この疾患の要点
正常眼圧緑内障(NTG)は眼圧 が統計学的正常範囲内にとどまるにもかかわらず緑内障 性視神経症 を生じる病型である。
40歳以上における有病率は3.6%(95%信頼区間 2.9〜4.3)と報告され、原発開放隅角緑内障 (広義)の約9割、緑内障 全体の約7割を占める5) 。
原発開放隅角緑内障 (広義)のサブタイプであり、原発開放隅角緑内障 (狭義)と連続した疾患群として位置づけられる5, 7) 。
眼圧 が最大の修正可能リスク因子であるが、眼灌流圧の低下・血管調節不全 ・篩状板 の構造的脆弱性など眼圧 非依存性因子の関与も示唆される5, 9) 。
Collaborative Normal-Tension Glaucoma Study(CNTGS)では無治療時眼圧 から30%以上の下降で視野障害進行が有意に抑制された5, 11) 。
正常眼圧緑内障は、原発開放隅角緑内障 (広義)のサブタイプであり、緑内障 性視神経症 の発生進行過程において眼圧 が常に統計学的に決定された正常値にとどまる病型である5) 。正常眼圧 、正常開放隅角 、細隙灯顕微鏡検査 正常、緑内障 性視神経 障害、緑内障 性視野障害を呈することを必要条件とする。
日本人成人の眼圧 分布は多治見研究で詳細に解析されており、右眼圧 14.6±2.7 mmHg、左眼圧 14.5±2.7 mmHgであった5) 。平均値±2標準偏差を正常範囲と定義すると、日本人における正常上限は19.9〜20.0 mmHgとなる。この疫学データに基づき、眼圧 20 mmHgを境に原発開放隅角緑内障 (狭義)と正常眼圧緑内障を臨床的に区分することに合理性があるとされている5) 。
原発開放隅角緑内障 (広義)は慢性進行性の視神経症 であり、視神経乳頭陥凹 の拡大、辺縁部の菲薄化、網膜神経線維層 (RNFL )の欠損を形態的特徴とする。原発開放隅角緑内障 (広義)は便宜的に高眼圧 群(原発開放隅角緑内障 ・狭義)と正常眼圧 群(正常眼圧緑内障)に区分されるが、両者は治療方針が同一であり、臨床上は連続した疾患スペクトラムとして扱われる5, 7) 。
多治見研究では40歳以上の日本人における緑内障 の有病率は5.0%、正常眼圧緑内障の有病率は3.6%と報告された5) 。2016年の人口統計を基にした推定では、日本の緑内障 患者数は約465万人に上る。同研究では新規発見率が89%に達しており、未治療のまま潜在している緑内障 患者が多数存在することも明らかになった5) 。
病型 男性 女性 全体(95%信頼区間) 原発開放隅角緑内障 (広義)4.1% 3.7% 3.9%(3.2〜4.6) 原発開放隅角緑内障 (狭義)0.3% 0.2% 0.3%(0.1〜0.5) 正常眼圧緑内障 3.7% 3.5% 3.6%(2.9〜4.3) 原発閉塞隅角緑内障 0.3% 0.9% 0.6%(0.4〜0.9) 続発緑内障 0.6% 0.4% 0.5%(0.2〜0.7) 全緑内障 5.0% 5.0% 5.0%(4.2〜5.8)
正常眼圧緑内障は原発開放隅角緑内障 (広義)の約9割、緑内障 全体の約7割を占める代表的な病型である。40歳以上の成人の約28人に1人が正常眼圧緑内障に罹患している計算となり、決してまれな疾患ではない。
正常眼圧緑内障は正常眼圧 レベルでの緑内障 性変化という性質から過小診断されやすい7) 。原発開放隅角緑内障 の患者の約40%は診察時間中に眼圧 上昇を示さないとの報告もあり8) 、初診時眼圧 だけでは診断を下せないという臨床的課題がある。眼圧 検診が緑内障スクリーニング に持つ限界は明確であり、視神経乳頭 ・網膜神経線維層 の評価を併用することが早期発見の鍵となる5) 。多治見研究で観察された89%という新規発見率は、未治療潜在患者の多さを示しており、検診体制・ハイリスク群への啓発の重要性を裏づける数字である5) 。
かつては原発開放隅角緑内障 (狭義)と正常眼圧緑内障は独立した疾患と捉える考え方も存在した。しかし、両者の臨床所見・治療反応性・眼圧 を介する病態の類似性から、現在では原発開放隅角緑内障 (広義)という上位概念のもとで連続した疾患群として整理されている5, 7) 。眼圧 20 mmHgという境界は日本人の統計学的正常上限に基づく便宜的分類であり、眼圧 のみで病型を鋭く二分できるわけではない。高眼圧症 から原発開放隅角緑内障 (狭義)、正常眼圧緑内障、そして眼圧 がさらに低くとも視神経 障害が進行する症例までが一つのスペクトラムとして位置づけられる。
Q
正常眼圧緑内障と原発開放隅角緑内障(狭義)は異なる疾患ですか?
