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眼外傷

隅角後退

隅角後退(angle recession)は、毛様体輪状筋(Müller筋)と縦走筋(Brücke筋)との間で断裂が生じ、毛様体虹彩とともに後方へ移動した状態である。隅角解離とも呼ばれる。

隅角後退は鈍的眼外傷の合併症として生じる。前房出血を伴う鈍的外傷患者の多くに隅角後退が認められ、外傷の程度が強いほど発生率が高い。受傷後すぐに問題となるより、数年後の緑内障発症として初めて認識されることも少なくない。

隅角後退(angle recession)

断裂部位毛様体輪状筋(Müller筋)と縦走筋(Brücke筋)の間

特徴毛様体が後方へ移動し、隅角が拡大して見える。

合併症線維柱帯機能障害による遅発性眼圧上昇(隅角後退緑内障)。

毛様体解離(cyclodialysis)

断裂部位毛様体強膜の付着部

特徴毛様体強膜から剝離し、隅角脈絡膜上腔が交通する。

合併症:著明な低眼圧低眼圧黄斑症。隅角後退より重篤な低眼圧をきたす。

Q 隅角後退は治療が必要か?
A

隅角後退そのものへの処置は特に必要としない。ただし、合併する前房出血低眼圧の治療と、将来の緑内障発症を監視するための長期的な経過観察が必要である。眼圧上昇の可能性を患者に説明し、定期的な通院を継続させることが重要である。

隅角後退そのものによる自覚症状は特にない。症状は合併する損傷の種類と程度により異なる。

  • 前房出血合併時視力低下・充血眼痛前房出血の程度により視力への影響が変わる。
  • 低眼圧合併時:極端な低眼圧をきたすと低眼圧黄斑症による視力低下を生じる。視力低下のほか、脈絡膜皺壁や視神経乳頭浮腫を伴うことがある。
  • 隅角後退緑内障発症時眼圧上昇による緑内障性視野障害が生じる。進行するまで自覚症状に乏しいことが多い。

臨床所見(医師が診察で確認する所見)

Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”

隅角鏡所見が最も重要な所見である。

  • 虹彩根部から強膜岬までの距離の増大
  • 毛様体部が濃い灰色の幅広い帯として観察される
  • 僚眼(非受傷眼)との比較で隅角の非対称性が明確となる

その他の所見

  • 前房出血(hyphema):受傷後早期に観察される
  • 虹彩根部の離断・萎縮
  • 水晶体損傷(外傷性白内障水晶体脱臼)
  • 眼底:網膜振盪・網膜出血・硝子体出血などを合併することがある
  • 眼圧前房出血に伴い一時的に高くなることが多い。慢性期は正常範囲内でも、将来的に上昇するリスクがある
Q 前房出血がある間は何をすべきか?
A

安静を保ち、頭を高くして就寝することが基本となる。再出血リスクがあるため、前房出血が存在する間は隅角鏡検査を避ける。アスピリン等の出血を助長する薬剤の使用も控える。眼圧が高い場合は点眼薬で管理する。

鈍的外力による前房内圧の急激な上昇が隅角後退の原因である。外力が眼球に加わると前房内圧が瞬間的に上昇し、最もストレスのかかる隅角部の毛様体筋層間で断裂が生じる。

  • スポーツ外傷:野球・ソフトボール(ボールの直撃)、ラケットスポーツ、ボクシング・格闘技など
  • 暴行・外傷:拳や鈍器による眼部への直接打撃
  • 交通事故:ハンドルやエアバッグによる眼部への衝撃
  • 転倒・落下:地面や物体への顔面の衝突
  • 年齢・性別:外傷発生の疫学から若年男性に多い
  • スポーツ活動:適切な眼部保護具を使用しない球技・格闘技
  • 前房出血の既往前房出血を生じた鈍的外傷では、高い割合で隅角後退を合併する
  • 外傷の重症度:外傷が強いほど隅角後退の範囲が広くなりやすい
隅角後退の隅角鏡所見:上方隅角(正常)と下方隅角(毛様体帯の幅広化・後退)の比較
隅角後退の隅角鏡所見:上方隅角(正常)と下方隅角(毛様体帯の幅広化・後退)の比較
Iannucci V, Manni P, Alisi L, Mecarelli G, Lambiase A, Bruscolini A. Bilateral Angle Recession and Chronic Post-Traumatic Glaucoma: A Review of the Literature and a Case Report. Life (Basel). 2023;13(9):1814. Figure 1. PMCID: PMC10532958. DOI: 10.3390/life13091814. License: CC BY 4.0.
隅角鏡検査による右眼の比較画像。上方隅角(A)は正常な隅角構造を示すのに対し、下方隅角(B)では矢印が示す通り毛様体帯の著明な拡大・後退(病的深化)が認められ、縦走筋と輪状筋間の断裂による毛様体後方偏位が直接確認できる。本文「診断と検査方法」の項で扱う隅角鏡検査所見(毛様体帯の幅広化・僚眼との非対称性)に対応する。

