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神経眼科

複合脳神経麻痺(多発脳神経障害)

脳幹は中脳・橋・延髄の3部位からなる。各部位には動眼神経(第III脳神経)、滑車神経(第IV脳神経)、外転神経(第VI脳神経)の核が存在し、網様体・内側縦束(MLF)・小脳との結合神経路も走行する。これらの構造が高密度に集積しているため、脳幹のわずかな病変でも複数の脳神経核や走行路が同時に障害され、多彩な眼球運動障害眼振を含む自発性異常眼球運動が発現する。

「複合脳神経麻痺」あるいは「多発脳神経障害」は、脳幹障害を責任病巣として複数の脳神経が同時に侵される臨床症候の総称である。単一の疾患名ではなく、障害部位と原因疾患によって多様な病像を呈する概念的枠組みである1,2

脳幹には眼球運動に関与する神経核・連絡路のみならず、感覚・運動・自律神経に関わる多数の神経路も走行する。眼球運動障害眼振に加えて四肢麻痺・感覚障害・小脳失調などの神経徴候が同時に出現するため、これらの随伴症状が責任病巣の部位推定に重要な手がかりとなる。

Q 脳幹障害で眼球運動障害が出やすいのはなぜか?
A

脳幹内には動眼神経核(第III)・滑車神経核(第IV)・外転神経核(第VI)の各核が存在するうえ、水平眼球運動を制御する橋傍正中網様体(PPRF)、垂直眼球運動を制御する内側縦束吻側間質核(riMLF)、各核を連絡する内側縦束(MLF)・後交連(PC)など、眼球運動に関与する構造が高密度に集積している。このため、脳幹のごく限られた病変でも複数の眼球運動系構造が同時に障害され、特徴的な複合症候が出現する。

障害部位により出現する症状が異なる。部位別の特徴的所見を以下に示す。

中脳病変

垂直性複視:上下方向の像の分離を主訴とする。

動眼神経麻痺:眼球の下外方偏位、瞳孔散大、眼瞼下垂の三徴が典型的である。

上方注視障害(Parinaud 症候群):両眼の上方注視不能、輻輳退行性眼振を呈する。

VOHS(垂直性 one-and-a-half 症候群):上方注視障害に加え、片眼の下方注視障害を伴う特徴的な複合徴候である。

橋病変

水平性複視:左右方向の像の分離が主症状である。

外転神経麻痺:患側への外転制限による水平複視を来す。

顔面神経麻痺:同側の顔面筋力低下・閉眼不全が生じる。

同側感覚障害三叉神経核障害による顔面の温痛覚低下を伴うことがある。

one-and-a-half 症候群:患側への水平注視不能と、対側眼の内転不能を組み合わせた特徴的症候である3

延髄・小脳脚病変

眼振:小脳脚病変により眼球運動の異常が生じる。

像がぼけて見える眼振による視覚の動揺を訴えることが多い。

Wallenberg 症候群:外側延髄梗塞による同側顔面温痛覚低下・眼振・Horner 徴候(縮瞳・眼瞼下垂)・対側四肢温痛覚低下・同側小脳失調の複合症候群である5

嚥下障害・嗄声:舌咽・迷走神経核の障害により出現する。

眼球運動障害眼振のみを呈する症例もある。しかし脳幹には眼球運動以外の神経路も多数走行しているため、四肢の麻痺・感覚障害・四肢失調といった随伴症状から責任病巣を同定することができる。これらの神経徴候の有無と組み合わせを系統的に評価することが、障害部位の推定と原因疾患の鑑別に不可欠である。

Q one-and-a-half 症候群とはどのような状態か?
A

橋の一側性 PPRF(橋傍正中網様体)と外転神経核の障害により、患側への水平注視が完全に不能となる(「one」の部分)。さらに同側の MLF(内側縦束)の障害により、対側への水平注視時に患側眼の内転も不能となる(「half」の部分)。結果として、唯一可能な水平眼球運動は対側眼の外転のみとなる。橋の腫瘍・脱髄・梗塞・出血が責任病巣となる。

脳幹障害の原因は患者の年齢層によって大きく異なる。

  • 脳血管障害:椎骨脳底動脈系の血栓症・塞栓症、脳幹出血、解離性椎骨動脈瘤
原因好発部位特徴
脳幹グリオーマ小児〜若年成人に多い。MRI で浸潤性病変
転移性腫瘍脳幹全域癌の既往歴あり。多発病変を伴うことが多い
頭部外傷脳幹全域受傷機転が明確
脳幹海綿状血管腫橋・中脳再出血を繰り返す。MRI で含鉄血素沈着を認める
Q 脳幹障害はどのような人に起こりやすいか?
A

若年者(〜40歳代)では炎症性(脳幹脳炎、神経 Behçet 病)・脱髄性(MSNMOSD)疾患が主な原因となる。高齢者では高血圧・糖尿病・脂質異常症などを基礎疾患とする椎骨脳底動脈系の血管障害(梗塞・出血・解離)が最多である。その他、年齢を問わず腫瘍・外傷・海綿状血管腫も原因となりうる。

