この疾患の要点
HORV(出血性閉塞性網膜血管炎)は白内障 手術時の眼内バンコマイシン投与後に発生する、稀だが視機能に壊滅的な影響を与える合併症である。
術後1日〜21日(平均8日)に遅発性に発症し、術後1日目の眼底検査 では異常を認めないことが多い。
主な所見は小静脈沿いの扇状網膜 出血、末梢血管無灌流、静脈鞘形成である。
患者の56%が新生血管緑内障 へ進行する。視力 予後は一般に不良で、完全回復は稀である。
バンコマイシンの眼内炎 予防目的での日常的使用は「強く推奨しない(strongly discouraged)」とされている。2)
誤って眼内炎 と診断し追加バンコマイシン硝子体 注入を行うと、著しい視力 悪化を招く危険がある。
早期のステロイド ・抗VEGF薬 ・汎網膜光凝固術 (PRP )の組み合わせが視力 予後改善の鍵となる。
出血性閉塞性網膜血管炎(Hemorrhagic Occlusive Retinal Vasculitis; HORV)は、白内障 手術時の眼内バンコマイシン投与後に生じる特異な網膜血管炎 である。2015年にWitkinらによって正式に報告・命名された。
網膜血管炎 は視機能を脅かす炎症性疾患であり、血管周囲の炎症が血管閉塞をもたらす。1) HORVはその中でも、眼内バンコマイシンという明確な誘因を持つ病型として区別される。
HORVの主な疫学的特徴は以下の通りである。
発症時期 :術後1日〜21日、平均8日で発症。術後1日目は眼底異常なし
症例規模 :Witkinらによる23名36眼の大規模症例シリーズが報告されている3)
両眼手術時のリスク :両眼に順次バンコマイシンを使用した場合、2番目の眼で重症化する傾向がある
バンコマイシン投与経路 :前房 内ボーラス(33/36眼)が最多。硝子体 注入(1/36)、灌流液添加(2/36)でも報告されている3)
Q
白内障手術を受けた後にHORVを発症する可能性はどのくらいありますか?
A
HORVは極めて稀な合併症であり、眼内バンコマイシンを使用した症例に限って報告されている。バンコマイシンを使用しなければ発症しない。現在、バンコマイシンの眼内炎 予防目的での日常的使用は「strongly discouraged(強く推奨しない)」とされている。2)
無痛性の視力 低下 :突然かつ遅発性に生じる。程度は症例によって異なる
軽症例では無症状 :末梢部のみの病変では視力 低下を自覚しないこともある
重症例では高度の視力 喪失 :11眼中4眼が光覚なし(NLP)、残りは20/100未満と報告されている3)
HORVは術後1日目の無散瞳検査 では異常を認めないことが多く、数日後に出現する眼底変化が特徴的である。
眼底所見
扇状の網膜 内出血 :小静脈沿いの無灌流領域 に一致して出現する。全例で周辺部網膜 が侵される。
静脈鞘形成 :末梢小静脈周囲への炎症細胞集積を反映する所見。
前房 ・硝子体 炎症 :軽度〜中等度。前房蓄膿 はなく、角膜浮腫 もほとんどない。
静脈の変化なし :静脈の拡張・蛇行は認めない。CRVO との重要な鑑別点。
画像検査所見
FA (蛍光眼底造影 ) :出血部位に一致する扇状の血管炎・血管閉塞所見。血管漏出による著明な後期過蛍光。1)
OCT :網膜 内層の高反射・肥厚。進行例では黄斑 虚血に続発した内網膜 菲薄化を両眼に認める。稀にCME (嚢胞様黄斑浮腫 )。1)
重症例では黄斑 虚血が加わり、不可逆的な視力 障害に至る。1) 患者の56%が新生血管緑内障 へ急速に進行する。3)
Q
白内障手術後にどのような症状が出たらHORVを疑うべきですか?
