Stage 1(軽症)
オキセルベート(Oxervate/セネゲルミン)
1. オキセルベート(Oxervate)とは
Section titled “1. オキセルベート(Oxervate)とは”オキセルベート(Oxervate™)は、有効成分としてセネゲルミン-bkbj 0.002%(20μg/mL)を含有する点眼液である。遺伝子組み換えヒト神経成長因子(rhNGF)であり、大腸菌(Escherichia coli)を用いて生産される。
2018年8月に米国食品医薬品局(FDA)によって神経栄養性角膜炎(NK)の治療薬として承認された。NKに対してFDA承認を受けた最初かつ唯一の治療薬であり、眼科用局所バイオ医薬品としても初のものである。欧州医薬品庁(EMA)は2017年7月に18歳以上のMackie分類Stage 2-3のNKに対して承認した2)。
神経成長因子(NGF)は1950年代にRita Levi-Montalciniにより発見されたニューロトロフィンの一種である4)。角膜・結膜の栄養維持、知覚の保持、創傷治癒に不可欠であることが示されてきた。1990年代後半にNK患者への局所NGF投与のパイロット試験が行われ、安全性が確認された4)。その後2013年の第I相試験を経て、第II相(REPARO)・第III相(NGF0214)試験で有効性が実証され、承認に至った。
NKは有病率1〜5/10,000の稀少疾患(オーファン疾患)であり2)、角膜潰瘍患者の13〜27%にNKが関与するとされる3)。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”
本セクションでは、オキセルベートの適応疾患である神経栄養性角膜炎(NK)の症状と所見を概説する。
NKの最大の特徴は、角膜知覚低下により疼痛を自覚しないことである。客観的な角膜所見に比べ、主観的症状が乏しい点が診断を困難にする。
NKはMackie分類により3段階に分類される。
Stage 2(中等症)
遷延性上皮欠損:2週間以上持続する上皮欠損。辺縁の白濁・隆起を伴う。
角膜浮腫・混濁:上皮欠損周囲の実質変化。
Stage 3(重症)
角膜潰瘍:実質の融解を伴う深部障害。
穿孔リスク:菲薄化が進行すると穿孔に至る。
無菌性前房蓄膿:まれに出現する1)。
Zambinoら(2021)は、帯状ヘルペス角膜炎後のStage 3 NK患者で無菌性前房蓄膿(1.6mm)を認めた症例を報告した。角膜培養は3回陰性であり、コルチコステロイド非使用下でセネゲルミン単独投与を開始した。4週間で前房蓄膿が消失し、8週間で上皮閉鎖が得られた1)。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”NKは三叉神経の核から角膜神経終末に至るいずれのレベルの障害でも発症しうる。
主な原因疾患・リスク要因を以下に示す。
| 分類 | 原因 | 備考 |
|---|---|---|
| 感染症 | ヘルペス角膜炎 | HSV 6%、HZV 12.8%がNK発症3) |
| 医原性 | 脳神経外科手術 | 聴神経腫瘍・三叉神経減圧術 |
| 医原性 | 眼科手術 | 角膜移植・白内障手術・屈折矯正手術 |
- 放射線照射:眼窩放射線治療後に発症する。乳癌の眼窩転移に対する放射線照射例や、横紋筋肉腫に対する小児放射線治療例が報告されている2)
- 糖尿病:糖尿病網膜症の重症度と角膜知覚低下が相関する。糖尿病角膜症は神経麻痺性角膜症の側面を併せもつ
- 化学外傷・慢性点眼薬使用:防腐剤(ベンザルコニウム塩化物)の長期曝露が角膜神経を障害しうる
- 先天性:先天性角膜無知覚症、家族性自律神経失調症
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”角膜知覚検査
Section titled “角膜知覚検査”NKの診断には角膜知覚低下の検出が必須である。
- Cochet-Bonnet角膜知覚計:最も汎用される定量的検査法。ナイロン糸の長さを変えて角膜表面への圧力を調整する。40mm未満で知覚低下と判定する。中央部で最も鋭敏であり、周辺部へ向かって低下する
- ガーゼ法(簡易法):滅菌ガーゼの先端を用い0〜3のスケールで半定量的に評価する3)。小児や協力が得られない場合に有用
- 綿棒法:綿棒の先端を角膜に接触させ反応を観察する簡易スクリーニング法
- フルオレセイン染色+細隙灯顕微鏡:点状表層角膜症・上皮欠損の有無、周堤の形成、感染徴候を評価する
- 涙液検査:Schirmer試験、涙液層破壊時間(BUT)で涙液分泌障害を評価する。NKでは涙液分泌低下が高頻度に併存する
- 前眼部光干渉断層計(OCT):角膜厚や潰瘍深度の定量評価に有用3)
上皮欠損を呈する他疾患との鑑別が重要である。角膜感染症(アカントアメーバ角膜炎など)は培養検査で除外する1)。兎眼性角膜症、薬剤起因性角膜上皮障害、角膜上皮幹細胞疲弊症との鑑別には、曝露歴・点眼歴の問診と角膜知覚検査の組み合わせが有用である。
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”NKの治療はStageに応じた段階的アプローチが基本である。
