シノプトフォア(大型弱視鏡)
1. シノプトフォア(大型弱視鏡)とは
Section titled “1. シノプトフォア(大型弱視鏡)とは”大型弱視鏡は、斜視・弱視・眼球運動障害を対象に、両眼機能の検査と視能訓練に用いる器械である。シノプトフォア(Synoptophore)とも呼ばれ、「大型弱視鏡」が正式名称として使われる。
大型弱視鏡は以下の要素で構成される。
- 照明室・スライド室:検査用スライドを装填し、視標を照明する部位。
- 反射鏡・接眼部:視標光を屈折させて各眼に導く光学系。
- 鏡筒:照明室・スライド室・反射鏡・接眼部をひとまとめにした構造体。左右独立して存在する。
- 角度表示部:鏡筒の向きを角度(プリズムジオプトリーまたは度)で表示する目盛り部。
左右の鏡筒はそれぞれ独立した光学系をもち、左眼と右眼に別々の視標を提示する。被検者は両眼を同時に使いながらも、各眼には異なる視標が提示される状態(両眼分離)で検査を受ける。視標は光学的遠見として各眼に提示されるため、通常の近見と比べて調節の影響が抑えられた条件下で評価が行える。
検査・訓練目的の5分類
Section titled “検査・訓練目的の5分類”大型弱視鏡が担う機能は大きく5つに分類される。
- 定量的眼位測定:水平・上下・回旋の9方向の眼位を定量する。
- 両眼視機能検査:同時視・融像・立体視の有無と程度を評価する。
- 融像域測定:融像幅(fusional amplitude)を定量する。
- 回旋偏位の測定:他覚的・自覚的な回旋偏位を定量する。
- 視能訓練:感覚性融像・立体視を段階的に訓練する。
これらの機能を一台の器械で包括的に実施できる点が、大型弱視鏡の最大の特徴である。
視標スライドの種類
Section titled “視標スライドの種類”2枚1組の検査用スライドが複数用意されており、検査目的と被検者の年齢に応じて適切なスライドを選択する。
| スライド種類 | 視標の例 | 主な検査目的 |
|---|---|---|
| 同時視スライド | ライオンと檻 | 同時視の有無・抑制の確認 |
| 融像スライド | ウサギ(本体と尾) | 融像域・融像幅の測定 |
| 立体視スライド | 小角度の左右差視標 | 立体視機能の評価 |
同時視スライドは重なり合わない2つの視標(ライオンと檻など)を用い、抑制がある場合には片眼の視標が消えると訴える。融像スライドは同形状で一部異なる視標(ウサギ本体と尾など)を用い、融像が成立したときに視標が完全な一つの像に統合される。適切なスライド選択が検査の精度に直結するため、年齢や協力度に合わせて選定することが重要である。
2. 適応と臨床所見
Section titled “2. 適応と臨床所見”大型弱視鏡は以下の疾患・状態を対象とする。
- 共同性斜視(内斜視・外斜視):眼位ずれが全方向でほぼ均等な斜視。
- 非共同性斜視(眼筋麻痺・眼球運動障害):方向によって斜視角が異なる斜視。
- 間欠性斜視:斜視の出現が間欠的な症例。
- 弱視:両眼視機能の評価と訓練が必要な症例。
3歳以降の斜視患児が主な検査対象である。斜視・弱視専門外来に標準装備されており、外来診療における基本検査機器のひとつである。年少児では筒を覗いて視標に応答する協力が必要なため、自覚的応答が安定して得られる発達段階に達していることが前提となる。
斜視・弱視専門外来のある眼科施設に標準装備される。視能訓練士が検査・訓練を担当することが多く、器械を用いた両眼視機能評価と視能訓練の実施において中心的な役割を果たす。
検査で得られる臨床所見
Section titled “検査で得られる臨床所見”大型弱視鏡検査により、以下の臨床所見を定量的に評価できる。
- 自覚的斜視角:水平・上下・回旋方向の自覚的眼位偏倚を度数で把握する。
- 融像幅(fusional amplitude):融像が維持される角度範囲を定量する。
- 同時視・融像・立体視の有無:各両眼視機能の段階を個別に判定する。
- 網膜対応状態:正常網膜対応か異常網膜対応かを判別する。
- ガンマ角:視軸と黄斑中心窩の角度ずれを評価する。異常ガンマ角は外観上の偽斜視をもたらす場合がある。
- 他覚的斜視角:他覚的に計測した眼位偏倚。自覚的斜視角との比較で異常網膜対応を診断できる。
