カルシウム沈着
眼内レンズ混濁
1. 眼内レンズ混濁とは
Section titled “1. 眼内レンズ混濁とは”眼内レンズ(IOL)混濁は、白内障手術で挿入されたIOLの光学部が術後に混濁する現象である。IOL混濁は1990年代から報告されている。摘出・交換されたIOLの約200例に1例の割合で認められる。5)IOL光学部混濁はIOL摘出交換の最も一般的な適応の一つであるが、素材改良に伴い発生頻度は減少傾向にある。7)
IOLの素材により混濁パターンが異なる。
- 親水性アクリルIOL:リン酸カルシウムの沈着(石灰化)
- 疎水性アクリルIOL:グリスニング、ホワイトニング(SSNG)
- シリコーンIOL:変色
- ポリメチルメタクリレート(PMMA)IOL:スノーフレーク変性
混濁の発症時期は術中・術後早期(数時間〜数日)・術後晩期(数ヶ月〜数年)に分類される。IOL混濁が後嚢混濁(PCO)と誤診されると、不必要なNd:YAGレーザー後嚢切開術や硝子体切除術が行われ、合併症を招く可能性がある。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”IOL混濁は緩徐に進行するため、初期は無症状のことが多い。
- 霧視(かすみ):混濁が進行すると視野全体が霞んで見える。
- 視力低下:カルシウム沈着では著明な視力低下を来す。
- グレア(まぶしさ):特にグリスニングで誘発されやすい。
- コントラスト感度の低下:軽度の混濁でも自覚されることがある。
高倍率での細隙灯顕微鏡検査が診断の鍵である。混濁パターンはIOL素材により異なる。
グリスニング
好発素材:疎水性アクリルIOL
外観:光学部内部に1〜20 μmの液体充填微小空胞が出現する。水相分離現象が本態である。
視機能への影響:多くは軽度であるが、高度に進行した症例では摘出交換が奏効する場合がある。網膜疾患、黄斑疾患、緑内障など網膜機能が低下している症例では視機能低下が生じやすい。
SSNG
好発素材:疎水性アクリル(アクリソフ®に散見)
外観:光学部内表層に約100 nmの微小水相分離が生じ白濁して見える。
視機能への影響:少ないが経年的に混濁が増加する。
前眼部光干渉断層計(AS-OCT)は石灰化の存在・位置・密度の検出に有用である。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”IOL混濁の原因は多因子的であり、IOL素材の特性・眼局所因子・全身因子・医原性因子が複合的に関与する。
IOL素材に関連する因子
Section titled “IOL素材に関連する因子”- 親水性アクリル:素材表面のヒドロキシ基(-OH)やカルボキシ基(-COOH)がリン酸カルシウムの結晶化を触媒する。1)
- 疎水性アクリル:温度変化によりポリマー内の含水率が変動し、水相分離(グリスニング)を生じる。
- IOL製造・保管上のエラー:ポリマー形成不良、包装材料との相互作用も一次性混濁の原因となる。
- 血液房水関門(BAB)の破綻:長時間・複雑な手術、術後の重度炎症、慢性ぶどう膜炎
- 内眼手術に伴う眼内ガス・空気曝露:DSAEK・DMEK・硝子体手術が最も重要なリスク因子の一つである
- 残留水晶体皮質:房水中カルシウム濃度上昇による異栄養性石灰化
- 星状硝子体症:シリコーンIOLの石灰化と関連し、石灰化例の85%以上に同側の星状硝子体症を認める
- 偽落屑症候群:IOL前面にスポーク状の混濁
- 糖尿病:BAB破綻および増殖糖尿病網膜症による房水中リン濃度上昇6)
- 結合組織疾患:Ehlers-Danlos症候群では血管障害を介してBABが障害される可能性があり、IOL挿入14年後に両眼の二次性石灰化を来した報告がある2)
- 代謝性疾患:ジャイレート萎縮(OAT遺伝子変異)では房水中オルニチン高値がシュウ酸カルシウム沈着を引き起こす可能性が報告されている5)
二次手術に伴うリスク
Section titled “二次手術に伴うリスク”角膜内皮移植術(DSAEK・DMEK)や硝子体手術後のIOL混濁は近年特に注目されている。
Belinら(2021)は262眼の強膜固定Akreos AO60 IOLを後方視的に検討し、全体の混濁発生率は2%(5/262眼)であったが、DSAEK施行例に限ると25%(4/16眼)と有意に高率であったことを報告した(P<0.01)。6)混濁を生じた5眼すべてが眼内ガスまたは空気に曝露されていた。
