先天性上斜筋麻痺
上下斜視(上斜筋麻痺・下斜筋過動など)
ひとめでわかるポイント
Section titled “ひとめでわかるポイント”1. 上下斜視とは
Section titled “1. 上下斜視とは”上下斜視とは、一方の眼が他方に比べて上方または下方に偏位する垂直方向の眼位ずれの総称である。上下方向の偏位が恒常性か間欠性か、先天性か後天性かによって分類される。上下斜視の多くは共同性であるが、筋原性・神経原性の非共同性も重要である。
先天性上斜筋麻痺(superior oblique palsy: SOP)は小児の上下斜視の原因として最も頻度が高い。上斜筋は眼窩深部で始まり滑車で走行を約180°変え、上直筋の耳側で扇状に広く強膜に付着する。後部線維の作用は内転時の下転・外転であり、前部線維は内方回旋をもたらす。上斜筋麻痺では麻痺眼が上転・内方偏位・外方回旋を生じ、患者は首を健側に傾けることで代償する。
上斜筋麻痺の年間発症率は人口10万人あたり6.3例、男性に多いとされる1)。頭部外傷(脳震盪を含む)が最も多い特定可能な原因であり2)、次いで脳血管障害、腫瘍、特発性が続く。1,000例の脳神経麻痺の研究では、第IV神経麻痺の原因として外傷・先天性・血管障害・腫瘍が主要であった4)。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”
病型別の症状
Section titled “病型別の症状”Brown症候群
主訴:内上転不良。顎上げ頭位と健側への顔の回しを好む。
特徴:第一眼位で正位または下斜視。上転時に滑車部付近のクリック感を感じる者もいる。上方視で外斜視となるV型が特徴的であり、下斜筋麻痺との鑑別に有用。
A-V型斜視(パターン斜視)
その他の病型
眼性斜頸(異常頭位)
Section titled “眼性斜頸(異常頭位)”眼性斜頸は顔の回し・顎上げ/顎下げ・首の傾げおよびそれらの組み合わせからなる。片眼を遮閉したときに異常頭位が消失すれば、複視を代償するための眼性斜頸と判断できる。滑車神経麻痺では、健側に顔を回し・顎を引き・健側に首を傾ける特徴的な異常頭位をとる。
小児の首の傾げ(斜頸)は先天性上斜筋麻痺の代表的な初発症状である。片眼を遮閉したときに首の傾げが消失すれば眼性斜頸が疑われる。先天性筋性斜頸(胸鎖乳突筋の腫瘤・短縮)との鑑別が重要であり、眼位検査が診断の鍵となる。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”- 先天性SOP:先天性の上斜筋腱の低形成・付着部異常。70%以上でMRIにより滑車神経の欠損が確認される。遺伝性はまれ
- 後天性SOP:頭部外傷(最多)、脳血管障害、腫瘍、特発性
- Brown症候群:先天性(先天的な腱鞘狭窄)、炎症性(甲状腺眼症を含む自己免疫疾患)、外傷性(前頭部打撲による滑車部衝撃)、医原性(上斜筋縫い上げ術の過剰施行)
- A-V型斜視:下斜筋過動(V型の主因)、上斜筋過動(A型の主因)、眼窩形態異常(頭蓋骨早期癒合症、Crouzon病)、上斜筋腱異常
- 両上転筋麻痺:核上性機序が多い。先天性
- CFEOM:KIF21A遺伝子異常(1型)、PHOX2A遺伝子異常(2型)等
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”Parks 3段階法
Section titled “Parks 3段階法”上斜視の原因筋を特定するための体系的診断法である。
- Step 1:どちらの眼が上斜視か(右上斜視か左上斜視かを確認)
- Step 2:上斜視が内転時に増悪するか外転時に増悪するか(IOOA vs SOP を鑑別)
- Step 3:Bielschowsky頭部傾斜試験:患側への頭部傾斜で上斜視が増加すれば上斜筋麻痺(SOP)と診断
| 疾患 | 特徴的所見 | 鑑別のポイント |
|---|---|---|
| 上斜筋麻痺 | 内転時上転増悪、患側傾斜で増悪 | Parks 3段階法、長期例で顔面非対称 |
| Skew deviation | 眼球傾斜反応(ocular tilt reaction) | SOP=外旋、skew=上斜視眼は内旋2) |
| Brown症候群 | 内上転制限、牽引試験陽性 | 上方視でV型外斜視 |
| 下斜筋過動 | 内転時上転過剰 | 乳児内斜視合併が多い |
| 甲状腺眼症 | 下直筋腫大による上転制限 | 眼窩MRI、masquerading SOP3) |
| 先天性筋性斜頸 | 胸鎖乳突筋の腫瘤・短縮 | 眼位正常、頸部触診 |
その他の検査
Section titled “その他の検査”- 回旋偏位の定量:Double Maddox Rod、Lancaster red-green、シノプトフォア(融像標的使用)を使用4)。上斜筋は内旋作用を持つためSOPでは外旋偏位が生じる。主観的回旋は長期SOPでは客観的回旋より小さい(適応による)2)