A
両者は原発開放隅角緑内障 (広義)のサブタイプであり、連続した疾患群として扱える5, 7) 。原発開放隅角緑内障 (狭義)でも正常眼圧緑内障でも眼圧 下降が治療の中心である。ただし正常眼圧緑内障では眼圧 非依存性因子、圧迫性病変などの鑑別診断、個々の臨床背景に応じた区別と評価が必要である。
初期には自覚症状を欠くことが多い。進行に伴い視野欠損 を自覚するが、傍中心暗点 が比較的多いことが特徴とされる。傍中心暗点 の存在は中心視機能(文字の判読・顔の認識)への影響が早期から生じうることを意味する。
Humphrey視野計24-2では検出されない中心10度以内の局所的暗点が存在し、Humphrey視野計10-2で初めて同定される場合が報告されている1) 。傍中心暗点 を伴う正常眼圧緑内障例では、24-2の結果のみで安心することはできない。
眼圧 :常に20 mmHg以下であることを必要条件とする5) 。測定時刻を変えた眼圧 日内変動の測定は必須の検査である。眼圧 には日内変動に加え季節変動も存在し、一般に冬季に高く夏季に低い傾向があるため、測定時期も評価に含める5)
隅角 :正常開放隅角 。原発開放隅角緑内障 (狭義)よりも典型的な正常隅角 であることが多い
細隙灯顕微鏡検査 :前眼部に異常を認めない
視神経乳頭 :陥凹拡大、辺縁部(neuroretinal rim)の菲薄化、網膜神経線維層 欠損を呈する。原発開放隅角緑内障 (狭義)と形態学的に同様の所見が得られるため、乳頭所見のみで鑑別することはできない
視野 :傍中心暗点 ・弓状暗点が認められる
網膜神経線維層 ・網膜神経節細胞 層 :光干渉断層計 (OCT )で網膜神経線維層 の菲薄化と黄斑部 の網膜神経節細胞 層(GCL)の菲薄化を認める
乳頭周囲萎縮(PPA) :β域が高頻度に認められ、リムの最も薄い部位に好発する
両病型の乳頭陥凹には量的な差があることが知られている。
所見 正常眼圧緑内障の特徴 乳頭出血 原発開放隅角緑内障 (狭義)より頻度が高い乳頭陥凹の大きさ 同程度の視野異常を有する症例でより大きい 局所的陥凹拡大 認められる比率が高い 乳頭周囲萎縮(PPAβ域) 高頻度に認められる
視神経乳頭 所見により、正常眼圧緑内障をfocal ischemic type、myopic type、senile sclerotic typeなどに分類する方法も提唱されている。これらのタイプは背景にある病態生理(局所循環障害・近視 性構造変化・加齢性硬化)の違いを反映すると考えられている。
正常眼圧緑内障の視野欠損 は、弓状暗点・鼻側階段・傍中心暗点 など緑内障 性変化の典型パターンに加え、中心視野内の局所暗点を呈することが特徴的とされる。中心窩 から10度以内の傍中心暗点 は読書・顔認識などの日常生活動作に直接影響するため、進行の自覚症状として現れやすい。視野検査 では、固視標近傍の閾値低下として検出される。Humphrey視野計の24-2プログラムでは中心10度内の測定点が相対的に疎であるため、傍中心暗点 を見逃す可能性があり、症例に応じて10-2プログラムでの追加評価が有用である1) 。
静的自動視野計のMD(平均偏差)スロープは緑内障 進行の客観的指標として用いられる。正常眼圧緑内障でのMDスロープは原発開放隅角緑内障 (狭義)より緩徐な傾向にあるが、個体差が大きく、急速進行例も一定頻度で存在する。乳頭出血を繰り返す例、薬物アドヒアランス不良例、夜間低血圧を伴う例では進行が加速しやすいとされ、追跡頻度の調整が必要である5) 。OCT による網膜神経線維層 厚の経時的変化も進行モニタリングに有用であり、視野異常の顕在化に先行して構造変化が検出されることがある。
正常眼圧緑内障においても眼圧 は発症・進行に最も強く関わる因子であり、眼圧 下降治療により進行を抑制できることが臨床的エビデンスとして示されている5, 11) 。統計学的に正常範囲の眼圧 であっても、個々の視神経 には耐容可能な眼圧 値が存在し、個別の視神経 にとって過負荷となる眼圧 値が病態形成に関与している。