Aguilera Zúñigaら(2025)は、DMEK後の親水性IOL混濁率が約9%に達し、親水性IOL素材は疎水性に比べ65倍のリスクを有すると報告した。4)リバブリング(再気泡注入)は独立したリスク因子であり、混濁IOLの約3分の1が最終的に摘出を要した。
角膜内皮不全のリスクを有する眼では、将来のDSEK/DMEK施行を見据えて親水性アクリル以外のIOL素材を選択することが推奨される。7)またシリコーンIOLは硝子体手術時のシリコーンオイル付着により混濁しうる。7)
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”高倍率での細隙灯顕微鏡検査が最も重要である。IOL光学部表面の粒状変化や混濁の有無を注意深く観察する。
主な診断のポイントは以下の通りである。
- 混濁の局在:表面沈着か内部変化かを区別する。ガス曝露後の石灰化では光学部中央に限局することが多い。6)
- 混濁の形態:カルシウム沈着は粒状〜白濁、グリスニングは点状輝点として観察される。
- 徹照法:IOL混濁の範囲と程度の評価に有用である。
コントラスト感度検査はIOL混濁による視機能への実際の影響を定量的に評価するために有用である。IOL混濁による散乱光増加は視力には表れにくいが、コントラスト感度低下として検出されることがある。
摘出後の検体解析
Section titled “摘出後の検体解析”摘出IOLの精密解析により確定診断が可能である。
| 検査法 | 検出対象 |
|---|---|
| アリザリンレッド染色 | IOL表面のカルシウム |
| フォン・コッサ染色 | IOL内部のリン酸カルシウム |
| 走査型電子顕微鏡(SEM)+EDX | 結晶構造と元素分析 |
Gartaganisら(2023)はCarlevale親水性IOLの摘出検体をSEM-EDXで解析し、前面にヒドロキシアパタイト(HAP)結晶の密な層(約10 μm厚)を確認した。1)HAP形成はイオン(Ca²⁺, PO₄³⁻, OH⁻)の親水性ポリマー内への拡散によるものであった。
Alferayanら(2026)はジャイレート萎縮患者のIOLからロゼット型スノーフレーク沈着物を報告し、フォン・コッサ染色陽性・偏光下で複屈折を示すシュウ酸カルシウム結晶を確認した。5)リン酸カルシウムではなくシュウ酸カルシウムの沈着はIOL混濁として初めての報告であった。
- 後嚢混濁(PCO):最も重要な鑑別疾患。IOL混濁をPCOと誤診してNd:YAGレーザー後嚢切開術を行うと、その後のIOL交換が困難になる。
- 硝子体混濁・硝子体出血
- 前嚢上皮細胞増殖
- ピギーバックIOLのレンズ間混濁
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”IOL摘出交換
Section titled “IOL摘出交換”視機能に影響を及ぼすIOL混濁に対する唯一の根本的治療はIOL摘出交換である。カルシウム沈着による高度の混濁は摘出交換の明確な適応となる。グリスニングおよびSSNGは視機能への影響が軽度であることが多いが、高度に進行した症例では摘出交換が奏効する場合がある。疎水性アクリルIOLのグリスニングによるIOL摘出が必要となる症例は極めてまれである。7)
IOL摘出交換は煩雑な手術であり、以下の合併症リスクを伴う。
- チン小帯断裂
- 後嚢破損
- 角膜内皮障害
IOL交換の33%で前部硝子体切除術が必要となる。事前にNd:YAGレーザー後嚢切開術が行われている場合、この割合は48%に上昇し、嚢内固定さえ困難となることがある。
交換IOLの素材選択
Section titled “交換IOLの素材選択”BAB破綻が疑われる症例では、再石灰化を防ぐため疎水性素材のIOLを選択する。
Gartaganisら(2023)はWagner症候群を合併した親水性Carlevale IOL石灰化例において、摘出後にPMMA製前房IOLに交換し、術後3ヶ月で矯正視力20/25を達成した。1)疎水性素材では石灰化の報告がないことが選択の根拠であった。