Stage 1(軽症)の治療
Section titled “Stage 1(軽症)の治療”上皮保護を目的とした対症療法を行う。
- 人工涙液・ヒアルロン酸点眼:防腐剤フリーの製剤を使用する。涙液分泌低下がある場合はヒアルロン酸0.1%を1日5〜6回点眼する
- 抗菌薬眼軟膏:二次感染予防としてオフロキサシン眼軟膏0.3%を塗布する
- 涙点プラグ:涙液分泌が著明に低下している場合に挿入する
- レバミピド点眼:涙液異常を認める場合に追加する
Stage 2-3に対するセネゲルミン治療
Section titled “Stage 2-3に対するセネゲルミン治療”- オキセルベート(セネゲルミン20μg/mL):罹患眼に1回1滴、2時間間隔で1日6回、8週間点眼する
- 保管は冷蔵(最長14日間)。薬局では冷凍保管され、使用前に解凍する
- 毎回の点眼前にバイアルのコネクター表面を滅菌消毒ワイプで清掃する
- ピペットは1回使用ごとに廃棄し、再利用しない
その他のStage 2-3治療
Section titled “その他のStage 2-3治療”セネゲルミンが使用できない場合や治療抵抗例では以下を考慮する。
- 治療用ソフトコンタクトレンズ:上皮保護目的で連続装用する。1週間を目安に交換する
- 自家血清点眼:成長因子・フィブロネクチンを含み上皮修復を促進する
- サブスタンスP+IGF-1合剤点眼:角膜上皮創傷治癒促進効果をもつ最小必須ペプチド(FGLM-NH₂+SSSR)の合剤点眼が臨床研究レベルで使用されている
- 羊膜移植:脆弱な角膜上皮の保護を目的とする
- 瞼板縫合:強制閉瞼で改善しない場合に考慮する
- 角膜神経再生術(corneal neurotization):健常な知覚神経を角膜輪部に移植し角膜の再神経支配を図る手術。従来の治療に不応の重症例が適応となる6)
点眼時にはコンタクトレンズを外す必要がある。点眼後15分以上経過してから装着する。治療用コンタクトレンズとの併用については、担当医の判断に従う。
セネゲルミン投与終了後に上皮欠損が再発する例が報告されている。特にヘルペス性角膜炎に伴うNKでは、ウイルス再活性化による再発が生じうる2)。治療終了後も定期的な経過観察が重要である。
6. 病態生理学・詳細な作用機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な作用機序”角膜の神経支配と恒常性
Section titled “角膜の神経支配と恒常性”角膜は人体で最も神経密度が高い組織であり、皮膚の300〜400倍の知覚神経が分布する。三叉神経第一枝(眼神経)由来の知覚神経が角膜知覚を司る。
角膜神経はサブスタンスP、CGRP(calcitonin gene-related peptide)、NPY(neuropeptide Y)、VIP(vasoactive intestinal peptide)などの神経伝達因子を介して角膜上皮の恒常性を維持している。これらの神経性因子が失われると角膜上皮障害が生じやすく、いったん創傷が形成されると治癒が遅延する。
NGFの受容体と細胞内シグナル
Section titled “NGFの受容体と細胞内シグナル”NGFは2種類の受容体に結合して作用する4)。
- TrkA(高親和性受容体):ニューロンの分化・生存を促進する主要な受容体。角膜上皮細胞の増殖・遊走・分化にも関与する
- p75NTR(低親和性受容体):TrkAと共同してNGFシグナルを調節する。アポトーシスの制御にも関与する
成熟NGFはβ-NGF二量体(分子量26 kDa)として活性を発揮する4)。
セネゲルミンの作用
Section titled “セネゲルミンの作用”セネゲルミン(rhNGF)は以下の多面的作用を発揮する。
- 角膜上皮修復:角膜上皮細胞の増殖・遊走・接着を促進し、上皮欠損の治癒を加速する
- 角膜知覚の回復:角膜知覚神経の再生を促進し、角膜知覚の改善をもたらす2)3)
- 涙液産生促進:涙腺の受容体を活性化し涙液分泌を促進する
- 輪部幹細胞能の維持:角膜上皮幹細胞の機能を維持する
- 抗炎症作用:TLR3誘導性NF-κB活性化を抑制し、活性酸素種の過剰産生を抑える1)。角膜移植後の移植片生着率向上にも寄与する
Zambinoら(2021)は、セネゲルミンによる前房蓄膿消退のメカニズムとして、上皮欠損閉鎖に伴う炎症消退と、NGF自体の免疫調節作用(IFN-γ、TNF-α等の炎症性サイトカイン抑制)の2機序を考察した1)。
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”主要臨床試験の結果
Section titled “主要臨床試験の結果”セネゲルミンの有効性は2つの主要臨床試験で実証された。
| 試験名 | 治癒率(セネゲルミン群) | 治癒率(基剤群) |
|---|---|---|
| REPARO(第II相) | 74%(8週時) | 43% |
| NGF0214(第III相) | 65〜70%(8週時) | 17〜33%5) |
最も多い副作用は点眼時の眼痛(約16%)であった5)。
実臨床での長期成績