眼圧 日内変動や季節変動により、診察時以外に高眼圧 を示している可能性も否定できない。さらに、視神経乳頭 での圧負荷には眼圧 だけでなく脳脊髄液圧も関与するため、同じ眼圧 値でも乳頭への実質的な圧負荷は個体ごとに異なりうる4) 。
眼圧 非依存性のメカニズムとして、篩状板 の構造的脆弱性、循環障害、神経障害因子、免疫因子、遺伝子異常などが示唆されている。2024年に公表されたメタ解析のアンブレラレビュー9) では、緑内障 全般のリスク因子について evidence hierarchy が整理された。正常眼圧緑内障の病態理解に関係する主要な知見を以下に示す。
眼局所のリスク因子
眼圧 :highly suggestive evidence(オッズ比 2.43、95%信頼区間 1.71〜3.47)9) 。正常範囲内でも高値は発症・進行に寄与する
近視 :highly suggestive evidence(オッズ比 1.89、95%信頼区間 1.55〜2.32)9) 。特に乳頭構造変化を伴う強度近視 は発症に深く関与する
角膜 ヒステレシス(CH) :highly suggestive evidence(オッズ比 0.18、95%信頼区間 0.13〜0.26)9) 。角膜 生体力学的特性の低下は進行リスクと関連する
中心角膜 厚 :薄い角膜 は進行リスクとなる5, 9)
乳頭出血 :正常眼圧緑内障で高頻度。出現後は視野障害進行が加速する5)
乳頭周囲脈絡網膜 萎縮(PPAβ域) :β域の拡大は進行と関連する5)
全身のリスク因子
眼灌流圧(OPP)の低下 :suggestive evidence9) 。緑内障 診療ガイドライン第5版でも進行危険因子として明記される5)
拡張期・収縮期血圧の低下 :夜間低血圧を含み進行と関連する5)
閉塞性睡眠時無呼吸症候群 :suggestive evidence(オッズ比の増加を示すメタ解析)9) 。夜間低酸素・血行動態変動が視神経乳頭 灌流に影響する
片頭痛 :suggestive evidence(相対危険度の上昇を示すメタ解析)9) 。一次性血管調節不全 の一表現型と考えられる
冷え症・レイノー現象 :一次性血管調節不全 の臨床像であり正常眼圧緑内障で高頻度に認められる
2型糖尿病・高脂血症 :進行危険因子として報告される5, 9)
眼灌流圧は「拡張期血圧 − 眼圧 」で簡易的に評価され、眼灌流圧が低いことは視神経乳頭 循環の不足を示唆する。降圧治療に伴う夜間低血圧は眼灌流圧を一過性に低下させるため、全身的な血圧管理と眼圧 管理の整合性が重要となる。
正常眼圧緑内障には主に4つの遺伝子が関与する。OPTN(オプチニューリン)変異、特にE50Kバリアントは若年発症と強く関連する。TBK1のコピー数多型も正常眼圧緑内障に関連し、網膜神経節細胞 の喪失に寄与する。METTL23変異は家族性正常眼圧緑内障症例で同定されている。原発開放隅角緑内障 に関連するMYOCも一部の正常眼圧緑内障症例で関与する。
篩状板・経篩状板圧較差
篩状板 の構造的脆弱性 :正常範囲の眼圧 に耐えられない構造的異常
経篩状板 圧較差の上昇 :眼圧 上昇ではなく球後脳脊髄液圧の低下が経篩状板 圧較差の上昇を引き起こす可能性4)
脳脊髄液動態の障害 :正常眼圧緑内障の患者では脳脊髄液中L-PGDS濃度が上昇しており、全身的な脳脊髄液動態異常が示唆されている4)
グリンファティック系の不全 :視神経 における代謝廃棄物除去の低下が緑内障 性損傷に関与する仮説
加齢・家族歴・近視
加齢 :年齢は発症・進行の独立した危険因子である5)
家族歴 :緑内障 家族歴は発症リスクを高める5)
近視 :特に強度近視 では乳頭構造変化を介して病態に深く関与する5, 9)
女性 :一部の疫学で女性にやや多いとする報告があるが、多治見研究では日本人男女差は大きくない5)
Q
睡眠時無呼吸症候群やレイノー現象は正常眼圧緑内障と関係しますか?
