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VDT症候群(IT眼症)とオフィス環境(VDT Syndrome and Office Eye Health)

スマートフォン、コンピュータディスプレイ、テレビゲームなどを長時間・悪条件下で使用することにより、視覚系(眼)を中心として身体的・精神的なさまざまな症状が出現するものをVDT(visual display terminals)症候群とよぶ。テクノストレス眼症・IT眼症とも称される。近年は「デジタル眼精疲労(Digital Eye Strain: DES)」とも呼ばれ、スマートフォンの全世代への普及を背景に増加している1)

VDT作業者の50〜90%に眼症状が発現するとされ1)、職業性眼疾患として国際的に認識されている。厚生労働省は「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」(2019年改訂)を発出し、使用者に健康管理を求めている2)。2020年以降のCOVID-19パンデミックによるリモートワーク普及・長時間スクリーン使用の増加により、有病者数はさらに増加した3)

VDT症候群が問題となる主な状況を以下に示す。

  • 職業性曝露:1日4時間以上のVDT作業によるリスク増加2)
  • 長時間スクリーンタイム:小児・思春期では近視との関連が検討されている7)
  • 3Dディスプレイ使用:調節と輻湊の乖離による自律神経系への影響
  • 不適切な作業環境:照明・画面位置・室内乾燥等の環境要因の複合
Q VDT症候群とIT眼症は同じものか?
A

VDT症候群・IT眼症・テクノストレス眼症・デジタル眼精疲労(DES)はいずれも同一疾患の異なる呼称である。VDT(visual display terminals)症候群が従来からの医学的呼称であり、IT眼症はより日常的な表現である。近年は国際的に「デジタル眼精疲労(Digital Eye Strain)」の用語が用いられることが増えており、定義・病態はいずれも同一である。

フルオレセイン染色と青色光照射によるドライアイの角膜障害所見
フルオレセイン染色と青色光照射によるドライアイの角膜障害所見
Wierzbowska J, et al. Dry Eye Disease in Primary Care Practice. Medicina (Kaunas). 2025;61(3):460. Figure 2. PMCID: PMC11943967. License: CC BY.
68歳女性のドライアイ患者の眼にフルオレセインを塗布し、暗室で眼底鏡の青色光を照射して角膜障害を可視化した細隙灯検査写真。角膜表面に広範な上皮染色(緑色蛍光)が認められ、ドライアイによる上皮障害のパターンが示されている。本文「2. 主な症状と臨床所見」の項で扱うドライアイの他覚的所見に対応する。

VDT症候群の症状は眼症状・全身症状・精神症状の3群に大別される。

眼症状

眼の疲れ・痛み毛様体筋の過緊張による調節疲労が主体

眼の乾き・かすみ:瞬目減少により涙液が蒸発し機能的ドライアイが生じる

調節・輻湊障害:調節・縮瞳・輻湊の3要素の共同性が崩れ、遠近の切り替えが困難になる

全身症状

頸肩腕部のこり・腰痛:長時間の不良姿勢による筋骨格系への負荷が蓄積する

だるさ・手足のしびれ:血流障害・筋緊張の持続による末梢症状

生理不順:自律神経系の乱れを介した内分泌への影響

精神症状

不眠:ブルーライトによるサーカディアンリズム撹乱9)、過剰な認知活動の継続

うつ・集中力低下:慢性的なストレスと自律神経系への影響による精神症状

テクノストレス:画面・情報との過剰な接触による心理的負荷

VDT作業中の瞬目(まばたき)回数は通常20回/分程度から7回/分程度にまで低下するとされる4)。これにオフィスの乾燥した環境が加わって機能的ドライアイが生じる。涙液層破壊時間BUT)の短縮も確認される5)。作業後はむしろ代償性に瞬目回数の増加がみられることがある。

VDT作業後は近見反応(調節・縮瞳・輻湊)の3要素の共同性が崩れ、同時誘発に不一致が生じる。調節機能解析装置では、遠方視標に対しては正常な応答を示すが、近方視標に対しては調節緊張〜調節けいれんのパターンが検出される。

