この疾患の要点
神経栄養性角膜炎(NK)は三叉神経 の角膜知覚 神経支配の障害により角膜 の恒常性が破綻する変性疾患である
角膜知覚 低下のため自覚症状に乏しく、無自覚のまま重症化する危険がある
最も多い原因はヘルペス性角膜 炎(帯状疱疹・単純ヘルペス)である
Mackie分類でI度(点状表層角膜症 )・II度(遷延性上皮欠損)・III度(潰瘍・穿孔)に分類される
セネゲルミン (遺伝子組み換えヒト神経成長因子)が初の承認薬として使用可能である
角膜 神経再生術は根本的な神経支配の回復を目指す外科的治療法として注目されている
推定有病率は10万人あたり50人未満の希少疾患である
神経栄養性角膜炎(neurotrophic keratitis: NK)は、角膜知覚 の低下または消失を特徴とする角膜 の変性疾患である。神経栄養性角膜症(neurotrophic keratopathy)あるいは神経麻痺性角膜 症(neuroparalytic keratopathy)とも呼ばれる。三叉神経 (第V脳神経)第1枝である眼神経から分岐する知覚神経支配が損なわれることで発症する。
角膜 神経の終末にはサブスタンスP、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP )、神経ペプチドY(NPY)、血管作動性腸ペプチド(VIP)、ガラニン、メチオニンエンケファリン、カテコールアミン、アセチルコリンなど多くの神経伝達因子が存在する。これらの神経由来因子が角膜上皮 の代謝・ターンオーバー・創傷治癒を調節しており、三叉神経 障害による神経伝達因子の供給低下が角膜 恒常性破綻の本質的機序となる。
臨床経過は段階的に進行する。角膜知覚 の部分的または完全な喪失は、上皮型角膜 症(点状表層角膜症 :SPK )から始まり、遷延性上皮欠損(persistent epithelial defect: PED )、角膜実質 潰瘍、さらには角膜 穿孔へと進行しうる5) 。一方、初期で適切な管理に入れば進行を抑制できる疾患でもある。
推定有病率は10万人あたり50人未満とされ、希少疾患に位置付けられる11) 。ICD-10コードはH16.239である。本疾患は単一の原因よりも、三叉神経 経路のどこかを障害するあらゆる病態で発症しうる症候群的性格を持つ。
Q
神経栄養性角膜炎と神経麻痺性角膜症は同じ疾患ですか?
A
神経栄養性角膜炎(neurotrophic keratitis)、神経栄養性角膜症(neurotrophic keratopathy)、神経麻痺性角膜 症(neuroparalytic keratopathy)は、いずれも三叉神経 障害による同一の病態を指す。角膜上皮 の障害が炎症性か変性性かという強調点の違いで呼称が使い分けられるが、臨床的には等価に扱われている。
Inferrera L, Aragona E, Wylęgała A, et al. The Role of Hi-Tech Devices in Assessment of Corneal Healing in Patients with Neurotrophic Keratopathy. J Clin Med. 2022;11(6):1602. Figure 1. PMID: 35329927; PM
CI D: PMC8955972; DOI: 10.3390/jcm11061602. License: CC BY 4.0.