A
はい、関連が報告されています。2024年のメタ解析アンブレラレビューでは、閉塞性睡眠時無呼吸症候群と片頭痛 がともに緑内障 の suggestive evidence のリスク因子として分類されました9) 。冷え症・レイノー現象を含む一次性血管調節不全 は正常眼圧緑内障で高頻度に認められ、眼灌流圧の変動を介して視神経乳頭 循環に影響すると推定されます5) 。これらの全身疾患の管理は緑内障 診療ガイドラインでも補助的な進行抑制策として位置づけられています5) 。
Joanna Karaśkiewicz; Monika Drobek-Słowik; Wojciech Lubiński. Pattern electroretinogram (P
ERG ) in the early diagnosis of normal-tension preperimetric glaucoma: a case report. Doc Ophthalmol. 2014 Oct 19;128(1):53-58. Figure 1. PM
CI D: PMC3890055. License: CC BY.
左右眼底写真で視神経乳頭 の陥凹拡大を示している。正常眼圧緑内障でも視神経 障害が進むことを説明する際の代表的な視覚資料として使いやすい。
以下の6要件をすべて満たすことで正常眼圧緑内障と診断される5) 。
常に統計学的正常範囲の眼圧 (日本人では20 mmHg以下)
正常開放隅角 (隅角鏡検査 で確認)
細隙灯顕微鏡検査 正常
緑内障 性視神経 障害 (乳頭陥凹拡大・辺縁部菲薄化・網膜神経線維層 欠損)
緑内障 性視野障害
他の視神経 疾患・二次的眼圧 上昇を除外
正常眼圧緑内障の診断にあたっては、現在のみならず過去にも眼圧 上昇の原因がないこと、眼圧 負荷以外の視神経 障害の原因を除外することが求められる。外傷歴、ステロイド 使用歴、視神経炎 などの炎症性疾患の既往を問診で除外し、隅角鏡検査 で過去の眼圧 上昇を示唆する所見(狭隅角 、偽落屑、周辺虹彩前癒着 、異常色素沈着など)の有無を確認する。
眼圧測定 :Goldmann圧平眼圧計 が標準であり、精度が最も高い(エビデンスレベル1B)5) 。中心角膜 厚520 μmで最も正確な測定値が得られる
眼圧 日内変動測定 :時刻を変えた複数回測定を行う。入院下の朝夕測定や外来での時間帯を変えた測定が用いられる5)
季節変動の評価 :冬季に高く夏季に低い傾向を考慮する5)
隅角鏡検査 :正常開放隅角 の確認
視野検査 :Humphrey視野計24-2が標準。傍中心暗点 の検出にはHumphrey視野計10-2が有用である1)
光干渉断層計 (OCT ) :網膜神経線維層 厚・黄斑部 網膜神経節細胞 層厚の定量評価
光干渉断層血管撮影(OCTA) :乳頭内毛細血管・放射状乳頭周囲毛細血管の評価
眼底写真 :乳頭陥凹・出血・PPAの経時比較
頭蓋内病変の除外 :腫瘍性病変などの頭蓋内疾患による視神経症 を除外するため、必要に応じて脳MRI・MRAを施行する2, 3)
正常眼圧緑内障の診断には、眼圧 高値の緑内障 および非緑内障 性視神経 疾患との鑑別が不可欠である。
他の高眼圧緑内障
Burned-out 原発開放隅角緑内障 :過去の高眼圧 が現在は正常化した症例
ステロイド緑内障 の自然寛解 :ステロイド 使用歴の問診で疑う
Posner-Schlossman症候群 の寛解期 :過去の眼圧 発作の既往
続発開放隅角緑内障 :落屑緑内障 ・色素緑内障 などを前眼部所見で除外する
非緑内障性視神経症
頭蓋内圧迫性病変 :下垂体腺腫 ・内頸動脈瘤などで緑内障 様の乳頭陥凹を呈することがある2, 3) 。垂直子午線に関連する視野欠損 は圧迫性病変を示唆する2)
