この疾患の要点
隅角後退は鈍的眼外傷により毛様体 輪状筋と縦走筋の間で断裂が生じ、毛様体 が後方へ移動した状態である。
隅角後退そのものは無症候性だが、前房出血 ・低眼圧 ・隅角後退緑内障などの合併症が問題となる。
診断には隅角鏡検査 が必須であり、僚眼(非受傷眼)との比較が診断の鍵となる。
前房出血 が存在する間は再出血リスクがあるため、隅角鏡検査 は出血吸収後まで避ける。
低眼圧 にはアトロピン1%点眼と副腎皮質ステロイド 点眼の併用が基本治療となる。
受傷後数年〜数十年を経て隅角後退緑内障を発症する例があり、長期的な眼圧 管理が必要である。
隅角後退が広範囲(特に180°以上)ほど緑内障 発症リスクが高く、定期的な経過観察が重要である。
隅角後退(angle recession)は、毛様体 輪状筋(Müller筋)と縦走筋(Brücke筋)との間で断裂が生じ、毛様体 が虹彩 とともに後方へ移動した状態である。隅角 解離とも呼ばれる。
隅角後退は鈍的眼外傷の合併症として生じる。前房出血 を伴う鈍的外傷患者の多くに隅角後退が認められ、外傷の程度が強いほど発生率が高い。受傷後すぐに問題となるより、数年後の緑内障 発症として初めて認識されることも少なくない。
隅角後退(angle recession)
断裂部位 :毛様体 輪状筋(Müller筋)と縦走筋(Brücke筋)の間
特徴 :毛様体 が後方へ移動し、隅角 が拡大して見える。
合併症 :線維柱帯 機能障害による遅発性眼圧 上昇(隅角後退緑内障)。
毛様体解離(cyclodialysis)
断裂部位 :毛様体 と強膜 の付着部
特徴 :毛様体 が強膜 から剝離し、隅角 と脈絡膜 上腔が交通する。
合併症 :著明な低眼圧 ・低眼圧黄斑症 。隅角後退より重篤な低眼圧 をきたす。
Q
隅角後退は治療が必要か?
A
隅角後退そのものへの処置は特に必要としない。ただし、合併する前房出血 ・低眼圧 の治療と、将来の緑内障 発症を監視するための長期的な経過観察が必要である。眼圧 上昇の可能性を患者に説明し、定期的な通院を継続させることが重要である。
隅角後退そのものによる自覚症状は特にない。症状は合併する損傷の種類と程度により異なる。
前房出血 合併時 :視力 低下・充血 ・眼痛 。前房出血 の程度により視力 への影響が変わる。
低眼圧 合併時 :極端な低眼圧 をきたすと低眼圧黄斑症 による視力 低下を生じる。視力 低下のほか、脈絡膜 皺壁や視神経乳頭 浮腫を伴うことがある。
隅角後退緑内障発症時 :眼圧 上昇による緑内障 性視野障害が生じる。進行するまで自覚症状に乏しいことが多い。
隅角 鏡所見 が最も重要な所見である。
虹彩 根部から強膜 岬までの距離の増大
毛様体 部が濃い灰色の幅広い帯として観察される
僚眼(非受傷眼)との比較で隅角 の非対称性が明確となる
その他の所見 :
前房出血 (hyphema):受傷後早期に観察される
虹彩 根部の離断・萎縮
水晶体 損傷(外傷性白内障 ・水晶体 脱臼)
眼底:網膜 振盪・網膜 出血・硝子体出血 などを合併することがある
眼圧 :前房出血 に伴い一時的に高くなることが多い。慢性期は正常範囲内でも、将来的に上昇するリスクがある
Q
前房出血がある間は何をすべきか?
