この疾患の要点
進行性核上性麻痺(PSP)は4リピートタウ蛋白の凝集を特徴とするタウオパチーである。
年間発生率は10万人あたり約5.3人で、40歳以上の中高年、特に60代半ばに多く発症する。
垂直注視麻痺(特に下方注視障害)が最も特徴的な眼科所見であり、経過とともに出現する。
姿勢不安定性と体軸性強剛が顕著で、後方への転倒を繰り返す点がパーキンソン病と異なる。
MRIのハチドリ徴候(矢状断で中脳の著明な萎縮)が診断の手がかりとなる。
根治療法はなく、転倒予防・嚥下管理・多職種介入による対症療法が中心となる。
発症から中央生存期間は5〜8年とされ、確定診断には病理学的所見が必要である。
進行性核上性麻痺(Progressive Supranuclear Palsy; PSP)は、脳幹・大脳基底核を主座とするタウオパチーの一種である。4リピートタウ蛋白が神経細胞および神経膠細胞に凝集・蓄積することで発症する。スティール・リチャードソン・オルゼウスキー症候群(Steel-Richardson-Olszewski syndrome)とも呼ばれる(ICD-10: G23.1)。
疫学的には年間発生率が10万人あたり5.3人、米国有病率は10万人あたり1.39人とされ、近年の報告では有病率が10万人あたり7人に達するとの見解もある1) 。発症年齢は40歳以上、通常60代半ばであり、男性にやや多い。パーキンソン病との類似性から誤診率が高く、確定診断には病理学的所見が必要なため過小診断の可能性がある。発症からの中央生存期間は5〜8年である1) 。
Q PSPはパーキンソン病とどう違うのか?
A PSPは体軸性強剛・後屈斜頸・レボドパ反応不良を特徴とする一方、パーキンソン病は四肢優位の強剛・前屈姿勢・レボドパへの良好な反応を示す。姿勢不安定性の出現時期もPSPで早い。詳細は「診断と検査方法」の項 を参照。
読書困難 :下方注視障害により本が読みにくくなる。
食べこぼし :食事中に下方の視野を確保できず、食物をこぼしやすい(ダーティータイサイン陽性)1) 。
転倒 :前方・後方に転倒し、介護者から見ると踏ん張ろうともせずに倒れるように見える。
視覚の問題 :羞明 (光過敏)を訴えることが多く、屋内でもサングラスを着用する患者もいる。
めまい・バランス不良 :歩行中のバランス障害が主訴として多い。
構音障害 :「うなるような」話し方となり、進行すると理解困難になることもある。
認知機能低下 :記憶障害や読書困難を自覚することがある1) 。
眼球運動障害 はPSPの最重要所見であり、経過を通じて変化する。
垂直注視麻痺 :特に下方注視障害が特徴的。発症初期にはみられないことが多く、経過とともに出現する。進行順序は下方注視障害→上方注視障害→水平注視障害の順である。
下方サッケード の緩徐化 :内側縦束吻側間質核(riMLF)のバーストニューロン障害による。病初期から認められる所見である。
前庭眼反射(VOR)の保存 :初期には保存される。Bell現象やVORで眼球運動の改善がみられれば、核上性病変の存在を示唆する。
矩形波様眼球運動(square wave jerks) :垂直方向の不随意な眼球偏位が繰り返される。
サッケード障害 :垂直方向の遅いサッケード。非標的サッケードが標的サッケードより先に障害される。
輻輳障害 :高頻度に合併する。最終的に両眼がほぼ正中〜外転位に固定される。
眼瞼所見 :眼瞼後退(驚いたような表情)、開瞼失行症・閉瞼失行症、眼瞼痙攣 、眼瞼遅滞。
後屈斜頸(retrocollis) :PSPに特徴的な頸部後屈姿勢(パーキンソン病の前屈と対照的)。
体軸性強剛(axial rigidity) :四肢の強剛より体軸性が優位。
姿勢不安定性 :プルテスト(引っ張り試験)で後方に倒れる。
ロケットサイン :椅子から急に立ち上がろうとして後ろに倒れる。
ワイドベース歩行 :幅広の歩幅で歩く。
アパシー(無気力) :NPI検査で高いアパシースコアと低い焦燥・不安スコアの組み合わせがPSPを示唆する。
拍手サイン(signe d’applause) :3回拍手を指示すると3回を超えて続ける。運動脱抑制の指標。
皮質下認知症 :処理速度低下・計画能力障害が後期に出現する。
Q 進行性核上性麻痺の目の症状はどのように進行するのか?