A
術後数日〜2週間で突然の無痛性視力 低下が生じた場合にHORVを疑う。術後1日目の眼底が正常であったこと、痛みや前房蓄膿 がないこと(眼内炎 との違い)が重要な手がかりとなる。詳細は「診断と検査方法」の項 も参照。
HORVの主因は白内障 手術中の眼内バンコマイシン投与 である。投与経路は前房 内ボーラスが大多数を占める。3)
網膜血管炎 を来す疾患は幅広く、感染症・腫瘍・全身性炎症性疾患に続発するものや、稀に特発性のものがある。1) HORVはこれらとは異なり、薬剤介在性に発症する特異な病型である。
バンコマイシン以外の誘因として、ブロルシズマブ (抗VEGF薬 )硝子体注射 後にも閉塞性網膜血管炎 の発症が報告されている。1)
眼内バンコマイシン使用歴 :発症の必須条件。使用しなければHORVは発症しない
ペニシリンアレルギー既往 :症例の5/23名に認められた3)
対側眼でのHORV既往 :両眼手術時に2眼目でより重症化する傾向がある
代替抗菌薬の比較を以下に示す。眼内炎 予防効果とHORVリスクを踏まえた選択が重要である。3)
抗菌薬 眼内炎 予防ORHORVリスク バンコマイシン 0.09 あり(非推奨) セフロキシム 0.29–0.30 なし モキシフロキサシン 0.26–0.29 なし
Q
すべての白内障手術でHORVのリスクがありますか?
A
眼内バンコマイシンを使用した症例に限って報告されている。使用しなければ発症しない。ペニシリンアレルギーの既往がある場合や、同一患者の対側眼でHORVが発症した場合は特にリスクが高い。
ASRS/ASCRS タスクフォースにより定められた診断基準に基づく。以下の条件を満たす場合にHORVと診断する。
白内障 手術または前房 処置後の発症
術後1日目の眼底に異常なし
術後1〜21日での遅発性発症
小静脈沿いの分節性網膜 出血・無灌流
眼内バンコマイシン(またはブロルシズマブ )使用歴
前房蓄膿 ・膿性硝子体混濁 なし(眼内炎 との鑑別)
蛍光眼底造影 (FA )での血管炎・血管閉塞の確認
眼底検査 (散瞳 下) :末梢部を含む全周を必ず確認する
蛍光眼底造影 (FA ) :血管炎の範囲・血管閉塞部位・漏出の評価に必須1)
OCT :黄斑 虚血の有無・網膜 内層障害の評価1)
感染症スクリーニング :梅毒・ライム病 ・ANA・RFなどを除外する1)
鑑別が重要な疾患を以下に示す。1)
疾患 HORVとの違い 眼内炎 前房蓄膿 あり、激しい疼痛ウイルス性網膜 炎 壊死性変化、ウイルス陽性 CRVO 静脈拡張・蛇行あり 眼内リンパ腫 硝子体混濁 優位、全身精査必要
Q
HORVは眼内炎とどのように区別しますか?
A
HORVでは痛みなし・後部ぶどう膜炎 軽度・前房蓄膿 なし、術後1日目の眼底が正常であることが特徴。眼内炎 では痛み・前房蓄膿 ・著明な硝子体混濁 を認める。HORVを眼内炎 と誤認してバンコマイシンを追加投与すると著しく悪化する。
HORVに対する治療は、炎症の抑制・新生血管 の管理・黄斑浮腫 の治療を柱とする。
ステロイド療法
全身ステロイド :経口プレドニゾンを第一選択として使用する。炎症の早期鎮静化を図る。
局所ステロイド :テノン嚢 下トリアムシノロン 40mg注射を行い、その後経口ステロイド に移行する方法も報告されている。1)
抗VEGF・PRP
抗VEGF薬 硝子体 注入 :新生血管 ・黄斑浮腫 の管理に早期から行う。
汎網膜光凝固術 (PRP ) :新生血管緑内障 の予防・治療に必須。無灌流領域 が広い場合は早期に施行する。
Wang P ら(2021)は76歳男性例(視力 2/200、硝子体出血 、NVD)に対してテノン嚢 下トリアムシノロン 40mg注射→経口プレドニゾンを行い、3ヶ月後に視力 20/300へ改善、乳頭新生血管 の退縮と硝子体出血 の消退が得られたことを報告した。1)
ステロイド 療法の注意点 :早期介入が重要だが、完全な視力 回復は稀である。黄斑 虚血が不可逆的な場合は視力 改善が見込みにくい1)
新生血管緑内障 の予防 :56%の患者が新生血管緑内障 へ進行する。PRP ・抗VEGF薬 を組み合わせる3)
バンコマイシン追加投与の禁忌 :HORVが疑われる際は追加投与を絶対に行わない
治療における注意点
視力 予後は一般に不良。不可逆的な黄斑 虚血のため、完全な視力 回復は稀である。1)
眼内炎 との誤診でバンコマイシンを追加硝子体 注入すると著しく悪化する。
新生血管緑内障 へは急速に進行する(56%)。PRP ・抗VEGF薬 の早期導入が重要である。3)
Q
HORVと診断された場合、視力は回復しますか?
