この疾患の要点
異常光視症は白内障 手術後の眼内レンズ 挿入眼に生じる不快な視覚現象の総称である。
陽性異常光視症(PD)はハロー・スターバースト・光の弧などの明るいアーチファクトとして現れる。
陰性異常光視症(ND)は耳側中間周辺視野の暗い三日月状の影として自覚される。
眼内レンズ のスクエアエッジ・高屈折 率・多焦点設計などがリスク要因である。
多くの症例は神経適応により数週間〜数ヶ月で自然軽減する。
術後1年時点でND持続例は約3%に減少するが、PD経験率は最大49%と報告されている。
症状が持続する場合は眼内レンズ 交換やリバースオプティックキャプチャーなどの外科的介入が検討される。
異常光視症(dysphotopsia)とは、白内障 手術後の眼内レンズ 挿入眼(偽水晶体 眼)において生じる、望ましくない視覚現象の総称である1) 。合併症のない手術後でも患者満足度を低下させる主要因の一つとなる。
陽性異常光視症(positive dysphotopsia; PD) と陰性異常光視症(negative dysphotopsia; ND) の2型に大別される1) 。
PD :ハロー、ゴーストイメージ、スターバースト、光の弧・リング・フラッシュなどの明るいアーチファクト1)
ND :耳側中間周辺視野に出現する薄い暗い三日月状の影1)
当初は高屈折 率の疎水性アクリル眼内レンズ でスクエアエッジを持つ製品で多く報告された1) 。しかし、その後シリコンや親水性アクリルなど多様な素材・デザインの眼内レンズ でも発生が確認されている1) 。
ほとんどの異常光視症は自然消失するか、神経適応を経て気にならなくなる。ただし一部の患者では持続し、外科的介入が必要となることがある。
Q
異常光視症は白内障手術後に必ず起きるのか?
A
必ず起きるわけではない。NDは術後1日目で約15%に認められるが、1年後には介入なしで約3%に減少する1) 。多くは神経適応により自然に軽減する。
陽性型(PD)
ハロー :光源の周囲に出現する光輪。夜間運転時に顕著となる。
スターバースト :光源から放射状に広がる光の筋。
光の弧・リング・フラッシュ :視野の中心部〜中間周辺部に出現する。
ゴーストイメージ :二重像として認識される。
陰性型(ND)
暗い三日月状の影 :耳側中間周辺視野に出現する弧状の暗影。スコトーマや「馬の目隠し」のように自覚される1) 。
カーテン様の影 :暗い弧がカーテンのように視野を遮る感覚。
経時変化 :NDは時間経過とともに軽減する傾向がある1) 。
PDは光源がある環境、特に夜間や暗所で増悪しやすい。NDは明所でも暗所でも自覚されうる。
異常光視症に特異的な他覚的所見は乏しい。診断は主に患者の自覚症状の記述に基づく。
偽水晶体 眼振 盪(pseudophacodonesis) :眼内レンズ の微細な動揺。細隙灯顕微鏡で第4プルキンエ像を観察し確認する。無散瞳 で最もよく観察される。
眼内レンズ 偏心・傾斜 :眼内レンズ の位置異常が異常光視症の原因となることがある1) 。軽度の偏心でも多焦点眼内レンズ では視機能に影響を及ぼす。
前嚢切開縁の線維化 :散瞳 下検査で確認する。嚢収縮による眼内レンズ のたわみが異常光視症の一因となりうる。
異常光視症の主因は眼内レンズ の光学特性と位置である。スクエアエッジの眼内レンズ 、平坦な前面、小さい光学径、多焦点設計などが不快な光学的像を生じやすい1) 。
スクエアエッジデザイン :斜め方向から入射した光線がエッジで網膜 に反射する1)
高屈折 率 :眼内レンズ 内部での光の再反射が増加する
平坦な前面 :不快像が本来の像に近く投影され、煩わしさが増す
多焦点眼内レンズ :回折型眼内レンズ はハローやコントラスト感度 低下を生じやすい2) 。屈折 型眼内レンズ はスターバーストや歪みを誘発しやすい2) 。多焦点IOL は光学設計上、瞳孔 径によって遠近のエネルギー配分が異なる。瞳孔 径が小さい症例では近方視機能が不十分となり、暗所ではグレアやハローが特に問題となりやすい
瞳孔 捕捉(IOL エッジグレア) :瞳孔 捕捉が生じた場合、矯正視力 への影響は軽微なことが多いが、IOL エッジによるグレアや羞明 感が生じやすい
眼内レンズ デザイン要因と異常光視症の関係を以下に示す。