上方分節状視神経乳頭 低形成(SSOH) :多治見スタディでの有病率0.3%。上方から鼻側の網膜神経線維層 欠損、陥凹部および中心動静脈起始部の上方偏位で鑑別する
先天性乳頭形態異常 :生理的乳頭陥凹拡大、視神経乳頭 欠損、視神経乳頭小窩
視神経炎 の後遺症 :既往の炎症による乳頭陥凹
非典型的な経過(急速な片眼性の進行、視力 低下、垂直子午線に沿った視野欠損 )を認めた際は、頭蓋内病変を除外するための画像検査が推奨される2, 3) 。
診断確定後の経過観察では、眼圧測定 ・視野検査 ・OCT検査 を組み合わせて進行を評価する。視野検査 は初期には3〜4ヶ月間隔で複数回実施することで、信頼できるベースラインを確立することが推奨される5) 。OCT による網膜神経線維層 厚の経時的変化は、視野異常が顕在化する前段階で構造的進行を捉えることができ、早期介入の判断材料となる。乳頭所見の経年比較には眼底写真の撮影が有用であり、乳頭出血の有無・PPAの拡大・リム辺縁の変化を追跡する5) 。構造検査と機能検査の結果を統合し、一方が変化を示した時点で治療方針を再検討する姿勢が望ましい。
Q
正常眼圧緑内障の診断に脳MRIは必要ですか?
A
すべての正常眼圧緑内障の患者にルーチンの神経画像検査は推奨されていない2) 。しかし非典型的な進行パターン(急速な片眼性悪化、視力 低下、垂直子午線に沿う視野欠損 )を認めた場合は、下垂体腺腫 2) や内頸動脈瘤3) などの圧迫性病変を除外するために脳MRI/MRA(磁気共鳴血管造影)が必要となる。
正常眼圧緑内障においてエビデンスのある治療は眼圧 下降治療のみである5) 。眼圧 下降以外の介入(神経保護・血流改善)は有望ではあるが、確立されたエビデンスは眼圧 下降治療に比して限定的である。
Collaborative Normal-Tension Glaucoma Study(CNTGS) 5, 11) :正常眼圧緑内障を対象とした代表的な多施設共同研究である。治療により無治療時眼圧 から30%以上の下降を得た群では、無治療群と比較して視野障害進行が有意に抑制された。CNTGSの追跡解析では、白内障 発症を censoring した後、視野障害の進行は治療群で12%、対照群で35%と報告されている(エビデンスレベル1B)。ただし30%以上の眼圧 下降を達成するために半数以上の症例で濾過手術 が実施されており、術後の白内障 進行が視機能低下を招く場合もあった5) 。
Early Manifest Glaucoma Trial(EMGT) 6) :POAG ・NTG・落屑緑内障 を対象とし、眼圧 を約25%下降させることにより進行相対リスクが50%低下することが示された。NTGを含む試験として重要な位置づけにある。
緑内障 診療ガイドライン第5版では、正常眼圧緑内障の薬物治療は原発開放隅角緑内障 (狭義)に準じて行い、プロスタノイドFP受容体作動薬を第一選択とすることが推奨されている(エビデンスレベル1B)5) 。
一般名 濃度 用法 ラタノプロスト 0.005% 1日1回点眼 トラボプロスト 0.004% 1日1回点眼 タフルプロスト 0.0015% 1日1回点眼 ビマトプロスト 0.03% 1日1回点眼
FP受容体作動薬は主にぶどう膜強膜流出路 を介した房水 流出増加により眼圧 を下降させる。副作用として結膜 充血 、角膜上皮 障害、睫毛・眼瞼部多毛、虹彩 ・眼瞼色素沈着、上眼瞼溝深化などのプロスタグランジン関連眼周囲症(PAP)が知られている5) 。
効果不十分または禁忌の場合はβ遮断薬 (チモロールマレイン酸塩0.5%など)、炭酸脱水酵素阻害薬 (ドルゾラミド 塩酸塩2%、ブリンゾラミド 塩酸塩1%)、交感神経α2受容体作動薬(ブリモニジン酒石酸塩0.2%)、Rho キナーゼ阻害薬、EP2受容体作動薬(オミデネパグ イソプロピル 0.002%)などを追加・変更する5) 。