帯状疱疹後神経栄養性角膜炎患者の
フルオレセイン染色 像。治療前(i)に大型楕円形の遷延性
角膜上皮欠損 と隆起した辺縁が、4週後(ii)・8週後(iii)に縮小する経過を示す。本文「2. 主な症状と臨床所見」の項で扱うMackie II度の遷延性上皮欠損(
PED )に対応する。
NKでは角膜知覚 神経支配が障害されているため、患者が眼表面の症状を訴えることは少ない。このため発症から数ヶ月〜数年経過して初めて受診に至る症例もある。
霧視 ・視力 低下 :点状表層角膜症 、上皮欠損、角膜 瘢痕、浮腫による視機能低下
無自覚性 :痛みや異物感を欠くため重症化するまで気づかない
結膜 充血 ・眼脂 :軽度の充血 や分泌物がみられることがある
乳幼児の場合 :威嚇瞬目にのみ瞬きをする、自傷による角膜 損傷が手がかりとなることがある
顔面神経障害合併例 :閉瞼不全(兎眼 )を伴い病像が複雑化することがある
NKの臨床像は、微妙な角膜 表面の不整から角膜 融解・穿孔まで多岐にわたる。古典的にはMackieの3段階分類が広く使用される12,13) 。
I度(軽症)
点状表層角膜症 :上皮欠損を伴わない角膜上皮 の点状不整が主体。
上皮の質的異常 :角膜上皮 の混濁・透明性低下を生じる。
涙液層の不安定化 :涙液分泌低下や杯細胞密度減少を伴いうる。
II度(中等症)
遷延性上皮欠損(PED ) :楕円形で辺縁が隆起(rolled margins)するのが特徴。白濁や血管新生を伴うこともある。
デスメ膜 皺襞 :角膜浮腫 に伴う所見。
軽度前房 炎症 :軽度の前房 内炎症(cell/flare)を認めることがある。
III度(重症)
角膜実質 潰瘍 :角膜 融解(melting)を伴う実質の欠損。
角膜 穿孔 :最も重篤な合併症。緊急的な外科的介入が必要。
角膜 瘢痕 :治癒後も永続的な視力 障害をもたらしうる。
涙液分泌低下はNKにおいてしばしば必発に近い合併所見であり、評価の際には角膜 所見だけでなくシルマー試験やBUT を必ず併用する11) 。
Q
なぜ症状がないのに重症化するのですか?
A
NKでは三叉神経 の障害により角膜 の知覚が低下または消失している。通常、角膜上皮 の障害は痛みや異物感として自覚されるが、NKではこの警告信号が機能しない。さらに反射性の涙液分泌や瞬目も減弱するため、上皮欠損や潰瘍が進行しても自覚症状がなく、受診の遅れから重症化しやすい。
角膜 から橋の三叉神経 核に至る知覚神経経路を障害するあらゆる眼局所または全身疾患がNKの原因となりうる。病態整理の観点から、末梢性(角膜 局所〜眼窩 部)、中枢性(頭蓋内)、および代謝性(糖尿病)に大別される13) 。
ヘルペス性角膜 炎 :最も多い原因。単純ヘルペスウイルス(HS V)および水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)による角膜 神経損傷
ハンセン病 :末梢神経への直接浸潤による知覚障害
点眼麻酔薬の乱用 :角膜知覚 を直接障害し、悪循環を形成する
点眼薬の毒性 :塩化ベンザルコニウム(BAK)含有薬の長期使用で神経障害を介し角膜知覚 を低下させる
β遮断薬 点眼 :不適切な長期使用で角膜知覚 低下を生じうる
局所NSAID点眼(ジクロフェナク等) :角膜知覚 をさらに低下させる作用があるため使用制限が必要
化学外傷・熱傷 :角膜 神経を広範に損傷する
コンタクトレンズの不適切使用 :長期装用による角膜 神経への影響
眼への放射線照射 :角膜知覚 神経を直接傷害する
屈折 矯正手術 :LASIK はフラップ作成時に基底下神経叢を広範に切断するため、PRKよりも一時的な神経障害の発生率が有意に高い
角膜移植術 :全層角膜移植術 (PK)・深層層状角膜移植術 (DALK )は術後12ヶ月まで中央部角膜知覚 低下を生じうる。角膜内皮移植 術(DSAEK /DMEK )は基質〜上皮神経を温存するため影響は少ない
コラーゲンクロスリンキング :円錐角膜 眼で術後角膜知覚 低下が報告されている
網膜光凝固 ・冷凍凝固 ・硝子体手術 :毛様体 神経損傷により長毛様体 神経を介した角膜 神経支配に影響しうる
白内障 手術 :角膜 切開や灌流により一過性に知覚低下が生じうる
聴神経腫瘍・三叉神経 鞘腫・髄膜腫 :三叉神経 を直接圧迫または浸潤する
脳神経外科手術後 :三叉神経 血管減圧術後、腫瘍摘出術後などの医原性三叉神経 機能障害
脳動脈瘤・脳卒中 :脳幹部の三叉神経 核または経路への影響
多発性硬化症 (MS ) :中枢性脱髄
家族性自律神経失調症 (Riley-Day症候群)・先天性無痛無汗症 :先天性の感覚神経異常
ビタミンA欠乏症 :角膜上皮 の恒常性維持に関与
向精神薬・抗精神病薬 :末梢神経機能への間接的影響
糖尿病患者では角膜知覚 神経の形態的・機能的変化が進行し、糖尿病網膜症 の重症度と呼応して角膜知覚 が低下することが知られている。これは糖尿病性末梢神経障害の一面であり、難治性皮膚潰瘍や糖尿病性足壊疽に類似した病態と考えられている。NKが糖尿病の初発徴候として発見される例も報告されている11) 。
Q
LASIK後に神経栄養性角膜炎になる可能性はありますか?