3歳以降の小児が主な対象である。筒を覗いて視標に応答する必要があるため、言語・指示理解が未熟な年少児には困難な場合がある。3歳未満では他の検査法(交代遮蔽試験・Hirschberg法・Krimsky法など)を優先する。
3. 検査の原理と方法
Section titled “3. 検査の原理と方法”両眼分離の原理
Section titled “両眼分離の原理”大型弱視鏡は左右それぞれの鏡筒に異なる視標スライドを挿入し、各眼に別々の視標を光学的遠見として提示する。通常の近方視とは異なり、鏡筒の光学系が遠見状態を擬似的に作り出すため、調節が誘発されにくい環境下で検査を実施できる。
ただし、近接性輻湊(物理的な近さに由来する輻湊)と調節性輻湊(調節に連動する輻湊)は、器械を覗く動作によって多少誘発される点に留意する。これらの介入があることを前提に、得られた斜視角の解釈を行う必要がある。
自覚的検査と他覚的検査
Section titled “自覚的検査と他覚的検査”大型弱視鏡では2種類の検査が可能である。
- 他覚的検査:検者が被検者の眼球を観察し、固視位置から他覚的斜視角を算出する。被検者の意識的な協力が不要なため、幼児や意思疎通が困難な症例にも実施できる。
- 自覚的検査:被検者が視標を一致させた位置(主観的眼位)を申告し、その鏡筒角度から自覚的斜視角を算出する。
9方向の眼位定量
Section titled “9方向の眼位定量”水平偏倚(内斜視・外斜視)、上下偏倚(上斜視・下斜視)、回旋偏倚(内回旋・外回旋)の3軸について眼位を測定する。これにより9方向の眼位マップを作成でき、非共同性斜視(眼筋麻痺)の麻痺筋同定や術後経過評価に役立てる。
- 被検者を座位で器械に向かい合わせ、両眼を各鏡筒の接眼部に当てる。
- 鏡筒の高さと間隔(瞳孔間距離)を被検者の顔に合わせて調整する。
- 目的の検査スライドをスライド室に挿入する。
- 被検者に視標を見るよう指示し、自覚的検査では「2つの図が重なる位置に動かして」などの教示を行う。
- 鏡筒の角度目盛りを読み取り、斜視角・融像域を記録する。
各検査項目(同時視・融像域・回旋偏位・網膜対応)は同一セッション内で順次実施する。同時視→融像→立体視の順に検査を進めるのが一般的である。
4. 検査手技と評価項目の詳細
Section titled “4. 検査手技と評価項目の詳細”各検査項目の手技
Section titled “各検査項目の手技”同時視検査:同時視スライドを用い、被検者が両眼の視標を同時に認識できるか確認する。抑制がある場合、片眼の視標が見えない(消える)と訴える。
眼位測定(自覚的):融像スライドを用い、被検者が2つの視標を「一つに重ね合わせた」位置での鏡筒角度を記録する。水平・上下・回旋それぞれを測定する。他覚的斜視角との差が大きい場合は異常網膜対応を疑う。
融像域測定:融像スライドを用い、鏡筒を徐々に内外方向に動かして融像が破綻する角度を求める。輻湊方向(+方向)と開散方向(−方向)の限界値から融像幅(fusional amplitude)を算出する。融像幅の狭小化は両眼視機能障害の指標となる。間欠性外斜視児では正常児と比べて輻湊融像幅が低下することが報告されている1。なお、シノプトフォアとプリズムバーで測定した融像幅は一致しないことがあり(特に輻湊側でシノプトフォアが大きい値を示す傾向がある)、両者を相互に置き換えて使用することは推奨されない2。
立体視検査:立体視スライドを用い、被検者が奥行きを知覚できるかを確認する。大型弱視鏡での立体視評価は、左右眼に提示する視標の角度差を調整できる利点がある。
回旋偏位の測定:自覚的には回旋視標の「まっすぐに見える」位置を調整させ、他覚的には眼底写真や眼底鏡所見と合わせて評価する。眼筋麻痺の診断に重要な情報を提供する。
網膜対応検査:自覚的斜視角と他覚的斜視角を比較する。両者が一致すれば正常網膜対応、差がある場合は異常網膜対応(ARC)と判断する。
大型弱視鏡で評価できる情報の整理
Section titled “大型弱視鏡で評価できる情報の整理”| 評価項目 | 用いるスライド | 臨床的意義 |
|---|---|---|
| 同時視の有無 | 同時視スライド | 抑制の有無・程度 |
| 自覚的斜視角 | 融像スライド | 手術量の参考 |
