軽度〜中等度麻痺
眼球運動:外転の減弱はあるが、正中を越えた外転が可能。
斜視角:患側への側方視で増大するが、第一眼位での偏位は比較的小さい。
Hessチャート:患眼の外転方向でパターンが縮小。健眼の対応方向(内転)でパターンが拡大(Hering則による配偶筋の過動)。
外転神経麻痺(Abducens Nerve Palsy)は、外直筋の運動ニューロンである外転神経(第VI脳神経)の麻痺によって生じる眼球運動障害である1。外転神経が麻痺すると外直筋の張力が低下し、麻痺眼の外転(外ひき)が不良となる。その結果、麻痺性(非共同性)内斜視が生じる。この内斜視により、患者は同側性の複視(非交差性複視)を自覚し、複視は外転が不良な方向、すなわち患眼側への側方視で増悪する。
外転神経の走行は、橋の神経核から始まり、橋腹側から脳幹を出て蝶形骨斜台を上行し、海綿静脈洞を通過し、上眼窩裂を経て眼窩内の外直筋に達する。この間、いずれの部位でも障害が生じ得る1。頭蓋内における走行距離が長いことが、外転神経を外傷に脆弱にしている解剖学的要因である。
外転神経麻痺は動眼神経麻痺・滑車神経麻痺と並ぶ代表的な眼運動神経麻痺の一つであり、807例を解析した報告では原因として微小循環障害(虚血性)が36.7%と最多で、続いて特発性17.7%、腫瘍性14.3%、血管異常10.2%、炎症性9.4%、外傷性4.3%と報告されている2。動眼神経・滑車神経麻痺と比較して腫瘍の頻度が高い点が特筆すべき特徴であり、成人・小児を問わず原因としての腫瘍を常に考慮する必要がある。小児においては特にグリオーマに留意すべきである3。また、脳圧亢進時には両側性の軽度外転神経麻痺が生じることがあり、これは病変の局在を示さない偽定位徴候(false localizing sign)として知られる1。
主な原因の概況を以下に示す。
| 原因カテゴリ | 代表的疾患・状態 | 特記事項 |
|---|---|---|
| 末梢循環障害(虚血性) | 糖尿病・高血圧・動脈硬化 | 成人で最多(約37〜44%)。自然軽快が多い2,4 |
| 腫瘍 | グリオーマ・小脳橋角腫瘍・鼻咽頭腫瘍 | 他の眼運動神経麻痺より頻度高い(約14%)2 |
| 外傷 | 頭部外傷 | 走行距離が長く脆弱 |
| 脳圧亢進 | 頭蓋内腫瘤・水頭症 | 両側性の偽定位徴候として出現 |
| 炎症・感染 | 海綿静脈洞血栓症・髄膜炎 | 他の脳神経麻痺を伴うことが多い |
| 先天性 | 発育異常 | 小児での鑑別として重要 |

複視(同側性・非交差性):外転神経麻痺では患眼の外転が制限される。そのため、患眼側への側方視で2つの像の乖離が最大となる。左外転神経麻痺では左方向を見たときに複視が最も強くなる。遠方視では近方視より複視を自覚しやすい。
代償頭位(face turn):複視を回避するため、患者は麻痺眼側への顔回しを行う。左外転神経麻痺では顔を左方向に向ける。これにより患眼の外転方向への視線要求を減らし、複視を消失させる。
麻痺性内斜視:患眼の外転不良により、第一眼位(正面視)で内斜視が観察される。患眼側へ視線を向けるにつれて斜視角が増大する(非共同性)。
眼球運動制限:患眼の外転が制限され、重症例では正中を越えられない。軽度〜中等度の麻痺では外転の減弱に留まり、外転方向での眼球運動は残存する。
軽度〜中等度麻痺
眼球運動:外転の減弱はあるが、正中を越えた外転が可能。
斜視角:患側への側方視で増大するが、第一眼位での偏位は比較的小さい。
Hessチャート:患眼の外転方向でパターンが縮小。健眼の対応方向(内転)でパターンが拡大(Hering則による配偶筋の過動)。
高度麻痺
Hessチャート所見:Hessチャートは眼球運動障害の定量と経過観察に有用な検査である。外転神経麻痺では、患眼の外ひき方向(外転方向)にパターンが縮小し、健眼の対応方向(内転方向)にパターンが拡大する。これはHering則(共同筋への均等神経支配)により、麻痺眼の外転神経核への過剰な神経発射が対側眼の内直筋にも伝わるためである。
外転神経の走行経路の各部位で異なる原因疾患が生じる。走行部位別に整理する。
核・脳幹(橋)
