第1・2病期の眼症状
ライム病(眼合併症)
1. ライム病とは
Section titled “1. ライム病とは”ライム病(Lyme disease)は、スピロヘータの一種であるBorrelia属(主にB. burgdorferi)によって引き起こされる多臓器感染症である。マダニ(Ixodes属)の刺咬によって感染し、皮膚・眼・神経・関節・心臓などに症状をきたす人獣共通感染症である。感染症法上の四類感染症に分類される。
病原体と媒介動物
B. burgdorferiは長さ20〜30 μm・幅0.2〜0.3 μmの螺旋状微生物であり、7〜11本の鞭毛によって高い運動能力を持つ。Barbour-Stoenner-Kelly(BSK II)培地などの複雑な培地を要する。
マダニは2年間の寿命で幼ダニ→若ダニ→成ダニの3段階を経る。若ダニが人間への主要な感染源となる。動物宿主(リザーバー)は齧歯類・シカ・鳥などである。
日本における疫学と媒介種
日本ではシュルツェマダニ(Ixodes persulcatus)とヤマトマダニ(Ixodes ovatus)がライム病を媒介する。無症候性感染も多い。北海道を中心とした北日本が主な流行域であり、シュルツェマダニの地理的分布に一致する。本州でも報告例はあるが発症例の大多数は北日本からの報告である。
世界的疫学
世界的にはヨーロッパ・北米で広く流行し、欧州では年間約12万8,888例が報告されている。エストニア・リトアニア・スロベニア・スイスでは罹患率が100例/10万人/年以上と特に高い1)。近年の欧州サーベイランスデータでは過去15年で疾患負荷が著しく増大しており、新たな地域への拡大も記録されている1)。
日本ではBorrelia属を保有するシュルツェマダニ(Ixodes persulcatus)とヤマトマダニが媒介動物であり、これらのマダニの地理的分布が北海道を中心とした北日本に集中していることが主因である。本州でも報告はあるが、発症例の多くは北日本からの報告である。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”
ライム病の症状は病期によって明確に異なる。
- 第1病期:発熱・筋痛・全身倦怠感・遊走性紅斑(erythema migrans)。眼症状として結膜炎を認めることがある。
- 第2病期:顔面神経麻痺・髄膜炎・神経根炎・心臓異常(房室ブロック等)。眼症状として視力低下・霧視・飛蚊症。
- 第3病期:慢性関節炎(特に膝関節)・脳脊髄炎・脱髄などの神経症状。眼症状として角膜実質炎・上強膜炎。
病期別の全身所見
Section titled “病期別の全身所見”| 病期 | 皮膚・全身症状 | 神経・心臓所見 |
|---|---|---|
| 第1病期 | 遊走性紅斑(感染後数日〜1か月)・発熱・頭痛・リンパ節腫脹 | なし |
| 第2病期 | 播種性紅斑・関節痛・倦怠感 | 顔面神経麻痺・髄膜炎・神経根炎・房室ブロック |
| 第3病期 | 皮膚病変は消退 | 慢性関節炎・脳脊髄炎・脱髄病変の進行 |
遊走性紅斑は最初に赤い丘疹として始まり、拡大するにつれて外縁が鮮紅色・中心が退色した「的(ターゲット)状」の病変を形成する。患者の約20%は典型的なターゲット状病変を示さない。マダニ咬傷後の慢性紅斑は診断の重要な手がかりとなる。
眼症状の詳細
Section titled “眼症状の詳細”神経眼科・第3病期
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”感染経路
感染したマダニが宿主(人間)に付着し、唾液分泌物を介してスピロヘータを伝播させる。微生物は宿主細胞のプロテオグリカンに付着した後、リンパ行性または血行性に皮膚・筋骨格系・神経系・眼など多臓器へ播種される4)。マダニ付着から24〜48時間以内に除去すれば感染リスクを大幅に低下させることができる。
リスク要因
- マダニ(Ixodes属)が生息する野外への曝露(草むら・林間・山野)
- 流行地域(北海道・北日本)への滞在・渡航歴
- 夏から秋(5〜10月)の屋外活動(キャンプ・農作業・森林活動など)
- 野外作業従事者(林業・農業・牧畜業)
- 齧歯類・シカなどの野生動物との接触機会
日本の流行域と感染リスク
北海道ではシュルツェマダニの密度が高く、Borrelia保有率も相対的に高い。長野・新潟・岩手など東北・北陸地方でも感染報告がある。都市部では感染リスクは低いが、アウトドアレクリエーションの普及により流行域外での感染例も報告されている。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”遊走性紅斑は診断的価値が高く、流行地への曝露歴・マダニ刺咬歴の聴取が重要である。マダニ咬傷の既往があれば診断の手がかりとなるが、眼所見のみからの診断は難しく、血清学的検査が必須となる。全身症状(慢性紅斑・関節炎・神経症状)との組み合わせが診断の鍵となる。
血清学的検査
Section titled “血清学的検査”CDCが推奨する2段階アプローチ2):
- 酵素免疫測定法(第1段階):IgMおよびIgG抗体の検出。感染初期1か月はIgMがピークに達する。感染初期数週間は感度が低い。