A
LASIK ではフラップ作成時に角膜 神経が切断されるため、術後に一時的な角膜知覚 低下が生じる。多くの場合は数ヶ月〜1年で回復するが、まれに遷延し神経栄養性角膜炎に至ることがある。PRKはフラップを作成しないため神経障害の発生率が低い。術前にドライアイ や角膜知覚 低下がある症例では、術式選択の段階で慎重な評価が求められる。
NKの診断に最も重要な検査である。
Cochet-Bonnet角膜知覚 計 :標準的な接触式定量評価法。0.12 mmのナイロン糸を60 mm出した状態で座位の患者の角膜 に接触させ、感じなければ5 mmずつ短くする。接触を感じる最小の長さを3回測定し、平均をナイロン糸の長さ(mm)で表す。正常値は50〜60 mmで、45 mm以下は角膜知覚 低下、40 mm未満は明らかな知覚低下とされる1) 。角膜 中央部は最も鋭敏で、周辺部に向かって知覚は低下するため、測定は常に同部位で行う
綿棒テスト :綿糸を接触させる定性的評価。簡便だが再現性に乏しく、スクリーニングに用いる
CRCERT-Belmonte非接触式知覚計 :空気刺激による非接触測定法。Cochet-Bonnetでは評価困難な繊細な知覚変化を検出できる13)
点眼薬(特に麻酔薬や防腐剤含有薬)は測定値を変化させるため、知覚検査は点眼前に行う。
フルオレセイン染色 :角膜上皮欠損 を可視化する。涙液層破壊時間 (BUT )の評価にも用いる
リサミングリーン・ローズベンガル :角膜 ・結膜 の完全性と変性細胞を評価する
シルマーテスト :涙液分泌量の評価。NKでは涙液分泌低下をほぼ必発に認める
細隙灯顕微鏡検査 :上皮欠損の辺縁の隆起(rolled margins)、白濁、新生血管 、扇状虹彩 萎縮(ヘルペス既往示唆)、角膜 瘢痕を確認する
生体内共焦点顕微鏡 (IVCM) :角膜 基底下神経叢の構造を直接可視化する。NKでは神経密度の減少と神経形態の異常が定量的に証明される1,10) 。治療効果判定や経過観察に有用である
前眼部OCT :上皮欠損の厚みや実質融解の程度を計測する
角膜知覚 麻痺のために眼の不快症状がないにもかかわらず重度の角膜上皮 障害が認められる場合、NKが強く疑われる。以下の疾患との鑑別が必要である。
ドライアイ :ある程度の角膜知覚 低下を伴うことがあるが、通常は異物感や眼痛 を自覚する
点眼薬の毒性角膜 症 :薬剤使用歴で鑑別する
露出性角膜症 :兎眼 (閉瞼不全)に起因する。眼瞼位置評価が重要
角膜輪部 幹細胞疲弊症 :上皮再生不全の原因が異なる
活動性ヘルペス角膜 炎 :角膜知覚 を低下させるが、NKは無菌性である点で異なる
感染性角膜潰瘍 :潰瘍辺縁の浸潤所見や前房 炎症で鑑別
診断確定後は、原因精査が必須である。問診で既往(ヘルペス、糖尿病、眼科手術、外傷、頭蓋内病変、点眼薬)を聴取し、必要に応じて頭部MRI・神経内科/脳外科コンサルトを行う。
NKの治療は病期に応じた段階的管理が基本である。全病期を通じ、防腐剤フリー(preservative-free)の点眼薬 を使用する。NK以外の眼表面疾患(ドライアイ 、眼瞼炎 、露出性角膜症 など)がある場合は並行して治療する。原因疾患の治療も並行して行う。
病期 治療目標 主な治療法 I度 上皮の質・透明性の改善、上皮欠損の予防 防腐剤フリー人工涙液、潤滑軟膏、涙点閉鎖、自己血清点眼 II度 遷延性上皮欠損の治癒促進 治療用SCL、羊膜移植 、瞼板 縫合、セネゲルミン III度 潰瘍治癒・穿孔予防 NAC、経口テトラサイクリン、組織接着剤、角膜移植
