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網膜・硝子体

眼虚血症候群

眼虚血症候群(Ocular Ischemic Syndrome; OIS)は、慢性的な眼血流の低下によって生じる眼病変の総称である1)。多くは動脈硬化による頸動脈の狭窄が原因となる。大動脈炎症候群(高安動脈炎)や巨細胞性動脈炎のような炎症性疾患も狭窄の原因となりうる。

内頸動脈(ICA)あるいは総頸動脈(CCA)の高度な狭窄による眼動脈の灌流圧低下が、狭窄血管と同側の眼障害を引き起こす。内頸動脈閉塞や狭窄に伴い眼動脈血流・血圧が低下し、眼症状や神経症状が現れる病態は「内頸動脈症候群」とも呼ばれる5)。OISは脳梗塞をきたす危険性があるため、他科との連携が重要である。

病変は発症様式により以下の二つに分類される。

  • 好発年齢:平均年齢は約65歳。50歳未満の発症はまれである。
  • 性差:男女比2:1で男性に多い。男性における動脈硬化・頸動脈疾患の高い発生率に起因する。
  • 両眼性:最大22%の症例で両眼に発症する2)
  • 発生率:年間100万人あたり7.5例程度と推定される9)。ただし網膜静脈閉塞症糖尿病網膜症との誤診があり、過小評価の可能性がある。
  • 糖尿病との関連:内頸動脈閉塞症患者に糖尿病の合併が多い。

症状のある頸動脈閉塞患者では、通常は無症状の網膜血管変化が約29%にみられ、その一部が症候性OISへ進行すると報告されている9)

Q OISは必ず片眼性か?
A

約20%は両眼に発症する2)。狭窄が両側頸動脈に及ぶ場合に生じやすい。重症度は狭窄の程度、側副血行路の発達、全身性血管疾患の有無によって異なる。

眼虚血症候群の乳頭新生血管
Metry Y, et al. Optic Disc Neovascularization as the Only Sign of Ocular Ischemic Syndrome: A Case Report. Cureus. 2022. Figure 1. PMCID: PMC9636562. License: CC BY.
左眼の視神経乳頭新生血管を矢印で示す。本文「2. 主な症状と臨床所見」の項で扱う乳頭新生血管に対応する。

OISは全身性疾患の眼症状であり、眼症状よりも全身症状を主訴に受診する場合がある。主な自覚症状は以下の通りである。

  • 視力低下:徐々に進行することが多いが、急激に発症することもある。初診時に視力20/400(0.05)以下の症例が65%に達するとの報告がある4)
  • 一過性黒内障:患者の約10%に認められる9)。暗い影が視野全体に広がり、数秒〜数分間持続する。網膜中央動脈やその分枝の一過性塞栓が主な原因である。
  • 眼痛:約40%に認められる9)。鈍く持続的な痛みで、眼窩上部・顔面上部・側頭部に生じる。直立位で悪化し、臥位で軽減する特徴がある。「眼性アンギナ」とも呼ばれる。
  • その他羞明飛蚊症変視症光視症複視が報告されている。

OISの眼科的徴候は前眼部・後眼部・眼窩に分けられる。

前眼部所見

虹彩ルベオーシス:67%に出現する最も特徴的な前眼部所見7)新生血管緑内障の原因となる。

眼圧変動虹彩ルベオーシスの半数で眼圧が上昇する。残りの半数は毛様体房水産生低下により眼圧上昇を生じない。

前房内炎症:フレア・セル増加を認める。虹彩毛様体炎に類似する。

瞳孔異常:半散大固定または対光反射の鈍麻。相対的瞳孔求心路障害RAPD)を呈する。

後眼部所見

網膜動脈の狭細化眼底検査で最も早期に認められる後眼部所見の一つ。

網膜静脈の拡張:静脈の拡張はあるが蛇行は軽度で、CRVOとの鑑別点となる。

網膜出血・毛細血管瘤:中間周辺部に点状・斑状出血および毛細血管瘤を認める。

その他:綿花状白斑、桜実紅斑(cherry-red spot)、視神経乳頭新生血管網膜動脈の自然拍動、コレステロール塞栓。

Q 虹彩ルベオーシスがあるのに眼圧が上がらないことがあるのはなぜか?
A

OISでは慢性的な虚血により毛様体房水産生機能が低下する。そのため虹彩ルベオーシスによる房水流出路の閉塞があっても、房水産生の低下により眼圧が正常〜低値にとどまる場合がある。詳細は「病態生理学」の項を参照。