A
安静を保ち、頭を高くして就寝することが基本となる。再出血リスクがあるため、前房出血 が存在する間は隅角鏡検査 を避ける。アスピリン等の出血を助長する薬剤の使用も控える。眼圧 が高い場合は点眼薬で管理する。
鈍的外力による前房 内圧の急激な上昇が隅角後退の原因である。外力が眼球に加わると前房 内圧が瞬間的に上昇し、最もストレスのかかる隅角 部の毛様体 筋層間で断裂が生じる。
スポーツ外傷 :野球・ソフトボール(ボールの直撃)、ラケットスポーツ、ボクシング・格闘技など
暴行・外傷 :拳や鈍器による眼部への直接打撃
交通事故 :ハンドルやエアバッグによる眼部への衝撃
転倒・落下 :地面や物体への顔面の衝突
年齢・性別 :外傷発生の疫学から若年男性に多い
スポーツ活動 :適切な眼部保護具を使用しない球技・格闘技
前房出血 の既往 :前房出血 を生じた鈍的外傷では、高い割合で隅角後退を合併する
外傷の重症度 :外傷が強いほど隅角後退の範囲が広くなりやすい
Iannucci V, Manni P, Alisi L, Mecarelli G, Lambiase A, Bruscolini A. Bilateral Angle Recession and Chronic Post-
Traumatic Glaucoma : A Review of the Literature and a Case Report. Life (Basel). 2023;13(9):1814. Figure 1. PMCID: PMC10532958. DOI: 10.3390/life13091814. License: CC BY 4.0.
隅角鏡検査 による右眼の比較画像。上方
隅角 (A)は正常な
隅角 構造を示すのに対し、下方
隅角 (B)では矢印が示す通り
毛様体 帯の著明な拡大・後退(病的深化)が認められ、縦走筋と輪状筋間の断裂による
毛様体 後方偏位が直接確認できる。本文「診断と検査方法」の項で扱う
隅角鏡検査 所見(
毛様体 帯の幅広化・僚眼との非対称性)に対応する。
隅角後退の確定診断には隅角鏡検査 が必須である。受傷後の眼科的精査において、前房出血 を認めた場合は常に隅角後退の合併を念頭に置く。
虹彩 根部から強膜 岬までの距離の増大と、毛様体 部の幅広い灰色の帯が特徴的所見である。隅角後退の範囲と程度を正確に評価するには、僚眼(非受傷眼)との比較が重要 となる。
前房出血 が存在する間は再出血の可能性があるため、隅角鏡検査 は出血が吸収されるまで避ける。
検査 目的 備考 隅角鏡検査 隅角後退の範囲・程度の評価(僚眼比較) 前房出血 中は施行禁忌超音波生体顕微鏡 (UBM )毛様体 ・虹彩 根部の詳細構造評価前房出血 中でも施行可能前眼部OCT 隅角 構造の非接触評価UBM に比べ簡便眼圧測定 急性期高眼圧 ・慢性期緑内障 の検出 長期的な定期測定が重要 眼底検査 網膜 ・硝子体 損傷の確認隅角後退と網膜 損傷は合併しやすい
超音波生体顕微鏡 (UBM ) :虹彩 根部から毛様体 にかけての観察に有用。前房出血 中でも施行可能で、隅角後退の範囲評価や毛様体解離 の合併確認に適する。
前眼部OCT :隅角 構造の非接触評価が可能。UBM より簡便で患者負担が少ない。
隅角後退そのものへの処置は特に必要としない。治療の対象は合併する前房出血 ・低眼圧 ・隅角後退緑内障である。
安静 :頭部挙上位での安静臥床。再出血予防のため激しい活動を控える。
散瞳薬 :毛様体 筋の弛緩による疼痛軽減と虹彩 固定。
副腎皮質ステロイド 点眼 :炎症抑制と出血吸収促進。
眼圧 管理 :出血に伴う眼圧 上昇に対し、β遮断薬 ・炭酸脱水酵素阻害薬 (CAI)などの点眼薬を使用する。
低眼圧 に対しては、まず保存的に薬物療法を行い、持続する場合は手術療法を行う。
薬物治療(処方例) :
アトロピン点眼液(1%) :1日1回、就寝前点眼。毛様体 を後方に引き、解離部の隙間を閉鎖する方向に作用する。
フルメトロン点眼液(0.1%) :1日4回点眼(朝・昼・夕・就寝前)。炎症を抑制し、自然閉鎖を促す。
上記2剤の併用が基本となる。
外科的治療 (薬物療法で低眼圧 が持続する場合):
解離部アルゴンレーザー照射 :毛様体解離 部を直接照射し閉鎖を促す。
毛様体 ジアテルミー凝固術 ・冷凍凝固 術 :解離部を凝固して閉鎖する。
強膜 バックリング 手術 :解離部を外側から圧迫して閉鎖する。
毛様体解離 部直接縫合 :外科的に解離部を縫合閉鎖する。
硝子体手術 :複合損傷や硝子体出血 を伴う場合に選択する。
受傷後数年〜数十年を経て発症した隅角後退緑内障は、開放隅角緑内障 に準じた治療を行う。
Q
隅角後退緑内障はいつ発症するか?