A 下方注視障害から始まり、上方注視障害、最終的に水平注視障害へと進行する。初期には前庭眼反射で眼球運動が代償されるが、最終的には両眼が正中付近に固定され、読書や食事に支障をきたす。
進行性核上性麻痺の大多数は孤発性で、正確な原因は不明である。
タウオパチー :第17染色体q21のMAPT遺伝子がコードする4リピートタウ蛋白が脳幹・大脳基底核に凝集する。3リピート:4リピートの比率が通常1:1に対し、進行性核上性麻痺では4リピートが優位(1:3)となる。
遺伝的要因 :MAPT遺伝子のH1ハプロタイプとの関連が知られる(軽度の素因)。MAPT遺伝子には10種類の変異が報告されており、エキソン1のR5L変異を含む。家族性集積はまれながら報告がある。
薬物・毒素誘発性仮説 :グアム島(ソテツの神経毒)、グアドループ(アノナシンを含む伝統薬)、フランス北部(化学工場のヒ素)など、特定地域での高発生率が報告されている。
リスク因子 :年齢(40歳以上)、男性、家族歴。
PSPの臨床診断には以下の基準が用いられる。
NINDS-SPSP基準 :米国国立神経疾患・脳卒中研究所と進行性核上性麻痺協会による基準。進行性であることが前提であり、確定診断は病理所見による。
MDS基準(2017年) :Movement Disorder Society(MDS)による改訂診断基準。亜型分類を含む。
PSPは臨床表現型により複数の亜型に分類される。
リチャードソン症候群
頻度 :全PSP症例の54%を占める古典型。
特徴 :早期の転倒・姿勢不安定性が主症状。後期に核上性注視麻痺・認知障害が出現する。
レボドパ反応 :不良。
PSP-パーキンソニズム型
頻度 :PDと最も混同されやすい亜型。
特徴 :振戦・左右非対称性を呈し、レボドパへの初期中程度の反応を示す。
経過 :数年後にRS型の特徴が顕在化することが多い。
その他の亜型
PSP-PAGF :すくみ足を伴う純粋無動症型。初期から歩行障害が主体。レボドパ無効。
PSP-PNF A/AO S :進行性非流暢性失語・発語失行型。
PSP-C :小脳失調型。
MRI が最も重要な画像検査であり、脳血管疾患・水頭症・腫瘍の除外にも用いる。
ハチドリ徴候(hummingbird sign) :矢状断T1で中脳の著明な萎縮と橋の相対的保存を呈する。ハチドリの横顔に似た形態変化1) 。
モーニンググローリー徴候・ミッキーマウス徴候 :軸位断T2で中脳前後径の短縮と大脳脚の菲薄化を認める1) 。
中脳/橋比 :0.52未満がPSPを示唆するとされ、症例報告では0.44と報告されている1) 。
容積測定MRI :上小脳脚萎縮の検出に有用。感度74%、特異度94%でPSPをMS A・PDと区別できるとされる。
MRP I(磁気共鳴パーキンソニズム指数) :(中脳/橋比)×(MCP/SCP比)で算出する指標。
淡蒼球・黒質・橋・視床下核のうち少なくとも3か所に高密度の神経原線維変化とニューロピルスレッド。
動眼神経複合体・歯状核・線条体・延髄のうち少なくとも3か所に低〜高密度の病変。
パーキンソン病(PD) :PSPはより強い姿勢不安定性・体軸性強剛(PDは四肢優位)・後屈斜頸(PDは前屈)を示し、レボドパ反応が不良。早期からの転倒はPSPを強く示唆する。
多系統萎縮症(MSA) :MSAがPSPを模倣することがある。重度自律神経障害(起立性低血圧・尿失禁)が発症3年以内に出現する場合、MSAの可能性が高い(OR: 2.7)2) 。
大脳皮質基底核変性症 (CBD) :肢節運動失行・他人の手徴候を伴う場合は鑑別が必要。
SCA8(脊髄小脳失調症8型) :ATXN8OS遺伝子のCTA/CTG反復拡大がPSP様表現型を呈し得る4) 。
Q MRIでPSPはどのように見えるのか?