OISの最大の原因は動脈硬化による頸動脈の狭窄・閉塞である。以下のリスク因子が関与する。

  • 動脈硬化:最も一般的な原因。大中動脈の内膜に脂質沈着・線維性肥厚・粥腫・血栓を形成する。
  • 糖尿病:内頸動脈閉塞症患者に糖尿病の合併が多い。
  • 高血圧:動脈硬化を促進する主要な全身性リスク因子である。
  • 高脂血症・喫煙・高齢:いずれも頸動脈疾患のリスクを高める。
  • 炎症性疾患:大動脈炎症候群(高安動脈炎)や巨細胞性動脈炎が頸動脈狭窄の原因となる。高安動脈炎は大動脈弓分枝の炎症性狭窄を原因とし、比較的若年者(40歳未満の女性)に多い点で通常の動脈硬化性OISと異なる。巨細胞性動脈炎は50歳以上の高齢者に多く、顎跛行・頭痛・側頭動脈の圧痛を伴うことがある。

側副血行路が健全であれば、ICAが完全に閉塞していてもOISを発症しない場合がある。一方、側副血行路が不十分であれば50%程度のICA狭窄でもOISが発症しうる8,9)

OISの診断は眼所見と全身所見を組み合わせて行う。糖尿病網膜症CRVOとの鑑別が特に重要である。

蛍光眼底造影はOISの診断に最も有用な検査である。

  • 脈絡膜充盈遅延:最も特異的な造影所見。OIS眼の60%に認められる9)。通常は造影剤出現から5秒以内に完了する脈絡膜充盈が著明に遅延する。「腕動脈循環時間の遅延」としても反映され、造影剤が腕から眼底に到達するまでの時間が延長する。
  • 網膜動静脈通過時間の延長:最も感度の高い造影所見。最大95%の眼に認められ9)、1分以上の遅延を示す症例もある。
  • 網膜血管の染色:85%に認められる9)。内血液網膜関門の破綻による血管内皮細胞の障害に起因する。動脈の染色がOISでは特に顕著で、CRVOとの鑑別に有用である。
  • その他視神経乳頭の過蛍光、黄斑浮腫(約15%9))、網膜毛細血管無灌流、微小血管瘤。

インドシアニングリーン血管造影(ICG)

Section titled “インドシアニングリーン血管造影(ICG)”

脈絡膜血管の異常をより詳細に評価できる。OISでは腕-脈絡膜循環時間および脈絡膜内循環時間の延長が認められる。脈絡膜毛細血管板の閉塞により充填欠損領域が出現する。

  • 網膜電図ERG)/VEP:OISでは虚血の程度に応じて電気生理学的異常を示しうるが、診断の中心は蛍光眼底造影と頸動脈画像評価である9)
  • VEP:補助的検査として用いられることがあり、血行再建後の改善を示す報告がある14)

頸動脈狭窄の評価には以下の検査を用いる。

検査法特徴感度・特異度
頸動脈デュプレックス超音波第一選択。非侵襲的閉塞検出:感度96%、特異度100%11)
MRA二次的精密検査70〜99%狭窄:感度95%、特異度90%
CTA脳血管障害の同時評価可能プラーク特徴付けに優れる

頸動脈デュプレックス超音波での最高収縮期血流速度(PSV)とICA狭窄率の関係は、施設基準や測定条件で差があるが、代表的な目安は以下の通りである11,12)

  • PSV 125〜225 cm/sec → 50〜70% ICA狭窄
  • PSV 225〜350 cm/sec → 70〜90% ICA狭窄
  • PSV > 350 cm/sec → 90%超のICA狭窄

カラードップラー画像では眼動脈の血流逆転パターンが同側の高度ICA狭窄・閉塞の特異的指標となる。

OISは以下の疾患と誤診されやすい。

鑑別疾患OISとの相違点
糖尿病網膜症綿花状白斑・硬性白斑など出血以外の所見を多く伴う。FAで動脈染色なし、静脈漏出が主体
網膜中心静脈閉塞症静脈蛇行が顕著。FAで静脈からの漏出が強い。視神経乳頭上の側副血行路(ループ状血管)を認めることがある

糖尿病網膜症の程度が軽いにもかかわらず虹彩隅角新生血管がある場合は、OISを疑い蛍光眼底造影と頸部エコーを実施すべきである。OISと糖尿病網膜症は合併しうる点にも注意が必要である。