| 融像幅 | 融像スライド | 両眼視機能の強さ |
| 立体視 | 立体視スライド | 最高次両眼視の評価 |
| 回旋偏位 | 回旋スライド | 上斜筋麻痺等の診断 |
| 網膜対応 | 融像・同時視スライド | ARCの有無 |
5. 大型弱視鏡による視能訓練
Section titled “5. 大型弱視鏡による視能訓練”視能訓練の概念
Section titled “視能訓練の概念”視能訓練は、感覚面と運動面の訓練を連携させ、良好な眼位と両眼視を獲得させる治療法である。大型弱視鏡は両眼視機能の段階的評価と訓練の両方に用いられる。年少児では器械の使用・自覚的応答が困難なため、訓練の実施は学童期以降が現実的である。
大型弱視鏡による視能訓練の主な適応は以下のとおりである。
年少児(概ね就学前)では、検査への協力が得られにくく訓練の実施は困難である。自覚的応答が安定して得られるようになった学童期以降を訓練開始の目安とする。
訓練の3段階
Section titled “訓練の3段階”大型弱視鏡を用いた視能訓練は以下の3段階で進める。各段階は順を追って実施し、前段階の習得を確認してから次段階に移行する。
第1段階:同時視訓練
Section titled “第1段階:同時視訓練”抑制(斜視眼の像を脳が無意識に消去する状態)のある症例に対し、まず両眼の視標を同時に認識できるよう訓練する。同時視スライドを用い、点滅・輝度調整などの手法で抑制を破り、両眼同時認識を促す。同時視の獲得が融像・立体視訓練の前提条件となる。シノプトフォアの照度を左右で段階的に変化させる手技は、Worth 4 dotテストよりも感度の高い抑制深度の定量に応用できることが報告されている3。
第2段階:融像訓練
Section titled “第2段階:融像訓練”同時視が得られた後、融像幅を拡大することを目標とする。融像スライドを用い、視標を一つに重ね合わせる練習を繰り返す。内方融像(輻湊)と外方融像(開散)の幅を段階的に広げ、安定した両眼単一視を強化する。
第3段階:立体視訓練
Section titled “第3段階:立体視訓練”融像が安定したのち、精密立体視の獲得を目指す。立体視スライドを用い、左右視標のずれから奥行き知覚を引き出す練習を行う。立体視の獲得は両眼視機能が実用レベルに達したことを示す指標となる。
通院と自宅訓練の組み合わせ
Section titled “通院と自宅訓練の組み合わせ”大型弱視鏡を用いた訓練は原則として外来(通院)での実施となる。自宅では大型弱視鏡は使用できないため、自宅での輻湊訓練(リーディング練習・ペンシルプッシュアップなど)と組み合わせて継続的な訓練効果の維持を図ることが推奨される。
視能訓練の限界と位置づけ
Section titled “視能訓練の限界と位置づけ”視能訓練単独で斜視が完全に治癒する例は限られる。学童期以降の間欠性外斜視では、手術治療の前後における補助療法として有効であり、術前の両眼視機能評価・術後の融像強化に組み合わせて用いられる。訓練効果を定期的に大型弱視鏡で再評価し、訓練プログラムを調整することが重要である。両眼視機能訓練と屈折矯正・プリズム療法を併用すると、内斜視および弱視を伴う小児で眼位矯正率と両眼視機能が単独療法より改善することが報告されている4。また弱視治療においても、融像機能の改善度が視力改善と相関することが示されている5。
- 術前の役割:抑制の解除、融像幅の拡大による術後両眼視獲得の準備
- 術後の役割:融像訓練による眼位安定化、立体視回復の促進
- 手術不要例:偏位角が小さい間欠性外斜視で両眼視を維持しながら経過観察する場合の訓練補助
視能訓練単独で斜視が治癒する例は限られる。学童期以降の間欠性外斜視では手術前後の補助療法として位置づけられる。訓練の成果は大型弱視鏡での再評価で確認しながら、必要に応じて手術の適応を検討することが重要である。
6. 両眼視機能の発達と検査の意義
Section titled “6. 両眼視機能の発達と検査の意義”両眼視機能の発達段階
Section titled “両眼視機能の発達段階”両眼視機能は出生後の視覚経験を通じて段階的に発達する。その発達順序は以下のとおりである。
- 同時視:最初に獲得される両眼視機能。両眼の像を同時に脳で認識する段階。
- 融像:両眼の像を一つの像に統合する機能。感覚性融像と運動性融像がある。