- ウェスタンブロット(第2段階):酵素免疫測定法で疑陽性・陽性の場合に施行。
ウェスタンブロットの判定基準(CDC基準)2):
- IgM陽性:23・30・41 kDaの3バンドのうち2つが存在(23と41 kDaの組み合わせは偽陽性に注意)
- IgG陽性:18・23・28・30・39・41・45・58・66・93 kDaの10バンドのうち5つが存在
ELISA法はBorrelia属に対する抗体(IgM・IgG)を検出するが、感染初期の感度は低い。神経症状合併例では髄液検査も考慮する。
その他の検査
Section titled “その他の検査”- PCR法:眼内液を含む組織からゲノム・プラスミドDNAを増幅する4)。培養より高感度で、眼ライム病の確定診断に応用される。
- 培養:主に紅斑病変からの分離が容易。BSK II培地を使用。
- 梅毒との鑑別:ライム病は梅毒血清検査(FTA-ABS)で偽陽性を示すことがある。
- 治療後の抗体持続:抗菌薬治療後もIgGおよびIgM反応は何年も持続することがある。陽性IgM反応を最近の感染や再感染の証拠として単独では解釈できない。
| 疾患 | 特徴的な眼症状 | 主な鑑別点 |
|---|---|---|
| 梅毒 | 肉芽腫性ぶどう膜炎・間質性角膜炎 | FTA-ABS陽性(偽陽性に注意)・RPR |
| サルコイドーシス | 肉芽腫性前部ぶどう膜炎・雪球様硝子体混濁 | 胸部X線・アンジオテンシン変換酵素値・カルシウム |
| バベシア症 | 網膜出血・乳頭炎 | 血小板減少・溶血性貧血・血液塗抹標本 |
| Q熱 | 脈絡膜炎・視神経網膜炎 | Coxiella burnetii抗体・職業歴(家畜接触) |
| 多発性硬化症 | 視神経炎 | 頭部MRI・誘発電位・IgGインデックス |
その他の鑑別疾患:コロラドダニ熱・エーリキア症・ロッキー山紅斑熱・ダニ媒介性回帰熱・野兎病など、眼症状を伴う他のダニ媒介性疾患との鑑別が必要である。JIA関連ぶどう膜炎・HLA-B27関連前部ぶどう膜炎も除外すべき疾患である。
Borrelia burgdorferiはスピロヘータ科に属し、梅毒トレポネーマと同じスピロヘータ目の微生物である。両者の抗原が交差反応を示すため、ライム病患者では梅毒の脂質抗原法(RPR・VDRL)や蛍光トレポネーマ抗体吸収試験(FTA-ABS)で偽陽性を示すことがある。鑑別にはT. pallidumに特異的な検査を組み合わせる必要がある。
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”初期疾患・顔面神経麻痺(経口投与)3)
以下のいずれかを選択する:
- ドキシサイクリン(Doxycycline):100 mg 経口 1日2回 × 10〜21日間(第一選択)
- アモキシシリン(Amoxicillin):500 mg 経口 1日3回 × 14〜21日間(小児・妊婦への代替)
- セフロキシム(Cefuroxime):500 mg 経口 1日2回 × 14〜21日間
小児への投与量はアモキシシリン 25〜50 mg/kg/日(上限500 mg×3回)、セフロキシム 30 mg/kg/日(上限500 mg×2回)とする3)。
髄膜炎・再発性関節炎・中枢神経系または末梢神経系疾患(静脈内投与)3)
- セフトリアキソン(Ceftriaxone):2 g/日 静脈内投与 1日1回 × 14〜28日間
神経症状(神経ライム病)・高度房室ブロック・重症関節炎では静注療法を選択する。セフトリアキソンの2 g単回投与を基本とし、治療反応を評価しながら期間を決定する。
全身の抗菌薬治療が開始された後に行う。
- ステロイド点眼薬:前眼部の炎症(虹彩毛様体炎・前部ぶどう膜炎)に対して使用する。
- 散瞳薬(調節麻痺薬):虹彩後癒着の予防・疼痛・光線過敏の緩和を目的として追加する。
- 後部ぶどう膜炎・硝子体炎:全身抗菌薬治療を継続しながら経過観察する。炎症が強い場合はステロイド全身投与も検討する。
早期(第1病期)の抗菌薬治療では予後は良好であり、多くの症例で完全回復が期待できる。第2・3病期まで進行すると神経・関節に後遺症が残りやすい。眼症状は抗菌薬治療により多くは改善するが、視神経炎では視力回復が不完全な場合もある。脈絡膜新生血管膜(CNVM)を形成した眼ライム病の症例では視力予後が不良になることが報告されている5)。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”感染から臓器病変への過程
感染したマダニの唾液腺内でスピロヘータが増殖し、吸血時に宿主皮膚へ注入される。マダニ付着後12〜24時間から感染が始まり、36〜48時間以上の付着で感染リスクが著しく上昇する。
Borreliaは表面のグリコサミノグリカン(decorin結合タンパクなど)を介して宿主のプロテオグリカンに付着する4)。付着後、細菌は宿主の細胞外マトリックス成分を利用して組織に侵入する。その後、細菌はリンパ行性または血行性に全身へ播種され、特に以下の組織に親和性を持つ:
- 皮膚(遊走性紅斑:局所炎症反応)
- 関節滑膜(関節炎:免疫複合体沈着・CD4陽性T細胞浸潤)
- 末梢・中枢神経系(神経ライム病:脳実質・髄膜・神経根の炎症)