Maguireら(2024)はEhlers-Danlos症候群患者において、石灰化した親水性Akreos Fit IOLを3ピース疎水性毛様溝IOLに交換し、術後2週間で矯正視力6/10を得た。2)
トリアムシノロンアセトニド(TA)粒子によるIOL被覆など、一過性の混濁は自然消退することがある。
Kumarら(2024)は硝子体内TA注射後に前房IOLがTA粒子で被覆された症例を報告した。3)保存的観察で3週間以内にIOLは清明化し、嚢胞様黄斑浮腫も消退した。後嚢欠損やチン小帯脆弱がある眼ではTA粒子の前房への移行リスクがある。
混濁予防のための新しい手術戦略
Section titled “混濁予防のための新しい手術戦略”親水性IOL留置眼でDMEKが必要な場合、ガス曝露による石灰化を防ぐ戦略が検討されている。
Aguilera Zúñigaら(2025)はDMEK時に反転した有水晶体後房レンズを前房内に一時的に留置し、ガスタンポナーデとCarlevale IOLとの直接接触を遮断する手法を報告した。4)有水晶体後房レンズは2週間後に合併症なく摘出され、6ヶ月後もIOLの光学的透明性は維持された。矯正視力はlogMAR 1.00から0.22に改善した。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”カルシウム沈着の機序
Section titled “カルシウム沈着の機序”親水性アクリルIOLの石灰化は、ポリマー表面の官能基(-OHおよび-COOH)がリン酸カルシウムの核形成を促進することで生じる。1)房水中のCa²⁺およびPO₄³⁻イオンが親水性ポリマー内に拡散し、ヒドロキシアパタイト(HAP; Ca₅(PO₄)₃OH)として結晶化する。
Neuhannらの分類では石灰化は3群に分けられる。
- 一次性:IOL自体の要因(ポリマー特性、製造・包装の問題)。カルシウムがレンズ内部に浸透する。
- 二次性:BAB破綻を来す疾患や手術の結果として生じる。レンズ表面へのカルシウム沈着が典型的。
- 偽石灰化:カルシウムの偽陽性染色。
Gartaganisら(2023)のSEM-EDX解析では、Carlevale IOLの前面に厚さ約10 μmのHAP結晶密集層が確認された。1)HAP形成は後面から約60 μmの深さまで到達していたが、後面直下にはHAP層は認められなかった。
ガス・空気曝露による石灰化
Section titled “ガス・空気曝露による石灰化”DSAEK・DMEK時の前房内空気注入や、硝子体手術時のSF₆ガスがIOLに直接接触すると脱水が生じ、化学的変化を経てカルシウムとリン酸が露出部位に沈着する。6)このため、ガス曝露後の石灰化は光学部中央に限局する特徴がある。
グリスニングの機序
Section titled “グリスニングの機序”疎水性アクリルIOLでは、生体内で温度上昇に伴いポリマー内の含水率が増加するが、温度低下時に余剰水分がポリマー内の空洞(void)に貯留する。この水相分離現象がグリスニングの本態である。光散乱や網膜浮遊光を引き起こす。
ホワイトニング(SSNG)の機序
Section titled “ホワイトニング(SSNG)の機序”グリスニングよりも微小な水相分離(約100 nm)が光学部内表層に生じ、光の反射・散乱により白濁して見える。SSNGとも呼ばれ、疎水性アクリル素材であるアクリソフ®に散見される。
Alferayanら(2026)はジャイレート萎縮患者のIOLにシュウ酸カルシウムのロゼット型結晶沈着を報告した。5)ジャイレート萎縮ではOAT酵素欠損によりオルニチンが房水中にも高濃度で蓄積し、房水の化学的組成を変化させてシュウ酸カルシウムの析出を促進した可能性がある。リン酸カルシウムではなくシュウ酸カルシウムの沈着はIOL混濁として初の報告である。
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”一時的有水晶体後房レンズバリア法によるDMEK時のIOL混濁予防
