この疾患の要点
上皮迷入は穿通外傷または前眼部手術後 に、創口から上皮細胞が眼内に侵入・増殖する侵襲性の高い合併症である
手術手技の進歩により発生率は大幅に減少したが、白内障 手術後0.08〜0.12%、全層角膜移植 後最大0.25%と報告されている
緑内障 は上皮の線維柱帯 被覆 、ムチンによる目詰まり 、周辺虹彩前癒着 形成 、瞳孔ブロック など多因子により発生する
緑内障ドレナージデバイス が治療の柱であり、線維柱帯切除術 は上皮侵入のため通常失敗する
メトトレキサート 前房 内注射 が代替治療として報告されている2)
上皮迷入(epithelial downgrowth、epithelial ingrowthとも呼ばれる)は、眼球穿通外傷 や前眼部手術後に閉鎖不全となった創口から結膜 または角膜 由来の非角化重層扁平上皮細胞が眼内に侵入し、さまざまな眼内組織上で増殖する合併症である。上皮はシート状に増殖し、角膜 、虹彩 、線維柱帯 、毛様体 、水晶体 または眼内レンズ 、硝子体 、網膜 を覆うように広がる。
上皮迷入による緑内障 は、増殖した上皮による線維柱帯 の被覆・閉塞が主な原因であり、炎症性周辺虹彩前癒着 形成や瞳孔ブロック も関与する。治療はEGSガイドラインにおいて、眼圧 降下薬、侵入組織の切除・破壊、代謝拮抗薬 併用濾過手術 (成功率は限定的)、ドレナージデバイス、毛様体破壊術 が挙げられている1) 。
ほとんどの症例は原因事象から1年以内に発症するが、術後3か月から10年まで幅がある。手術手技の進歩により発生率は大幅に減少したが、侵襲性が高く視機能を脅かす経過をたどるため、臨床単位として認識しておくことが重要である。
視力 低下 :上皮膜の増殖による視軸遮蔽、角膜浮腫 、緑内障 性視神経 障害に起因する
疼痛 :炎症や眼圧 上昇に伴う
充血 :眼内炎 症を反映する
膜状増殖 :手術切開部位の角膜 後面または虹彩 前面に、扇形(スカラップ状)の縁を持つ半透明の嚢胞状または膜状増殖として認められる。膜は創口から広がり、角膜 の半分を超えて広がることは稀である
瞳孔 の歪み :上皮膜の牽引による
角膜 微小嚢胞状浮腫 :角膜 の患部に出現する
眼圧 異常 :瘻孔がある場合は低眼圧 を呈することがあり、線維柱帯 の閉塞が進行すると眼圧 上昇・緑内障 を発症する
Q
上皮迷入はどのように見つかりますか?
A
典型的には細隙灯顕微鏡検査 で、手術創から広がるスカラップ状の縁を持つ半透明の膜として認められます。診断が疑わしい場合は、虹彩 上の膜にアルゴンレーザーを照射するテストが有用です。膜が存在すれば照射部位が蒼白化・白変しますが、正常虹彩 では暗い熱凝固斑が生じます。また、前房 水を吸引して細胞診を行い、遊離した上皮細胞の有無を確認する方法もあります。隅角鏡検査 で隅角 内の上皮シートが認められることもありますが、感度は高くなく、多くの症例では正常所見を呈します。
リスク因子 詳細 複数回の眼内手術 手術歴が多いほどリスク上昇 創傷治癒不全 不完全・遅延した創傷治癒 創口の瘻孔 持続的な上皮侵入経路
手術創への虹彩 嵌入 :創口への虹彩 の嵌頓は上皮細胞の侵入を促進する
硝子体 脱出 :創口への硝子体 脱出も上皮迷入のリスク因子となる
器具による上皮細胞の移植 :手術器具が角膜上皮 細胞を眼内に持ち込む
縫合糸刺入部からの漏出 :微小な漏出が上皮細胞の通路となる
現代的な術式でもリスクは残存する。透明角膜 切開による白内障 手術、緑内障ドレナージデバイス 植え込み、DSAEK 、LASIKにおいても症例が報告されている。
A Multifaceted Presentation of the Retrocorneal Membrane Following Intraocular Surgery: A Case Series. Cureus. 2025;17(4):e81948. Figure 3. PMCID: PMC12064144. License: CC BY 4.0 (
https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/ ).