橋病変の特徴:外転神経核は橋の正中傍に位置し、橋傍正中網様体(PPRF)と隣接する。橋病変では外転神経麻痺に加えて同側水平注視麻痺を来すことが多い。
Foville症候群:橋下部病変。同側外転神経麻痺+水平注視麻痺+顔面神経麻痺を呈する。
Raymond症候群:橋下部病変。同側外転神経麻痺+対側片麻痺(錐体路障害)を呈する。
くも膜下腔・斜台
外傷脆弱性:頭蓋内走行距離が外転神経は最も長く、頭部外傷による牽引・圧迫を受けやすい。
脳圧亢進(偽定位徴候):Dorello管(蝶形骨斜台上の骨性管)で急角度に屈曲するため、頭蓋内圧亢進時に最も障害されやすい。両側性に生じることがある。
腫瘍:小脳橋角腫瘍(聴神経腫瘍・髄膜腫)、鼻咽頭腫瘍の頭蓋底浸潤。
海綿静脈洞
眼窩内(偽性外転制限)
リスク因子:糖尿病、高血圧、動脈硬化(虚血性の主因)、頭部外傷、頭蓋内圧亢進(水頭症・腫瘍)、腫瘍(グリオーマ・小脳橋角腫瘍)2,4。微小循環障害群では平均年齢が62.8歳と他の原因群(44.5歳)より有意に高く、糖尿病合併率も有意に高いと報告されている4。
あり得る。脳圧亢進(頭蓋内腫瘍・水頭症・偽脳腫瘍等による)では、外転神経がDorello管で牽引・圧迫されることにより、両側性の外転神経麻痺が生じることがある。この場合、外転神経麻痺は病変局在とは無関係に生じる偽定位徴候(false localizing sign)であり、原因疾患の精査が重要である。
診断は眼科的診察による眼球運動評価を基本とし、画像検査で原因疾患を精査する。
カバーテスト:第一眼位での内斜視を確認する。患側への側方視で斜視角が増大することを確認し、非共同性斜視(麻痺性斜視)と診断する。プリズム交代遮蔽試験で斜視角を定量する。
眼球運動評価:9方向視(水平・垂直・斜め)での眼球運動を評価し、外転制限の方向と程度を確認する。外転制限が正中以内に留まるか(軽度〜中等度)、正中を越えられないか(高度)を区別する。
Hessチャート:患眼外転方向のパターン縮小と健眼対応方向のパターン拡大を確認する。経過観察の指標としても有用である。
外転神経麻痺の原因精査において画像検査は必須である。脳幹・脳底部・海綿静脈洞・眼窩領域での病変の有無を評価する。50歳以上の急性発症孤立性眼運動神経麻痺を対象とした多施設前向き研究では、血管リスク因子のみを有する症例の10%に腫瘍・炎症・巨細胞性動脈炎などの他原因が同定されており、血管危険因子の有無にかかわらず脳MRIによる評価が推奨される5。
| 検査法 | 特徴・用途 |
|---|---|
| MRI(造影含む) | 脳幹・脳底部・海綿静脈洞・眼窩の病変検索に最優先。腫瘍・炎症・梗塞の評価に有用 |
| CT | 眼窩内壁骨折・骨破壊性病変の評価に有用 |
| MRA/CTA | 血管病変(動脈瘤・動静脈瘻)の除外に用いる |
眼窩内壁骨折・外眼筋炎・甲状腺眼症(内直筋の伸展制限)による偽性外転制限は、外転神経麻痺と臨床所見が類似するため、眼窩病変の画像的評価も必要である。
外転制限を来す疾患を幅広く鑑別する必要がある。
甲状腺眼症(Graves病):内直筋の線維化・肥大により外転が制限される。CT/MRIで内直筋肥大を確認する。牽引試験で陽性(外転の機械的制限)。甲状腺機能検査・眼球突出・眼瞼後退も参考にする。
眼窩吹き抜け骨折(内壁骨折):内直筋・眼窩内容物の骨折部嵌頓。外傷歴・牽引試験・CTで鑑別する。
重症筋無力症:日内変動(夕方悪化)、アイステスト(保冷剤2分間で2 mm以上改善を陽性とする、感度80〜92%)、抗AChR抗体検査で鑑別する。
Duane症候群(Duane退縮症候群):先天性の外転制限に加え、内転時の眼球後退と瞼裂狭小を来す。外転神経の先天性欠損・外直筋への動眼神経の異常支配が原因。症状が幼少期から存在する。
核間性眼筋麻痺(INO):内側縦束(MLF)の障害による内転制限が主体であり、外転制限は通常来さないが、一側性外転制限との鑑別を要する場合がある。
原因疾患の治療が最優先である。腫瘍・炎症・血管病変が原因であれば、それぞれの専門的治療を先行させる。
虚血性(末梢循環障害)