CRVOとの鑑別では、FA上でCRVO網膜静脈からの漏出が強い一方、OISでは静脈よりも動脈の組織染が目立つのが特徴である。CRVOでは視神経乳頭上の側副血行路(ループ状血管)が存在することがあるが、OISでは見られない。

Q OISと糖尿病網膜症はどう見分けるか?
A

OISではFA上、脈絡膜充盈の遅延・網膜動脈の組織染が目立ち、増殖性変化が軽い。一方、糖尿病網膜症では静脈からの漏出が主体で脈絡膜充盈は正常である。OISと糖尿病網膜症は合併する場合もあるため、眼底所見が軽い割に新生血管があれば両疾患の併存を考慮する。

OISの治療は、頸動脈狭窄に対する外科的治療と眼局所の治療に大別される6)

外科的治療(頸動脈血行再建)

Section titled “外科的治療(頸動脈血行再建)”

頸動脈狭窄に対する外科的治療が眼血流を回復するための根本的治療である。症状を伴う高度ICA狭窄では、脳卒中予防と眼血流改善の観点から頸動脈内膜剥離術(endarterectomy; CEA)やステント治療の適応を脳神経外科・血管外科と検討する。血行再建後には眼血行動態や電気生理学的所見の改善が報告されている13,14)

手術リスクの高い患者に対しては、浅側頭動脈-中大脳動脈吻合術(STA-MCA bypass)が観血的治療の選択肢として検討される場合がある。CEAや頸動脈ステント留置術が困難な症例における脳血流改善を目的とした迂回路造設術であり、脳神経外科と連携して適応を判断する。

段階的な治療判断の流れを示す。

  1. 頸動脈狭窄の評価:頸部エコー・MRA・CTAにより狭窄の程度とプラークの性状を評価する
  2. 内科・脳神経外科との連携:CEAまたは頸動脈ステント留置術の適応を判断する。抗凝固療法・血管拡張療法などの内科的治療も並行して検討する
  3. 虹彩ルベオーシス合併例:汎網膜光凝固PRP)を実施し、虚血網膜からのVEGF産生を抑制する
  4. 新生血管緑内障合併例眼圧下降薬を開始し、眼圧がコントロールできない場合は残存視機能に応じて濾過手術または毛様体光凝固を検討する
  5. 補助的治療:VEGF阻害抗体の硝子体内投与は症例報告レベルで新生血管を一時的に退縮させた報告がある(保険適用外)15)
  • 網膜光凝固PRP虹彩ルベオーシス新生血管緑内障に対して実施する。虚血網膜からのVEGF産生を抑制し新生血管を退縮させる。
  • 抗VEGF薬硝子体内注射:VEGF阻害抗体の硝子体内投与は症例報告レベルで新生血管を一時的に退縮させた報告がある(保険適用外)15)PRPの補助として硝子体出血がある場合の視認性改善にも有用である。根本的な眼血流改善なしに安定した退縮は期待しにくい。
  • 緑内障手術PRP眼圧が低下しない場合、残存視機能に応じて濾過手術毛様体光凝固を検討する。
  • 抗血小板療法:脳梗塞予防のために内科と連携して開始する。
  • 抗凝固療法・血管拡張療法:補助的な内科的治療として用いられる。星状神経節ブロックも血流改善を目的に検討されることがある。
  • 全身性血管リスク因子の管理:高血圧・糖尿病・高脂血症のコントロール、禁煙指導を行う。
  • 心原性塞栓の検索:心エコー・心電図検査による心房細動などの評価が必要である。
Q 抗VEGF薬はOISの根本的な治療になるか?
A

抗VEGF薬硝子体内注射はOISに伴う新生血管を一時的に退縮させる効果があるが、保険適用外であり根本的な治療ではない。汎網膜光凝固の補助や硝子体出血時の視認性改善に用いられる。OISの根本的な治療は頸動脈の血行再建(CEA等)であり、眼血流の改善なしに新生血管が安定して退縮することは期待しにくい。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

OISの発症にはICA系とECA系の間、あるいは左右ICA間の側副血行路の不全が関与する。側副血行路の発達は個人差が大きく、疾患の発症と重症度を規定する最も重要な因子の一つである。

OIS眼では球後血管の血流が減少し、眼動脈の血流逆転が生じる10)。眼動脈が「盗血動脈(steal artery)」として機能し、低灌流状態が持続する。眼動脈の拡張期血圧は低下し、頸動脈手術後に改善・正常化する。