詳細な病歴聴取が診断の出発点となる。発症時期・経過(急性・亜急性・慢性)・随伴症状を確認する。急性発症は血管障害を、亜急性〜慢性の経過は炎症性・腫瘍性病変を示唆する。

神経学的診察では以下を評価する。

  • 眼球運動障害の方向・範囲・種類(核性・核間性・核上性)
  • 眼振の有無・方向・性状
  • 瞳孔の大きさ・左右差・対光反射
  • 四肢の運動・感覚・協調運動
  • 下位脳神経(顔面神経・舌咽・迷走・舌下神経)の機能
検査特徴・用途
脳 CT脳幹出血の検出に有用。炎症性病変や超急性期梗塞の検出は困難
脳 MRI(軸位断+冠状断)脳幹被蓋部病変の検出に必須。T2WI・FLAIR で脱髄・炎症を検出
拡散強調画像(DWI)急性期脳梗塞の検出。発症直後は偽陰性のことがあり再検が必要
MRA椎骨脳底動脈系の狭窄・閉塞・解離の評価

脳幹の被蓋部病変を検出する際には、軸位断に加えて冠状断も依頼することが重要である。また、急性期脳梗塞では発症後短時間の DWI で高信号域を示さないことがあるため、臨床的に脳梗塞を疑う場合は再度 MRI を撮影する。

脳幹外の病変も複合脳神経麻痺を呈することがあり、鑑別が重要である。

  • 海綿静脈洞症候群:第III・IV・VI 脳神経+三叉神経(V1/V2)の複合麻痺。脳幹外の病変7
  • 眼窩先端症候群視神経障害を伴う複合脳神経麻痺
  • 重症筋無力症:日内変動・易疲労性・疲労試験陽性
  • Miller Fisher 症候群外眼筋麻痺+運動失調+深部腱反射消失の三徴
  • 癌性髄膜炎:多発脳神経障害+髄液細胞診陽性
Q 脳幹障害を疑ったらまず何をすべきか?
A

まず神経学的診察で眼球運動障害眼振・随伴神経徴候を系統的に評価し、障害部位(中脳・橋・延髄)を推定する。次に脳 CT でスクリーニングしつつ、速やかに脳 MRI(T2WI・FLAIR・DWI)と MRA を追加する。急性発症で脳梗塞を疑う場合は t-PA 投与の適応を検討するために発症時刻を確認し、脳卒中診療チームへの緊急コンサルテーションを行う。

治療は原因疾患に基づいて選択する。脳梗塞と診断された場合は緊急対応が必要である。

脳梗塞

t-PA 静注療法:発症 4.5 時間以内にアルテプラーゼ(アクチバシン®)0.6 mg/kg を静脈内投与する。

血管内治療:t-PA 静注で再開通が得られない場合、ステント回収型デバイスによる機械的血栓回収術の適応を検討する。

抗血小板・抗凝固療法:急性期以降の二次予防として導入する。

脳幹出血

保存的加療:血圧管理・脳浮腫管理が原則となる。

外科的介入:大量出血で生命に危険が及ぶ場合は脳神経外科との緊急連携を行う。

炎症性疾患

脳幹脳炎:原因微生物に応じた抗菌薬・抗ウイルス薬を投与し、炎症の抑制にステロイドを併用する。

神経 Behçet 病ステロイドおよび免疫抑制薬(シクロホスファミド・アザチオプリン)を使用する。

脱髄性疾患(MS・NMOSD)

急性期:メチルプレドニゾロン 1,000 mg/日の点滴静注 3 日間(ステロイドパルス療法)。

再発予防:疾患修飾薬の導入。NMOSD では抗 AQP4 抗体陽性の場合、イネビリズマブ・サトラリズマブ等を検討する。

眼科は以下の面で脳幹障害患者の診療に貢献する。

  • 眼球運動の定量的評価(眼球運動記録・プリズム検査)と経時的モニタリング
  • 障害部位の推定(中脳 vs 橋 vs 延髄)への寄与
  • 神経内科・脳神経外科との多職種連携
  • 複視への対症療法(フレネル膜プリズム・プリズム眼鏡・眼帯使用)
Q 脳幹障害による複視は治るのか?
A

原因疾患の適切な治療により改善する例が多い。脳幹脳炎・MS の急性増悪では、ステロイドパルス療法後に数週間〜数か月で眼球運動が回復することが多い。脳梗塞では発症早期の再開通治療が予後を左右する。一方、病変が広範な場合や再発を繰り返す場合は後遺症として眼球運動障害眼振が長期残存することもある。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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水平方向の衝動性眼球運動(サッカード)は橋に位置する PPRF(橋傍正中網様体)が発生器となる。PPRF からの信号は同側の外転神経核へ伝達され、同側外直筋を収縮させるとともに、外転神経核内の介在ニューロンが MLF(内側縦束)を経由して対側動眼神経核の内直筋サブニューロンへ信号を送り、両眼の共同水平運動を実現する。

one-and-a-half 症候群の発症機序:橋の一側性 PPRF と外転神経核が障害されると、患側への水平注視が完全に不能となる。さらに同側 MLF が障害されると、対側への水平注視時の患側眼内転も不能となる。結果として残存する水平眼球運動は、対側眼の外転のみとなる。