経過観察:自然軽快が多いため、約6か月を目安に保存的経過観察を行う。
薬物療法:ビタミン剤(ビタミンB12等)および循環改善薬を投与し、神経回復を支持する。
基礎疾患管理:糖尿病・高血圧の厳格なコントロールが回復に重要である。
プリズム眼鏡
適応:斜視が軽度な症例で、複視の自覚症状を改善させる目的で処方する。
処方時期:症状が安定した時期に合わせて処方する。眼位変動が大きい急性期では適応を慎重に判断する。
保存的治療で6か月以上経過しても眼位・複視の改善が得られない場合に手術を検討する。術式は麻痺の程度によって選択する。
| 麻痺の程度 | 術式 | 備考 |
|---|---|---|
| 軽度〜中等度(正中を越える外転可) | 外直筋短縮術+内直筋後転術 | 水平筋の前後転術。最も標準的な術式 |
| 高度(正中を越えられない) | 筋移動術(上・下直筋全幅移動術) | 上直筋・下直筋の全幅を外直筋付着部方向へ移動させる。Jensen法・Hummelsheim法などがある |
治療の目標は第一眼位(正面視)での眼位改善と複視の消失である。
外転神経核は橋の正中傍(顔面神経丘の直下)に位置する。外転神経核は重要な2種類の出力を持つ。
外転神経核は橋傍正中網様体(PPRF:水平注視中枢)と密接に関連する。PPRFは眼球の水平方向への随意的な素早い運動(サッカード)の指令を出す部位であり、外転神経核に直接シナプスを形成する。
外転神経麻痺において、障害部位が核(橋)か末梢(橋より末梢)かを区別することは臨床上重要である。
核病変:外転神経核の破壊では、単純な外転神経麻痺にとどまらず、PPRFも巻き込まれることが多い。その結果、外転神経麻痺に加えて同側への水平注視麻痺(患側への眼球偏位が不能)を来す。患側方向への全ての眼球運動(外転・内転ともに)が障害される点が末梢病変との違いである。
末梢病変:純粋な患眼の外転制限のみを来す。核間性眼筋麻痺(INO)や他の内転障害は伴わない。
外転神経はDorello管(蝶形骨後床突起と錐体尖の間に形成される骨性・硬膜性の管)において急角度に屈曲して走行する。頭蓋内圧が亢進すると、この部位で外転神経が牽引・圧迫されやすくなる。その結果、頭蓋内の病変とは直接関係のない部位(橋や外転神経の支配領域)で麻痺が生じる。これが偽定位徴候(false localizing sign)と呼ばれる所見であり、特に両側性外転神経麻痺として出現した場合は、脳圧亢進の重要なサインとなる。腫瘍・水頭症・偽脳腫瘍(特発性頭蓋内圧亢進症)などを精査する必要がある。
小児の外転神経麻痺は成人と異なる病因分布を持つ。成人では末梢循環障害が多いのに対し、小児では腫瘍(特に脳幹グリオーマ)の割合が相対的に高く、感染症(Gradenigo症候群:中耳炎から波及した岩様骨錐体尖炎による外転神経麻痺・顔面神経麻痺・三叉神経第1枝領域の疼痛の三徴候)も見られる。小児の外転神経麻痺では緊急の画像診断による原因精査が必須である。
外転神経麻痺の予後は原因によって大きく異なる。
末梢循環障害性(虚血性):自然軽快が多く、平均2.5±1.3か月で改善し、約6か月前後を目安に自然回復が期待できる4。予後は比較的良好であるが、糖尿病・高血圧の管理が継続的に必要である。
外傷性:頭蓋内走行での牽引・断裂が原因となるため、回復困難な例もある。長期にわたる経過観察が必要であり、改善が乏しい場合は6か月以上経過後に手術を検討する。
腫瘍性:原疾患の予後に依存する。腫瘍の治療効果と並行して外転神経麻痺の経過を評価する。
小児:原因の精査が最優先である。小児症例では腫瘍が主因となる報告がある一方、頭蓋内圧亢進や抗GQ1B抗体症候群が同等に多いとする報告もあり、施設・地域により分布が異なる3,6。グリオーマ等の腫瘍による場合は腫瘍の治療が予後を規定する。感染症(Gradenigo症候群等)による場合は原因感染症の治療で改善が期待できる。Merinoらの報告では約3分の1が自然軽快し、ボツリヌス毒素注射や手術介入も有効であったとされる3。
いずれの原因においても、原因疾患に対する治療開始と並行して、眼位・複視・Hessチャートを定期的に評価し、改善経過を追うことが重要である。