隅角後退の確定診断には隅角鏡検査が必須である。受傷後の眼科的精査において、前房出血を認めた場合は常に隅角後退の合併を念頭に置く。

虹彩根部から強膜岬までの距離の増大と、毛様体部の幅広い灰色の帯が特徴的所見である。隅角後退の範囲と程度を正確に評価するには、僚眼(非受傷眼)との比較が重要となる。

前房出血が存在する間は再出血の可能性があるため、隅角鏡検査は出血が吸収されるまで避ける。

検査目的備考
隅角鏡検査隅角後退の範囲・程度の評価(僚眼比較)前房出血中は施行禁忌
超音波生体顕微鏡UBM毛様体虹彩根部の詳細構造評価前房出血中でも施行可能
前眼部OCT隅角構造の非接触評価UBMに比べ簡便
眼圧測定急性期高眼圧・慢性期緑内障の検出長期的な定期測定が重要
眼底検査網膜硝子体損傷の確認隅角後退と網膜損傷は合併しやすい
  • 毛様体解離(cyclodialysis)毛様体強膜から剝離した状態。隅角後退より著明な低眼圧をきたす。外傷の程度が強い場合に合併することがある。
  • 原発開放隅角緑内障:受傷後数年を経て発症した隅角後退緑内障は、原発開放隅角緑内障と臨床像が類似する。外傷歴の聴取と両眼の隅角形態比較が鑑別に重要。
  • 虹彩根部離断iridodialysis虹彩根部が強膜から剝離した状態。瞳孔の変形として観察される。

隅角後退そのものへの処置は特に必要としない。治療の対象は合併する前房出血低眼圧・隅角後退緑内障である。

  • 安静:頭部挙上位での安静臥床。再出血予防のため激しい活動を控える。
  • 散瞳薬毛様体筋の弛緩による疼痛軽減と虹彩固定。
  • 副腎皮質ステロイド点眼:炎症抑制と出血吸収促進。
  • 眼圧管理:出血に伴う眼圧上昇に対し、β遮断薬炭酸脱水酵素阻害薬(CAI)などの点眼薬を使用する。

低眼圧に対しては、まず保存的に薬物療法を行い、持続する場合は手術療法を行う。

薬物治療(処方例)

  1. アトロピン点眼液(1%):1日1回、就寝前点眼。毛様体を後方に引き、解離部の隙間を閉鎖する方向に作用する。
  2. フルメトロン点眼液(0.1%):1日4回点眼(朝・昼・夕・就寝前)。炎症を抑制し、自然閉鎖を促す。

上記2剤の併用が基本となる。

外科的治療(薬物療法で低眼圧が持続する場合):

  • 解離部アルゴンレーザー照射毛様体解離部を直接照射し閉鎖を促す。
  • 毛様体ジアテルミー凝固術冷凍凝固:解離部を凝固して閉鎖する。
  • 強膜バックリング手術:解離部を外側から圧迫して閉鎖する。
  • 毛様体解離部直接縫合:外科的に解離部を縫合閉鎖する。
  • 硝子体手術:複合損傷や硝子体出血を伴う場合に選択する。

受傷後数年〜数十年を経て発症した隅角後退緑内障は、開放隅角緑内障に準じた治療を行う。

治療段階選択肢備考
第一選択プロスタグランジン(PG)関連点眼薬・β遮断薬房水産生抑制または流出促進
第二選択炭酸脱水酵素阻害薬(CAI)点眼・α2作動薬複数薬剤の組み合わせ
レーザー治療SLT(選択的レーザー線維柱帯形成術線維柱帯損傷のため効果が限定的とされる
手術治療線維柱帯切除術チューブシャント手術薬物治療抵抗例
Q 隅角後退緑内障はいつ発症するか?
A

