多焦点IOL(MIOL)
光を複数焦点に分割
二焦点(遠+近)または三焦点(遠+中+近)設計。眼鏡非依存率が最も高い。ハロー・グレアが生じやすい。代表製品: PanOptix、FineVision
多焦点眼内レンズ(presbyopia-correcting IOL、PC-IOL)は、白内障手術で摘出した水晶体の代わりに挿入する眼内レンズのうち、遠方・中間・近方などの複数の焦点距離を提供することで老視矯正を実現するものの総称である。通常の単焦点IOLは一定の距離にのみ焦点が合うが、多焦点IOLは二重焦点(bifocal)、三重焦点(trifocal)、焦点深度拡張型(EDOF)、調節型などの設計により複数距離での裸眼視力を提供する。
日本では2007年より順次使用が可能となり、2008年に先進医療として承認された後、現在は選定療養として取り扱われる(白内障手術自体は健康保険適用だが、多焦点IOLの差額費用は患者負担)。
ISO 11979-7:2024 による分類(SVL分類)では、多焦点IOLは MIOL(多焦点)・EDF(焦点深度拡張型)・FVR(全距離視力型)の3カテゴリに区分される1)。
多焦点IOL(MIOL)
光を複数焦点に分割
二焦点(遠+近)または三焦点(遠+中+近)設計。眼鏡非依存率が最も高い。ハロー・グレアが生じやすい。代表製品: PanOptix、FineVision
EDOF(焦点深度拡張型)
焦点を分割せず延長
遠方〜中間を連続的にカバー。ハロー・グレアが多焦点より少ない。近方視力は三焦点より劣ることがある。代表製品: TECNIS Symfony、Clareon Vivity
調節型IOL
毛様体筋の収縮を利用
レンズが前後に移動して焦点調節。単焦点に近い光学特性でハローが少ない。調節効果は限定的。代表製品: Crystalens
| 種類 | 焦点特性 | 代表製品 | 近方視力 | 眼鏡非依存率 | ハロー・グレア |
|---|---|---|---|---|---|
| 二焦点 | 遠方+近方 | ReSTOR | ○ | 高い | 多い |
| 三焦点 | 遠方+中間+近方 | PanOptix、FineVision | ◎ | 最も高い(>85%)2) | 中程度 |
| EDOF | 遠方〜中間の連続焦点 | TECNIS Symfony、Clareon Vivity | △ | 中等度 | 少ない |
| 強化単焦点 | 単焦点+わずかな拡張 | EyHance、RayOne EMV | × | 低い | 最少 |
屈折型多焦点IOL: 光学部上に同心円状に遠用・近用ゾーンを配置する。瞳孔径によってエネルギー配分が変動し、小瞳孔では近方視機能が不十分になることがある。理論上光の損失は0%。
回折型多焦点IOL: 同心円状の微細な階段状構造(回折格子)で光を分割する。0次回折光が遠方用、1次回折光が近方用に振り分けられる。瞳孔径に関わらず安定したエネルギー配分が可能。2次以上の高次回折光は結像せず、高周波コントラスト感度の低下原因となる。
異常光視症(ダイスフォトプシア)は多焦点IOL全般で報告されるが、多くの患者で日常生活への影響は軽微で、3〜6ヶ月の神経適応により軽減する。発生率は研究によって1%〜93%と幅広く報告されている2)。
多焦点IOLは日本に2007年より導入され、2008年に先進医療として承認された。現在は選定療養として取り扱われ、白内障手術自体は健康保険が適用されるが、多焦点IOLの差額費用は患者の自己負担となる。
推奨される適応
相対的禁忌・慎重適応
多焦点IOLは「thoughtful use(慎重な適応判断)」が推奨される。EDOF/モノビジョンは中間視力重視でディスフォトプシアが少ない選択肢として位置づけられている1)。
| 評価項目 | 内容 | 重要度 |
|---|---|---|
| 角膜形状 | トポグラフィ・トモグラフィ、不正乱視・円錐角膜除外 | 極めて高い |
| 黄斑・眼底 | OCT、黄斑変性・黄斑前膜・糖尿病黄斑浮腫の評価 | 極めて高い |
| 瞳孔径 | 明所・暗所での測定(屈折型は瞳孔径依存) | 高い |
