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ぶどう膜炎

猫ひっかき病(Cat Scratch Disease)による眼合併症

1. 猫ひっかき病(眼合併症)とは

Section titled “1. 猫ひっかき病(眼合併症)とは”

猫ひっかき病(Cat Scratch Disease; CSD)は、グラム陰性菌Bartonella henselae(B. henselae)の感染によって引き起こされる人獣共通感染症である。1950年にDebréによって初めて記載され3)、Parinaud眼腺症候群の最も多い原因疾患として知られる。

主な感染経路は感染猫による引っかき・咬傷である。ネコノミ(Ctenocephalides felis)がネコとネコの間でB. henselaeを媒介し、ノミの糞が爪に付着した猫が人を引っかくことで感染する2)。ネコにひっかかれたり咬まれたりした1〜2週間後に感染部位に皮膚病変(赤色丘疹)が生じ、さらに1〜2週間後に所属リンパ節の腫脹・圧痛が現れる。

米国での15歳未満の発症率は約4.7人/10万人/年1)。小児・若年成人に多く、秋〜冬季に多発する3)。症例の90%以上は自然軽快するが、5〜15%で眼合併症が生じる4)

猫ひっかき病の主な眼合併症

神経網膜:最多。視神経乳頭浮腫+黄斑スター(macular star)

Parinaud眼腺症候群:急性濾胞性結膜炎+同側耳前・顎下リンパ節腫脹

網膜静脈周囲炎:分節状静脈鞘形成・網膜分枝静脈閉塞

多巣性網脈絡膜:後部ぶどう膜炎の一型

虹彩毛様体:前眼部炎症

感染の特徴

病原体:Bartonella henselae(グラム陰性通性細胞内寄生菌)

ベクター:ネコノミ(Ctenocephalides felis)

感染源:感染猫の引っかき・咬傷。生後1年以内の仔猫は特に菌血症リスクが高い2)

好発年齢:小児〜若年成人

季節性:秋〜冬に多い3)

Q 猫を飼っているだけで感染しますか?
A

通常は猫に引っかかれたり咬まれたりする直接的な接触が必要。ただし、近年の研究ではB. henselaeが各種生物学的・非生物学的液体中に安定して存在できることも報告されており、間接的接触による感染の可能性も示唆されている3)。感染猫自体は無症状のことが多く、問診では仔猫との接触歴を必ず確認することが重要。

猫ひっかき病による神経網膜炎の眼底写真とOCT・蛍光眼底造影。視神経乳頭腫脹と黄斑スターがみられる。
Rajan RS, et al. Clinical and imaging characteristics of neuroretinitis secondary to cat scratch disease from tertiary centers in Malaysia: a retrospective study. J Ophthalmic Inflamm Infect. 2025. Figure 1. PMCID: PMC12748332. License: CC BY.
眼底写真で視神経乳頭の強い腫脹と黄斑部の放射状硬性白斑がみられ、猫ひっかき病に伴う神経網膜炎を示す。OCTでは乳頭周囲から黄斑に及ぶ液体貯留が、蛍光眼底造影では乳頭病変からの漏出が確認できる。

ネコにひっかかれた後1〜2週間で感染部位に皮膚病変(赤色丘疹)が生じる。さらに1〜2週間後に所属リンパ節の腫脹・圧痛が出現する。発熱、全身倦怠感を伴うことがある。

眼合併症の自覚症状は関与する部位によって異なる。

神経網膜炎では

  • 片眼性の視力低下・霧視(中心性視野障害)
  • 頭痛・発熱(前駆症状として出現することがある1)
  • 眼痛は通常ない(painless vision loss)1)

21歳女性の症例では、左眼の無痛性霧視が主訴で、Amslerグリッドで中心視野障害が確認された1)

Parinaud眼腺症候群では

  • 眼瞼の肉芽腫性病変
  • 結膜の急性濾胞性炎症(膿瘍・潰瘍を伴うこともある)
  • 同側耳前・耳下・頸部・顎下リンパ節の腫脹・疼痛
  • 全身性の発熱・倦怠感

