フレネル膜プリズム
構造:眼鏡レンズ面に貼付する薄膜型。塩化ビニル膜に微細なプリズム列(溝)を刻んだ構造。
特徴:高度数対応(最大40Δ程度)、軽量・薄型。試験的使用・一時的治療向き。
欠点:回折縞による視力低下(12Δ超で顕著)、コントラスト感度低下、表面汚染、美観問題。
プリズム療法とは、斜視角に一致した度のプリズムを眼鏡に装着することによって、光学的に光線の方向を変え、中心窩領域での両眼視を刺激する治療法である。眼鏡に装着するフレネル膜プリズム(Fresnel membrane prism)の導入によって適応が拡大した。
プリズムは像を一方向に偏位させる光学デバイスであり、単位はプリズムジオプトリー(Δ, prism diopter)で表す。1Δとは、1mの距離で光線を1cm偏位させる度数を意味する。レンズが光線を焦点に集束させて屈折異常を矯正するのに対し、プリズムは光線全体を一方向に偏位させて両眼の視線を一致させる点で本質的に異なる。
成人斜視においてプリズム矯正は非手術的治療の主要選択肢であり、手術・ボツリヌス毒素と並ぶ介入法として位置づけられる1)。
レンズは光線を焦点に集束させ屈折異常を矯正するが、プリズムは光線全体を一方向に偏位させる。プリズムは像の位置を変えることで両眼の視線を一致させ、複視の解消や両眼視の維持に用いる。
プリズムには大きく3種類があり、用途に応じて使い分ける。
フレネル膜プリズム
構造:眼鏡レンズ面に貼付する薄膜型。塩化ビニル膜に微細なプリズム列(溝)を刻んだ構造。
特徴:高度数対応(最大40Δ程度)、軽量・薄型。試験的使用・一時的治療向き。
欠点:回折縞による視力低下(12Δ超で顕著)、コントラスト感度低下、表面汚染、美観問題。
プリズムレンズ(ground-in)
構造:ガラスまたはプラスチックレンズに研削して組み込むタイプ。
特徴:恒久的使用向き。光学的品質が高く、視力低下が少ない。
欠点:高度数では重量・厚みが増す。度数変更が容易でない。
プリズム分岐眼鏡
構造:下方視野のみにプリズム効果を持たせた設計。
特徴:近方視のみの複視に対応。遠方視は通常レンズとして機能。
プリズムの使用目的は診断的・治療的に大別される。
斜視の種類に応じてプリズムの基底方向を選択する。斜視の種類とプリズム基底方向の対応を以下に示す。
| 斜視の種類 | プリズム基底方向 | 備考 |
|---|---|---|
| 外斜視 | Base-in(BI) | 近方のみの場合もあり |
| 内斜視 | Base-out(BO) | 調節性内斜視は屈折矯正優先 |
| 上斜視 | Base-down(BD) | 上方偏位眼側に装着 |
| 下斜視 | Base-up(BU) | 下方偏位眼側に装着 |
水平・垂直を組み合わせた斜方向プリズムも処方可能である。
プリズム眼鏡の主な適応疾患を以下に挙げる。
成人斜視の有病率は眼科診療所データで2.7%とされる1)。輻湊不全の年間発症率は10万人あたり8.4人であり、新規成人斜視の15.7%を占める。好発年齢中央値は69歳である1)。
開散不全型内斜視(sagging eye syndrome含む)は60〜80歳の後天性両眼複視の非常に多い原因であり、近視のある患者でより頻度が高い1)。
眼窩外傷後の斜視では、54例のシリーズで術前86%に複視があり術後37%に残存したとの報告があり、保存的治療(遮閉・フィルター・フレネル膜プリズム・ボツリヌス毒素・プリズム眼鏡)が一時的または恒久的な複視軽減に有用とされる1)。
アイパッチおよびフレネル膜プリズムは療養費給付の対象外である。
手術適応の判断と手術量の決定のためにプリズム順応試験を用いる。屈折矯正眼鏡装用下でフレネル膜プリズムを加入し、中和する最大斜視角を検出する。同時に複視や融像の有無を確認し、両眼視が潜在しているかどうかを判断する。
プリズム順応で斜視角が増加する場合、手術量を増やすことで術後の良好な眼位が得られる可能性がある。先天性内斜視の既往がある成人でプリズム順応に陽性反応を示した場合、術後に融像を獲得する可能性があるとされる1)。
幼少期発症の斜視では異常網膜対応が併存することが多く、プリズムに対する反応が誤解を招く場合がある。プリズムで斜視を矯正した際に初期には複視を訴えても、手術で同じ矯正を行うと適応して持続的な術後複視は1%以下にとどまる1)。
12Δを超える膜プリズムは視力低下をきたすため注意を要する。高度数フレネル膜プリズムでは回折縞が顕著になり、コントラスト感度も低下する。
輻湊近点(near point of convergence; NPC)は、融像を保ちながら固視標を眼前に持ってくることができる距離を指す。正常値は5〜8cmであり、輻湊不全では10cm以上となる。
両眼視を保持するための頭位異常は、片眼ずつアイパッチで遮閉したり、フレネル膜プリズムで矯正すると改善するのが特徴である。
sagging eye syndromeの術前検査として、プリズムで術後想定眼位をシミュレーションし、快適に許容できる過矯正・低矯正の範囲を確認することも有用とされる1)。
完全矯正眼鏡装用下で斜視角を中和する度数のプリズムを装着する。12Δを超える膜プリズムは視力低下をきたすため注意を要する。
