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神経眼科

視床疾患の神経眼科的徴候

1. 視床疾患の神経眼科的徴候とは

Section titled “1. 視床疾患の神経眼科的徴候とは”

視床疾患の神経眼科的徴候(Neuro-Ophthalmic Manifestations of Thalamic Disease)は、視床の病変により生じる多様な眼運動障害・瞳孔異常・眼瞼異常の総称である。視床は皮質と脳幹を結ぶ経路の主要な中継点であり、前庭眼路・前頭眼野・後頭頂皮質への接続を担う。この領域の損傷は最も一般的には垂直注視麻痺として現れるが、斜偏位・輻輳障害・動眼神経麻痺・眼振・サッケード障害・追従性眼球運動障害なども含まれる。

  • 両側視床梗塞:全初回虚血性脳卒中の約0.6%を占めるまれな病態である6)
  • Percheron動脈梗塞:全虚血性脳卒中の0.1〜2%、全視床脳卒中の4〜35%を占める2)
  • Percheron動脈の出現率:剖検研究で11.7〜33%と報告されている5)
  • Percheron動脈梗塞の死亡率:12%5)

1973年にフランスの神経学者Gerard Percheronが、両側視床梗塞の特異なパターンを呈する症例を初めて報告した1)。以来、文献上に報告された症例は数百例にとどまり、まれだが臨床上重要な疾患として認識されている。

Q Percheron動脈とは何ですか?通常の血管とどう違うのですか?
A

Percheron動脈は後大脳動脈P1部から起始する単一の穿通枝で、両側の視床および吻側中脳を供給する解剖学的変異である。通常は各P1から独立した穿通枝が片側ずつ供給するが、Percheron動脈では1本の血管が両側を担うため、閉塞すると両側視床梗塞を生じる。人口の11.7〜33%に存在するとされる5)

  • 突然の混乱・構音障害・片側筋力低下:急性期に多い症状である1)
  • 過度の傾眠・意識レベル低下:傍正中視床梗塞では初期に覚醒困難となり、数日後に覚醒レベルが改善する傾向がある4)5)
  • 複視:水平・垂直いずれの場合もある
  • 脚幻覚症(peduncular hallucinosis):視床・中脳梗塞後に生じる鮮明でカラフルな視覚幻覚。1922年にLhermitteが初報告した。Galettaらの85例のレビューでは43/85が虚血性梗塞に起因し、多くは発症3日以内に自然消退する3)
  • 興奮・自傷行動:視床出血に伴うまれな症状として報告されている9)

臨床所見(医師が診察で確認する所見)

Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”

Percheron動脈梗塞では以下の4つが急性期の主要所見として報告されている5)

所見頻度
垂直注視麻痺65%
記憶障害58%
混迷53%
昏睡42%

片側性病変と両側性病変の対比

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片側性病変

上転麻痺:最も多い所見。

感覚障害:外側視床梗塞では純粋感覚障害を呈することがある。

両側性病変

垂直注視麻痺:上転・下転・複合型のいずれも生じうる。

輻輳異常輻輳不全または輻輳けいれん。

両側核間性眼筋麻痺(INO):中脳進展例で出現。

動眼神経障害:脳幹進展時に瞳孔異常・眼瞼下垂を伴う。

視床病変の部位と対応する眼科的欠損

Section titled “視床病変の部位と対応する眼科的欠損”
病変部位眼科的欠損
正中傍領域輻輳不全
背内側核サッケード活動の消失
層板傍領域追従性眼球運動の消失
尾側領域偽性外転神経麻痺(視床性内斜視
下外側領域過大サッケード
後外側領域同側ホーナー症候群
背側領域水平または垂直複視

垂直性の脳幹注視中枢は中脳の視蓋前域に位置する内側縦束吻側間質核(riMLF)およびCajal間質核(INC)である。垂直注視麻痺は視床病変や中脳病変でみられ、上方注視麻痺が多い。単独の下方注視麻痺はまれであるが、進行性核上性麻痺では初期に下方注視麻痺が先行する。

Parinaud症候群(中脳背側症候群)

Section titled “Parinaud症候群(中脳背側症候群)”