受傷後数年〜数十年の経過で発症しうる。隅角後退の範囲が広い(特に180°以上)ほど発症リスクが高い。受傷後の低眼圧が回復した後、数年後に眼圧上昇が生じることがある。定期的な眼圧測定視野検査眼底検査を継続することが、早期発見のために重要である。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

鈍的外力が眼球に加わると、前房内圧が急激に上昇する。その圧力により角膜輪部が伸展し、房水が後方および隅角部へ移動することで虹彩が伸展される。この一連の物理的変化が虹彩根部の損傷を引き起こす。

毛様体筋は輪状筋(Müller筋)と縦走筋(Brücke筋)、放射筋の3層からなる。鈍的外力による急激な圧力変化は、解剖学的に脆弱な輪状筋と縦走筋の間で断裂を生じさせる。この断裂が隅角後退の本態である。

外傷の瞬間に線維柱帯が物理的損傷を受ける。この損傷が房水流出障害を引き起こし、眼圧上昇へとつながる。受傷直後には顕在化しないことが多く、線維柱帯の機能的代償が低下するにつれて数年〜数十年の潜伏期間を経て発症する。

具体的な機序として以下が考えられる:

  • 外傷時の線維柱帯直接損傷:受傷時の圧力変化で線維柱帯網が物理的に損傷を受ける
  • 炎症後の線維化前房出血・外傷性ぶどう膜炎に続く炎症が線維柱帯の線維化・瘢痕化を促進する
  • 経年変化:正常な加齢変化に、外傷による線維柱帯の予備機能低下が加わり、代償が破綻する

毛様体解離(cyclodialysis)を合併する場合は異なる病態を示す。毛様体強膜から剝離すると、隅角脈絡膜上腔が交通し房水脈絡膜上腔へ大量流出する。その結果、著明な低眼圧低眼圧黄斑症が生じる。毛様体解離が自然閉鎖または治療により閉鎖されると、今度は急激な眼圧上昇をきたすことがある。

Q 隅角後退と毛様体解離は何が違うか?
A

隅角後退は毛様体輪状筋と縦走筋の間の断裂であり、毛様体の位置関係の変化だけが生じる。毛様体解離毛様体強膜から剝離した状態であり、隅角脈絡膜上腔が交通する。毛様体解離はより著明な低眼圧をきたし、視力への影響も大きい。外傷の程度が強い場合は両者が合併することもある。

前眼部OCTおよびUBMを用いた隅角後退の定量的評価法が進歩している。隅角後退の範囲・深さを客観的に数値化し、緑内障発症リスクの予測因子として活用する研究が進められている。2)

隅角後退緑内障の長期発症リスクと予測因子

Section titled “隅角後退緑内障の長期発症リスクと予測因子”

隅角後退が180°以上の症例における長期緑内障発症率を追跡した研究では、受傷後5〜10年での発症リスクが正常眼と比較して有意に高いことが示されている。隅角後退の範囲と線維柱帯への損傷程度が、緑内障発症の独立した予測因子となる可能性が検討されている。1)

MIGS(低侵襲緑内障手術)の適応

Section titled “MIGS(低侵襲緑内障手術)の適応”

低侵襲緑内障手術MIGS)の隅角後退緑内障への適応が研究されている。線維柱帯が損傷している隅角後退緑内障では、線維柱帯を標的とするMIGSの効果が限定的となる可能性があり、脈絡膜上腔または結膜下へのバイパス経路を作成するアプローチの有効性が検討されている。


  1. Girkin CA, McGwin G Jr, Long C, et al. Glaucoma after ocular contusion: a cohort study of the United States Eye Injury Registry. J Glaucoma. 2005;14(6):470-473.
  2. Sihota R, Kumar S, Gupta V, et al. Early predictors of traumatic glaucoma after closed globe injury: trabecular pigmentation, widened angle recess, and higher baseline intraocular pressure. Arch Ophthalmol. 2008;126(7):921-926.

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