目標眼圧 の設定は緑内障 治療の根幹をなす。無治療時眼圧 から20〜30%の下降を目標とすることが基本となり、病期・危険因子・年齢・余命・他眼の状態を総合して個別に決定される5) 。
緑内障 診療ガイドライン第5版では、病期別目標眼圧 の例として初期例19 mmHg以下、中期例16 mmHg以下、後期例14 mmHg以下が提唱されている5) 。正常眼圧緑内障ではベースライン眼圧 が10台前半である症例も多く、眼圧 下降治療に限界がある場合がある。数値目標に固執せず、患者の生活の質を優先した柔軟な設定が求められる。
レーザー線維柱帯形成術 (ALT・SLT )の眼圧 下降効果は正常眼圧緑内障では相対的に小さいと考えられており、積極的には推奨されていない5) 。ただし、薬物治療のアドヒアランス不良例などで選択肢となりうる。
点眼で十分な眼圧 下降が得られない場合、または進行速度が速い場合は濾過手術 を検討する5) 。線維柱帯切除術 (マイトマイシンC併用)が標準であり、近年は低侵襲緑内障手術 (MIGS )も選択肢に加わっている。CNTGSでは目標達成のために半数以上の症例で濾過手術 が実施されたが、術後白内障 進行による視機能低下が一定頻度で生じており、手術適応の判断には慎重さが求められる5) 。
眼圧 下降治療以外に視神経 血流改善療法や神経保護治療が研究されてきた5) 。
Low-Pressure Glaucoma Treatment Study(LoGTS) 5, 6, 10) :眼圧 21 mmHg以下の緑内障 患者178名を対象に、ブリモニジン酒石酸塩0.2%点眼群とチモロールマレイン酸塩0.5%点眼群に無作為割り付けした多施設共同二重盲検試験である。48か月の観察期間において両薬剤の眼圧 下降効果は同等であったが、Kaplan-Meier生存時間分析ではブリモニジン群の視野障害進行率が9.1%であったのに対しチモロール群では39.2%と有意な差を認めた(エビデンスレベル2B)5, 10) 。この結果はブリモニジンが眼圧 下降に相応しない神経保護効果を持つ可能性を示唆する。ただし脱落率が高く結果解釈には注意が必要であり、現時点で正常眼圧緑内障に対するエビデンスが確立された神経保護薬はない5) 。
眼血流改善を目的とした介入としてカルシウム拮抗薬(ニルバジピン)、カシスアントシアニン、イチョウ葉エキスなどが試みられてきたが、エビデンスは十分ではない5) 。
緑内障 診療ガイドライン第5版では、全身性の進行因子の管理が補助的治療として位置づけられている5) 。閉塞性睡眠時無呼吸症候群を合併する場合のCPAP治療、降圧薬による夜間低血圧の見直し、片頭痛 の管理などが具体的な対象となる5, 9) 。
降圧治療を受けている患者では、夜間の過度な血圧低下が眼灌流圧を低下させうるため、主治医と連携して降圧目標・服薬時刻の調整を検討する必要がある。24時間血圧測定で夜間低血圧が確認された場合は、就寝前の降圧薬服用を避ける、減量するなどの調整が有用とされる。閉塞性睡眠時無呼吸症候群は夜間低酸素と血行動態変動を介して眼循環に影響しうるため、いびき・日中の過度な眠気・肥満などの所見がある患者では睡眠検査の検討を勧める。
治療開始後の通院頻度は、病期・進行速度・治療反応によって個別に設定される。一般に安定例では3〜6ヶ月ごとの眼圧測定 と眼底所見の評価、6〜12ヶ月ごとの視野検査 ・OCT検査 が目安となる5) 。進行例や治療変更後、乳頭出血を認めた直後などは追跡間隔を短縮する。治療は生涯にわたって継続されるため、点眼アドヒアランスの確認、副作用の評価、生活変化(転居・全身疾患の新規発症)への対応を含めた長期管理が重要である。
Q
正常眼圧緑内障でも眼圧を下げる治療をしますか?