神経網膜炎の古典的三徴1)

  1. 片眼性の視力低下
  2. 視神経乳頭浮腫(focal optic disc inflammation)
  3. 黄斑スター(macular star)— 発症後10〜14日で形成

黄斑スター(星芒状黄斑部白斑)の特徴

視神経乳頭炎(papillitis)→ 傍乳頭網膜への液体拡散 → 黄斑部に脂質・フィブリン滲出物が放射状に沈着することで星型パターンを形成する。ヘンレ繊維の走行に沿って滲出物が配列する結果、眼底検査で特徴的な星芒状所見が確認される。受傷後10〜14日で眼底検査で確認される。

蛍光眼底造影FA)所見

蛍光眼底造影では視神経乳頭部からの蛍光漏出が神経網膜炎に特徴的な所見として認められる。傍乳頭網膜への液体拡散と黄斑部への滲出物蓄積がこの漏出を起点とする。網膜静脈周囲炎例では静脈壁からの蛍光漏出が確認される4)

網膜静脈周囲炎(periphlebitis)の所見

  • 分節状の網膜静脈鞘形成(segmental sheathing)
  • 傍静脈網膜
  • 蛍光眼底造影での静脈壁からの蛍光漏出4)

再発を繰り返す症例では、最終的に傍静脈性の網脈絡膜萎縮が残存することがある4)

脳炎(中枢神経合併症)

  • 全猫ひっかき病症例の約2%に神経学的関与が生じる5)
  • 痙攣・意識障害・頭痛が主症状
  • 診断:IgG抗体価≥1:64かつ4倍以上の変動5)
  • 後遺症(認知機能障害、痙性対麻痺)が残る例あり5)

猫ひっかき病の眼合併症は以下の要因が関与する。

リスク要因内容
猫との接触歴生後1年以内の仔猫は特に菌血症リスクが高い2)
ノミの寄生猫のノミ寄生が猫ひっかき病発症の独立したリスク因子2)
免疫状態免疫不全者では重症化・播種性バルトネラ症(bacillary angiomatosis)のリスク増加3)
季節秋〜冬(仔猫の繁殖期とノミの活動期が重なる)3)
年齢小児・若年成人に多いが、高齢者では心内膜炎リスクが高い8)

B. henselaeはネコ間でのネコノミ(C. felis)糞便を介して伝播する。感染猫は多くの場合無症状の菌血症状態にあり、爪や咬傷を通して人へ感染させる。感染猫の引っかき傷、咬傷、あるいはノミ刺咬が主な感染機序である2)

Q 猫自身はどうすればよいですか?
A

感染猫自体は多くの場合無症状。しかし、猫を治療することでB. henselaeの菌血症を減らし、人への感染リスクを低減できる。ノミ駆除が最も重要な介入で、猫へのドキシサイクリン+フルオロキノロン系抗菌薬投与(4〜6週間)が推奨される2)。医師・獣医師・飼い主が連携するOne Healthアプローチが理想的2)

診断は「猫との接触歴(特に仔猫との接触歴)」+「臨床症状」+「血清学的検査」の組み合わせが基本となる。受傷後10日ほどしてからの創部発赤腫脹の既往が診断の鍵となる。

血清学的検査

  • Bartonella henselae IgM・IgG(間接蛍光抗体法/ELISA)の測定
  • IgG抗体価≥1:64が診断的意義あり5)
  • 急性期と回復期で4倍以上の変動が確定診断に有用5)
  • 症例報告ではIgG 1:512、IgM 1:32が記録されている1)
  • 血沈(赤沈)・CRP・梅毒反応も鑑別のために測定する

Warthin-Starry染色(組織診断)

  • 結膜擦過物やリンパ節生検組織での銀染色
  • 小型桿菌が褐色〜黒色に染色される
  • 感度は高くないが、特異性が高い診断法7)
  • シュタイナー染色・ディーテルレ染色でも可視化可能3)