まずフレネル膜プリズムで最適度数を確認してからground-inプリズムに移行するのが一般的である。両眼視を保持して徐々にプリズム度を減らすプリズム漸減療法のみで治療可能な例もあるが、大角度の斜視に対しては手術を前提として試みるべきである。手術後の残余斜視に対してもプリズム療法が有用である。
輻湊不全:base-inプリズム近用眼鏡(prism reading glasses)が非手術的治療の選択肢のひとつである1)。輻湊訓練(office-based training)は19〜30歳の若年成人でhome-based exerciseより陽性融像性輻輳の改善に優れるが、輻湊近点や症状の改善においては差がない。成人ではトレーニング効果が小児より一貫性に欠ける1)。輻湊不全に対して手術が考慮されるのは、距離偏位が顕性化している場合、症状が持続する場合、プリズム近用眼鏡で不十分な場合などである1)。
開散不全型内斜視:フレネルまたはground-inプリズムが一時的(手術前)または長期的な治療選択肢となる。プリズム量は経時的に増加する可能性があり、プリズムを外した状態での複視制御能力も低下しうることを患者に説明する1)。開散不全に対しては融像訓練の有効性は示されていない1)。
sagging eye syndrome:新規発症の偏位(間欠性・恒常性問わず、小角度)にフレネルまたはground-inプリズムが有用。プリズム量は経時的に増加する必要がある場合がある1)。
第6脳神経麻痺:遮閉(パッチ・Bangerterフィルター・サテンテープ)で代替する場合もある。プリズムは一時的に使用し、偏位が安定すればground-in base-outプリズムをレンズに組み込む。ボツリヌス毒素の内直筋注射が二次的拘縮の予防と最終偏位角の軽減にも寄与する1)。
第3脳神経麻痺:部分回復後にpress-onまたはground-inプリズムが有用だが、非共同性のため第一眼位から少し視線を移すだけで複視が残る。多くの患者は必要に応じてアイパッチや遮蔽コンタクトレンズを併用する1)。
高AC/A比を伴う調節性内斜視では下方に+3.00Dを負荷した二焦点眼鏡を処方する。これはプリズムではなく加入度数による輻湊抑制であるが、眼鏡による斜視の光学的管理として関連が深い。
先天上斜筋麻痺、Duane症候群、A-V型斜視など頭位異常をとって両眼視を保っている斜視では、斜視角が小さければ早期手術不要であるが、屈折矯正やプリズム療法を行いながら経過観察する。
プリズムは光学的に像のずれを補正するが、原因疾患そのものを治すものではない。麻痺性斜視の急性期では偏位角が変動するため完全な矯正は困難である。小角度で安定した偏位であれば、プリズム眼鏡により日常的にほぼ複視なしで生活できる場合が多い。大角度の斜視や非共同性の強い偏位では手術が必要となる。
プリズムは光線を基底(base)方向に屈折させ、像は頂点(apex)方向に偏位する。患者の視線は像の偏位方向に向かうため、外斜視にはBI(基底が鼻側)、内斜視にはBO(基底が耳側)を配置する。上下斜視には上方偏位眼にBD、下方偏位眼にBUを配置する。
プリズムの単位:1Δ = 1mの距離で光線を1cm偏位させる度数。
Prenticeの法則:プリズム効果(Δ)= レンズ度数(D)× 偏心距離(cm)。通常の眼鏡レンズでも光学中心からずれて視た場合にプリズム効果が生じる。
フレネル膜プリズムは薄い塩化ビニル膜に微細なプリズム列(溝)を刻んだ構造であり、軽量・薄型で高度数のプリズム効果を実現可能である。一方で以下の光学的制限がある。
プリズムにより中心窩に対応する像が投影されると、感覚融像の条件が整い両眼視が刺激される。間欠性斜視では抑制を解除して融像を促進する。恒常性斜視で異常網膜対応がある場合、プリズムによる正常対応への回帰は困難な場合がある。
プリズム順応陽性例では手術目標を増量することで良好な術後眼位が得られるとする報告がある。先天性内斜視でのプリズム順応と術後の融像獲得の関連が注目されている。
回旋成分の複視に対してプリズムは原理的に矯正困難である。回旋複視に対してはHarada-Ito手術など外科的介入が必要な場合がある。
液晶素子等を利用した可変プリズムの開発が試みられており、適応の幅を広げる可能性がある。
開散不全やsagging eye syndromeでは、プリズム矯正量が経時的に増加する可能性があり、プリズムを外した状態での複視抑制能力も低下しうる1)。手術の成功率は全体で約80%(1回の手術)であり、再手術を行えば95%を超える場合がある1)。成人手術後の持続的な新規複視発生率は1%以下である。術前プリズムテストで複視が示唆されても、手術による矯正後は適応して持続的複視にはならないことが多い1)。
手術後の残余小偏位(水平≤8Δ、垂直<3Δ)に対してプリズム眼鏡が必要となる場合があり、とくに眼鏡なしの遠見で複視が問題になる距離優位の開散不全型では手術の恩恵が大きい1)。
治療目的により異なる。急性期の麻痺性斜視では偏位角が変動するため、安定するまで1〜3か月ごとに度数を再評価する。偏位が安定したらground-inプリズム(レンズ組み込み型)への変更を検討する。長期間の膜プリズム使用は視力低下・汚染・美観上の問題があるため、可能な限り恒久的な方法へ移行することが望ましい。