粘弾性物質残留
発生時期:術直後(数時間〜数日)
機序:前房内に残留した粘弾性物質(ヒアルロン酸等)が線維柱帯を物理的に閉塞する。一過性であり、保存的管理が可能。
角膜移植術後緑内障(glaucoma after keratoplasty)は、角膜移植手術後に生じる眼圧上昇と、それに伴う視神経障害の総称である。続発緑内障の一型に分類される。術式には全層角膜移植(penetrating keratoplasty: PKP)、深層層状角膜移植(deep anterior lamellar keratoplasty: DALK)、角膜内皮移植術(Descemet stripping automated endothelial keratoplasty: DSAEK、Descemet membrane endothelial keratoplasty: DMEK)があり、それぞれ眼圧上昇のリスクと機序が異なる。
PKP後の約20〜30%に眼圧上昇が認められる。術前から緑内障の既往がある症例では、術後の眼圧上昇頻度がさらに高い。DSAEK/DMEK後の緑内障発症頻度はPKPより低く、メタ解析では12か月時点でDMEK群4/152眼(2.6%)、UT-DSAEK群4/148眼(2.7%)と、術式間で有意差を認めなかった(リスク差 0.00、95%CI −0.04〜0.04)2)。
術式ごとの緑内障リスクの差異を以下に示す。
| 術式 | 緑内障リスク | 特徴 |
|---|---|---|
| PKP | 高(20〜30%) | 前房操作が広範、PAS形成リスク大 |
| DALK | 低 | 前房操作なし、ステロイド緑内障のみ |
| DSAEK | 低〜中 | 小切開、ステロイド長期使用 |
| DMEK | 低〜中 | 空気瞳孔ブロックに注意 |
PKPでは前房内操作が広範であるため、周辺虹彩前癒着(peripheral anterior synechia: PAS)や術後炎症が原因となりやすい。DALKでは前房操作がないため、ステロイド緑内障以外の続発緑内障は通常出現しない。DSAEK/DMEKは小切開手術であり、縫合関連合併症が少なく拒絶反応もPKPに比して低い。ただしステロイド点眼を術後1年程度継続するため、ステロイド緑内障のリスクは残存する。
角膜移植後の拒絶率は術式によって異なる。Fuchs角膜内皮ジストロフィおよび偽水晶体性水疱性角膜症に対する手術成績の比較では、拒絶率は1年時点でPK 17%、DSAEK 2〜9%、DMEK 0〜6%と報告されている1)。5年時点の移植片生存率はFuchsで95%(PK・DSAEK同等)、PBKで73%(PK・DSAEK同等)であった1)。
眼圧上昇が軽度〜中等度の開放隅角型では、初期に自覚症状がほとんどない。緑内障が進行して視野障害が生じて初めて、視野の欠損や暗点を自覚する場合が多い。
急性の閉塞隅角型では以下の症状が出現する。
角膜移植片の混濁や浮腫が進行すると、緑内障とは独立した視力低下を生じることがある。
角膜移植眼では移植片の混濁・不整乱視・縫合糸の影響により、細隙灯所見や視野評価が制限されることがある。角膜手術後には角膜形状の変化に伴い眼圧測定や視野検査が困難になることがあり、持続する高眼圧に伴う視神経の変化にも留意が必要である。
眼圧上昇の機序により4型に分類される。
粘弾性物質残留
発生時期:術直後(数時間〜数日)
機序:前房内に残留した粘弾性物質(ヒアルロン酸等)が線維柱帯を物理的に閉塞する。一過性であり、保存的管理が可能。
炎症性開放隅角
発生時期:術後早期〜中期
機序:炎症細胞・サイトカインが線維柱帯の房水流出抵抗を増大させる。続発開放隅角緑内障に該当する。
閉塞隅角
発生時期:術後任意の時期
機序:縫合に伴う歪みや炎症によりPASが形成され、隅角が閉塞する。PKPで前房操作が広範なほど高頻度に発生する。
ステロイド緑内障
発生時期:ステロイド使用期間中
機序:ステロイドにより線維柱帯細胞の細胞外マトリックス産生が亢進し、細胞骨格が変化して房水流出抵抗が増大する。開放隅角型。