| 眼圧・視野 | 緑内障性変化の評価 | 高い |
| 涙液・角膜 | ドライアイの有無と程度(術前治療が必要な場合あり) | 高い |
| コントラスト感度 | 術前視機能のベースライン評価 | 中 |
| ライフスタイル | 職業・趣味・視覚的期待・夜間運転の必要性 | 極めて高い |
IOL度数計算には第3世代以降の計算式(Barrett Universal II、Holladay 2等)を使用する。眼軸長と角膜曲率の高精度測定が精度向上の鍵となる。多焦点IOLでは残余屈折誤差の視覚影響が単焦点より大きいため、前眼部OCTによる角膜形状評価も重要である。
| 残余乱視量 | 推奨対策 |
|---|---|
| <0.75 D | 切開部位の調整または角膜輪部弛緩切開(LRI) |
| 0.75〜1.5 D | トーリック PC-IOL の検討(後部角膜乱視も考慮) |
| >1.5 D | トーリック PC-IOL を推奨 |
EDOFは多焦点IOLより乱視耐性が高く、中等度の残余乱視でも視機能への影響が比較的小さい5)。
超音波乳化吸引術による白内障手術時に多焦点IOLを選択して挿入する。連続円形切開(CCC)の精度と術中の嚢の中心化・光学部中心化は、多焦点IOLでは特に重要である。軽度の偏心でも視機能低下につながりやすい性質を持つ。
PanOptix(Alcon)三焦点
全長13mm、光学部6mm、15回折帯
中央4.5mm回折領域+屈折リム。光配分: 近方25%/中間25%/遠方50%。焦点位置: 近方40cm/中間60cm/遠方∞。前面非球面(-0.10μm SA)。中間焦点60cmは多くの競合製品の80cmと異なる特徴である2)。
Gemetric/Gemetric Plus(HOYA)三焦点
TECNIS Symfony/Synergy(J&J)EDOF
エシェレット回折型EDOF
Symfony: 色収差低減設計で焦点深度を拡張し中間視力向上。Synergy: 回折型2焦点+EDOF複合ハイブリッド設計。EDOF代表として最も広く研究されている2)。
Clareon Vivity(Alcon)非回折型EDOF
X-WAVEテクノロジー(放射状曲率不連続変化)
光分割なし。理論上光損失がなく、回折構造がないためハロー・グレアが少ない。近方視力はEDOF中で最も制限的10)。
IC-8 Apthera(AcuFocus)は小開口型(ピンホール効果)で焦点深度を著しく拡張するが、暗所視力低下に注意が必要。EyHance/RayOne EMV(強化単焦点型)は中心から周辺への連続度数変化による拡張で、焦点拡張幅は限定的だが異常光視症が最も少ない1)。
Kohnenら(PanOptix、n=27、3ヵ月後)2):
Lawlessら(PanOptix、n=33後ろ向き)2):
NINO Study(Gemetric/GPlus、n=124、6ヵ月後)4):
Karam 2023(22研究 2,200眼)のメタ解析では2):
| アウトカム | 三焦点 vs EDOF | 統計 |
|---|---|---|
| 遠方裸眼視力(UDVA) | 差なし | MD=0.00, P=0.84 |
| 中間裸眼視力(UIVA) | 差なし | MD=0.01, P=0.68 |
| 遠方矯正視力(CDVA) | EDOFがわずかに良好 | MD=−0.01, P=0.01 |
| 近方裸眼視力(UNVA) | 三焦点が有意に良好 | MD=0.12, P<0.00001 |
| 距離矯正近方視力(DCNVA) | 三焦点が良好 | MD=0.12, P=0.002 |
| ハロー発生率 | 差なし | OR=0.64, P=0.10 |
| グレア発生率 | 差なし | 有意差なし |
| 眼鏡非依存率 | 三焦点が有意に高い | OR=0.26, P=0.02 |
| QoVスコア | 三焦点がわずかに良好 | MD=1.24, P=0.03 |
| 患者満足度 | 差なし(両群とも高い) | — |
