剝離高が低い。
  • 硝子体出血: 外傷に伴う網膜血管の破綻で生じる。眼底の透見性を低下させる。
  • 隅角後退: 鈍的外傷により虹彩根部が後退した状態。外傷性緑内障のリスク因子となる。

網膜剝離を伴う鋸状縁断裂において、眼圧が上昇するものをSchwartz症候群という。機序は、網膜裂孔から光受容体の外節(outer segment)が前房内に流出し、線維柱帯(眼内の排水構造)を閉塞することによる眼圧上昇である。眼圧降下薬による内科的治療だけでは改善しないことが多く、根本的な網膜裂孔の治療が必要となる。

Q 受傷後に無症状であっても検査は必要か?
A

必要である。鋸状縁断裂は初期に無症状のことが多く、緩徐に進行する扁平な網膜剝離として発見が遅れやすい。眼外傷(特に鈍的外傷)を受けた若年者では、症状がなくても散瞳眼底検査毛様体鏡検査を行い、最周辺部を含めた周辺網膜を詳細に観察することが重要である。発見が遅れると増殖性硝子体網膜症PVR)に至り、治療が困難になる。

鈍的眼外傷が主因である。眼球が前後方向に圧縮されると赤道部が冠状面方向に膨張し、硝子体基底部が鋸状縁を強く牽引する。若年者では硝子体網膜の癒着が強固なため、この牽引力が直接最周辺部網膜に伝わり離断が起こる。

  • 若年者: 硝子体液化が少なく網膜との癒着が強いため、鈍的外傷の牽引力が鋸状縁に集中する。
  • スポーツ外傷: ボクシング(顔面への打撃)、ボール外傷(サッカー・野球・テニス・ラケットボール)が特に多い。
  • 交通事故・労働災害・暴行: 鈍的眼外傷全般がリスクとなる。
  • 格子状変性(ラティス変性)などの周辺部網膜変性: 既存の網膜脆弱部があると裂孔・離断が生じやすい。

鋸状縁断裂は最周辺部に生じるため、通常の直像鏡検査や散瞳下間接倒像鏡検査だけでは見逃しやすい。最周辺部の観察には毛様体鏡(毛様体圧迫鏡)の使用が必須となる。

検査目的備考
間接倒像鏡 + 強膜圧迫周辺部〜最周辺部の網膜観察散瞳下で実施。最周辺部は強膜圧迫が必須
毛様体鏡(毛様体圧迫鏡)鋸状縁毛様体上皮の観察最周辺部の裂孔・離断の確認に不可欠
超音波Bモード検査硝子体出血で眼底透見不能の場合網膜剝離・眼内異物を確認
OCT光干渉断層計黄斑部剝離の確認扁平な剝離が黄斑に及んでいないかを評価
眼圧測定隅角鏡検査隅角後退・Schwartz症候群の確認眼圧上昇があれば隅角検査を追加
眼窩CT眼内異物眼窩骨折の除外開放性外傷疑いに適応

硝子体出血によって裂孔が隠れることもあるため注意を要する。鋸状縁から毛様体上皮裂孔の観察には毛様体鏡が有用である。

  • 眼底が透見不能な場合:超音波Bモード検査網膜剝離の有無を確認する。
  • 受傷後に眼圧上昇を認める場合:隅角後退外傷性緑内障のリスク)とSchwartz症候群を鑑別する。
  • 若年者の扁平な周辺部網膜剝離:鋸状縁断裂・網膜ダイヤリシスを積極的に疑う。
  • 非外傷性の裂孔原性網膜剝離: 中高年・近視眼に多い。外傷歴がない。馬蹄形裂孔が多い。
  • 滲出性網膜剝離: 裂孔を伴わない。下方に液体が貯留する特徴がある。Vogt-小柳-原田病強膜炎等が原因。
  • 牽引性網膜剝離: 増殖糖尿病網膜症増殖性硝子体網膜症に伴う。
Q 硝子体出血で眼底が見えない場合はどうするか?
A

超音波Bモード検査が必須となる。網膜剝離の有無(視神経乳頭との連続性の確認)・剝離の範囲・眼内異物の有無を評価する。Bモードで網膜剝離が確認された場合は早期手術の方針をとる。出血が消退してから詳細な周辺部眼底検査毛様体鏡を含めて実施し、鋸状縁断裂の位置・大きさを確認する。

治療方針は網膜剝離の有無・外傷の種類(開放性か非開放性か)・裂孔の大きさによって決定する。

網膜剝離を伴わない場合

治療: レーザー光凝固

断裂周囲をレーザーで焼灼し、網膜網膜色素上皮を癒着させる。網膜下液の流入を防ぎ、網膜剝離への進展を阻止することが目的。

注意: 小さな鋸状縁断裂は硝子体の液化とともに後日拡大することがある。定期的な経過観察が必要。

網膜剝離を伴う場合(非開放性外傷・透見性良好)