A
視力 予後は一般に不良。黄斑 虚血が不可逆的な場合は完全回復は稀である。患者の56%が新生血管緑内障 へ進行する。3) 早期からのステロイド ・抗VEGF薬 ・PRP の組み合わせにより一部の改善が期待されるが、機能的な視力 回復が得られるかは病変の範囲・重症度に左右される。
HORVの発症機序はいまだ完全に解明されていないが、**IV型過敏反応(遅延型過敏反応)**が主な機序として推定されている。
T細胞介在性炎症 :IV型過敏反応によりT細胞が活性化され、血管内血栓症へと進展する
炎症介在性内皮傷害 :活性化した炎症細胞が血管内皮を傷害し、血栓性血管変化を来す。これが動脈閉塞の病理学的基盤となる1)
ペニシリンアレルギーとの関連 :症例の5/23名にペニシリンアレルギー既往があり、バンコマイシンとの交差反応性が示唆される3)
剖出眼の組織検査では以下が報告されている。
慢性非肉芽腫性脈絡膜 炎(T細胞主体)
糸球体様内皮細胞増殖
白血球破砕性血管炎の欠如
ICI 関連閉塞性網膜血管炎 では、血液網膜関門 の破綻とCD4+ T細胞介在性リンパ形質細胞浸潤、血管内皮接着分子のアップレギュレーションが病理学的特徴として確認されている。4) HORVにおけるT細胞主体の炎症プロセスと共通する側面があり、血管炎の普遍的機序の理解につながる可能性がある。
視力 障害の最終的な原因は、炎症・血栓形成による黄斑 虚血 であり、不可逆的な網膜 内層障害をもたらす。1)
米国網膜 学会(ASRS)と米国白内障 屈折 矯正手術学会(ASCRS )が協力して設置したHORVレジストリにより、症例の蓄積と疫学的解析が進んでいる。2) このデータベースを通じてHORVの発生率・危険因子・予後の全体像が明らかになりつつある。
眼内炎 予防効果を維持しながらHORVリスクを回避する代替薬の検討が進んでいる。セフロキシムおよびモキシフロキサシンのオッズ比(0.26〜0.30)はバンコマイシン(0.09)より高いものの、HORVを引き起こさない安全なプロファイルとして再評価されている。3)
抗VEGF薬 ブロルシズマブ の硝子体注射 後にも閉塞性網膜血管炎 が報告されており、バンコマイシン以外の薬剤によっても類似の病態が誘発される可能性が示唆されている。1) 機序・予防策の解明が課題となっている。
免疫チェックポイント阻害薬 による網膜 免疫有害事象の研究では、CD4+ T細胞主体の血管炎機序が詳細に記述されている。4) HORVとの比較研究により、薬剤誘発性網膜血管炎 の統一的な病態理解と新規治療標的の探索が期待される。
Wang P, Chin EK, Almeida DR.. Idiopathic retinal arterial occlusive vasculitis in the setting of multiple arterial occlusions. Am J Ophthalmol Case Rep. 2021;22:101086. doi:10.1016/j.ajoc.2021.101086. PMID:33912730; PMCI D:PMC8065184.
American Academy of Ophthalmology Preferred Practice Pattern Cataract and Anterior Segment Committee. Cataract in the Adult Eye Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2022;129(1):S1-S126.
Witkin AJ, Chang DF, Jumper JM, et al. Vancomycin-associated hemorrhagic occlusive retinal vasculitis: clinical characteristics of 36 eyes. Ophthalmology. 2017;124(5):583-595. doi:10.1016/j.ophtha.2016.11.042. PMID:28110950.
Tomkins-Netzer O, Niederer R, Greenwood J, et al. Mechanisms of blood-retinal barrier disruption related to intraocular inflammation and malignancy. Prog Retin Eye Res. 2024;99:101245. doi:10.1016/j.preteyeres.2024.101245.
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