単純幻視
視覚幻覚(幻視)の諸類型
1. 視覚幻覚(幻視)とは
Section titled “1. 視覚幻覚(幻視)とは”視覚幻覚(幻視)は物理的な外的刺激がない状態で視覚的な知覚が生じる現象である。その鑑別診断は多岐にわたり、眼科的・神経学的・代謝的・精神医学的な病因が含まれる。
幻視は視覚的内容により以下のように分類される。
- 単純幻視:光の点滅、幾何学模様、キラキラ光るもの、虹色の渦巻きなど要素的な視覚現象である
- 複雑幻視:人物、動物、風景など完全な形をなしたイメージである。側頭葉病変で生じやすい
もう一つの重要な分類は幻視の出現状況による区別である。開眼時幻視は精神病やせん妄で多く認められる4)。一方、閉眼時幻視は閉眼すると鮮明で色彩豊かな像が出現し、開眼すると消失する稀な現象であり、低ナトリウム血症1)やアルコール離脱4)、クラリスロマイシン投与中7)に報告されている。
視覚幻覚の疫学は原因疾患によって大きく異なる。
- 統合失調症:10代後半〜30代前半に診断されることが多く、男性に多い
- 片頭痛:15歳以上の人口の約8.4%にみられ、女性(12.9%)に多く、30歳代がピークである。視覚前兆を伴う片頭痛患者は全体の31%を占める
- レビー小体型認知症:臨床診断例の約80%に複雑幻視が出現する6)
- シャルル・ボネ症候群(CBS):重度視力低下を有する高齢者に多い
- 低ナトリウム血症:血清Na <120 mEq/Lの患者の0.5%に幻覚が報告されている1)
幻視は単純幻視(光の点滅や幾何学模様)と複雑幻視(人物・動物・風景)に大別される。また、開眼時に出現するものと閉眼時にのみ出現するものがあり、出現状況は原因疾患の鑑別に有用である。詳細は「主な症状と臨床所見」の項を参照。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”幻視の内容は原因疾患によって大きく異なる。
- 片頭痛前兆(閃輝暗点):中心視野にジグザグ模様の光が出現し、末梢へ拡大して中心暗点を残す。通常20〜30分で消失する
- ビジュアルスノー:視野全体が砂嵐のテレビ画面のように多数の小さな点で覆われる持続的な現象である
- 精神病性幻視:光の明滅から家族・動物・宗教的象徴など複雑な場面まで多様である。病識の有無が鑑別上重要となる
- せん妄の幻視:単純な形から這い回る虫の感覚まで多岐にわたる。振戦せん妄では特に後者が特徴的である
- 閉眼時幻視:閉眼すると色彩鮮やかで生々しい像が出現し、開眼すると消失する。患者は幻視が現実でないと認識していることが多い4)
- 認知症に伴う幻視:動物や家族の像が典型的であり、暗所や薄暗い環境で誘発されやすい6)
複雑幻視
人物・動物の像:レビー小体型認知症やシャルル・ボネ症候群に典型的。CBS患者は認知機能が保持されている。
場面・風景:側頭葉病変では形をなした複雑幻視(人や物)が出現し、後頭葉の幾何学的な単純幻視とは異なる。
過去の記憶の再現:脳転移切除後の解放幻視では過去の場面が再現される2)。
原因疾患によりさまざまな臨床所見が伴う。
- レビー小体型認知症:パーキンソン様運動障害、認知機能の変動。幻視はアルツハイマー病との鑑別に高い特異度を有する6)
- VGKC辺縁系脳炎:MRIで両側海馬のT2高信号が特徴的であり、攻撃性や気分変動を伴う5)
- Anton-Babinski症候群:両側後頭葉障害による皮質盲に加え、視覚障害の否認(病態失認)と作話を呈する。脳血管障害に続発することが最も多い
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”視覚幻覚の原因は大きく以下のカテゴリに分類される。
| 分類 | 主な原因 | 特徴 |
|---|---|---|
| 精神疾患 | 統合失調症、せん妄 | 幻聴の方が多いが幻視も伴う |
| 神経変性疾患 | DLB、PD、AD | 認知機能低下と並行 |
| 血管障害 | 脳梗塞、片頭痛 | 閃輝暗点、皮質盲 |
| 代謝・電解質 | 低ナトリウム血症 | 閉眼時幻視が特徴的 |
| 薬物・物質 | 幻覚剤、アルコール離脱 | 5-HT2A受容体関与 |
| 眼疾患 | CBS、視神経炎 | 求心路遮断が機序 |
主要な原因疾患
Section titled “主要な原因疾患”- 一次性精神病:統合失調症、統合失調感情障害などで精神病状態に伴い幻視が出現する。幻聴の方が一般的であるが、鮮明な視覚場面を体験する例もある
- せん妄:急性の認知変動と意識レベル低下を特徴とし、入院中の高齢患者に多い。代謝性脳症、薬物副作用、アルコール離脱(振戦せん妄)が代表的な誘因である