視蓋前域の中脳水道近傍の病変で以下の症候が出現する。

  • 上方注視麻痺:衝動性眼球運動の障害が追従運動より強い
  • 輻輳麻痺
  • 対光-近見反応解離(light-near dissociation)
  • 輻輳後退眼振
  • 斜偏位
  • Collier徴候(眼瞼後退)

原因として幼児では非交通性閉塞性水頭症、若年者では腫瘍(松果体腫瘍が代表的)、成人では血管病変が挙げられる。

眼運動ニューロンへの核上性入力異常による上下斜視を斜偏位という。末梢迷路から下部脳幹〜中脳にかけての耳石系病変で生じる。上転眼の回旋方向で鑑別する:斜偏位は内方回旋、上斜筋麻痺は外方回旋である。片側Cajal間質核(INC)病変では対側への眼球頭部傾斜反応(OTR)が生じる。

中脳背側病変で視蓋前域や後交連の対光反射経路が障害されて生じる。対光反射は消失し、瞳孔径は初期には不変だが徐々に中等度に両側散瞳する。近見反応経路は対光反射経路よりも腹側を通るため障害されにくく、対光-近見反応解離を呈する。

  • 両側縮瞳(pinhole pupil):視床出血の特徴的所見。眼球の正中位固定を伴う5)
  • 瞳孔不同+両側水平眼振:視床梗塞で報告されている6)
  • 輻輳後退眼振(convergence-retraction nystagmus):視床中脳梗塞で上方注視時に出現10)
  • シーソー眼振(see-saw nystagmus):間脳・Cajal間質核の病変で報告されている10)
Q 視床脳卒中で幻覚が出ることがあるのですか?
A

脚幻覚症(peduncular hallucinosis)は視床・中脳梗塞後に生じる鮮明でカラフルな視覚幻覚であり、動物や人物の歪んだ像を含むことがある。多くの場合、発症3日以内に薬物介入なしに自然消退する3)。精神疾患の既往がない脳卒中患者に新たな幻覚が出現した場合に疑う。

急性視床病変を引き起こす最も一般的な病因は出血性または虚血性の血管障害である。その他の病因として以下が報告されている。

  • 片頭痛
  • 代謝性:チアミン欠乏症(Wernicke脳症)
  • 炎症性:脳ループス
  • 感染性:細菌性膿瘍、脳梅毒ゴム腫
  • 外傷性
  • 腫瘍性:腫瘍・嚢胞
  • 医原性:脳深部刺激療法
  • 動脈性:高血圧、糖尿病、喫煙、脂質異常症1)6)
  • 静脈血栓性:貧血、妊娠、経口避妊薬、COVID-19ワクチン接種7)
  • 脳内出血:高血圧が大部分を占める

両側視床病変をきたす疾患はPercheron動脈梗塞のほかにもあり、以下を鑑別する7)

  • 深部静脈洞血栓症:内大脳静脈・Galen大静脈・直静脈洞の血栓
  • ウイルス性脳炎:WNV脳炎、日本脳炎
  • Wernicke脳症:チアミン欠乏。内側視床・乳頭体にT2高信号
  • Wilson病:銅蓄積。被殻・淡蒼球・尾状核・視床にT2高信号
  • 腫瘍:神経膠腫、神経細胞腫、胚細胞腫

急性視床病変の診断は画像検査が中心となる。

検査法特徴主な用途
単純CT出血/虚血の鑑別。初回で正常が多い急性期スクリーニング
MRI DWI感度・特異度が最も高い急性梗塞の確定診断
磁気共鳴血管造影(MRA)Percheron動脈の描出が可能血管病変の評価

急性視床梗塞では初回CTが正常であることが多い。複数の報告で、初回CTで所見を認めず、数日後のCTやMRIで初めて梗塞が確認されている1)2)4)。Sateiらの症例では3回目のCTでようやく両側視床梗塞が描出された5)

MRI拡散強調画像(DWI)は急性視床虚血の検出に最も優れる1)。FLAIR画像は脳梗塞を高信号域、脳脊髄液を低信号域として描出するため、両者の識別に有用である。超急性期(発症6時間以内)ではT1/T2/FLAIR画像での病変検出が困難な場合があり、DWIの併用が推奨される。