眼底検査

  • 視神経乳頭浮腫・黄斑スターの確認
  • 眼底写真で星芒状滲出斑(stellate exudate pattern)1)
  • 神経網膜炎の三徴を直接確認できる基本検査

光干渉断層計OCT

  • 黄斑浮腫網膜下液黄斑スター出現前に検出可能1)
  • 視神経乳頭周囲の浮腫を定量的に評価
  • 経過観察での浮腫消退のモニタリングにも有用

蛍光眼底造影FA

  • 視神経乳頭部からの蛍光漏出(神経網膜炎の特徴的所見)
  • 網膜静脈周囲炎例では静脈壁からの蛍光漏出を確認4)

点眼超音波検査(POCUS)

  • 視神経鞘径(ONSD)≥7mmは視神経浮腫を示唆1)
  • 救急外来での早期診断に有用1)

PCR検査

  • 新鮮組織や膿瘍からB. henselaeのDNAを高感度・高特異度で検出3)
  • 次世代シークエンシング(NGS)は病原体の種同定と定量に優れる3)
  • 通常の血液培養では検出困難(培養に最大21日を要し、偽陰性率が高い3)

鑑別診断

疾患鑑別ポイント
特発性頭蓋内圧亢進症両眼性乳頭浮腫、BMI高値、女性
高血圧性網膜両眼性病変、血圧高値
サルコイドーシスACE高値、胸部X線異常
梅毒RPR・FTA-ABS陽性
トキソプラズマ症特徴的な網脈絡膜炎病変
視神経炎対光反射障害、眼球運動時痛
ライム病・ロッキー山紅斑熱地域・接触歴、特異的抗体
虚血性視神経症高齢者、血管リスク因子

神経網膜炎の鑑別では、特発性のLeber星芒状視神経網膜症(自然寛解型)や梅毒が重要な鑑別疾患となる。猫ひっかき病関連は片眼性が特徴1)。猫との接触歴・リンパ節腫脹の有無が鑑別の重要なポイントであり、問診で仔猫との接触歴を必ず確認する9)

一般的に予後は良好で、全身・眼病変ともに1〜2か月で自然治癒することが多い。軽症例は数週間の経過観察が基本方針である。遷延化する場合に抗菌薬を投与する10)

アジスロマイシン(マクロライド系 第一選択)

  • 500 mg(初日)→ 250 mg(第2〜5日)の5日間レジメン
  • 眼病変への移行性が良好で、細胞内寄生菌への有効性が特徴
  • 小児・妊婦でも使用可能

成人の標準治療(神経網膜炎)

Section titled “成人の標準治療(神経網膜炎)”

ドキシサイクリン+リファンピシン併用

21歳女性症例では同レジメンにて3か月後に矯正視力20/20へ回復1)

単剤治療後に再発した症例への対応

Section titled “単剤治療後に再発した症例への対応”

32歳男性のB. henselae関連両側性分節状網膜静脈周囲炎の症例では、ドキシサイクリン単剤(100mg×2回/日)を2回行ったが再発。最終的にドキシサイクリン+リファンピシン併用(各100mg×2回/日、300mg×2回/日)を3か月継続し、以後8年間再発なし4)

  • ミノサイクリン(テトラサイクリン系)が使用される5)
  • 複合治療(抗菌薬+ステロイドパルス療法5)
  • アジスロマイシン+リファンピシンの経口または静脈内投与3)

遷延化・重症例へのステロイド

Section titled “遷延化・重症例へのステロイド”
  • プレドニゾロン 30〜60 mg/日から漸減(遷延化した慢性炎症に対して)
  • ステロイド投与時は必ず抗菌薬と併用する

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

B. henselaeは通性細胞内寄生性の細菌で、血管内皮細胞・内皮前駆細胞・上皮細胞・赤血球・単球/マクロファージなど多様な細胞型に感染する能力を持つ4)。この血管内皮親和性(endotheliotropic)が、多彩な眼症状の根本原因となる4)