上皮保護と涙液層の安定化を目的とする。
防腐剤フリー人工涙液・潤滑軟膏 :頻回点眼(例:0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼液を1日5〜6回、適宜増減)が基本となる
眼軟膏 :0.3%オフロキサシン眼軟膏などを1日2〜3回塗布し、角膜上皮 を保護する
レバミピド懸濁点眼液(2%) :ムチン分泌促進による上皮保護作用を期待し、1日4回点眼する
涙点閉鎖 :涙液分泌が著しく低下している場合に涙点プラグ を挿入し涙液貯留を促進する
自己血清点眼 :持続的な角膜上皮 症の場合に検討する。増殖因子(EGF、FGF、TGF-β)供給により創傷治癒を促進する
I度の治療に加え、以下を用いる。
治療用ソフトコンタクトレンズ(TCL) :バンデージレンズとして角膜 を保護し上皮治癒を促進する
羊膜移植 (AMT) :脆弱な角膜上皮 を被覆して保護し、抗炎症・抗瘢痕効果と基底膜成分の供給により上皮再生を促す。角膜上皮 の伸展はフルオレセイン染色 で観察し、再被覆を確認して除去する
瞼板 縫合(一時的/永続的) :機械的刺激を軽減し、涙液保持を改善する。重症例では部分瞼板 縫合が有効である
ボツリヌス毒素注射 :瞼板 縫合の代替として挙筋麻痺性下垂を誘導し眼瞼閉鎖を促す
抗菌点眼薬 :二次感染予防
セネゲルミン (cenegermin / Oxervate™) :遺伝子組み換えヒト神経成長因子(rhNGF)20 μg/mLの点眼液。II度・III度のNKに対する初の承認薬として欧州医薬品庁(EMA、2017年)および米国食品医薬品局(FDA、2018年)で承認された2) 。用法は1日6回、8週間の点眼である2)
セネゲルミン の臨床試験では、II度またはIII度のNK患者を対象としたランダム化vehicle対照二重盲検試験(REPARO第II相、Pflugfelder 2020ピボタル試験)が行われた8,9) 。
2つのランダム化比較試験を統合すると、rhNGF点眼群の65〜72%の患者が8週後に完全な角膜 治癒を達成したのに対し、vehicle対照群では17〜33%であった。最も多い有害事象は点眼部位の疼痛で、約16%に発生した3) 。
REPARO第I/II相試験(NGF0212)では上皮欠損治癒時間の短縮と再発率の低下が示された一方、角膜知覚 そのものの有意な改善は示されていない2) 。治療中止後にNKが再発する患者もあり、定期的な経過観察が必要である。
局所ステロイド は実質融解を誘発する恐れがあるため、炎症コントロール目的で使用する場合は慎重に投与する。局所NSAIDは角膜知覚 をさらに低下させるため避ける。点眼麻酔薬の継続使用は厳禁である。
I度・II度の治療に加え、実質融解の進行がある場合は以下を追加する。
N-アセチルシステイン(NAC)点眼 :コラーゲン分解酵素(MMP)抑制作用により実質融解を制御する
経口テトラサイクリン :ドキシサイクリン 100 mgを1日1〜2回経口投与し、MMP阻害作用により融解を抑制する
メドロキシプロゲステロン点眼 :コラーゲナーゼ抑制を期待した補助療法
ビタミンC補給 :コラーゲン合成維持のための補助
角膜 穿孔が発生した場合、穿孔径に応じて対応を分ける。
小さな穿孔(<2 mm) :シアノアクリレート組織接着剤とバンデージコンタクトレンズの装着、または羊膜移植 で閉鎖を試みる
大きな穿孔 :構造維持のため全層角膜移植術 または深層層状角膜移植術 を実施する