屈折異常(特に近視老視)や眼位異常(輻湊不全型外斜位等)が存在すると症状が著しく増悪する。40歳以上では老視を背景とした輻湊不全型外斜位が出現しやすく、診察時に注意が必要である。

Q VDT症候群で目以外の症状が出るのはなぜか?
A

長時間のVDT作業に伴う不良姿勢が頸肩腕部・腰の筋骨格系に持続的な負荷をかけ、こりや痛みを引き起こす。また、過剰な情報処理と集中持続によるストレスが自律神経系のバランスを乱し、不眠・うつなどの精神症状につながる。さらに、ブルーライトによるサーカディアンリズムの撹乱が睡眠障害を促進する。これら筋骨格系・精神・自律神経系への影響が複合して多彩な全身症状を生じるのがVDT症候群の特徴である。

VDT症候群は単一の原因ではなく、複数の要因が重なって発症する。

作業関連要因

  • 長時間のVDT作業(1日4時間以上でリスクが有意に上昇)2)
  • 瞬目減少:注意集中による前頭葉の瞬目抑制が機能的ドライアイを招く4)
  • 不良姿勢:頸部前傾・前腕の不適切な支持による筋骨格系への負荷

眼科的素因

  • 未矯正または過矯正の屈折異常(特に近視遠視乱視
  • 40歳以上の老視:中間距離(コンピュータ画面)へのピント合わせが困難になる
  • 眼位異常(輻湊不全型外斜位・内斜位):両眼視への過剰な努力を要する
  • ドライアイの既往:瞬目減少による症状の悪化

環境要因

  • 不適切な照明:グレア(まぶしさ)・ちらつきが調節負荷を増加させる
  • 画面の位置・距離:眼とモニターが40cm未満または70cmを超える距離では症状増悪
  • 室内乾燥:空調による低湿度が涙液蒸発を促進する5)
  • 冷暖房の直接風:角膜への乾燥刺激

3Dディスプレイ・スマートフォン

  • 3Dディスプレイ視聴時:調節の位置は画面上にあるが輻湊点が画面からずれ、自律神経系への影響が生じうる
  • 長時間スクリーンタイム:小児・思春期では近視との関連が検討される7)

IT眼症の診断は除外診断が中心となる。基礎疾患や他の眼科的・全身疾患を除外しながら、作業環境・症状との関連性を評価する。

問診

  • 作業環境(モニターの種類・位置・距離・照明)の詳細
  • 1日あたりのVDT作業時間・継続時間
  • 眼症状以外(不眠・精神症状)の有無
  • 服用薬物(向精神薬・抗アレルギー薬等)の確認:これら薬剤は調節障害・ドライアイを悪化させうる

眼科的検査項目

  • 屈折検査・視力検査:遠方・近方・中間距離(60cm)の正確な屈折値を評価。症状が重い場合はサイプレジン点眼による屈折検査(調節麻痺下屈折)を推奨
  • 眼位検査:Prism cover testによる遠方・近方眼位の評価。40歳以上では輻湊不全型外斜位が出現しやすい
  • 調節機能解析装置:近方視標に対する調節緊張〜調節けいれんのパターン検出
  • 涙液検査:Schirmer試験(涙液分泌量)およびBUT涙液層破壊時間)測定5)
  • 細隙灯顕微鏡検査:角結膜疾患(ドライアイアレルギー性結膜炎)の有無
  • 眼底検査白内障緑内障等の器質的眼疾患の除外
鑑別疾患鑑別のポイント
ドライアイBUT短縮・角膜フルオレセイン染色陽性が主体。VDT症候群に合併することも多い
調節障害調節機能解析装置で異常が検出される。近見視力単独の低下
輻湊不全近見外斜位の増加、近方作業時の複視眼精疲労
老視40歳以上・近見視力低下。適切な老眼鏡で症状が消失する
Sjögren症候群口腔乾燥・全身症状を伴う。抗SS-A/SS-B抗体陽性
緑内障眼圧上昇・視神経乳頭変化・視野異常。眼精疲労が初発症状のこともある
頸椎症頸肩腕痛が主体。神経学的所見(腱反射・筋力低下等)を伴う
Q VDT症候群はどのように診断されるか?
A