内頸動脈あるいは総頸動脈の高度な狭窄 → 眼動脈灌流圧の低下 → 同側の網膜虹彩脈絡膜の慢性虚血、という一連の血行動態変化がOISの基盤となる。

  • 脈絡膜虚血脈絡膜毛細血管板の閉塞が生じ、網膜外層(視細胞)への酸素・栄養供給が低下する。ERGのa波振幅低下として反映される。
  • 網膜内層虚血網膜中央動脈の灌流圧低下により網膜内層が虚血に陥る。ERGのb波振幅低下として検出される。
  • 新生血管形成:慢性虚血によるVEGF産生亢進が、虹彩ルベオーシス視神経乳頭新生血管網膜新生血管の原因となる。慢性虚血 → VEGF過剰産生 → 虹彩ルベオーシス前房角閉塞 → 新生血管緑内障という一連のカスケードがOISの視力予後を決定する。
  • 血液網膜関門の破綻:慢性虚血により内血液網膜関門が障害され、網膜血管の染色やフレアの増加として観察される。

慢性的な毛様体虚血は毛様体上皮の房水産生機能を低下させる。そのため、虹彩ルベオーシスによる房水流出路閉塞が生じても、房水産生量の減少が相殺し、眼圧が正常〜低値にとどまる場合がある。虹彩ルベオーシス合併前のOIS眼では眼圧が正常ないし低下傾向を示すことが多い。

この機序により、虹彩ルベオーシスが存在するにもかかわらず眼圧が上昇しないという、OISに特徴的な臨床像が生じる。さらに、CEAによる血行再建後に毛様体機能が回復すると、房水産生が増加して眼圧が上昇することがある。

内頸動脈の粥状硬化(アテローム硬化)では、血管内膜に脂質沈着・線維性肥厚・粥腫が形成される。これにより血管内腔が狭小化し、下流の灌流圧が低下する。狭窄部から遊離した塞栓子が網膜動脈分枝を閉塞させることもある(一過性黒内障の原因)。


OISの視力予後は、虹彩ルベオーシスの有無に大きく左右される。

  • 虹彩ルベオーシス発症例視力転帰は不良となりやすく、新生血管緑内障への進展が視機能低下の主要因となる3,9,16)
  • 虹彩ルベオーシス未発症例:比較的良好な視力予後が期待される。
  • 生命予後:OISは脳梗塞をきたす危険性があるため、アテローム硬化リスク因子(高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙)の長期管理が生命予後に直結する。

視力予後を左右する要因は以下の通りである。

  • 虹彩ルベオーシスの有無:最も重要な予後因子。虹彩ルベオーシスが発症すると新生血管緑内障に進展し、視機能が急速に悪化する。
  • 頸動脈血行再建の成否:CEAによる血行再建が成功すると、眼血流が改善し視力低下の進行が止まることがある。ただし、すでに進行した虚血性変化は不可逆的である。
  • 初診時の視力:初診時視力が良好(20/400以上)な患者は予後が比較的良好な傾向がある。
  • 全身疾患の管理状態:動脈硬化・糖尿病・高血圧のコントロールが不十分な場合は眼症状も悪化しやすい。

OIS患者は眼科だけでなく、以下の診療科との連携が必要である。

  • 脳神経外科・血管外科:頸動脈狭窄の外科的治療(CEA・ステント留置術)の適応評価と実施。
  • 循環器内科・神経内科:脳梗塞・心血管イベントの予防管理。抗血小板薬・抗凝固薬の管理。
  • 内科・糖尿病内科:血管リスク因子(高血圧・糖尿病・脂質異常症)のコントロール。
  • 眼科:定期的な眼底検査眼圧測定蛍光眼底造影による経過観察。虹彩ルベオーシスの早期発見と治療。

8. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “8. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

OCT angiography(OCTA)は造影剤を用いずに網膜脈絡膜の血管構造を可視化できる技術であり、OISの網膜毛細血管無灌流領域の評価への応用が期待されている。蛍光眼底造影の補完的検査として位置づけられつつあるが、現時点ではOISにおけるOCTAの有用性に関する大規模研究は限られている。

頸動脈内膜剥離術に代わる低侵襲的な血行再建法として頸動脈ステント留置術の検討が進んでいる。手術リスクの高い患者に対する選択肢として注目されるが、OISに特化した長期的な視機能予後に関するエビデンスは十分に蓄積されていない。


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