- 心臓伝導系(房室ブロック:心筋炎・伝導路障害)
- 眼組織(ぶどう膜・角膜・視神経)
眼病変の機序
眼のぶどう膜炎は直接的な菌の浸潤と宿主の免疫反応の両方が関与する5)。ぶどう膜に直接スピロヘータが浸潤する「感染直接型」と、感染に伴う免疫応答による「免疫介在型」の2つの機序が共存する。
第3病期の角膜実質炎は局所ステロイドのみで良好な反応を示すことから、感染そのものよりも**免疫応答(炎症)**が主体と考えられている。両側性顔面神経麻痺はBorreliaによる脳神経炎(cranial neuritis)の結果であり、第2病期の播種性感染に特徴的な所見である。脈絡膜新生血管膜(CNVM)を形成した眼ライム病の症例も稀に報告されている5)。
神経ライム病における眼合併症
神経ライム病(Lyme neuroborreliosis)では、Borreliaが血液脳関門を越えて中枢神経系に侵入する。これにより視神経炎・眼球運動神経麻痺・核上性眼球運動障害が生じる。髄液中の抗体検索や細胞数増多が診断の補助となる。
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”ライム病ワクチンの開発
Section titled “ライム病ワクチンの開発”ValnevaおよびPfizerによる共同開発ライム病ワクチン(VLA15)の第3相臨床試験が欧州・北米で進められている。欧州のLyme borreliosis疾患負荷研究もその基盤となっており1)、予防医学の観点から新たな段階に入りつつある。対象年齢(5歳以上)・接種スケジュール・有効期間については現在評価中である。
欧州での増加傾向と疫学動向
Section titled “欧州での増加傾向と疫学動向”欧州のサーベイランスデータによれば、過去15年でライム病の疾患負荷は流行地域で著しく増大しており、新たな地域への拡大も報告されている1)。この疫学的変化は、気候変動によるマダニ生息域の拡大および野外レクリエーション人口の増加との関連性が指摘されている。
PCR・マルチプレックス診断技術の改良
Section titled “PCR・マルチプレックス診断技術の改良”眼内液サンプルを含む多様な検体におけるBorrelia DNA検出のためのPCR法が改良され、血清学的診断が困難な症例への応用が研究されている4)。次世代シーケンシング(NGS)を用いた検体解析も診断の精度向上に期待される。
小児ライム病の眼合併症
Section titled “小児ライム病の眼合併症”小児ライム病では眼合併症の発生様式が成人と異なる可能性があり、長期的な視機能への影響を評価する研究が継続されている5)。小児では顔面神経麻痺が早期に顕在化しやすく、眼科受診の契機となる場合もある。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Marques AR, Strle F, Wormser GP.. Comparison of Lyme Disease in the United States and Europe. Emerg Infect Dis. 2021;27(8):2017-2024. doi:10.3201/eid2708.204763. PMID:34286689; PMCID:PMC8314816.
- Mead P, Petersen J, Hinckley A. Updated CDC Recommendation for Serologic Diagnosis of Lyme Disease. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2019;68(32):703. doi:10.15585/mmwr.mm6832a4. PMID:31415492; PMCID:PMC6818702.
- Lantos PM, Rumbaugh J, Bockenstedt LK, et al. Clinical Practice Guidelines by the IDSA/AAN/ACR: 2020 Guidelines for the Prevention, Diagnosis, and Treatment of Lyme Disease. Clin Infect Dis. 2021;72(1):e1-e48.
- Radolf JD, Caimano MJ, Stevenson B, Hu LT.. Of ticks, mice and men: understanding the dual-host lifestyle of Lyme disease spirochaetes. Nat Rev Microbiol. 2012;10(2):87-99. doi:10.1038/nrmicro2714. PMID:22230951; PMCID:PMC3313462.
- Krause PJ, Bockenstedt LK. Cardiology patient pages. Lyme Disease and the Heart. Circulation. 2013;127(7):e451-e454. doi:10.1161/circulationaha.112.101485.