- 片頭痛:一般人口の15〜29%に発生する。視覚前兆(閃輝暗点)は中心視野の無色の閃輝として始まり末梢へ拡大する
- てんかん発作:光る形や鮮やかな点の単純幻視が主であるが、視覚連合野が関与すると複雑幻視となりうる
- 認知症:レビー小体型認知症(DLB)では最大20%に幻視が主要症状として出現する。パーキンソン病でも最大25%、アルツハイマー病でも12〜53%に幻視が報告されている
- 薬物:LSD・メスカリン・シロシビンなどの幻覚剤は5-HT(2A)受容体を刺激して幻視を誘発する。幻覚剤持続性知覚障害(HPPD)として数ヶ月〜数年にわたり知覚の歪みが持続することがある
- 抗コリン薬:シプロヘプタジンの過量摂取で視覚幻覚を含む抗コリン症候群が出現する3)
- クラリスロマイシン:GABA作動性シグナルの抑制を介して神経興奮性を上昇させ、鮮明で動的な閉眼時幻視を誘発することがある7)
- 低ナトリウム血症:血清Na <120 mEq/Lの患者の0.5%に幻視が報告される。閉眼時に出現し、電解質補正で消失する1)
- 腫瘍:側頭葉腫瘍患者59人中13人に幻視が認められた。視路に沿った腫瘍は視覚幻覚を誘発しうる。後頭葉腫瘍では視覚野から他領域への進展により幻視が出現する
- シャルル・ボネ症候群:加齢黄斑変性、網膜剥離、緑内障などによる重度視力低下を有する認知機能正常者に発生する
- 自己免疫性脳炎:VGKC抗体陽性辺縁系脳炎では、幻視に加え攻撃性や記憶障害が出現する。1.5年後に再発した症例も報告されている5)
- 脳転移切除後:後頭葉・頭頂葉の転移巣切除後に求心路遮断による解放幻視(phantom vision)が出現しうる2)
幻覚剤(LSD、メスカリン、シロシビン)のほか、クラリスロマイシンや抗コリン薬(シプロヘプタジンなど)でも幻視が報告されている。クラリスロマイシン誘発性の幻視は薬剤中止後72時間以内に消失する7)。処方薬による幻視が疑われる場合は速やかに処方医への相談が必要である。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”視覚幻覚の原因特定には多角的な評価が不可欠である。
詳細な病歴聴取が最も重要な第一歩である。
- 幻視の内容:単純か複雑か
- 出現状況:開眼時か閉眼時か、暗所で誘発されるか
- 病識の有無:幻視を現実でないと認識しているか
- 誘因:薬剤使用歴、飲酒歴、視力低下の有無
- 随伴症状:意識変容、運動症状、頭痛
| 検査法 | 対象疾患 | 主な所見 |
|---|---|---|
| 散瞳下眼底検査・光干渉断層計(OCT) | 眼疾患(CBS等) | 黄斑変性、緑内障性変化 |
| ハンフリー視野検査 | 視路病変・腫瘍 | 再現性のある視野欠損 |
| 頭部MRI/CT | 脳血管障害・腫瘍 | 梗塞、腫瘤、海馬T2高信号 |
| 脳波(EEG) | てんかん、せん妄 | てんかん性放電の有無 |
| 代謝精査(BMP・CBC・LFT) | 代謝異常、電解質異常 | 低Na血症、肝機能異常 |
| 尿中薬物スクリーニング | 薬物性幻視 | 幻覚剤・大麻等の検出 |
| 髄液・血清抗体パネル | 自己免疫性脳炎 | VGKC等の自己抗体陽性 |
MRIやCTで脳病変を同定した場合は、視野と合併神経症状を神経画像と照合することが病変部位の精密な推定に有用である。
VGKC辺縁系脳炎ではMRIで両側海馬のT2/FLAIR高信号が認められ、髄液・血清のVGKC抗体が陽性となる5)。傍腫瘍性辺縁系脳炎の除外のため、悪性腫瘍のスクリーニング(精巣超音波、胸部CTなど)も実施する5)。
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”視覚幻覚の治療原則は、幻覚そのものではなく原因疾患の治療である。
原因疾患別の治療
Section titled “原因疾患別の治療”- 精神病・せん妄:環境調整、誘発薬剤の中止、抗精神病薬(ハロペリドールなどの定型抗精神病薬)で管理する
- 片頭痛:
- 予防薬:ジヒドロエルゴタミンメシル酸塩(ジヒデルゴット)やロメリジン塩酸塩(ミグシス)が用いられる
- 前兆時:ジヒドロエルゴタミンメシル酸塩を早期に使用する
- 発作時(軽度):NSAIDs、ジヒドロエルゴタミンメシル酸塩、経口トリプタン製剤
- 発作時(重度):経口トリプタン製剤。スマトリプタン皮下注や点鼻薬も使用可能
- てんかん:発作の原因に応じた適切な抗てんかん薬レジメンで管理する
- 低ナトリウム血症:電解質補正が基本である。1日あたり8 mEq/Lの増加を目標とし、ある症例では4日間で幻視が完全消失した1)
