コンテンツにスキップ
白内障・前眼部

嚢内血腫

嚢内血腫(endocapsular hematoma; ECH)は、眼内手術後に眼内レンズIOL)の後面と水晶体後嚢の前面との間に血液が貯留する稀な合併症である。

1989年にThomasらが72歳女性の症例として初めて報告した。線維柱帯切除術と後房レンズ挿入を伴う水晶体嚢外摘出術の併用手術後に発生した症例である。術後2日目に眼内レンズ後方の嚢内に血液貯留と液面形成(fluid level)を認めた。1991年にはHaganとGaasterlandが6症例をまとめて報告し、「endocapsular hematoma」の名称を初めて用いるとともに、Nd:YAGレーザー後嚢切開による排出治療を提唱した。

Q 嚢内血腫はいつ頃発症するのか?
A

多くの場合、白内障手術の晩期合併症として生じる。術後早期に発症する急性例も報告されているが、術後しばらく経過してから発見される症例が多い。

嚢内血腫の自覚症状に関する詳細な記載は限られるが、眼内レンズ後方に血液が貯留するため視力低下を生じうる。血液量が少ない場合は無症状のこともある。

細隙灯顕微鏡検査で以下の所見を認める。

  • 眼内レンズ後方の血液貯留眼内レンズ後面と後嚢の間の閉鎖空間に血液が存在する。
  • 液面形成:重力に従い血液が下方に沈降し、液面(fluid level)を形成する。

嚢内血腫は以下の状況で発生しうる。

リスク因子は以下の通りである。

  • 虹彩水晶体嚢新生血管:既存の新生血管眼内レンズとの摩擦で出血を起こしやすい。
  • 糖尿病網膜症:血管脆弱性が亢進している。
  • チン氏帯脆弱眼内レンズの不安定性を招き、摩擦の原因となる。
  • 血管疾患:全身的な血管障害がリスクを高める。
Q どのような手術で起こりやすいのか?
A

白内障手術単独でも起こりうるが、線維柱帯切除術などの緑内障手術との併用例で特に報告が多い。近年では低侵襲緑内障手術MIGS)であるトラベクトームと白内障手術を併用した症例後にも報告されている。眼内レンズと嚢の摩擦が出血の一因と考えられている。

治療方針は血液量と視機能への影響により決定される。

  • 経過観察:少量の出血や無症状例では自然消退を待つ。Radaxらの10症例の報告では、Nd:YAG切開を行わずに数か月かけて自然吸収された経過が記録されている。
  • Nd:YAGレーザー後嚢切開:HaganとGaasterlandの原報告では6例中3例にYAG後嚢切開が施行され、嚢内血液を硝子体腔へドレナージすることで視力回復が得られた。近年の症例報告でも、Nd:YAG後嚢切開による速やかな視機能回復が示されている。
  • 観血的処置:保存療法やレーザーで改善しない場合に検討されるが、頻度は少ない。
Q 嚢内血腫は治療すべきか?
A

血液量が少なく視機能に影響しない例では経過観察で自然吸収を待つ。視力低下を伴う場合は Nd:YAGレーザー後嚢切開で嚢内の血液を硝子体腔へ排出することが有効とされる。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

初期の報告では本病態を「嚢内前房出血(endocapsular hyphema)」と呼んでいた。しかし、その発生部位、血球量の不足、および血液が自然に再吸収されないことから、この名称は不正確とされ、現在は「嚢内血腫」の呼称が用いられる。

血液の由来については2つの仮説が提唱されてきた。

  • 前部硝子体出血からの漏出説:初期には後嚢を透過して血液が漏出したとの仮説があった。
  • 手術切開創からの流入説:現在はこちらが有力である。急性術後症例では、手術切開創からの血液が眼内レンズ後方の閉鎖空間に流入し貯留すると考えられている。

眼内レンズと後嚢の間は閉鎖空間を形成する。そのため、一度貯留した血液は前房房水循環にさらされず、通常の前房出血前房蓄膿)のように自然に吸収されにくい。この特徴が「hyphema」ではなく「hematoma」と呼ぶべき根拠となっている。

Q なぜ血液が自然に吸収されないのか?
A

眼内レンズ後面と後嚢の間は閉鎖された空間である。前房房水循環から隔離されているため、通常の前房出血と異なり血液の自然吸収が生じにくい。このことが「hyphema(前房出血)」ではなく「hematoma(血腫)」と呼ばれる理由でもある。

  1. Thomas R, Aylward GW, Billson FA. “In-the-bag” hyphaema — a rare complication of posterior chamber lens implantation. Br J Ophthalmol. 1989;73(6):474-475. PMID: 2751983
  2. Hagan JC 3rd, Gaasterland DE. Endocapsular hematoma. Description and treatment of a unique form of postoperative hemorrhage. Arch Ophthalmol. 1991;109(4):514-518. PMID: 2012552
  3. Radax U, Menapace R. Endocapsular hematoma with biconvex posterior chamber intraocular lenses. J Cataract Refract Surg. 1994;20(6):634-637. PMID: 7837075
  4. Dhawan B, Soni R, Singh R, Vig V. Endocapsular hematoma: a rare form of ocular hemorrhage after thrombolysis with streptokinase. N Am J Med Sci. 2014;6(8):425-427. PMID: 25210679
  5. Nejabat M, Khalili MR, Masihpour N, et al. Endocapsular hematoma as an uncommon early postoperative complication of phacoemulsification with intraocular lens implantation surgery. Indian J Ophthalmol. 2020;68(10):2282-2283. PMID: 32971693
  6. Chang EL, Apostolopoulos N, Mir TA, Freedman IG, Teng CC. Large hyphema following femtosecond laser-assisted cataract surgery (FLACS) and trabectome resulting in endocapsular hematoma. J Curr Glaucoma Pract. 2022;16(3):195-198. PMID: 36793266

記事の全文をコピーして、お好みのAIに貼り付けて質問できます