治療: 強膜バックリング(輪状締結)手術

高度な巨大裂孔網膜剝離を除き、強膜バックリングが基本術式。シリコーンスポンジまたはシリコーンバンドで断裂部位を内陥させ、裂孔を閉鎖する。冷凍凝固で断裂周囲の網膜を固定する。

網膜剝離を伴う場合(開放性外傷)

治療: 硝子体手術

嵌頓した硝子体ゲルの牽引を解除することが第一の治療目的であり、比較的緊急性をもった硝子体手術が望ましい。眼内炎リスクの低減・眼内異物除去を兼ねる。

巨大裂孔網膜剝離の場合

治療: 硝子体手術 + タンポナーデ

シリコーンオイル・SF6ガス(20〜25%)・C3F8ガス(14〜16%)のタンポナーデを使用し、裂孔を閉鎖させる。増殖性硝子体網膜症PVR)を合併している場合はシリコーンオイルが選択される。

強膜バックリングは外側から眼球壁を内陥させることで断裂部位を閉鎖する術式である。

  • 輪状締結: シリコーンバンドを赤道部に巻きつけ、鋸状縁断裂を含む全周を内陥させる。
  • 局所バックル: 断裂部に対応した部位にのみシリコーンスポンジを縫着する。
  • 冷凍凝固: バックル縫着前に断裂周囲を冷凍凝固し、脈絡網膜癒着を作成する。
  • 網膜下液の排液: 剝離が広範な場合、強膜外から網膜下液を排出する。

Schwartz症候群(外傷性網膜剝離に伴う眼圧上昇)が認められる場合、眼圧降下薬(炭酸脱水酵素阻害薬β遮断薬)で一時的に眼圧を管理しつつ、根本的には網膜裂孔の治療(光凝固または手術)が必要となる。縮瞳薬(ピロカルピン)は房水産生抑制に寄与しないため第一選択にはならない。

Q 鋸状縁断裂はレーザーだけで治療できるか?
A

網膜剝離を伴わない鋸状縁断裂であればレーザー光凝固が適応となる。断裂周囲にレーザーを照射して網膜色素上皮との癒着を作り、網膜下への液体流入を防ぐ。ただし断裂が大きい場合・下方に位置する場合・硝子体液化が進んで牽引が強い場合は、レーザー後も網膜剝離に進展するリスクがある。網膜剝離を認めた場合は手術(強膜バックリングまたは硝子体手術)が必要となる。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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鈍的外傷による鋸状縁断裂の発生機序

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鈍的外傷によって眼球が前後方向に圧縮されると、眼球赤道部が冠状面方向に膨張する(前後径の短縮と赤道径の拡大)。この変形により硝子体基底部が鋸状縁網膜の最周辺部・鋸状の境界)を強く内側へ牽引する。

若年者では硝子体の液化(液状化)が進んでいない。硝子体ゲルが均質な状態を保ち、網膜との癒着が強固であるため、牽引力が広い範囲で均等に伝わらず、最も癒着が強い鋸状縁に力が集中する。この結果、鋸状縁網膜が全層離断する。

離断部が小さければ、網膜下液の流入速度は緩やかで扁平な網膜剝離にとどまる。硝子体液化が少ない若年者では液体が網膜下へ広がるのに時間がかかり、進行が緩徐となる。これが「受傷から診断までに長期間を要する」原因である。

離断部が大きくなる(巨大裂孔型)と、液体が勢いよく網膜下腔に流入し急速に広範な網膜剝離へ進展する。長期にわたる網膜剝離は増殖性硝子体網膜症PVR; proliferative vitreoretinopathy)を合併し、難治性となる。

外傷性網膜剝離では、離断部の辺縁から光受容体の外節(outer segment)が網膜下液とともに前房へ流出することがある。外節は線維柱帯(眼内の排水構造)を物理的に閉塞し、房水の流出を妨げることで眼圧を上昇させる。この病態をSchwartz症候群という。眼圧網膜裂孔を治療することで改善する。

外傷は鋸状縁断裂のみならず、以下の合併障害を伴うことが多く、これらが予後に影響する。

  • 水晶体損傷: 外傷性白内障水晶体脱臼により視力低下をきたす。
  • 網膜打撲壊死(Commotio retinae): 網膜内層の浮腫による視力低下・視野欠損
  • 外傷性緑内障: 隅角後退angle recession)に伴う眼圧上昇。数年後に発症することもある。
  • 増殖性硝子体網膜症PVR: 長期の網膜剝離により網膜前・網膜下に線維増殖膜が形成される。難治性となるため、早期治療が極めて重要。

早期発見・早期治療により網膜復位が得られた場合の予後は良好である。黄斑部が剝離する前に治療できれば、術後の視力回復は良好に期待できる。一方、発見が遅れてPVRを合併した場合は手術成功率が低下し、視力予後も不良となる。

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