- 抗コリン薬中毒:ベンゾジアゼピン系薬剤と抗精神病薬(ハロペリドール)で対症的に管理する3)
- クラリスロマイシン誘発性幻視:薬剤中止が唯一の治療であり、中止後72時間以内に完全消失する7)
- アルコール離脱:重症例ではICU管理下での静脈内鎮静(ミダゾラムなど)が必要となる4)
- 自己免疫性辺縁系脳炎:免疫グロブリン大量静注療法(IVIG)5日間投与で症状消失が得られる。再発時にも同様の治療が有効である5)
- シャルル・ボネ症候群:薬物治療のエビデンスは確立されていない。多くの症例は自然軽快するため、患者への病態説明と安心の提供が最も重要である2)
- 視神経損傷:基礎疾患(感染症、炎症)に対する治療を行う
幻視そのものへの標準的な薬物療法は確立されていない。治療の原則は原因疾患への対処である。シャルル・ボネ症候群では多くが自然軽快し、薬物治療の確実なエビデンスはない2)。精神病性幻視には抗精神病薬、てんかん性幻視には抗てんかん薬が用いられるが、これらは幻視単独に対する治療ではなく原疾患の治療である。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”視覚幻覚の病態生理は原因疾患により異なるが、共通の機序として視覚皮質における興奮と抑制のバランス崩壊が示唆されている。
主要な病態生理
Section titled “主要な病態生理”- 精神病・せん妄:皮質下領域におけるドパミン作動性伝達の亢進と神経伝達物質の不均衡が関与する
- 片頭痛:脳血管のれん縮に伴い後頭葉視覚領域に一過性の虚血が生じ、閃輝暗点が出現する。大脳皮質拡延性抑制が関与するとされる
- ビジュアルスノー:一次視覚野でのガンマ帯域(40〜70 Hz)パワーの有意な上昇と位相振幅結合の低下が報告されており、早期視覚処理における皮質活動の過賦活と脱組織化が示唆されている
- 薬物(幻覚剤):新皮質錐体細胞上の5-HT(2A)受容体を刺激することで幻視を誘発する
- クラリスロマイシン:GABA作動性シグナルを抑制して神経興奮性を上昇させる。網様体賦活系の機能障害が解放現象と幻視を引き起こすと提唱されている7)
- 低ナトリウム血症:血漿浸透圧低下による脳浮腫と、膜電位変化による視覚皮質ニューロンの興奮性上昇が機序として推測される。興奮と抑制のバランス崩壊が幻覚発生の一因である1)
- シャルル・ボネ症候群(解放幻視):視覚入力の喪失(求心路遮断)により視覚皮質が脱抑制され、幻視が「解放」される。これは四肢切断後の幻肢痛と類似した機序(phantom vision)と考えられている2)
- 腫瘍:視路を圧迫するか、視覚情報の伝達を妨げることで後部視覚皮質に影響を及ぼす。側頭葉病変では形をなした複雑幻視(人や物)が出現し、後頭葉の幾何学的な単純幻視(キラキラ光るもの、虹色の渦巻き)とは異なる
- Anton-Babinski症候群:両側後頭葉の広範な障害により皮質盲が生じ、言語中枢や視覚連合野との連結異常により視覚障害を否認する
レビー小体型認知症における幻視の機序
Section titled “レビー小体型認知症における幻視の機序”Mehraramら(2022)は、レビー小体型認知症(LBD)の幻視群25例と非幻視群17例をEEGソースネットワーク解析で比較した。幻視群ではα帯域の視覚腹側ネットワーク内、および同ネットワークとデフォルトモードネットワーク・腹側注意ネットワーク間の接続性が一貫して低下していた。後頭葉が最も機能的に断裂した領域であった6)。
同研究のDTI解析では、幻視群においてマイネルト基底核および視床と皮質間の白質線維数が有意に減少していた。コリン作動性系の構造的変性が機能的ネットワークの断裂に寄与することが示唆された6)。
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”脳ネットワーク研究
Section titled “脳ネットワーク研究”Mehraramら(2022)は、EEGとDTIを組み合わせた研究で、LBDの幻視がコリン作動性系の構造的変性と視覚・注意ネットワークの機能的断裂に関連することを示した。非幻視群ではマイネルト基底核と皮質間の白質線維数が皮質機能的接続性と相関したが、幻視群ではこの相関が消失し、代わりに機能的に障害された皮質領域間の白質線維数との相関が認められた6)。
自己免疫性脳炎の病態解明
Section titled “自己免疫性脳炎の病態解明”Srichawlaら(2022)は、LGI-1およびCASPR-2抗体がともに陰性であるにもかかわらずVGKC複合体抗体が陽性の辺縁系脳炎を報告した。VGKC複合体内に未同定の抗原標的が存在する可能性が示唆され、新たな自己抗体の同定が今後の課題である5)。