感染の段階4)

  1. 皮膚への接種後、一次ニッチ(primary niche)での非菌血症期(局所肉芽腫形成→リンパ節腫脹)
  2. 血流への播種、赤血球への感染(ベクター伝播を可能にする)
  3. 組織への感染:血行性に眼(網膜視神経)へ到達し、多彩な眼症状を引き起こす

Parinaud眼腺症候群の機序結膜からBartonellaが直接侵入し、所属リンパ節(耳前・耳下・頸部・顎下)に肉芽腫性炎症を起こす。結膜擦過検体中のB. henselaeはWarthin-Starry silver染色で確認できる。

神経網膜炎の機序視神経乳頭炎(papillitis)→ 傍乳頭網膜への液体拡散 → 黄斑部スター形成(脂質・フィブリン滲出物)。蛍光眼底造影では乳頭部からの漏出として確認される6)。この過程には免疫介在性炎症が関与すると考えられる。滲出物がヘンレ繊維走行に沿って配列することで星芒状パターンが形成される。

脳炎の機序: 猫ひっかき病関連脳炎は直接的な脳内感染と傍感染性自己炎症(para-infectious autoinflammation)の2つの機序が想定される5)。傍感染性機序では、CSF中の高濃度IL-6とIgG産生が確認されている5)

予後視神経炎・神経網膜炎では視力低下が遷延することがあるが、多くは回復する。星形黄斑症は視力回復が良好で、硬性白斑は数か月で消退する。一方、自然寛解傾向であっても黄斑部病変の後遺症による恒久的視機能障害を呈することもあり、程度はさまざまである。

7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

COVID-19と猫ひっかき病の関連: COVID-19感染後に潜伏していたB. henselae感染が再活性化した症例が報告されている。54歳男性でCOVID感染を契機に腫瘤の急速増大と胸水出現をきたし、NGSでB. henselaeを同定。ドキシサイクリン+アジスロマイシンへ変更後に改善した3)

次世代シークエンシング(NGS)の診断応用: 従来の血清学的検査やPCR法の限界(交差反応、感染と既往の区別困難)を克服する技術として注目。NGSは病原体の種同定と定量データを提供し、感染の重症度モニタリングに有用3)

One Healthアプローチ: 猫ひっかき病根絶には、医師・獣医師・飼い主・公衆衛生担当者が連携するOne Healthアプローチが提唱されている。猫のノミ駆除と治療が、人へのB. henselae感染リスクを直接低減できる2)

眼超音波検査の活用: 救急外来での点眼超音波検査(POCUS)による視神経鞘径測定は、眼底検査が困難な状況でも視神経浮腫を早期に検出する補助ツールとして有望。神経網膜炎の早期診断・早期治療開始につながりうる1)

再発性眼バルトネラ症の長期管理: 単剤抗菌薬に抵抗性・再発性の眼バルトネラ症では、ドキシサイクリン+リファンピシン長期併用(3か月以上)が有効であることが症例報告で示されている。8年間の追跡で再発なしという良好な長期成績も報告されている4)

Bartonellaの眼病スペクトラムの広がり: Bartonella感染症が眼疾患として呈現する範囲は、神経網膜炎とParinaud症候群にとどまらず、網脈絡膜炎・眼窩蜂窩織炎視神経炎眼内炎様病態まで広がることが報告されている8)。特に免疫不全者では多臓器感染(bacillary angiomatosis)への移行も懸念される。

Q 視力は回復しますか?
A

免疫正常者の神経網膜炎は予後良好。適切な抗菌薬治療を行えば、多くの症例で視力回復が期待できる9)。21歳女性の症例では初診から3か月後に矯正視力20/20へ完全回復した1)。一方、再発性の網膜静脈周囲炎では長期的に傍静脈性の網脈絡膜萎縮が残存することがある4)。脳炎合併例では神経学的後遺症が残る場合もある5)。自然寛解傾向ではあるが黄斑部の後遺症が残ることもあり、程度はさまざまである。

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