垂直眼球運動の制御中枢は中脳から視床にかけて存在する。

  • riMLF(内側縦束吻側間質核):垂直性衝動性眼球運動の発生器。上方・下方注視の信号を生成する
  • INC(Cajal 間質核):垂直性注視保持の積分器として機能する
  • 後交連(PC):上方注視の信号を両側動眼神経核へ伝達する交叉路

上方注視の信号は riMLF から出発し、後交連(PC)を経由して両側の動眼神経核に到達する。下方注視の信号は riMLF から同側の動眼神経核と滑車神経核に直接到達する。

VOHS(垂直性 one-and-a-half 症候群)の機序

Section titled “VOHS(垂直性 one-and-a-half 症候群)の機序”

riMLF の一側性病変のみでは両眼の上方注視障害は出現しない。PC 病変の合併があって初めて上方注視障害が顕在化する。

  • 片側性 riMLF+PC 病変:上方注視障害(両眼)+同側眼の下方注視障害 → VOHS
  • 両側性 riMLF 病変:両眼の下方注視障害

VOHS の責任病巣は中脳の一側性 riMLF+PC 病変であり、中脳梗塞・中脳出血・脱髄病変が原因となる。一方、水平眼球運動系は intact であるため、水平方向の注視は保たれることが多い4,6

予後は原因疾患と障害の程度によって大きく異なる。

  • 脳血管障害:脳梗塞の予後は再開通治療の成否と梗塞巣の大きさに依存する。椎骨脳底動脈閉塞は致死率が高く、集中的な救急対応が必要である。脳幹出血は出血量・部位によって予後が異なる
  • 炎症性疾患:脳幹脳炎・神経 Behçet 病は原因疾患の治療で改善することが多い。ただし、再燃・再発を繰り返す場合は眼球運動障害が残存しうる
  • 脱髄性疾患MSNMOSD では再発予防療法の早期導入が長期予後を左右する。急性増悪後のステロイドパルス療法で多くの症例が機能回復を示すが、累積障害が蓄積する場合がある
  • 後遺症眼球運動障害眼振は長期間残存しうる。複視に対してはプリズム眼鏡などの補助具が生活の質を向上させる
  • 眼科的フォローアップ:眼球運動・複視の経時的評価を定期的に行い、病態の変化を神経内科と共有することが重要である
  1. Carroll CG, Campbell WW. Multiple cranial neuropathies. Semin Neurol. 2009;29(1):53-65. PMID: 19214933. doi:10.1055/s-0028-1124023. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19214933/
  2. Moutran-Barroso H, Kreinter-Rosembaun H, Zafra-Sierra MP, Ramírez-Arquez E, Martínez-Rubio C. Multiple cranial neuropathy: Clinical findings in a case series of 142 patients. Mult Scler Relat Disord. 2022;65:103997. PMID: 35816954. doi:10.1016/j.msard.2022.103997. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35816954/
  3. Wall M, Wray SH. The one-and-a-half syndrome—a unilateral disorder of the pontine tegmentum: a study of 20 cases and review of the literature. Neurology. 1983;33(8):971-980. PMID: 6683820. doi:10.1212/wnl.33.8.971. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/6683820/
  4. Bogousslavsky J, Miklossy J, Regli F, Janzer R. Vertical gaze palsy and selective unilateral infarction of the rostral interstitial nucleus of the medial longitudinal fasciculus (riMLF). J Neurol Neurosurg Psychiatry. 1990;53(1):67-71. PMID: 2303833. doi:10.1136/jnnp.53.1.67. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/2303833/
  5. Sacco RL, Freddo L, Bello JA, Odel JG, Onesti ST, Mohr JP. Wallenberg’s lateral medullary syndrome. Clinical-magnetic resonance imaging correlations. Arch Neurol. 1993;50(6):609-614. PMID: 8503798. doi:10.1001/archneur.1993.00540060049016. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8503798/
  6. Strupp M, Kremmyda O, Adamczyk C, Böttcher N, Muth C, Yip CW, Bremova T. Central ocular motor disorders, including gaze palsy and nystagmus. J Neurol. 2014;261 Suppl 2:S542-S558. PMID: 25145891. doi:10.1007/s00415-014-7385-9. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25145891/
  7. Toro J, Burbano LE, Reyes S, Barreras P. Cavernous sinus syndrome: need for early diagnosis. BMJ Case Rep. 2015;2015:bcr2014208271. PMID: 25819816. doi:10.1136/bcr-2014-208271. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25819816/

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