デザイン要因 PD ND スクエアエッジ リスク増 リスク増 高屈折 率 リスク増 関連あり 多焦点設計 リスク増 —
NDは多因子的であり、PDほど明確には解明されていない。
照度ギャップ :眼内レンズ で屈折 する光線と光学部外を通過する光線との間の照度差が網膜 上に影を形成する
眼内レンズ の厚み :薄い眼内レンズ より厚い眼内レンズ でNDが多い
アクリル素材・大きなカッパ角・小瞳孔 :NDのリスク因子
女性・左眼・嚢内固定眼内レンズ :NDの頻度が高い
眼内レンズ混濁 ・破損・偏心 :いずれの型の異常光視症の原因にもなる1)
多焦点眼内レンズ は単焦点眼内レンズ に比べ、ハロー・グレア・異常光視症の頻度が高い2) 。焦点深度拡張型(EDF)IOL は多焦点眼内レンズ より異常光視症が有意に少ないと報告されている2) 。
予防・日常のケア
白内障 手術後に光のにじみや暗い影が気になる場合は、遠慮なく主治医に相談してください。
多くの場合は数週間〜数ヶ月で自然に気にならなくなります。
夜間運転時にハローやグレアが気になる場合は、対向車のヘッドライトを直視しないよう心がけましょう。
片眼で症状が出た場合、もう片方の眼の手術では眼内レンズ の種類を慎重に選択することが重要です。
Q
どのような眼内レンズが異常光視症を起こしやすいか?
異常光視症の診断は主に患者の自覚症状に基づく。一貫して信頼できる客観的検査は確立されていない。
最も重要な診断ステップである。以下を確認する。
白内障 手術の施行時期・術式
眼内レンズ の製造元・レンズタイプ
症状の種類(明るい光か暗い影か)
発症時期・視野内での位置
誘因・緩和因子
視覚の質や日常生活への支障度
グレアとは、眼光学系の異常によって視線以外からの光がまぶしさ を引き起こす現象である。グレア難視(グレア障害)とはグレアによってコントラスト感度 が低下する状態をさす。グレア検査はグレア難視の定量的評価に用いられる。
網膜剥離 :暗い影や光視症 を呈しうる
後発白内障 :視力 低下やグレアの原因
後硝子体 剥離 :光視症 を生じる
後嚢のしわ(striae) :マドックスロッド効果として異常光視を呈する
異常光視症の治療は、まず保存的管理から開始する。症状が持続し日常生活に支障がある場合に外科的介入を検討する。
経過観察 :ほとんどの症状は数週間以内に軽減する。神経適応による自然改善を待つのが第一選択である
薬物的縮瞳 :1%ピロカルピン塩酸塩点眼液を1日1〜3回、または0.1%ブリモニジン酒石酸塩点眼液を1日2回使用する。夜間のPD緩和に有用であるが、ND症状にはほとんど効果がない
太いフレームの眼鏡 :NDに対し、脳がフレームによる影と認識するため改善効果がある
屈折 矯正・眼表面疾患の治療 :混在する視覚的不満への対処
PD対策
眼内レンズ 交換 :低屈折 率・ラウンドエッジ・低表面反射率の眼内レンズ へ交換する。PMMA・シリコン・コポリマー眼内レンズ への交換が報告されている。
眼内レンズ 素材変更後の改善率 :PD症状の76〜88%が改善するとされる。
ND対策
リバースオプティックキャプチャー :光学部を嚢切開窓の前方に配置し、照度ギャップを前方移動させる1) 。
ピギーバック眼内レンズ :追加の眼内レンズ を毛様溝に挿入し、NDを改善する1) 。
ハプティクス配置 :光学部-ハプティクス接合部を下耳側に配置することでND軽減の報告がある1) 。
多焦点眼内レンズ の場合は”waxy” vision、グレア、ハローなどの異常光視症が摘出の最も多い理由である1) 。
治療における注意点・副作用
眼内レンズ 交換は侵襲的な手技であり、合併症のリスクがある。保存的管理で改善の見込みがある場合は、少なくとも数ヶ月は経過観察を行う。
IOL 交換・摘出を受けた眼は最良矯正視力 <20/60のリスクが約2.5倍(RR=2.60、95%CI 1.13–6.02)と報告されており2) 、再手術の適応はリスクとベネフィットを慎重に検討する。
後嚢切開(YAGレーザー )は嚢収縮による眼内レンズ のたわみが原因の場合、症状をかえって悪化させることがある。
NDに対するNd:YAGレーザー前嚢切開術の効果は限定的である。
片眼で異常光視症を経験した場合、もう片方の手術では眼内レンズ 選択を慎重に行う必要がある。
Q
異常光視症が長期間続く場合はどうすればよいか?