A と C は角膜 後面の膜様病変を示す前眼部写真、B と D は対応するAS-OCT 像である。Epithelial downgrowth がどのように前房 側へ広がるかを把握しやすい。
細隙灯顕微鏡検査 :角膜 後面・虹彩 前面の半透明膜、スカラップ状縁、角膜 微小嚢胞状浮腫を確認する
アルゴンレーザー照射テスト :虹彩 を覆う領域にスポット照射し、膜が存在すれば蒼白化・白変する。正常虹彩 では暗い熱凝固斑が生じる
前房 水吸引・細胞診 :遊離した上皮細胞の有無を確認する
隅角鏡検査 :隅角 内の上皮シート、周辺虹彩前癒着 を評価する。ただし感度は高くなく、上皮迷入による緑内障 症例の大部分は正常所見を呈する
病理組織学的検査 :手術時の検体で上皮細胞を確認する。免疫組織化学的染色(パンサイトケラチン陽性)が有用である2)
一塊切除(en-bloc excision) :関与するすべての組織を広範囲に一塊切除し、全層強角膜移植 を併用する。確立された標準治療
冷凍凝固 術 :角膜 後面、隅角 、または毛様体 のみが関与している場合に適応がある。侵入した上皮を失活させるが、角膜内皮 細胞の減少を伴うため後日角膜移植 が必要になる場合がある
メトトレキサート 前房 内注射 :400 μg/0.1 mLを週1回投与する代替治療が報告されている2) 。抗増殖効果により上皮迷入を抑制する。外科的切除より侵襲が少ない2)
上皮迷入に関連する緑内障 では、房水 流出が著しく減少しているため薬物療法のみでは通常不十分である。
緑内障ドレナージデバイス :治療の柱となる。上皮細胞の侵入を最小限にするため眼内部分を長めに残す、または毛様体 扁平部からチューブを挿入することが推奨される
線維柱帯切除術 :代謝拮抗薬 を使用しても上皮細胞のシート状侵入により通常失敗する
毛様体破壊術 :眼圧 低下のための追加選択肢1)
眼圧 降下薬の点眼 :補助的に使用する1)
ステロイド 点眼薬 :炎症管理に使用するが、ステロイド 誘発性眼圧 上昇に注意する
上皮迷入の治療
一塊切除+強角膜移植 :侵入組織の完全除去を目指す標準治療
冷凍凝固 術 :限局例に適応。角膜内皮 障害のリスクあり
MTX前房 内注射 :400 μg/0.1 mL週1回。低侵襲の代替治療2)
緑内障の管理
ドレナージデバイス :治療の柱。チューブを長めに残すか扁平部挿入を検討
線維柱帯切除術 :上皮侵入のため通常失敗する
毛様体破壊術 :追加の眼圧 低下手段1)
Q
上皮迷入による緑内障はどのように治療しますか?