診断の基本方針は通常の緑内障診断と同じである。ただし角膜移植眼では眼表面の不整のために正確な眼圧測定が難しいことが多く、複数の測定法を併用して総合的に評価する。
角膜移植眼では以下の理由で眼圧値の解釈が困難となる。
推奨される対応として、非接触眼圧計(NCT)、GAT、トノペン、触診など複数の方法で結果を総合的に判断する。疾患角膜・術後角膜における代替的な眼圧測定法として以下の機器が報告されている1)。
| 測定法 | 特徴 |
|---|---|
| ニューモトノメータ | 5 mmシリコンチップ使用、角膜に順応 |
| ORA(ocular response analyzer) | 角膜生体力学特性を補正したIOP算出 |
| 動的輪郭眼圧計(DCT) | 角膜物性の影響を最小化 |
| リバウンドトノメータ | 点眼麻酔不要、小型プローブ使用 |
同一の測定法を経時的に使用し、臨床的に有意な眼圧変動を検出することが重要である1)。
ステロイド緑内障と炎症性続発緑内障の鑑別は臨床上重要である。ステロイド点眼の減量または中止後の眼圧変化を確認することで鑑別を行う。
| 病態 | 鑑別のポイント |
|---|---|
| ステロイド緑内障 | ステロイド減量・中止で眼圧が低下 |
| 炎症性開放隅角緑内障 | 消炎治療で改善、隅角は開放 |
| 閉塞隅角緑内障 | 隅角鏡でPAS・閉塞を確認 |
| 移植片不全に伴う角膜浮腫 | 眼圧上昇が原因か結果かを評価 |
角膜移植後は角膜の厚みや形状が変化し、標準的なGoldmann圧平眼圧計の精度が低下する。角膜厚が増すと眼圧が過大評価され、不整乱視があるとマイア像が歪み正確な測定が困難となる。このため非接触眼圧計・トノペン・触診など複数の方法を併用して総合的に評価する。近年ではORA(ocular response analyzer)や動的輪郭眼圧計(DCT)など、角膜物性の影響を補正する測定法も利用可能である1)。
眼圧上昇の機序により治療戦略が異なる。以下に段階的なアプローチを示す。
粘弾性物質の前房内残留や眼内炎症による場合は、緑内障点眼薬や炭酸脱水酵素阻害薬(CAI)内服で保存的に経過をみる。多くは一過性であり、粘弾性物質の自然吸収とともに改善する。
角膜移植後の緑内障点眼薬は、通常の緑内障治療より薬剤の影響が出やすいため注意を要する。
| 薬剤クラス | リスク・注意点 |
|---|---|
| β遮断薬 | 角膜上皮障害が高率に合併 |
| PG製剤 | 眼内炎症・拒絶反応・ヘルペス再発の懸念 |
| CAI点眼 | 角膜内皮への影響→角膜浮腫のリスク |
| CAI内服 | 比較的安全に使用可能 |
| α2作動薬 | 角膜移植眼に関する特段の禁忌はない |
PG製剤については眼内炎症や移植片拒絶反応を惹起する懸念が従来指摘されてきた。しかし近年の大規模データベース研究(10施設・40,024例)では、PGA使用群のぶどう膜炎発症率は0.3%であり、β遮断薬群(2.0%)・α作動薬群(1.6%)・CAI群(1.7%)と比較して最も低率であった(多変量ロジスティック回帰でPGA群を基準としたβ遮断薬のOR 6.44、95%CI 5.08〜8.16)4)。ただしこの研究は角膜移植眼に限定したものではなく、角膜移植眼におけるPG製剤と拒絶反応の関連については症例に応じた慎重な判断が求められる。
ステロイド緑内障と判断された場合は、以下を段階的に検討する。
ただし角膜移植後は拒絶反応の予防が必要であり、原疾患の病状によってはステロイドの減量が困難な場合がある。ステロイド緑内障では線維柱帯が房水流出抵抗の主座を占める割合が大きいため、流出路再建術やレーザー線維柱帯形成術(SLT)が奏効しやすいとされる。
薬物療法で十分な眼圧コントロールが得られない場合に手術を検討する。
代謝拮抗薬併用の線維柱帯切除術が不成功に終わった症例、手術既往による結膜瘢痕化が高度な症例、線維柱帯切除術の成功が見込めない症例が適応となる(推奨度1B)5)。