- 画像診断(MRI):先天性SOPでは上斜筋腱の低形成・付着部異常・滑車神経欠損を評価する。A-V型斜視では外眼筋の位置と形状評価が重要
- Brown症候群の確定診断:全身麻酔下での上斜筋牽引試験陽性。抵抗の度合いは症例により異なる
- “Masquerading SOP”:MRIで上斜筋萎縮がないが3段階法陽性の症例。甲状腺眼症の下直筋腫大がSOPを模倣しうる3)
- 術中検査:術中 exaggerated forced duction試験で上斜筋腱弛緩を確認(先天性SOP)4)。定量的術中回旋牽引試験も有用
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”治療アルゴリズム
Section titled “治療アルゴリズム”| 病型 | 第一選択 | 追加選択 / 備考 |
|---|---|---|
| 先天性SOP(≤15°) | 下斜筋減弱術 | — |
| 先天性SOP(>15°) | 下斜筋減弱術 + 上斜筋縫い上げ術 / 上直筋後転 / 対側下直筋後転 | 複数筋手術が必要 |
| 後天性SOP | 経過観察6か月 → プリズム眼鏡 or 手術 | 調節縫合推奨 |
| Brown症候群(先天性) | 経過観察(自然治癒傾向) | 手術適応あれば上斜筋腱延長術 |
| Brown症候群(炎症性) | 副腎皮質ステロイド局所注射(滑車部) | 無効なら手術 |
| A-V型(斜筋過動あり) | 斜筋手術 + 水平筋手術 | — |
| A-V型(斜筋過動なし) | 水平直筋の上下移動術(Trick法) | — |
| 両上転筋麻痺 | 下直筋後転 | — |
5-1. 先天性上斜筋麻痺の治療
Section titled “5-1. 先天性上斜筋麻痺の治療”先天性SOPは自然治癒しないため、診断確定後は手術が推奨される。
- 小角度(第一眼位 ≤15°):下斜筋減弱術(下斜筋部分切除術、下斜筋後転術)が第一選択で安全かつ有効
- 大角度(第一眼位 >15°):下斜筋減弱術単独では不十分なことが多く、以下を追加する
- 上斜筋縫い上げ術(tuck):先天例で上斜筋腱弛緩がある場合に推奨4)
- 上斜筋前進術(advancement):垂直偏位と回旋偏位の両方を矯正する4)
- Harada-Ito変法:前方線維のみを前進させ回旋矯正に特化。両側施行で回旋を追加矯正可能
- 上直筋後転術、健眼下直筋後転術、下斜筋前方移動術
- 小角度(1〜6PD):垂直直筋の部分腱後転(pole recession)で過矯正リスクを軽減できる4)
- 大角度SOP(15PD超)の手術成績:複数筋の組み合わせが必要であり、治療に難渋することがある4)
- 調節縫合の使用:目標はわずかな低矯正とする。特に下方視での過矯正は耐容性が極めて低い2)
5-2. 後天性上斜筋麻痺の治療
Section titled “5-2. 後天性上斜筋麻痺の治療”- 頭部外傷後は6か月間経過観察し、自然回復がなければ手術を検討する2)
- プリズム眼鏡:小角度(10PD未満)かつ共同性偏位で有効。外方・斜め方向への偏位変動があると適用困難2)
- ボツリヌス毒素注射:限定的な適応
5-3. Brown症候群の治療
Section titled “5-3. Brown症候群の治療”- 先天性:自然治癒傾向あり。経過観察が基本。手術適応は①第一眼位で下斜視がある ②著しい頭位異常がある ③内転時の下転が整容上問題
- 炎症性:副腎皮質ステロイドの局所注射(滑車部)で改善する
- 手術:上斜筋腱延長術(上斜筋腱切腱術、シリコンバンド延長術、非吸収糸延長術)。長期予後で医原性SOP合併(inverted Brown pattern)に注意する
5-4. A-V型斜視の治療
Section titled “5-4. A-V型斜視の治療”先天性上斜筋麻痺は自然治癒しない。異常頭位で代償するため弱視の頻度は低いが、長期放置により顔面非対称や脊椎側彎のリスクがある。診断確定後は手術が推奨される。視力・両眼視の予後は良好であるが、上斜筋の解剖学的異常が強い場合は複数回の手術を要することがある。
先天性Brown症候群は自然治癒傾向があるため経過観察が基本である。手術適応は①第一眼位で下斜視がある②著しい頭位異常がある③内転時の下転が整容的に問題となる場合である。炎症性のものはステロイド局所注射で改善する場合がある。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”上斜筋の解剖と機能
Section titled “上斜筋の解剖と機能”上斜筋は眼窩深部の鼻上側で起始し、前方に向かって走行した後、眼窩上壁内側の軟骨性滑車で走行を約180°変える。滑車通過後は上直筋の耳側を通り扇状に広く強膜に付着する。後部線維は内転時の下転・外転を担い、前部線維は内方回旋をもたらす。上斜筋が麻痺すると麻痺眼の上転・内方偏位・外方回旋が生じる。