脳転移切除後の解放幻視
Section titled “脳転移切除後の解放幻視”Ovchinnikovら(2024)は、後頭葉および頭頂葉の脳転移切除後に複雑幻視を呈した2症例を報告した。症例1では手術後18ヶ月で幻視が自然消退し、EEGでてんかん性活動は検出されなかった。抗てんかん薬(レベチラセタム)は幻視に無効であり、非てんかん性の解放現象(phantom vision)と考えられた2)。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Sharma V, Shah K, Reddy Mallimala P, Sharma K. A Rare Case of Visual Hallucinations Associated With Hyponatremia. Cureus. 2023;15(8):e44485. doi:10.7759/cureus.44485. PMID:37791146; PMCID:PMC10544411.
- Ovchinnikov A, Andereggen L, Rogers S, Gschwind M. Visual hallucinations after resection of cerebral metastases: two patients with complex phantom images. Strahlentherapie und Onkologie : Organ der Deutschen Rontgengesellschaft … [et al]. 2024;200(9):832-837. doi:10.1007/s00066-024-02213-x. PMID:38453698; PMCID:PMC11343780.
- Talabaki H, Soltani M, Abbasi A, Sharifi V, Salehi N, Zakariaei Z. Neuropsychiatric manifestations due to anticholinergic agents and anabolic steroids ingestion: A case series and literature review. Neuropsychopharmacology reports. 2024;44(3):540-544. doi:10.1002/npr2.12460. PMID:38889254; PMCID:PMC11544456.
- Desai S, Toma AE, Sunik A. Closed-Eye Visual Hallucinations Preceding Severe Alcohol Withdrawal. Cureus. 2021;13(8):e17040. doi:10.7759/cureus.17040. PMID:34522518; PMCID:PMC8425497.
- Srichawla BS. Autoimmune Voltage-Gated Potassium Channel Limbic Encephalitis With Auditory and Visual Hallucinations. Cureus. 2022;14(5):e25186. doi:10.7759/cureus.25186. PMID:35747055; PMCID:PMC9209402.
- Mehraram R, Peraza LR, Murphy NRE, Cromarty RA, Graziadio S, O’Brien JT, et al. Functional and structural brain network correlates of visual hallucinations in Lewy body dementia. Brain : a journal of neurology. 2022;145(6):2190-2205. doi:10.1093/brain/awac094. PMID:35262667; PMCID:PMC9246710.
- McGee D, Hanley C, Reynolds A, Smyth S. Clarithromycin-Induced Visual Hallucinations. Neuro-ophthalmology (Aeolus Press). 2022;46(5):319-321. doi:10.1080/01658107.2022.2041046. PMID:36337228; PMCID:PMC9635542.