VDT症候群に特異的な診断基準は存在せず、除外診断が中心となる。まず問診で作業環境・作業時間・症状の詳細を確認する。次に屈折検査・眼位検査・調節機能解析装置・涙液検査を組み合わせて眼科的素因を評価する。ドライアイ・調節障害・輻湊不全老視緑内障などの器質的疾患を除外または合併として評価した上で、VDT作業との時間的・量的な関連性が認められれば診断する。基礎疾患の有無を注意深く確認することが重要である。

VDT症候群の治療は、作業環境の改善・適切な屈折矯正・薬物治療・筋骨格系・精神症状への対応を組み合わせて行う。

作業環境の最適化は最も根本的な治療介入である。

  • 休憩の確保:1時間ごとに10〜15分の休憩を取る。休憩中はなるべく遠くを眺める
  • 画面距離の調整:眼とコンピュータ画面の距離は通常40〜70cmが目安
  • 画面位置の設定:視線がやや下向き(水平から15〜20°下方)になるよう画面の高さを調整する
  • 照明の整備:直射日光・強いグレアを避け、室内照明は十分に明るく保つ
  • 換気・湿度管理:冷暖房の風が直接顔・目に当たらないよう換気に注意する
  • 20-20-20ルール:20分ごとに20フィート(約6m)先を20秒間見る習慣を身につける
  • 屈折異常の適切な矯正近視遠視乱視は正確に矯正する
  • 40歳以上の老視対応:遠方用眼鏡だけでは中間距離(コンピュータ画面)にピントが合わない。累進レンズまたは中間距離専用眼鏡が有効
  • 眼位異常への対応輻湊不全型外斜位等にはプリズム眼鏡挿入が有効。重症例は斜視手術を検討
薬剤カテゴリ薬剤名・規格用法目的
人工涙液ソフトサンティア点眼液1回2〜3滴、1日5〜6回涙液補充・眼表面潤滑
保湿点眼(ヒアルロン酸)ヒアレイン点眼液(0.1%)1回1滴、1日5〜6回角膜保護・涙液保持
ムチン分泌促進ムコスタ点眼液UD(2%)1回1滴、1日5〜6回ムチン産生促進
ムチン分泌促進ジクアス点眼液(3%)1回1滴、1日5〜6回水分・ムチン分泌促進
調節けいれん治療ミドリンM点眼液(0.4%)1日1回就寝前毛様体筋の過緊張を緩和
眼精疲労治療サンコバ点眼液(0.02%)1日3〜5回ビタミンB12補充・眼精疲労改善

保湿点眼薬はヒアレインとムコスタまたはジクアスを組み合わせて使用することが多い。ミドリンM点眼液(0.4%トロピカミド・フェニレフリン配合)は就寝前点眼によりVDT作業後の毛様体筋の過緊張(調節けいれん)を緩和する。

  • 環境整備:机・椅子・画面配置を見直し、不良姿勢を改善する
  • 運動療法:軽度の体操・散歩・ストレッチを習慣化する
  • 専門医との連携:頸肩腕部・腰症状が強い場合は整形外科医と連携
  • 精神症状への対応:カウンセリング、必要に応じて抗不安薬・抗うつ薬・睡眠薬の処方を精神科・心療内科専門医と連携して行う
Q VDT症候群に効く目薬は?
A

症状に応じて複数の点眼薬を組み合わせる。乾燥感には人工涙液(ソフトサンティア、1回2〜3滴、1日5〜6回)とヒアルロン酸点眼(ヒアレイン0.1%、1日5〜6回)が基本となる。ムチン分泌を促進するムコスタ点眼液UD(2%)またはジクアス点眼液(3%)を組み合わせると効果的である。調節けいれん(眼のピント合わせ筋の過緊張)が疑われる場合は、ミドリンM点眼液(0.4%)を就寝前に点眼する。眼精疲労全般にはサンコバ点眼液(0.02%)も使用される。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

VDT作業中は視覚刺激への注意集中によって前頭葉から瞬目抑制が生じ、通常20回/分程度の瞬目回数が7回/分程度まで低下する4)。瞬目は涙液層の維持に不可欠であり、瞬目減少により涙液の蒸発が加速し、涙液層が不安定化する。オフィスの空調による低湿度環境がこれをさらに増悪させる。涙液層破壊時間BUT)は短縮し5)角膜上皮の露出・乾燥によるドライアイの悪循環が形成される。VDT作業者のドライアイ有病率はオフィスワーカーで約60%超との報告もある11)