Percheron動脈梗塞の67%で、軸位DWIまたはFLAIR画像において中脳の表面にV字型の高信号域(V sign)が認められる5)

単純CTで内大脳静脈・Galen大静脈・直静脈洞の領域に線状高吸収域を認め、両側視床にびまん性低吸収域を呈する(disappearing thalami)。MRVで深部静脈系の血流欠如を確認する7)

Q なぜ最初のCT検査で視床の脳卒中が見つからないことがあるのですか?
A

視床梗塞は小さな穿通枝の閉塞で生じることが多く、初回CTでは病変が描出されにくい。CT陰性であっても臨床的に脳卒中が疑われる場合は、MRI拡散強調画像(DWI)を追加することで診断感度が向上する1)。臨床所見と画像所見の乖離がある場合は再検査を考慮する。

急性期治療(虚血性視床梗塞)

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発症4.5時間以内の急性虚血性視床梗塞には血栓溶解療法が適応となる。日本では遺伝子組換え組織型プラスミノーゲン・アクチベータ(t-PA)であるアルテプラーゼを0.6 mg/kgの用量で静脈内投与する。t-PA静脈投与で再開通が得られない場合は、ステント回収型デバイスを用いた血管内治療の適応を検討する。

Percheron動脈梗塞に対しては、tPA投与に加え発症6時間以内の血栓回収術が選択肢となる。中脳合併例ではヘパリン静注が考慮される2)

血栓溶解療法施行後72時間以降にアスピリンを開始する1)。病因に応じてクロピドグレル75 mg/日の併用や、チカグレロルへの変更が行われる3)6)。スタチン(アトルバスタチン80 mgなど)による脂質管理、降圧療法(目標120/80〜140/90 mmHg)も並行して行う1)

静脈血栓症に対する抗凝固療法

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動脈性梗塞

急性期:アルテプラーゼ0.6 mg/kg(4.5時間以内)

維持期:アスピリン+スタチン。病因に応じた抗血小板薬選択

静脈性梗塞

急性期:低分子ヘパリン(エノキサパリン)

維持期:経口抗凝固薬(ダビガトランなど)3〜12か月7)

  • 斜偏位:原疾患の治療により多くは吸収・消失する。持続例にはプリズム眼鏡ボツリヌス毒素注射を考慮する。固定した恒久例には上下斜視手術を適用してもよい
  • 脚幻覚症:多くは2〜3日以内に自然消退し、抗精神病薬は不要である3)
  • 視床出血に伴う行動異常:ハロペリドール経口+オランザピン10 mg/日が有効とする報告がある9)

VITT(ワクチン誘発性免疫性血栓性血小板減少症)

Section titled “VITT(ワクチン誘発性免疫性血栓性血小板減少症)”

VITTが疑われる場合はヘパリン以外の抗凝固薬で治療を開始し、免疫グロブリン大量静注(IVIG)1 g/kg/日を2日間投与する6)。血漿交換も選択肢となる。

Q 視床脳卒中の眼の症状は治るのですか?
A

原疾患の治療により眼球運動障害が改善することは多い。傍正中視床梗塞による垂直注視麻痺や意識障害は、急性期を過ぎると徐々に回復する傾向がある。持続する斜偏位に対してはプリズム眼鏡やボツリヌス毒素注射、手術が適応となる。ただし高齢者や広範な梗塞では後遺症が残ることもある。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

視床はいくつかの動脈枝により血流を受ける。

  • 視床結節動脈(thalamotuberal artery):後交通動脈から起始し、視床前核・背内側核腹側極・吻側外側腹側核を供給する。人口の約1/3ではこの動脈が欠如し、その領域は正中傍動脈が代行する5)
  • 正中傍動脈(paramedian artery):視床背内側部および中脳正中傍部を供給する
  • 視床下外側動脈(inferolateral arteries):外側腹側核の大部分・視床枕・後腹側核を供給する
  • 後脈絡叢動脈(posterior choroidal arteries):視床背外側部・黒質・視床枕・外側および内側膝状体を供給する

Percheron動脈はP1部から起始する単一穿通枝で、両側傍正中視床と一部は吻側中脳を供給する2)5)。閉塞時の虚血パターンは以下の4型に分類される5)

