眼底出血の性状
出血の分布:網膜全体、主に後極部に両眼性に散在する。
出血の形態:しみ状・円形・楕円形で、大小さまざまな大きさ。
出血の深さ:網膜内出血が最も多いが、網膜下出血・網膜前出血も生じる。
特徴:糖尿病網膜症と比較してより後極部に病変が集中する。
全身性の貧血が原因で、網膜に両眼性に出血が起こる病態を貧血網膜症(anemic retinopathy)という1。
WHO(世界保健機関)は貧血を以下のように定義している。ヘモグロビン(Hb)濃度は成人男性で13g/dL以下、成人女性で12g/dL以下を貧血とし、ヘマトクリット(Ht)値は成人男性で39%以下、成人女性で36%以下を基準とする。血液検査所見でこれらの基準を満たす貧血が認められることが診断の前提となる。
多くの場合、全身性貧血の加療中に眼科的検査を依頼されて偶発的に発見される。患者自身が眼症状を主訴として受診するケースは少なく、眼科医が積極的に関与する機会は主に内科からの紹介によって生まれる。
代表的な原因疾患としては、再生不良性貧血・鎌状赤血球症・白血病・多発性骨髄腫・マクログロブリン血症(ワルデンストレームマクログロブリン血症)などの血液疾患が挙げられる。なかでも多発性骨髄腫・マクログロブリン血症では、貧血に加えて血液粘性の亢進が加わり、血液粘性亢進網膜症として隣接する臨床カテゴリに分類されることもある。
軽度の貧血では眼底出血はほとんど生じない。重症貧血や血小板減少を伴う血液疾患(白血病・再生不良性貧血など)で出現しやすい2。眼底出血の有無は眼底検査による確認が必要であり、血液検査値の重症度のみでは判断できない。
貧血に伴う眼底出血は多くの場合無症状である。全身疾患に対して加療中に眼科的検査を依頼されて発見されることが多い。
しかし黄斑部に出血が生じると、以下の自覚症状が出現する。
眼底検査または眼底写真撮影で確認される所見が診断の中心となる。
眼底出血の性状
出血の分布:網膜全体、主に後極部に両眼性に散在する。
出血の形態:しみ状・円形・楕円形で、大小さまざまな大きさ。
出血の深さ:網膜内出血が最も多いが、網膜下出血・網膜前出血も生じる。
特徴:糖尿病網膜症と比較してより後極部に病変が集中する。
随伴する眼底所見
Roth斑:白色中心を持つ出血斑。重症貧血・感染性心内膜炎・白血病で出現する。
網膜・乳頭の色調蒼白:貧血に起因した組織全体の蒼白化。
硬性白斑・軟性白斑:浸出物の沈着や神経線維層の微小梗塞を反映する。
網膜動脈の狭窄・静脈拡張・蛇行:血液循環の変化による血管形態異常。
両眼性・後極部優位の分布が本疾患を特徴付ける最も重要な眼底所見である。これは高代謝活性を持つ黄斑部の毛細血管が低酸素傷害を受けやすいことを反映すると考えられる。
Roth斑は出血斑の中心に白色領域を持つ特徴的な眼底所見である。白色中心部は線維素(フィブリン)や白血球の集積によって形成されるとされる3。白血病では腫瘍細胞(白血球)の集積が中心となることもある。貧血網膜症に特異的な所見ではなく、感染性心内膜炎・白血病・敗血症でも出現するため、Roth斑が確認された場合は原因疾患の系統的な鑑別が必要となる4。
Roth斑は白色中心を持つ出血斑であり、重症の貧血・感染性心内膜炎・白血病などで観察される眼底所見である。白色中心部はフィブリンや白血球(白血病では腫瘍細胞)の集積を反映するとされる。貧血網膜症に特異的な所見ではないため、Roth斑が存在する場合は原因疾患の系統的な鑑別を要する。
貧血網膜症を引き起こす原因疾患は多様であり、血液疾患が中心を占める。
貧血による網膜組織への酸素供給の低下が血管壁の破綻を引き起こすと考えられている。
加えて、血小板減少(白血病・再生不良性貧血など)が存在する場合は、止血機構(一次止血)が障害されるため、出血傾向がさらに著しく増悪する。
貧血網膜症の診断は、血液検査による全身性貧血の確認と、眼底検査による網膜出血の確認の組み合わせによって行う。公式な診断基準は設けられていないが、以下の2点が揃えば診断となる。
Hb値と血小板数は眼底所見出現の重要な予測因子であり、Hb <8g/dL かつ 血小板 <50×10⁹/L の重症例では眼底出血の合併率が顕著に高まる2。Hb 8.95g/dL を閾値とした場合、貧血網膜症の予測感度は85.8%、特異度は68.9%と報告されている1。
| 検査 | 目的・主な所見 |
|---|---|
| 眼底検査・眼底写真撮影 | 両眼性・後極部の網膜出血(しみ状・円形・楕円形)、Roth斑、乳頭蒼白の確認(第一選択) |
| 血液検査(CBC・Hb・Ht) | 貧血の程度・種類の評価、血小板数の確認 |
| OCT(光干渉断層計) | 黄斑浮腫の有無・程度、網膜内外の出血局在の評価 |
眼底検査は第一選択の検査であり、散瞳下で行うと後極部から周辺部まで詳細に観察できる。OCTは黄斑浮腫の定量的評価や治療効果の経時的観察に有用である。
網膜出血を両眼性にきたす疾患との鑑別が重要である。特に糖尿病網膜症・高血圧網膜症が主要な鑑別疾患となる。
鑑別の要点は「血液検査での貧血の有無」「出血形態(しみ状・円形 vs 線状)」「後極部優位の分布」の3点である。
眼底検査のみでの診断は可能であり、OCTは必須ではない。ただし黄斑部に出血や浮腫が疑われる場合、視力低下の原因評価や経過観察においてOCTが有用である。黄斑浮腫の有無と程度の確認は、内科的治療の効果判定にも役立てられる。
貧血に伴う眼底出血に対して、眼科的な治療で有効なものはない。治療の主体は、原因となる貧血に対する内科的治療である。貧血の原因に応じた内科的薬物治療が必要であり、眼底出血は原因疾患の治療が奏功することで改善が見込まれる。