近見反応は調節(ピント合わせ)・縮瞳(瞳孔収縮)・輻湊(両眼の内向き)の3要素が神経学的に連動して同時誘発される生理的反応である。長時間のVDT作業後はこの共同性が破綻し、3要素の同時誘発に不一致が生じる。遠方を見ようとしても調節の弛緩が十分に起こらず、調節けいれんや輻湊過剰の状態が持続する。

毛様体筋の疲労指標として、調節微動(accommodative microfluctuation)の高周波成分(HFC)の増加が知られている8)。調節機能解析装置によりHFCの増大を検出することで、毛様体筋疲労を客観的に評価できる。

ブルーライトとサーカディアンリズム

Section titled “ブルーライトとサーカディアンリズム”

ブルーライト(380〜500nm)はメラノプシンを含む固有光感受性網膜神経節細胞(ipRGC)を強く刺激する9)。ipRGCからの信号は視交叉上核を介して概日リズムを制御し、夜間の強いブルーライト曝露はメラトニン分泌を抑制して睡眠障害を引き起こす可能性がある9)。スマートフォン・タブレットの就寝前使用が不眠・睡眠の質の低下につながるメカニズムはここにある。

コンピュータモニター・スマートフォンから発生する極低周波電磁波による角膜障害の報告がある。また、近年のコンピュータ製品から揮発する化学物質も症状の複雑性に寄与する可能性が指摘されている。

3Dディスプレイ視聴時は、調節の合焦点が画面上(固定距離)にある一方、輻湊点が画面からずれて飛び出し・奥まりを認識するためにシフトする。この調節と輻湊の解離が生理的な近見反応の協調を乱し、自律神経系への影響や不快感を引き起こす。

ブルーライトカットレンズの効果

Section titled “ブルーライトカットレンズの効果”

ブルーライトカット眼鏡レンズが眼精疲労・睡眠・黄斑健康に有益かどうかは長らく議論の的であった。Downieらのコクランレビュー(2023年)は28のRCTをメタ解析した結果、ブルーライトカットレンズが昼間の眼精疲労を軽減するというエビデンスは不十分であり、推奨根拠がないと結論した6)。睡眠や黄斑疾患予防への効果についても、現時点では推奨を支える根拠は十分ではない6)

スマートフォン使用と小児近視

Section titled “スマートフォン使用と小児近視”

スクリーンタイムと近視進行の関連はシステマティックレビューで検討されており7)、特に小児・思春期での長時間スマートフォン使用が近視進行のリスク因子として注目されている。屋外活動時間の減少との交絡が指摘されており7)、スクリーンタイム制限と屋外活動促進の組み合わせが近視予防の観点からも推奨される。

COVID-19パンデミック後のVDT症候群増加

Section titled “COVID-19パンデミック後のVDT症候群増加”

COVID-19パンデミック後のリモートワーク移行・長時間スクリーン使用の急増は、VDT症候群の有病率を大幅に押し上げた3)。Mohanらの研究(2021年)では、パンデミック下でのデジタル眼精疲労の有病率と関連リスク因子が詳細に報告されており3)、ハイブリッドワーク定着後もこの傾向が続くと予想される。

作業時のカメラ画像から姿勢・瞬目頻度・目と画面の距離をリアルタイムで解析するAI支援システムの研究が進んでいる。将来的には作業環境の自動調整・休憩リマインダー機能と連携した包括的なVDT健康管理ツールの実用化が期待される。

VDT作業関連のドライアイに対する新規治療薬の開発が進んでいる。既存のジクアホソル・レバミピドに加え、涙液分泌を促進する新機序の薬剤(β3受容体作動薬等)の臨床試験が実施されており10)、将来的な選択肢の拡充が見込まれる。

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  1. 厚生労働省. 情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドラインについて. 2019(令和元年7月12日基発0712第3号). https://www.mhlw.go.jp/content/000539604.pdf
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