  • 両側傍正中視床+中脳(43%)
  • 両側傍正中視床のみ(38%)
  • 両側傍正中視床+前視床+中脳(14%)
  • 両側傍正中視床+前視床(5%)

中脳合併例では片麻痺・運動失調・眼球運動障害を伴いうる。

垂直性の眼球運動中枢は中脳に位置し、以下の核・経路が関与する。

  • 内側縦束吻側間質核(riMLF):垂直サッケードのバーストニューロンを含む。上方注視の信号はriMLFから後交連(PC)を介して両側の動眼神経核に伝達される。下方注視の信号はriMLFから同側の動眼神経核と滑車神経核に到達する
  • Cajal間質核(INC):垂直方向の注視保持に関与する
  • 後交連(PC):上方注視信号の両側伝達を担う。PC病変があれば両眼の上方注視障害が出現する

riMLF片側病変のみでは上方注視障害は生じない(PCを介した両側伝達が保たれるため)。一方、両眼の下方注視障害には両側riMLF病変が必要である。

視床網様核(TRN)と過眠の機序

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視床網様核(TRN)のニューロンの90%はGABAergic(抑制性)であり、視床-皮質間の情報伝達のゲーティング・睡眠調節に関与する。TRN梗塞が生じると、ニューロンの突然死によりGABAが大量放出され、これが過眠の一因と考えられている8)。コリン作動性線維によるTRN刺激が睡眠を促進することが動物実験で示されている。

内大脳静脈・Galen大静脈・直静脈洞の血栓により静脈還流が障害されると、両側視床にうっ血性浮腫が生じ、進行すると梗塞に至る7)。動脈閉塞と異なり、静脈性梗塞では浮腫が先行し、出血性変化を伴いやすい。

外側膝状体の血管支配と視野パターン

Section titled “外側膝状体の血管支配と視野パターン”

外側膝状体(LGB)は前脈絡叢動脈(AchoA)と外側後脈絡叢動脈(LPchoA)の二重支配を受けるが、核内では両者は吻合しない。LPchoA梗塞ではLGBのhilumが障害され同名水平扇形盲を呈し、AchoA遠位端梗塞ではLGBの内側・外側が障害され四扇形盲を呈する。後大脳動脈主幹部の閉塞では同名半盲と視床症候群(対側の知覚障害)を合併する。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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Percheron動脈梗塞の診断には3つの大きな障壁がある5)

  • 知識不足:この動脈変異とその閉塞症候の認知度が低い
  • 画像の限界:初回CTでは所見を認めないことが多い
  • 嗜眠による病歴聴取困難:深い傾眠のため患者から情報を得にくい

Sateiら(2021)は90歳男性のPercheron動脈梗塞例を報告した。初回・2回目のCTは正常で、入院数日後の3回目CTでようやく両側視床梗塞が確認された。担当医は当初、終末期ケアへの移行を検討していたという5)

別の症例報告では、入院24日後に初めてCTで虚血所見が確認され、その直後に死亡した例もある5)

VITT(ワクチン誘発性免疫性血栓性血小板減少症)の研究

Section titled “VITT(ワクチン誘発性免疫性血栓性血小板減少症)の研究”

VITTはアデノウイルスベクターワクチン(AstraZeneca、Janssen)で報告されたまれな免疫介在性血栓症で、発生率は米国で約1/533,333と推定される6)

Giovaneら(2021)は、COVID-19ワクチン接種翌日に両側視床梗塞を発症した62歳男性を報告した。PF4抗体ELISAは陰性であり、高血圧・糖尿病・脂質異常症・末期腎疾患という複数のリスク因子との偶然の一致と結論づけた6)

リスク因子として女性・60歳未満が報告されているが、症例数が限られており確定的ではない。体系的レビューが待たれる。

Kongら(2022)は、TRN梗塞で過眠を呈した68歳女性を報告した。ウロキナーゼ100 Uによる静注血栓溶解療法を施行し、dl-NBP+エダラボンで治療。右下肢筋力低下は改善したが過眠は3日間持続した8)

動物実験では、光遺伝学的手法によるTRNコリン作動性線維の選択的刺激がノンレム睡眠を延長することが示されている。梗塞時のGABA大量放出が神経保護作用をもつ可能性も示唆されているが、臨床応用には至っていない8)


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