初期
網膜細動脈の狭細化:腎性高血圧の初期から認められる所見。
口径不同:細動脈の局所的な狭窄により、血管径が不均一になる。
腎性網膜症(renal retinopathy)は、腎疾患に伴う高血圧を基盤として生じる網膜症の総称である。Duke-Elder らは1967年に、悪性高血圧と慢性糸球体腎炎に伴う網膜症を広義の腎性網膜症と定義した。狭義には慢性糸球体腎炎によるもののみを腎性網膜症と称する。一方、沖坂らは腎性高血圧患者にみられる網膜症を腎性網膜症とする立場を示している。慢性腎不全(CKD)患者を対象とした大規模コホート研究(CRIC Study)では、網膜症の重症度が推定糸球体濾過量(eGFR)の低下と独立に関連することが示されており、網膜血管病変が腎機能低下のマーカーとなりうることが報告されている1。
腎性網膜症の本態は高血圧網膜症である。ただし、通常の本態性高血圧による網膜症とは一線を画す。腎疾患の進行に伴い、血中尿素窒素(BUN)などの蓄積や広範な代謝障害が加わることで、多発する綿花様白斑・星芒状白斑・漿液性網膜剥離といった特徴的な眼底所見が出現する点が異なる。
腎性高血圧をきたす代表的な原因疾患は、悪性高血圧と慢性糸球体腎炎である。慢性腎臓病患者や透析患者においては、さまざまな眼底合併症が認められることが知られている。腎疾患の治療経過のなかで眼科的評価が求められる場面は少なくない。内科からの紹介により眼底変化が判明するケースが多いが、視機能低下を契機に腎障害が発覚することもある。
腎性網膜症は、視力障害を訴えない症例も多い疾患である。眼底に変化が生じていても自覚症状が乏しい段階が存在するため、内科からの眼底検査依頼で偶然発見されることも少なくない。
黄斑浮腫をきたすと視力低下を自覚することが多い。漿液性網膜剥離が黄斑部に及んだ場合には視力が著しく低下する。視野欠損や歪視(ゆがみ)を訴える例もある。
眼底変化は腎性高血圧の進行に伴い段階的に現れる。初期から重症期にかけての変化を以下に示す。
初期
網膜細動脈の狭細化:腎性高血圧の初期から認められる所見。
口径不同:細動脈の局所的な狭窄により、血管径が不均一になる。
進行期
後極部の出血:点状・火炎状の出血が後極部に散在する。
硬性白斑:リポ蛋白の滲出による黄白色の沈着物。
多発する綿花様白斑:神経線維層の梗塞による白色綿状病変。フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)では網膜無灌流領域として観察される。腎性網膜症に特徴的な多発性の分布を示す。
星芒状白斑(macular star):黄斑部を中心に星状配列する硬性白斑。黄斑浮腫を伴う。
視神経乳頭浮腫・網膜浮腫:高度高血圧・腎不全時に出現する。
網膜細動脈の拡張・蛇行:血管壁の変化による形態異常。
重症期(腎不全末期)
腎性網膜症を特徴付ける眼底所見のうち、綿花様白斑は腎性高血圧による網膜細小動脈の閉塞に起因する神経線維層の梗塞を反映する。単発ではなく「多発」することが本疾患の特徴であり、FAで網膜無灌流領域として確認される。
星芒状白斑は黄斑部のHenle線維層に沿って硬性白斑が星状配列したものであり、網膜浮腫の存在を示す重要な所見である。漿液性網膜剥離は脈絡膜循環障害が高度な症例で生じ、ICGAで充影欠損として描出される部位と一致する。これらは本態性高血圧による高血圧網膜症では通常みられない所見であり、腎疾患の関与を示す重要な手がかりとなる。腎移植不全に伴う重度高血圧症例では、高血圧性網脈絡膜症・視神経障害として綿花様白斑・漿液性網膜剥離・視神経乳頭浮腫が同時に出現する例が報告されている2。
視力障害を訴えない症例も多い。眼底に細動脈狭細化・出血・白斑などの変化が生じていても、自覚症状が乏しい段階が存在する。内科からの眼底検査依頼で発見される場合が多い。黄斑浮腫が生じると視力低下を自覚することが多く、漿液性網膜剥離が黄斑部に及ぶと視力が著しく低下する。
腎性網膜症の直接の原因は腎性高血圧である。腎性高血圧をきたす代表的な疾患として以下が挙げられる。
腎性網膜症が本態性高血圧による高血圧網膜症と異なるのは、腎疾患に付随する代謝異常が加わる点である。具体的には以下の因子が網膜障害を増悪させる。
血液透析が導入された患者では、透析に伴う循環動態の変化が新たな網膜血管障害の引き金となることがある。透析後に生じる急激な循環動態の変動は、血管狭窄・閉塞や網膜変性を誘発する可能性がある。実際、血液透析患者における眼科的検討では、網膜出血・黄斑部漏出・網膜剥離・視神経症など多様な眼合併症が高頻度に認められており、定期的な眼科診察の重要性が指摘されている3。