A
はい。CNTGS試験により、正常範囲の眼圧 をさらに30%以上下降させることで視野障害の進行率が35%から12%に抑制されることが示されています5, 11) 。EMGT試験でも眼圧 を約25%下降させることにより進行相対リスクが50%低下しました6) 。正常眼圧緑内障においても眼圧 は最も重要な修正可能リスク因子であり、眼圧 下降が唯一エビデンスのある治療です5) 。
視神経乳頭 の生体力学理論では、眼圧 に関連した結合組織への圧迫(stress)と緊張(strain)が、篩状板 ・傍乳頭強膜 ・軸索・グリア細胞・血管内皮に影響を与えると考えられている。篩状板 は網膜神経節細胞 の軸索が通過する構造的要所であり、ここでの変形・損傷が軸索障害の発生点となる。正常眼圧緑内障では統計学的正常範囲の眼圧 であっても、個々の篩状板 の構造的脆弱性により軸索障害が生じうる。
緑内障 による網膜神経節細胞 死の主体は軸索障害であり、発症部位は視神経乳頭 の篩状板 と考えられている。軸索輸送障害により神経栄養因子の細胞体への供給が遮断される「神経栄養因子枯渇説」が提唱されており、異常ミトコンドリアの細胞体への集積を介したアポトーシス 経路が作動する。アポトーシス 経路にはBcl-2ファミリー、カスパーゼカスケードなどが関与する。
視神経乳頭 への実質的な圧負荷は、眼圧 と球後脳脊髄液圧の差(経篩状板 圧較差:translaminar pressure gradient)として把握される4) 。同じ眼圧 値でも脳脊髄液圧が低ければ経篩状板 圧較差は大きくなり、篩状板 にかかる応力が増大する。正常眼圧緑内障では、眼圧 の上昇ではなく脳脊髄液圧の低下が経篩状板 圧較差の上昇を引き起こす可能性が指摘されている4) 。正常眼圧緑内障の患者の脳脊髄液中L-PGDS(リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素)濃度の上昇は、全身的な脳脊髄液動態異常を示唆するものである4) 。
正常眼圧緑内障では視神経乳頭 部の血管調節不全 が病態に関与する。乳頭出血は正常眼圧緑内障で高頻度に認められ、乳頭出血の出現後は視野障害進行が加速する5) 。光干渉断層血管撮影(OCTA) により、緑内障 眼では乳頭内毛細血管の消失や網膜神経線維層 の欠損に一致した放射状乳頭周囲毛細血管の脱落が観察される。
病態には、全身性の低血圧、夜間の血圧低下による眼灌流圧の変動、エンドセリン1による血管緊張調節の異常、一次性血管調節不全 (primary vascular dysregulation)が関与すると考えられている。片頭痛 ・レイノー現象・冷え症を有する患者では、末梢血管の自動調節能が低下しており、これが眼循環の変動を介して緑内障 性視神経 障害に寄与するとの仮説が支持されている9) 。
近年、緑内障 性視神経 障害には神経炎症やミクログリアの活性化、アストロサイトの反応性変化も関与することが示唆されている。篩状板 周囲の支持組織の再構築(remodeling)は機械的ストレスに対する慢性的応答であり、軸索を支持する環境を悪化させる方向に働きうる。自己抗体反応や補体 系の関与も報告されており、正常眼圧緑内障における免疫機序は今後の重要な研究領域である。免疫・炎症・循環・機械的ストレスは独立ではなく相互作用しながら病態を形成しており、単一標的の治療介入では障害進行を完全に抑制できない場合が多い。
正常眼圧緑内障の発症・進行は、(1) 個体ごとの篩状板 耐容能、(2) 経篩状板 圧較差(眼圧 と脳脊髄液圧の差)、(3) 視神経乳頭 循環(眼灌流圧と自動調節能)、(4) 神経栄養因子支持、(5) 免疫・神経炎症、(6) 遺伝的素因、の複合的不均衡として理解される。臨床的に修正可能な因子は眼圧 と全身循環(血圧・OSA・片頭痛 管理)に限られるため、この両者の最適化が治療の中心となる5, 9) 。