Baerveldt緑内障インプラントの3種(BG101-350、BG102-350、BG103-250)とAhmed緑内障バルブの2種(FP7、FP8)が承認されている5)。チューブが術後に眼外へ露出することを防ぐため、保存強膜や保存角膜などのパッチ材料でチューブを被覆する必要がある(推奨度1A)5)。
Ahmed Baerveldt Comparison Study(ABC Study)では、5年の累積成功率はAhmed群44.7%、Baerveldt群39.4%であり、Baerveldt群で追加緑内障手術を必要とする頻度は少なかったが、低眼圧関連合併症はBaerveldt群でやや多かった7)。Ahmed Versus Baerveldt Study(AVB Study)でも5年成績はほぼ同等であり、Ahmed群の成功率31.3%、Baerveldt群36.6%と報告されている8)。
ぶどう膜炎に続発した緑内障眼でのBaerveldt留置術の2年成功率は91.7%と報告されている。合併症として角膜移植片不全が8.3%に認められた6)。Ahmed弁留置術でのぶどう膜炎関連緑内障の2年成功率は68.4%であり、チューブと角膜の接触による角膜内皮障害が報告されている6)。
角膜移植眼にチューブシャントを留置する場合、チューブが移植片近傍を走行するため角膜内皮障害のリスクがあり、長期的な移植片生存率への影響を考慮して適応を判断する。
上記のいずれの治療でも眼圧コントロールが得られない場合に考慮する。半導体レーザーによる毛様体光凝固術や冷凍凝固術が施行される。視機能喪失のリスクがあるため最終手段として位置づけられる。
角膜移植眼では各薬剤クラスに特有のリスクがある。β遮断薬は角膜上皮障害を高率に生じ、PG製剤は拒絶反応やヘルペス再発の懸念がある。CAI点眼は角膜内皮への影響で角膜浮腫を引き起こす報告がある。CAI内服(アセタゾラミド等)は比較的安全に使用できる。薬剤選択は移植片の状態・角膜内皮細胞密度・拒絶反応の既往を考慮して個別に判断する。
PKP後の眼圧上昇は時期によって異なる機序で生じる。
1. 術直後(数時間〜数日):粘弾性物質(ヒアルロン酸ナトリウム等)が前房内に残留し、線維柱帯間隙を物理的に閉塞する。通常一過性であり、前房洗浄が不要な程度であれば自然に吸収される。
2. 術後早期〜中期(数日〜数週間):手術侵襲による血液房水関門の破壊により炎症細胞・蛋白が前房内に流入し、線維柱帯への沈着や線維柱帯間隙の閉塞を生じる。プロスタグランジン等の炎症メディエーターも房水流出抵抗を増大させる。これが続発開放隅角緑内障の病態に該当する。
3. 術後任意の時期:PKP後の縫合に伴う虹彩・角膜間の歪み、慢性炎症による虹彩後癒着の形成などから周辺虹彩前癒着(PAS)が進行し、隅角が器質的に閉塞する。PKPでは全層切開・縫合を行うため、前房の形態が術後に変化しやすい。
4. 術後長期(ステロイド使用中):副腎皮質ステロイドにより線維柱帯細胞における細胞外マトリックスの産生が亢進し、細胞骨格が変化することで房水流出抵抗が増大する。ステロイドに対する反応性には個体差があり、小児と高齢者で生じやすい。ステロイド緑内障は開放隅角型の病態を呈する。
DSAEK/DMEKは小切開手術であり、PKPに比べて前房操作が限定的であるため、PAS形成や炎症性眼圧上昇のリスクは低い。しかし以下の固有の機序がある。
眼圧上昇が持続すると角膜内皮細胞への負荷が増大し、移植片の内皮機能が低下して角膜浮腫を生じる。角膜浮腫は眼圧測定の精度をさらに低下させ、適切な眼圧管理を困難にする。また、緑内障に対する外科治療(特にチューブシャント手術)は移植片近傍への手術操作を伴うため、術後に移植片不全が悪化する可能性がある。眼圧コントロールと移植片の生存を両立させることが本症の最大の臨床課題である。
原発緑内障と比べて外科的手術の治療成績は不良である。複数回の外科的手術が必要となることがあり、毛様体光凝固術や冷凍凝固術が最終手段となる場合もある。眼圧をコントロールできたとしても移植片不全に至ることが少なくなく、再移植が必要となる症例も存在する。