貧血の原因疾患に応じて内科・血液内科専門医が治療を担う。
内科的治療の効果を眼底検査で定期的に追跡する。
眼科的な治療(点眼薬・硝子体内注射・レーザー等)で有効なものはない。治療の主体は内科による貧血の原因疾患への加療となる。眼科は主に眼底出血の程度や黄斑部への影響を定期的にモニタリングする役割を担い、内科治療の効果を眼底所見で評価する。
貧血が網膜出血を引き起こす基本的な機序は、血中ヘモグロビン濃度の低下に起因する網膜組織への酸素供給不足である。貧血による網膜組織への酸素供給の低下が血管壁の破綻を引き起こすと考えられている。
酸素を運搬するヘモグロビンが減少すると、網膜組織は慢性的な低酸素状態に置かれる。この低酸素環境下では以下の変化が連鎖的に生じる。
白血病・再生不良性貧血などでは、骨髄機能の低下により血小板が著しく減少する。血小板は一次止血(血小板凝集による出血部位の封鎖)を担うため、血小板減少があると軽微な血管損傷でも止血が困難となる。
このため、低酸素による血管壁脆弱化に血小板減少が加わると、眼底出血が多発・重症化しやすい。再生不良性貧血・白血病では特にこの二重の出血促進因子が作用する。
Roth斑は出血斑の中心に白色領域を持つ特徴的な所見である。白色中心部の構成要素は原因疾患によって異なる。
眼底出血の深さによって形態が異なる。
後極部優位の分布は、黄斑部の高い代謝活性と豊富な毛細血管網が低酸素傷害を受けやすいことを反映すると考えられる。
多発性骨髄腫・マクログロブリン血症では、M蛋白・IgMの異常産生により血液粘性が著しく上昇する。血液粘性の亢進は網膜静脈の流速低下・血栓形成リスクを高め、静脈拡張・蛇行・出血をきたす。この病態は「血液粘性亢進網膜症」として貧血網膜症と関連して記載されることがある。Menke らはワルデンストレームマクログロブリン血症において、従来報告されていた閾値より低い血清IgM・血清粘度値で網膜変化が出現することを示している5。
再生不良性貧血のような骨髄機能高度障害例では、網膜内出血に加えて網膜前出血・網膜下出血が多層性に出現し、漿液性網膜剥離を合併することもある。小児症例では両眼の急激な視力低下を契機に発見されることがあり、硝子体手術が選択される場合もある6。
貧血が改善されると、網膜出血は徐々に消退する。ただし時間がかかり、数か月を要して消失していく。
視力予後は原因疾患の治療成功と黄斑部への影響の程度によって大きく異なる。
内科との併診により、全身状態の改善状況を確認しながら眼底の定期観察を行う。原因疾患が再発・増悪した場合は眼底出血が再出現する可能性があるため、寛解後も継続的なフォローアップが重要である。
原因疾患の治療により貧血が改善されれば、網膜出血は徐々に消退する。ただし完全消退には数か月を要することが多い。黄斑部(視野の中心)に出血が及んでいた場合は、出血が消えた後も視力低下が残ることがある。経過観察のため定期的な眼底検査の継続が重要である。
原因疾患が再発・増悪した場合は眼底出血が再出現する可能性がある。白血病・再生不良性貧血など慢性的な経過をたどる疾患では、寛解と再発が繰り返されることがある。内科的な全身管理の継続と眼科でのフォローアップを両立させることが重要である。
Venkatesh R, Gurram Reddy N, Jayadev C, Chhablani J. Determinants for Anemic Retinopathy. Beyoglu Eye J. 2023;8(2):97-103. PMID: 37521879 ↩ ↩2
Carraro MC, Rossetti L, Gerli GC. Prevalence of retinopathy in patients with anemia or thrombocytopenia. Eur J Haematol. 2001;67(4):238-244. PMID: 11860445 ↩ ↩2
Ling R, James B. White-centred retinal haemorrhages (Roth spots). Postgrad Med J. 1998;74(876):581-582. PMID: 10211348 ↩
Gurnani B, Tivakaran VS. Roth Spots. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2025. PMID: 29494053 ↩
Menke MN, Feke GT, McMeel JW, Branagan A, Hunter Z, Treon SP. Hyperviscosity-related retinopathy in waldenstrom macroglobulinemia. Arch Ophthalmol. 2006;124(11):1601-1606. PMID: 17102008 ↩
Jiang X, Shen M, Liang L, Rosenfeld PJ, Lu F. Severe retinal hemorrhages at various levels with a serous retinal detachment in a pediatric patient with aplastic anemia–A case report. Front Med (Lausanne). 2023;10:1051089. doi: 10.3389/fmed.2023.1051089 ↩