| コントラスト感度 | 差なし(10研究中7研究) | — |
ESCRSガイドラインが引用するメタ解析(Wisseら)では、三焦点IOLは二焦点IOLと比較して1):
多焦点 vs 単焦点の系統的レビュー(Khandelwal 2019)でも多焦点IOLの中間・近方視力の優位が示されている8)。
Cochrane レビュー(de Silva ら)では多焦点 IOL は単焦点と比較して9):
主眼に三焦点 IOL、非主眼に EDOF IOL というように、異なるレンズタイプを両眼に組み合わせることで各レンズの長所を補完する戦略。個別化された視覚プロフィールが得られる可能性があるが、立体視への影響を術前に十分検討することが重要である6)。
メタ解析(22研究 2,200眼)ではEDOFと三焦点の間にハロー・グレア発生率の有意差はない。多くの患者では術後3〜6ヶ月の神経適応(neuroadaptation)によりこれらの光視覚現象に慣れていく。初期に煩わしく感じても大半は日常生活に支障のない程度まで軽減する。ただし一部の患者では適応が不十分で、QOLへの影響が残ることもある。術前カウンセリングでの十分な説明が重要である。
光学部の同心円状に配置された微細な階段状構造(回折格子)が入射光を分割する。0次回折光が遠方焦点に、1次回折光が近方焦点に振り分けられる仕組みで、瞳孔径に関わらず安定したエネルギー配分が可能である。2次以上の高次回折光は結像せず、高周波コントラスト感度の低下の原因となる。アポダイズ型(ReSTOR等)では中央から周辺に向かって回折帯の深さが漸減し、周辺部ほど遠方へのエネルギー配分が増大する。
回折型EDOF(エシェレット型): エシェレット回折パターンで色収差を低減しながら焦点深度を拡張。ほぼ全光を遠方〜中間に集中させる。
非回折型EDOF(X-WAVEテクノロジー): Vivity IOL。光学部の放射状曲率の不連続変化により焦点深度拡張。回折構造がなくハロー・グレアが少ない10)。
小開口型(ピンホール): IC-8 Apthera。ピンホール効果で焦点深度を著しく拡張するが、暗所視力低下が課題。
強化単焦点型: EyHance等。中央光学部の連続的な度数変化で焦点拡張。拡張幅は限定的だが異常光視症が最も少ない。
両眼に多焦点IOLを挿入した場合の立体視は、片眼挿入と比較して有意に良好である。両眼では84.6%、片眼では42.8%が60”以下の立体視を達成し(P=0.009)、不等像視は両眼92.3%に認めなかったのに対し片眼では21.4%に認めた(P=0.001)6)。屈折型IOLは回折型より立体視が優れる傾向がある(Chang: 屈折型平均8.36点 vs 回折型6.50点、P=0.017)6)。
脳がそれぞれの焦点像の選択・統合を学習するプロセスを神経適応という。fMRI研究では多焦点IOL術後3〜4週間で注意・学習・認知制御に関わる皮質活動が増加し、6ヶ月後には安定化・正常化することが示されている6)。大半の患者が3〜6ヶ月でグレア・ハローに適応していく。
ハイブリッド型(多焦点-EDOF)IOL: TECNIS Synergy等。三焦点との比較では遠方・中間矯正視力に有意差なく、UIVA はハイブリッドがわずかに良好(MD=0.055、P<0.05)、UNVA は三焦点優位。ハロー発生は三焦点で32%多い1)。
対側眼カスタマイズ植え込み(Gemetric/GPlus): 光配分の異なる2タイプを両眼に使い分けるカスタマイズ戦略で、近方・中間視力が良好で視覚現象は同等との報告がある4)。
補完型IOLシステム: 両眼焦点深度の組み合わせで総合焦点深度を拡張する概念が研究されている6)。
嚢収縮症候群への対応: デセンタレーションしたトーリック三焦点IOLに対する4フランジプロリン固定法(Mahmood法)が報告されている7)。
低度乱視管理の最適化: EDOF IOL の乱視耐性の高さに基づいた個別化アプローチの最適化が研究されている5)。
次世代光学設計: 波面制御技術と材料科学の進歩により、異常光視症を最小化しながら広範な明視域を実現する次世代IOLの開発が進んでいる。