腎性網膜症は、高血圧網膜症と同様に内科からの眼底検査依頼で判明することが多い。一方、視機能低下を契機に腎障害が判明する場合もある。初診で本疾患を疑った場合は、外来で血圧測定と採血を行うことにより診断が確定する。
診断に際しては、単なる高血圧網膜症との鑑別が重要となる。腎機能指標(BUN・クレアチニン)の異常が確認されることで、腎性要因の関与が明らかになる。
腎性網膜症の診断と病態評価には以下の検査が用いられる。
| 検査 | 目的・所見 |
|---|---|
| 眼底検査(眼底鏡) | 細動脈変化(狭細化・口径不同)、出血、硬性白斑、綿花様白斑、乳頭浮腫の確認 |
| FA(フルオレセイン蛍光眼底造影) | 綿花様白斑部の網膜無灌流領域を確認 |
| ICGA(インドシアニングリーン造影) | 脈絡膜循環障害部位の充影欠損を描出 |
| OCT(光干渉断層計) | 黄斑浮腫・漿液性網膜剥離の定量的評価 |
| 血圧測定 | 高血圧の確認・重症度評価 |
| 採血(BUN・クレアチニン) | 腎機能障害の確認・重症度評価 |
眼底検査は最も基本的な検査であり、散瞳下で行うことが望ましい。FAは綿花様白斑が多発する場合に有用であり、網膜無灌流領域の範囲と分布を詳細に評価できる。ICGAは脈絡膜循環障害の程度を評価するのに欠かせない検査であり、漿液性網膜剥離の病因評価に役立つ。OCTは黄斑浮腫や網膜下液の有無を非侵襲的に評価でき、経過観察においても有用である。
腎性網膜症の鑑別では以下の疾患を念頭に置く。
なお、高血圧患者における網膜細動脈狭細化はCKD合併リスクを有意に上昇させることが疫学研究で示されており、眼底所見は腎障害のスクリーニングにも寄与しうる4。
内科からの眼底検査依頼で判明することが多い。高血圧・腎疾患の管理中に眼底検査が行われ、網膜変化が発見される。一方、視機能低下(視力低下・視野欠損など)を訴えて眼科を受診した際に、眼底所見から腎障害が疑われることもある。初診で腎性網膜症を疑った場合は、外来で血圧測定と採血(BUN・クレアチニン)を行い診断を確定する。
腎性網膜症の治療は、基本的に高血圧による変化であるため、原因となる腎疾患の精査・治療および高血圧の内科的治療を行うことが基本となる。眼科固有の侵襲的治療(硝子体手術・眼内注射など)は原則として必要とならず、全身管理による眼底所見の改善を期待する。
治療の柱は以下の3点である。
綿花様白斑・出血については、全身管理(降圧・腎保護治療)を行うことで経時的に消退が期待される。
黄斑浮腫が生じた場合も、まず全身の血圧・腎機能管理を優先する。原因疾患の治療に伴い黄斑浮腫が改善することが多い。
漿液性網膜剥離は、脈絡膜循環障害が高度な重症期にみられる所見である。血圧管理により改善することが多いとされるが、黄斑部に及んだ場合は視力予後に影響するため、慎重な経過観察が必要である。重症高血圧網脈絡膜症では両眼性に大量の漿液性網膜剥離をきたしうるが、降圧治療により短期間で網膜下液が吸収する症例が報告されている5。
透析患者では、血液透析導入後に循環動態の変化により血管狭窄・閉塞・網膜変性が生じることがある。内科との密な連携により全身状態を確認しながら、こまめな眼科的診察が必要である。
基本的には原因疾患である腎疾患の治療と血圧管理が主体であり、これにより眼底所見は改善することが多い。漿液性網膜剥離も血圧管理で改善する例が多い。眼科固有の侵襲的治療(硝子体手術・硝子体内注射など)が必要となることは原則まれである。ただし全身管理のため内科との連携が重要であり、定期的な眼底検査を継続することが求められる。
腎性網膜症の基本病態は、腎疾患(慢性糸球体腎炎等)による腎性高血圧を出発点とした網膜血管障害である。血圧上昇に伴い網膜細動脈が攣縮・肥厚し、細動脈の狭細化・口径不同が生じる。これは本態性高血圧による変化と共通する部分である。
腎性網膜症が本態性高血圧網膜症と区別される所以は、腎不全の進行に伴う複合的な代謝障害にある。血圧上昇に加えて以下の増悪因子が網膜に作用する。
慢性腎不全末期になると、前述の代謝障害がさらに高度となり、脈絡膜循環障害が生じる。この過程は以下のように進展する。
この経路は本態性高血圧ではほとんどみられない病態であり、腎性網膜症の重症例に特異的な発症機序といえる。
血液透析が導入されると、透析中の急激な体液・電解質変動が循環動態の変化をもたらす。この変化が網膜血管の狭窄・閉塞や網膜変性を誘発する可能性がある。透析患者においては、腎不全に伴う網膜変化に加えて透析関連の変化が重畳するため、眼底の継続的なモニタリングが重要となる。