先天性SOPの病態
Section titled “先天性SOPの病態”先天性SOPの多くはMRIで上斜筋腱の低形成・付着部異常を伴い、70%以上で滑車神経の欠損が確認される。上斜筋の機能不全により下斜筋の二次的過動が生じる。後天性SOPでは、滑車神経は脳幹背面から出る唯一の脳神経であり最長の頭蓋内経路を持つため、頭部外傷で損傷されやすい。
Brown症候群の病態
Section titled “Brown症候群の病態”上斜筋腱が滑車部を円滑に通過できない機械的問題が本態である。先天性では腱鞘の先天的狭窄、炎症性では滑車部周囲の炎症性肥厚が原因となる。前頭部打撲による滑車部への衝撃や、上斜筋縫い上げ術の過剰施行(医原性)、甲状腺眼症を含む自己免疫疾患でも生じる。
A-V型斜視の病態
Section titled “A-V型斜視の病態”V型斜視の主因は下斜筋過動(乳児内斜視に多い)であり、A型は上斜筋過動が原因となることが多い。眼窩形態異常(頭蓋骨早期癒合症、Crouzon病等)も関与する。画像診断で外眼筋の位置と形状を評価することが治療方針の決定に重要である。
CFEOM の病態
Section titled “CFEOM の病態”先天性の神経発生異常により外眼筋が線維性組織に置換される。KIF21A遺伝子(1型)、PHOX2A遺伝子(2型)等の遺伝子異常が同定されている。
7. 最新の研究と今後の展望
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望”Demer & Clark(2022)は、MRIで上斜筋萎縮がないにもかかわらずParks 3段階法が陽性となる”Masquerading SOP”の概念を報告した3)。甲状腺眼症における下直筋の腫大がSOPを模倣することが示され、眼窩MRIによる精密評価の重要性が強調された。
Bataら(2017)は両側SO腱前進術(調節縫合使用)により、大角度両側SOP患者で垂直偏位と回旋偏位の双方を有意に改善したと報告した4)。
回旋偏位の測定法(Double Maddox Rod・Lancaster red-green・シノプトフォア)を比較し、方法間の一致度と各法の特性を検討した4)。測定法の標準化が臨床判断に重要であることが示された。
先天性SOPの眼性斜頸は長期間放置すると顔面の発育非対称(上顎長の左右差)を引き起こすことが報告されており4)、早期の外科的介入が顔面対称性の改善に寄与する可能性がある。調節縫合技術の普及により、後天性SOPや成人例での一期的成功率が向上しており2)、今後の多施設研究によるエビデンスの蓄積が期待される。
下方視での過矯正は読書・階段歩行に重大な支障をきたすため耐容性が極めて低い。手術目標はわずかな低矯正(下方視で複視なし)に設定する。調節縫合を用い、術後に眼位を確認してから縫合を固定することが推奨される2)。小角度(1〜6PD)では部分腱後転(pole recession)で過矯正リスクを軽減できる4)。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”-
Dosunmu EO, Hatt SR, Leske DA, et al. Incidence and etiology of presumed fourth cranial nerve palsy: A population-based study. Am J Ophthalmol. 2018;185:110-114.
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American Academy of Ophthalmology Pediatric Ophthalmology/Strabismus Panel. Adult Strabismus Preferred Practice Pattern®. San Francisco: AAO; 2023.
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Demer JL, Clark RA. Masquerading superior oblique palsy. Am J Ophthalmol. 2022;242:197-208.
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Bata BM, Leske DA, Holmes JM. Adjustable bilateral superior oblique tendon advancement for bilateral fourth nerve palsy. Am J Ophthalmol. 2017;178:115-121.