結膜 弁形成術(Gundersen flap) :視機能回復よりも眼球保存を優先する場合に考慮される
日本では臨床研究レベルで角膜上皮 創傷治癒を促進する以下の治療法が報告されている。標準治療に反応しない症例では、これらの治療が実施可能な施設へのコンサルトが検討される。
サブスタンスP+インスリン様成長因子-1(IGF-1)合剤点眼 :必須最小配列であるFGLM-NH₂およびSSSRの合剤が上皮創傷治癒を促進すると報告されている
フィブロネクチン点眼 :細胞接着を促進し上皮伸展を補助する
神経成長因子(NGF)点眼 :角膜上皮 細胞に直接作用する(国内ではセネゲルミン とは別の剤形で研究された経緯あり)
臍帯血清点眼 :自己血清と同様に増殖因子を豊富に含み、自己採血が困難な症例に用いられる
瞼板 縫合 :閉瞼不全合併例に有効な即時的治療
羊膜移植 :上皮保護と創傷治癒促進
角膜 神経再生術(corneal neurotization: CN) :健常な感覚神経を角膜 周辺部に移行させ、角膜 の知覚神経支配そのものを回復させる根治的外科治療である1,4)
角膜 神経再生術は伝統的には保存的治療に反応しない重症例が対象であったが、近年の低侵襲化に伴い適応が拡大しつつある1) 。対象として、保存的治療に抵抗する中等症〜重症の角膜知覚 低下または無知覚で、健常なドナー神経が確保できる患者が挙げられる4) 。ドナー神経には三叉神経 枝(眼窩 上神経 supraorbital、滑車上神経 supratrochlear、眼窩 下神経 infraorbital)、および頸部の大耳介神経(great auricular nerve: GAN)が用いられる1) 。
ドナー神経の軸索数は、GAN平均6,530、眼窩 上神経約3,146(末梢側、眼窩 縁では約6,000)、滑車上神経1,882(末梢側、眼窩 縁では2,534)、腓腹神経3,179〜3,972と報告されている1) 。軸索数が多いほど神経再生効果が高いと考えられている。
術式は直接法(direct neurotization)と間接法(indirect nerve grafting)に大別される1,7) 。
直接法 :ドナー神経を可動化しその末端を角膜 周辺に直接移植する。連続性が保たれるため感覚回復が早いが、ドナー神経のリーチに限界がある
間接法 :腓腹神経・大耳介神経などの自家神経、または無細胞同種神経アログラフト(Axogen社 AxoGen、最長70 mm)を介在グラフトとしてドナー神経と角膜 を連結する。手術時間は短いが軸索がグラフトを通過する必要があるため回復までの期間が長い
吻合方法にはend-to-end(ドナー神経を完全切断して軸索負荷を最大化)とend-to-side(ドナー神経鞘に窓を作り残存機能を温存)があり、後者はドナー領域の知覚低下を軽減できる1) 。前向き多施設比較試験では、直接法と間接法のCochet-Bonnet改善に12ヶ月時点で有意差は認められなかった7) 。
角膜 に到達したドナー神経は3〜4本の筋束(fascicle)に分割され、角膜輪部 周辺の強膜 -角膜 トンネルに挿入、あるいはフィブリン糊や縫合糸で輪部 に固定される1) 。術後はバンデージコンタクトレンズと一時的瞼板 縫合で保護し、防腐剤フリー人工涙液と抗菌点眼薬を使用する。術後1ヶ月以降からセネゲルミン 点眼を併用すると角膜 神経の成長を促す補助効果が期待される1) 。
Q
セネゲルミン(Oxervate)はどのような薬ですか?