Section titled “実臨床での長期成績”García-Delpechら(2022)は、Stage II-IIIのNK患者5例にセネゲルミンを投与し、全例で潰瘍治癒と角膜知覚の改善を確認した。4年間の長期追跡で角膜潰瘍の再発は1例も認めなかった3)。
Buら(2022)は4例(成人3例、9歳小児1例)の治療成績を報告した。全例で上皮閉鎖と角膜知覚改善を達成し、最長32か月の追跡で角膜の安定を維持した。ただしヘルペス角膜炎患者2例でウイルス再活性化が認められた2)。9歳女児への適応外使用も31か月安定しており、小児への有効性を示唆した2)。
新たな適応に向けた研究
Section titled “新たな適応に向けた研究”- DEFENDO試験:Stage 1のNKを対象とした8週間の非盲検前向き研究。37例が登録され、24〜30か月の長期フォローアップが進行中である
- PROTEGO試験:シェーグレン症候群に伴う重度ドライアイを対象とした第III相試験。セネゲルミン20μg/mLを1日3回4週間投与する。NKからドライアイへの適応拡大が検討されている5)
- IRISレジストリ研究:31,316例の大規模リアルワールドデータからNGF治療の有効性が確認された
- 費用対効果:ドイツでは8週間で約20,000ユーロと高額であり、2020年にG-BA(連邦合同委員会)により独市場から撤退した経緯がある2)。コスト低減が普及の鍵となる
- 低用量・長期投与レジメン:LASIK後NKなど上皮欠損を伴わない症例に対し、低濃度・低頻度での長期投与が検討されている
- 角膜神経再生術との比較:重症NKに対してセネゲルミンと角膜神経再生術の最適な使い分けが今後の課題である6)
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Zambino N, Syed ZA. Resolution of a neurotrophic keratopathy associated hypopyon with cenegermin. American journal of ophthalmology case reports. 2021;23:101113. doi:10.1016/j.ajoc.2021.101113. PMID:34307960; PMCID:PMC8296075.
- Bu JB, Gericke A, Pfeiffer N, Wasielica-Poslednik J. Neurotrophic keratopathy: Clinical presentation and effects of cenegermin. American journal of ophthalmology case reports. 2022;26:101488. doi:10.1016/j.ajoc.2022.101488. PMID:35330588; PMCID:PMC8938625.
- García-Delpech S, Udaondo P, Fernández-Santodomingo AS, García-Teillard D. Neurotrophic Keratopathy Treated with Topical Recombinant Human Nerve Growth Factor (Cenegermin): Case Series Study with Long-Term Follow-Up. Case reports in ophthalmology. 2022;13(2):663-670. doi:10.1159/000525923. PMID:36160492; PMCID:PMC9459538.
- Levi N Kanu, Joseph B Ciolino. Nerve Growth Factor as an Ocular Therapy: Applications, Challenges, and Future Directions. Seminars in Ophthalmology. 2021;36(4):224-231. doi:10.1080/08820538.2021.1890793.
- Pflugfelder SC, Massaro-Giordano M, Perez VL, et al. Topical recombinant human nerve growth factor (cenegermin) for neurotrophic keratopathy: a multicenter randomized vehicle-controlled pivotal trial. Ophthalmology. 2020;127(1):14-26. (TFOS DEWS III Management and Therapy Reportより引用)
- Pham CM, Tran KD, Lee EI, et al. Corneal neurotization for the treatment of neurotrophic keratopathy: current perspectives. Curr Opin Ophthalmol. 2025;36(4):294-301.