A
受傷後数年〜数十年の経過で発症しうる。隅角後退の範囲が広い(特に180°以上)ほど発症リスクが高い。受傷後の低眼圧 が回復した後、数年後に眼圧 上昇が生じることがある。定期的な眼圧測定 ・視野検査 ・眼底検査 を継続することが、早期発見のために重要である。
鈍的外力が眼球に加わると、前房 内圧が急激に上昇する。その圧力により角膜輪部 が伸展し、房水 が後方および隅角 部へ移動することで虹彩 が伸展される。この一連の物理的変化が虹彩 根部の損傷を引き起こす。
毛様体 筋は輪状筋(Müller筋)と縦走筋(Brücke筋)、放射筋の3層からなる。鈍的外力による急激な圧力変化は、解剖学的に脆弱な輪状筋と縦走筋の間で断裂を生じさせる。この断裂が隅角後退の本態である。
外傷の瞬間に線維柱帯 が物理的損傷を受ける。この損傷が房水 流出障害を引き起こし、眼圧 上昇へとつながる。受傷直後には顕在化しないことが多く、線維柱帯 の機能的代償が低下するにつれて数年〜数十年の潜伏期間を経て発症する。
具体的な機序として以下が考えられる:
外傷時の線維柱帯 直接損傷 :受傷時の圧力変化で線維柱帯 網が物理的に損傷を受ける
炎症後の線維化 :前房出血 ・外傷性ぶどう膜炎 に続く炎症が線維柱帯 の線維化・瘢痕化を促進する
経年変化 :正常な加齢変化に、外傷による線維柱帯 の予備機能低下が加わり、代償が破綻する
毛様体解離 (cyclodialysis)を合併する場合は異なる病態を示す。毛様体 が強膜 から剝離すると、隅角 と脈絡膜 上腔が交通し房水 が脈絡膜 上腔へ大量流出する。その結果、著明な低眼圧 ・低眼圧黄斑症 が生じる。毛様体解離 が自然閉鎖または治療により閉鎖されると、今度は急激な眼圧 上昇をきたすことがある。
Q
隅角後退と毛様体解離は何が違うか?
A
隅角後退は毛様体 輪状筋と縦走筋の間の断裂であり、毛様体 の位置関係の変化だけが生じる。毛様体解離 は毛様体 が強膜 から剝離した状態であり、隅角 と脈絡膜 上腔が交通する。毛様体解離 はより著明な低眼圧 をきたし、視力 への影響も大きい。外傷の程度が強い場合は両者が合併することもある。
前眼部OCT およびUBM を用いた隅角後退の定量的評価法が進歩している。隅角後退の範囲・深さを客観的に数値化し、緑内障 発症リスクの予測因子として活用する研究が進められている。2)
隅角後退が180°以上の症例における長期緑内障 発症率を追跡した研究では、受傷後5〜10年での発症リスクが正常眼と比較して有意に高いことが示されている。隅角後退の範囲と線維柱帯 への損傷程度が、緑内障 発症の独立した予測因子となる可能性が検討されている。1)
低侵襲緑内障手術 (MIGS )の隅角後退緑内障への適応が研究されている。線維柱帯 が損傷している隅角後退緑内障では、線維柱帯 を標的とするMIGS の効果が限定的となる可能性があり、脈絡膜 上腔または結膜 下へのバイパス経路を作成するアプローチの有効性が検討されている。
Girkin CA, McGwin G Jr, Long C, Morris R, Kuhn F. Glaucoma after ocular contusion: a cohort study of the United States Eye Injury Registry. Journal of glaucoma. 2005;14(6):470-3. doi:10.1097/01.ijg.0000185437.92803.d7. PMID:16276279.
Sihota R, Kumar S, Gupta V, Dada T, Kashyap S, Insan R, Srinivasan G.. Early predictors of traumatic glaucoma after closed globe injury: trabecular pigmentation, widened angle recess, and higher baseline intraocular pressure. Arch Ophthalmol. 2008;126(7):921-926. doi:10.1001/archopht.126.7.921. PMID:18625937.
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