A
セネゲルミン は遺伝子組み換えヒト神経成長因子(rhNGF)を20 μg/mL含有する点眼薬であり、NKに対する初の承認治療薬である。II度・III度のNKを対象とした臨床試験(REPARO第II相、ピボタル第II相)では、1日6回を8週間点眼することで65〜72%の患者が完全な角膜 治癒を達成したと報告されている。一方で、角膜知覚 そのものの有意な改善は示されておらず、治療中止後の再発例もある。点眼部位疼痛(約16%)が主な副作用である。
Q
角膜神経再生術とはどのような手術ですか?
A
角膜 神経再生術は、健常な感覚神経(眼窩 上神経、滑車上神経、眼窩 下神経、大耳介神経など)を角膜 周辺部に移行させ、神経栄養性角膜 の知覚を回復させる手術である。直接的神経移行法と、腓腹神経などを介する間接的神経グラフト法がある。術後3〜6ヶ月で角膜知覚 の回復が始まり、12〜18ヶ月以上にわたり改善が続く。Parkらの54眼レビューではCochet-Bonnet値が平均2.18 mmから40.1 mmまで回復したと報告されている。18歳未満の若年患者でより良好な回復が得られる傾向がある。
角膜 は人体で最も神経支配の密な組織の一つである。三叉神経 第1枝(眼神経)から分岐する長毛様体 神経が角膜 に到達する。神経線維は輪部 から放射状に角膜実質 に入り、Bowman膜直下で上皮下神経叢(sub-epithelial plexus)を形成する。さらにBowman膜を貫通して基底細胞神経叢(sub-basal nerve plexus)を形成し、上皮細胞間に自由神経終末を伸展する。神経線維は細いAδ線維とC線維からなる無鞘無髄神経であり、角膜 の透明性に寄与している。
この基底下神経叢が角膜上皮 の恒常性維持に不可欠な神経栄養因子を供給している1,8) 。神経線維内にはサブスタンスPが含まれ、上皮成長因子(EGF)やインスリン様成長因子-1(IGF-1)の角膜上皮 細胞進展作用を増強することで、上皮創傷治癒を調節している。三叉神経 が障害されるとこの調節機構が失われ、反射性涙液分泌や瞬目も減弱するため、角膜上皮 の傷害が進行しやすく、かつ治癒遅延を示す状態に陥る。
神経栄養因子の供給が途絶えると、以下の組織学的変化が段階的に生じる。
上皮層の菲薄化・破壊 :上皮細胞の細胞質腫脹を伴う
微絨毛の消失 :上皮表面の機能的変化
ボウマン膜の断裂 :上皮-実質間のバリア機能低下
実質の融解・瘢痕化 :コラーゲン分解酵素(MMP)の活性化により進行する
角膜新生血管 :慢性炎症に伴う変化
杯細胞密度の減少 :結膜 の分泌機能低下
動物モデルでは三叉神経 を破壊したラットで人工的な角膜上皮欠損 の治癒が対照群と比較して顕著に遅延することが示されており、神経因子の喪失が創傷治癒遅延の中心機序であることが実験的に確認されている。
NGFは神経栄養因子(neurotrophin)ファミリーの代表的分子であり、前駆体pro-NGFから切断されることで活性型となる。活性型はβ-NGFダイマー (分子量26 kDa)で、2つの非共有結合したβサブユニットから構成される2) 。
NGFは以下の2つの受容体に結合する2) 。
TrkA^NGFR^ :高親和性受容体。活性化によりMAPK経路、PI3K経路、PLC経路を介して下流のシグナル伝達を駆動する
p75^NTR^ :低親和性受容体。補助的な機能を担う
角膜上皮 細胞と結膜 基底上皮細胞にこれらの受容体が恒常的に発現しており、NGFは角膜上皮 細胞の増殖・分化を促進し、創傷治癒に寄与する2) 。NK患者ではNGFの供給が低下しており、これが上皮恒常性破綻の一因となる。REPARO試験での rhNGF 点眼の臨床効果は、この分子機序を基盤とする病因特異的治療と位置付けられる8,9) 。