- 立体視:両眼視差(左右眼での像のわずかなずれ)から奥行きを知覚する最高次の両眼視機能。
この発達順序は、大型弱視鏡で評価する3段階の両眼視機能(同時視→融像→立体視)と対応している。斜視・弱視患者では、発達の途中でいずれかの段階が障害されることがあり、どの段階で障害が生じているかを特定することが治療方針の決定に直結する。
大型弱視鏡の位置づけ:他の検査法との比較
Section titled “大型弱視鏡の位置づけ:他の検査法との比較”大型弱視鏡は両眼分離条件下で各両眼視機能を段階別に定量できる点が特徴である。一方、近見立体視検査(Titmusステレオテスト・Randot立体視検査など)は自然な両眼視条件(偏光眼鏡)で立体視を測定する検査であり、相補的な関係にある。
| 比較項目 | 大型弱視鏡 | 近見立体視検査(Titmus等) |
|---|---|---|
| 測定条件 | 両眼分離・遠見擬似条件 | 自然な近見両眼視条件 |
| 測定可能な機能 | 同時視・融像・立体視・眼位 | 主に立体視 |
| 定量性 | 高(角度・度数で定量) | 中(秒角で表示) |
| 訓練への応用 | 可能 | 不可 |
大型弱視鏡で得られた両眼視機能の評価結果と近見立体視検査の結果を組み合わせることで、患者の両眼視機能の全体像をより正確に把握できる。近接性・調節性輻湊の介入がある点は大型弱視鏡の制限事項であり、結果の解釈には留意が必要である。両眼視機能の段階的評価は、斜視手術の適応・術式選択・術後管理の判断において重要な情報を提供する。
Footnotes
Section titled “Footnotes”-
Fu T, Wang J, Levin M, Su Q, Li D, Li J. Fusional vergence detected by prism bar and synoptophore in chinese childhood intermittent exotropia. J Ophthalmol. 2015;2015:987048. PMID: 25954512. doi:10.1155/2015/987048 ↩
-
Haque S, Toor S, Buckley D. Are Horizontal Fusional Vergences Comparable When Measured Using a Prism Bar and Synoptophore? Br Ir Orthopt J. 2024;20(1):85-93. PMID: 38525409. PMCID: PMC10959145. doi:10.22599/bioj.326 ↩
-
Plaumann MD, Roberts KL, Wei W, Han C, Ooi TL. Refining Clinical Quantification of Depth of Suppression in Amblyopia through Synoptophore Measurement. Life (Basel). 2023;13(9):1900. PMID: 37763304. PMCID: PMC10532546. doi:10.3390/life13091900 ↩
-
Liang J, Pang S, Yan L, Zhu J. Efficacy of binocular vision training and Fresnel press-on prism on children with esotropia and amblyopia. Int Ophthalmol. 2023;43(2):583-588. PMID: 35945412. doi:10.1007/s10792-022-02462-8 ↩
-
Lv Z, Tao Z, Hu G, Deng H. Significance of binocular fusion in enhancing visual acuity during amblyopia treatment. Transl Pediatr. 2024;13(10):1767-1776. PMID: 39524389. PMCID: PMC11543132. doi:10.21037/tp-24-125 ↩