HeとChopra(2023)は、正常眼圧緑内障の患者がHumphrey視野計24-2では正常範囲と判定されながら、Humphrey視野計10-2で初めて傍中心暗点 が検出された2症例を報告した1) 。1例はアジア人女性で片頭痛 ・低血圧の既往があり、もう1例はアフリカ系アメリカ人男性であった。いずれも眼圧 は正常であり、網膜 専門医・神経眼科医により除外診断がなされた後に正常眼圧緑内障と診断された。正常眼圧緑内障疑い例ではHumphrey視野計10-2を含む包括的な視野評価が推奨される。
Chengら(2023)は、65歳男性の正常眼圧緑内障に合併した非機能性下垂体腺腫 (3.1×2.3×2.8 cm)の症例を報告した2) 。視野検査 で垂直子午線に関連する両耳側半盲 を伴う鼻側階段が検出され、頭蓋内病変の疑いからMRIが施行された。腫瘍摘出後に両耳側欠損は消失した。
Ashokら(2024)は、数年間正常眼圧緑内障として管理されていた72歳女性で急速な片眼性視野悪化を認め、巨大左内頸動脈-眼動脈瘤(16×8 mm)が発見された症例を報告した3) 。白金コイルによる治療後も両眼性の網膜神経線維層 の菲薄化が進行し、正常眼圧緑内障と圧迫性病変の併存が示唆された。
KillerとPircher(2021)は、正常眼圧緑内障の患者の脳脊髄液動態障害がアルツハイマー病やパーキンソン病などの他の神経変性疾患と共通するメカニズムを持つ可能性を論じた4) 。視神経 鞘のコンパートメント化が脳脊髄液循環を局所的に障害し、正常眼圧緑内障の病態に寄与するという仮説が提唱されている。全身的な脳脊髄液動態の評価は将来的にバイオマーカー や治療標的の探索につながる可能性がある。
Shenら(2024)のアンブレラレビュー9) では、36編のシステマティックレビューおよびメタ解析が統合され、緑内障 の87因子が評価された。眼灌流圧・閉塞性睡眠時無呼吸症候群・片頭痛 ・高脂血症が suggestive evidence として分類され、これらの全身因子を介した治療介入(降圧薬の見直し・CPAP治療・片頭痛 管理)が今後の治療標的として注目されている。角膜 ヒステレシスは highly suggestive evidence として進行予測因子に位置づけられた。これらの全身因子は従来の眼圧 中心の緑内障 診療モデルを補完する位置づけにあり、将来的には眼灌流圧モニタリングや全身リスクスコアを組み込んだ個別化治療の可能性が論じられている。
眼圧 下降以外の治療標的として、神経保護・神経再生・遺伝子治療 が基礎・臨床研究で探索されている。視神経 保護を目的とした分子標的にはBrn-3 転写因子、BDNF (脳由来神経栄養因子)、CNTF(毛様体 神経栄養因子)などが含まれ、動物モデルでの有望な結果が報告されている。LoGTS10) で示されたブリモニジン酒石酸塩の眼圧 非依存性視野保護効果は、α2受容体を介した神経保護の可能性を示唆したが、大規模追試は限られている。遺伝子治療 としては、MYOC・OPTN など緑内障 関連遺伝子への介入や、房水 流出路機能を回復させる遺伝子導入が検討されている段階である。これらはいずれも臨床導入までに多くの課題を残しており、確立された治療法とはいえない。
網膜神経線維層 厚や視野データを深層学習で解析し、進行リスクを予測するアプローチも研究されている。初期正常眼圧緑内障症例から将来の進行を予測する試みは、個別化された目標眼圧 設定や通院間隔の最適化につながる可能性がある。ただし臨床応用には多施設での外的妥当性検証が必要とされている段階であり、現時点では通常診療の意思決定を代替するものではない。
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