Section titled “一時的有水晶体後房レンズバリア法によるDMEK時のIOL混濁予防”Aguilera Zúñigaら(2025)は、親水性Carlevale IOL留置眼でDMEKを施行する際、反転した有水晶体後房レンズ(-0.5 D、12.1 mm)を前房内に一時的に留置する手法を報告した。4)有水晶体後房レンズはSF₆ 20%ガスタンポナーデとIOLとの接触を遮断するバリアとして機能した。2週間後に有水晶体後房レンズを摘出し、6ヶ月後もDescemet膜移植片は接着良好、IOLの光学的透明性は維持されていた。IOL交換のような追加的な外科的侵襲を回避しつつ、十分なタンポナーデを保持できる点が利点である。ただし、有水晶体後房レンズの追加コストと摘出のための再手術が必要であり、長期的な安全性データの蓄積が課題である。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Gartaganis PS, Natsi PD, Gartaganis SP, Koutsoukos PG, Manousakis E, Karmiris E. Explantation of a sutureless scleral fixated Carlevale intraocular lens due to calcification: a clinical and laboratory report. BMC ophthalmology. 2023;23(1):359. doi:10.1186/s12886-023-03102-0. PMID:37587408; PMCID:PMC10433584.
- Maguire MJ, Munro DJ, Merz P, et al. Intraocular lens calcification in a patient with Ehlers-Danlos syndrome. Am J Ophthalmol Case Rep. 2024;35:102080. doi:10.1016/j.ajoc.2024.102080.
- Kumar K, Agarwal D, Bajaj A, Saha S. Transient anterior chamber intraocular lens opacification by triamcinolone acetonide following intravitreal injection. GMS ophthalmology cases. 2024;14:Doc16. doi:10.3205/oc000248. PMID:39811491; PMCID:PMC11730686.
- Aguilera Zúñiga M, Güell JL, Gris Ó, et al. A novel use of temporary ICL during DMEK to prevent gas-induced opacification of a scleral-fixated Carlevale IOL. Am J Ophthalmol Case Rep. 2025;40:102454. doi:10.1016/j.ajoc.2025.102454. PMID:41209839; PMCID:PMC12590035.
- Alferayan YA, Hameed ST, Maktabi AMY, Alsaif FF. Intraocular lens opacification in a patient with gyrate atrophy with a subluxated intraocular lens. Am J Case Rep. 2026;27:e950243. doi:10.12659/ajcr.950243.
- Belin PJ, Kim JH, Sheikh A, Winokur J, Rhee D, Deramo V. Incidence and Risk of Scleral-Fixated Akreos (AO60) Lens Opacification: A Case Series. Journal of vitreoretinal diseases. 2021;5(2):157-162. doi:10.1177/2474126420946605. PMID:37009087; PMCID:PMC9979051.
- Miller KM, Oetting TA, Tweeten JP, et al. Cataract in the Adult Eye Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2022;129(1):P52-P94.