A
数ヶ月経過しても改善しない場合は主治医への相談が推奨される。PDでは眼内レンズ 交換で76〜88%の改善が報告されている。NDではリバースオプティックキャプチャーやピギーバック眼内レンズ が有効な選択肢となる1) 。
PDの主な発生機序は眼内レンズ エッジにおける光の反射・屈折 である。
エッジグレア :スクエアエッジに約35度の斜め方向から入射した光線がエッジで反射し、光源像と反対側の網膜 上に弧状に集中する
ラウンドエッジ :迷光を網膜 の広い範囲に分散させるため、PD症状が少ない
眼内レンズ 内部の再反射 :屈折 率が高いほど光が眼内レンズ 内部で再反射し、二重像やハローを生じやすい
網膜 表面からの逆反射 :網膜 表面で反射した光が眼内レンズ 前面(凹面鏡として機能)に到達し、再び網膜 に投影される。前面曲率が緩やかなほど不快像は本来の像に近く、煩わしさが増す
球面眼内レンズ は正の球面収差を持ち、瞳孔 散大時に近視 シフトと焦点深度増加を生じる1) 。非球面眼内レンズ は角膜 の球面収差を補正するよう設計されている1) 。高次収差のなかでも球面収差はハロー現象と、コマ収差はグレアやスターバーストといった陽性変視症 と関連づけられることが多い。ただし感受性には個人差があり、必ずしも一対一に対応するわけではない。
NDの主因は照度ギャップ(illumination gap) である。眼内レンズ の光学部で屈折 する光線と、光学部外縁を越えて周辺部に到達する光線との間に、光が届かない帯域が網膜 上に形成される。
眼内レンズ の厚み :厚い眼内レンズ ほど照度ギャップが広くなりやすい
嚢収縮による眼内レンズ のたわみ :水平経線方向の嚢収縮が眼内レンズ を変形させ、周辺部で複雑な干渉パターンを形成する。これがPD・ND両方の一側面を説明しうる
中枢神経系の関与 :対側眼を遮蔽するとNDの暗点が80%減少したとの報告があり、両眼視に関連した中枢性の要因が示唆される
リバースオプティックキャプチャーは光学部を嚢切開窓の前方に配置することで照度ギャップを前方に移動させ、NDを理論的に改善する。ハプティクスの水平配置は、ハプティクス接合部が周辺網膜 を光学部周辺とは異なる形で照らし、照度ギャップを軽減する可能性がある1) 。
製造各社はPD低減のため、前面スクエアエッジの丸み付け、エッジ厚の減少、エッジの未研磨化、屈折 力の後面から前面への移動などの対策を講じている。これらの変更にもかかわらず、PDは術後の重要な課題であり続けている。眼内レンズ 素材変更後にPD症状の76〜88%が改善するとの報告があり、素材・デザインの最適化が今後も進むと考えられる。
EDF 眼内レンズ は多焦点眼内レンズ に比べ異常光視症が有意に少なく、非球面単焦点眼内レンズ に近い視覚障害プロファイルを示す2) 。良好な中間視力 と最小限の異常光視症を両立する選択肢として注目されている2) 。
NDの発生機序に関する理解は進化を続けている。照度ギャップに加え、嚢収縮による眼内レンズ のたわみ、中枢神経系の関与など、多因子的な病態が明らかになりつつある。前嚢縁へのYAGレーザー 弛緩切開による症状緩和など、新たな低侵襲アプローチの報告もある。
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