A
緑内障ドレナージデバイス (チューブシャント 手術)が治療の柱です。房水 流出が著しく減少しているため、薬物療法のみでは通常不十分です。線維柱帯切除術 は上皮細胞のシート状侵入により失敗することが多いため推奨されません。毛様体破壊術 も追加の眼圧 低下手段として用いられます。上皮迷入そのものに対しては、一塊切除や冷凍凝固 術に加え、メトトレキサート の前房 内注射が低侵襲な代替治療として報告されています。
びまん性シート型
形態 :上皮がシート状に増殖し、角膜 ・虹彩 ・線維柱帯 ・毛様体 を覆う
侵襲性 :高い。除去困難で再発が多い
緑内障 :一般的に合併する
治療 :広範囲一塊切除+強角膜移植 が必要
嚢胞型
形態 :創口に繋がった封入嚢胞から増殖細胞が生じる
侵襲性 :通常はより良性で増殖も緩やか
緑内障 :急速増大時に視軸遮蔽や瞳孔ブロック 緑内障 を起こしうる
治療 :再発時にシート型に移行する可能性があり外科的介入は慎重に判断
上皮迷入による緑内障 は多因子性である。
線維柱帯 の直接被覆 :増殖した上皮シートが線維柱帯 を覆い、房水 流出を物理的に遮断する
ムチンによる目詰まり :異所性の結膜 杯細胞から分泌されるムチンが線維柱帯 を閉塞する
炎症性変化 :上皮の増殖と炎症が周辺虹彩前癒着 形成、線維柱帯 炎、線維柱帯 壊死を促進し、房水 流出をさらに悪化させる
瞳孔ブロック :硝子体 と虹彩 の癒着が形成されると瞳孔ブロック が発生しうる
ステロイド 誘発性眼圧 上昇 :上皮迷入に対するステロイド 点眼がさらなる眼圧 上昇を招くことがある
EGSガイドラインでは、前眼部手術後または穿通外傷後の上皮・線維浸潤が炎症性膜の形成をきたし、続発緑内障 の原因となりうると記載されている1) 。
Q
上皮迷入はなぜ緑内障を引き起こすのですか?
A
複数のメカニズムが関与しています。最も主要な機序は、増殖した上皮シートが線維柱帯 を直接覆って房水 の流出を遮断することです。加えて、異所性結膜 杯細胞からのムチン分泌による線維柱帯 の目詰まり、炎症による周辺虹彩前癒着 形成や線維柱帯 壊死、硝子体 と虹彩 の癒着による瞳孔ブロック も関与します。治療のために使用されるステロイド 点眼薬がさらなる眼圧 上昇を招く場合もあります。これら多因子の結果として重度の房水 流出障害が生じるため、薬物療法のみでは眼圧 制御が困難なことが多く、ドレナージデバイスが必要になります。
Salariらは、Ahmedバルブ植え込み後に生じた上皮迷入に対してメトトレキサート (MTX)400 μg/0.1 mLの週1回前房 内注射を報告した2) 。初回7回、1か月後に再増殖を認めたため追加4回の計11回投与で上皮迷入は消失し、11か月のフォローアップ期間中に再発は認めなかった2) 。MTXの抗増殖効果が上皮迷入の抑制に寄与すると考えられている2) 。
MTXは硝子体網膜リンパ腫 に対する眼内投与で安全性と有効性が示されているが、前房 内投与の安全性についてはさらなるエビデンスが必要である2) 。神経網膜 毒性の可能性が指摘されており、用量反応曲線の確立が求められる2) 。外科的切除と比較して低侵襲であることが最大の利点である。
白内障 手術手技の進歩(より小さく精密な創傷作成)により、上皮迷入の発生率は大幅に減少した。しかし、透明角膜 切開法、緑内障ドレナージデバイス 植え込み、DSAEK 、LASIKなど現代的な術式でも散発例が報告されている。
予防が引き続き最重要であり、手術手技の継続的な改善によりさらなる発生率の低減が期待される。
European Glaucoma Society. European Glaucoma Society Terminology and Guidelines for Glaucoma, 6th Edition. Br J Ophthalmol. 2025;109(Suppl 1):1-212. PMID:41026937. doi:10.1136/bjophthalmol-2025-egsguidelines.
Salari F, Fakhraie G, Asadi Amoli F, Zarei-Ghanavati M. Intracameral Injection of Methotrexate for Treatment of Epithelial Ingrowth. Journal of current ophthalmology. 2022;34(1):115-117. doi:10.4103/JOCO.JOCO_159_21. PMID:35620380; PMCID:PMC9128425.
Moshirfar M, Hall M, Ronquillo Y. Epithelial Downgrowth. . 2026. PMID: 32644422.
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