原因疾患の治療により血圧管理・腎機能改善が得られれば、眼底所見は改善をみることが多い。特に以下の変化は全身管理により軽快する可能性がある。
一方、以下の変化は一度生じると元に戻らない可能性がある。
視力予後は黄斑病変の程度に左右されることが多い。黄斑浮腫・星芒状白斑・漿液性網膜剥離が黄斑部に及んでいる場合は、たとえ全身管理が良好に行われても視力回復が不完全となることがある。早期の全身管理介入が視力予後の改善に重要である。
内科との併診により、全身状態を確認しながらこまめな診察が必要である。透析患者においては、透析導入後も循環動態変化に伴う追加病変リスクがあるため、定期的な眼底検査を継続することが求められる。腎機能の改善が得られない進行性の慢性腎不全症例では、眼底所見が進行する可能性があり、内科的治療の最適化とともに眼科的なフォローアップ体制を整えることが重要である。CRIC コホートの長期追跡では、網膜症の進行が心血管イベント発生と独立に関連することが示されており、眼底変化の評価は全身予後の指標としても有用である6。
腎機能の改善に伴い眼底所見が軽減することが多く、出血・綿花様白斑・漿液性網膜剥離は全身管理により改善する例が多い。ただし白斑沈着や網膜色素上皮の萎縮など不可逆的な障害が残存する場合もある。視力予後は黄斑病変の程度に左右されるため、早期の全身管理介入と定期的な眼底検査が重要である。
Grunwald JE, Alexander J, Maguire M, et al; CRIC Study Group. Retinopathy and chronic kidney disease in the Chronic Renal Insufficiency Cohort (CRIC) study. Arch Ophthalmol. 2012;130(9):1136-1144. PMID: 22965589 ↩
Sánchez-Vicente JL, López-Herrero F, Martínez-Borrego AC, Lechón-Caballero B, Moruno-Rodríguez A, Molina-Socola FE. Hypertensive choroidopathy, retinopathy and optic neuropathy in renal transplantation failure. Arch Soc Esp Oftalmol (Engl Ed). 2019;94(11):558-562. PMID: 31409516 ↩
Kianersi F, Taheri S, Fesharaki S, et al. Ocular Manifestations in Hemodialysis Patients: Importance of Ophthalmic Examination in Prevention of Ocular Sequels. Int J Prev Med. 2019;10:20. PMID: 30820307 ↩
Sabanayagam C, Tai ES, Shankar A, Lee J, Sun C, Wong TY. Retinal arteriolar narrowing increases the likelihood of chronic kidney disease in hypertension. J Hypertens. 2009;27(11):2209-2217. PMID: 19620884 ↩
Villalba-Pinto L, Hernández-Ortega MÁ, Lavid de los Mozos FJ, et al. Massive Bilateral Serous Retinal Detachment in a Case of Hypertensive Chorioretinopathy. Case Rep Ophthalmol. 2014;5(2):190-194. PMID: 25120474 ↩
Grunwald JE, Pistilli M, Ying GS, et al. Progression of retinopathy and incidence of cardiovascular disease: findings from the Chronic Renal Insufficiency Cohort Study. Br J Ophthalmol. 2021;105(2):246-252. PMID: 32503932 ↩