糖尿病患者における角膜知覚 低下は、糖尿病性末梢神経障害の一表現型と考えられている。糖尿病網膜症 の重症度と呼応して角膜知覚 が低下し、腎機能低下とも相関して角膜 神経の形態変化が進行することが知られている。これは糖尿病性足壊疽や難治性皮膚潰瘍に類似した末梢感覚神経障害の眼表面における発現であり、神経栄養性角膜症の重要な病態基盤の一つである13) 。
角膜 神経再生術では、健常な感覚神経を角膜 周辺に移行させた後、Wallerian変性のプロセスに従い軸索再生が進行する1) 。
初期の損傷反応 :ドナー神経末端の軸索が変性し、マクロファージが変性ミエリンを貪食除去する
Schwann細胞の誘導 :ドナー神経の生存可能な近位端からSchwann細胞が分化・遊走し、軸索再生の足場を提供する
軸索発芽 :NGFおよびインターロイキン-1(IL-1)が軸索発芽を促進する1)
選択的再生 :角膜 は特定の表現型の無髄神経のみを選択的に受け入れるため、再生軸索の一部のみが角膜実質 ・基底下神経叢に達する1)
興味深いことに、動物実験では再生した角膜 神経がドナー神経と必ずしも連続していないことが示されており、ドナー神経は軸索供給源としてだけでなく神経栄養因子の供給源として機能している可能性も示唆されている1) 。
角膜 神経再生術は、冠状切開を要する大がかりな術式から、低侵襲アプローチ や内視鏡技術へ発展している1,14) 。無細胞同種神経アログラフトの導入により自家神経採取に伴う合併症が回避可能となり、代替ドナー神経(大耳介神経など)の活用により適応が拡大している1) 。
アウトカム面では、Park らの54眼レビューで Cochet-Bonnet 値が術前平均2.18 mmから術後40.1 mmまで回復したと報告されている1,6) 。18歳未満の若年患者でより早期かつ完全な知覚回復と視力 改善が得られる傾向があり、これは若年期の角膜 基底下神経線維密度が高いことに起因すると考えられている1,6) 。術後3ヶ月から生体内共焦点顕微鏡 で角膜 神経の可視化が開始され、12〜18ヶ月にわたり改善が続く1,14) 。角膜 神経再生術により眼表面が安定化した後、全層角膜移植術 (PK)や深層前部層状角膜移植術 (DALK )による段階的な視力 リハビリテーションが良好な成績で実施されている1) 。
セネゲルミン はFDA/EMA承認後も実臨床データの蓄積が進んでいる。近年、ドライアイ症候群 を対象とした第II相試験で症状・眼表面染色・涙液分泌の改善が報告された2) 。他の眼表面疾患への応用も検討されている段階である。
チモシンβ4を0.1%含有する点眼液(RGN-259)は、NK患者を対象としたランダム化プラセボ対照二重盲検第III相臨床試験で、角膜 治癒促進と自覚症状改善を示した3) 。
チモシンβ4はアクチン結合タンパク質であり、細胞遊走促進、抗炎症、抗アポトーシス 作用を介して上皮修復を促進すると考えられている15) 。
1945年から角膜 疾患への使用が報告されている局所インスリンは、角膜上皮 の再上皮化を促進する。インスリン受容体およびIGF-1受容体がヒトの眼表面に発現していることが確認されている。投与量のコンセンサスは未確立であるが、一般に1日4回点眼される。安価で入手性が高いことから、発展途上国を含む広い地域での有用性が期待される。
局所投与されるRGTA(regenerating agent)はヘパラン硫酸プロテオグリカンの模倣物質であり、観察研究で角膜 治癒の促進が報告されている。現在欧州でのみ利用可能である。
国内では角膜上皮 細胞に直接作用する神経ペプチド合剤点眼の研究が継続されている。必須最小配列であるFGLM-NH₂(サブスタンスP由来)とSSSR(IGF-1由来)の合剤が上皮創傷治癒を促進することが示されており、難治症例への応用が期待される。
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