A 矢状断T1では中脳が著明に萎縮し橋が相対的に保たれる「ハチドリ徴候」が特徴的である1) 。軸位断T2では中脳前後径の短縮と大脳脚の菲薄化(モーニンググローリー徴候)を認める。中脳/橋比が0.52未満の場合にPSPを示唆するとされる。
PSPに対する根治療法は現時点で存在せず、疾患の進行を逆転させる薬剤はない。対症療法と多職種チームによる集学的アプローチが治療の中心となる1) 。
レボドパ :PSP-P型では初期に中程度の反応を示すことがある。リチャードソン症候群(RS型)では通常無効。症例報告ではレボドパ/カルビドパ投与後も改善を認めず中止となった例がある1) 。別の症例ではレボドパ100mg 1日3回を処方しMDS-UPDRS part IIIの改善が15.8%にとどまり中止となっている4) 。
抑うつへの対応 :ブプロピオンなどが使用されることがある5) 。
転倒予防 :理学療法・歩行補助具・住環境整備が最優先。
嚥下障害への対応 :言語聴覚療法・食形態の調整(誤嚥性肺炎の予防)。
構音障害への対応 :言語聴覚療法・コミュニケーション支援機器の導入。
治療における注意点
レボドパはRS型では通常無効であり、PSP-P型でも部分的効果にとどまる。
疾患の進行自体を止める薬剤は現時点で存在しない。
転倒による重篤な外傷(頭部外傷・骨折)の予防が極めて重要であり、療養環境の整備を優先する。
Q 進行性核上性麻痺に効く薬はあるのか?
A 根治薬はなく、一部の亜型(PSP-P型)でレボドパが部分的に奏効することがあるが、典型型(リチャードソン症候群)では通常無効である。現在の治療は転倒予防・嚥下管理・多職種による対症療法が中心となる。
タウ蛋白は第17染色体q21のMAPT遺伝子にコードされ、16エキソンからなる。選択的スプライシングにより6種のアイソフォームが生成される。進行性核上性麻痺では4リピートタウが優位(3リピート:4リピート = 1:3)となり、脳幹・大脳基底核の神経細胞・神経膠細胞に凝集する。
PSPの眼球運動障害は以下の経路障害によって説明される。
下方サッケードの緩徐化 :riMLF(内側縦束吻側間質核)のバーストニューロンが障害される。下方注視信号はriMLFから同側の動眼神経核・滑車神経核へと伝達されるため、両側riMLF病変により下方注視障害が出現する。
上方注視障害 :上方注視信号はriMLFから後交連(PC)を介して両側動眼神経核へ伝達される。後交連の病変で上方注視障害が出現する。
矩形波様眼球運動 :上丘・脳幹オムニポーズニューロン・小脳室頂核の機能障害と関連する。
影響を受ける主な神経路は以下の通りである。
ドパミン作動性黒質線条体路 :欠損がパーキンソン病と共通する。
GABA作動性経路・コリン作動性経路 :線条体・無名質・大脳皮質のコリンアセチルトランスフェラーゼ活性が低下し、視覚障害の一部に寄与する。
病理学的には、淡蒼球を含む後頭蓋窩構造の萎縮・黒質の脱色素が肉眼的に確認される。光顕では直鎖状線維(平均直径12〜15nm)からなる神経原線維変化とニューロピルスレッドが密に認められる(アルツハイマー病の対旋回状線維とは異なる)。アミロイド沈着・プラークはなく、この点がアルツハイマー病との鑑別点となる。
Katzdoblerら(2023)は[18F]PI-2620 tau-PETを用いた多施設研究で、4リピートタウオパチー(PSP・大脳皮質基底核症候群)78名と他の神経変性疾患79名・健常対照12名を比較した3) 。進行性核上性麻痺患者では視床・尾状核・前帯状皮質に有意な低灌流が確認された。灌流パターン単独のAUCは0.850、灌流+タウ複合パターンのAUCは0.903(タウ単独0.864を上回る)に達し、外部データセットでの再現でもAUC 0.917が得られた。灌流パターンは進行性核上性麻痺評価スケール(R=0.402, p=0.0012)およびADL(R=−0.431, p=0.0005)と相関し、タウパターンより臨床重症度との相関が強かった。
Mikiら(2021)は剖検確認MSA 218例の後方視的研究で、17例(7.8%)が進行性核上性麻痺 mimicsとして臨床診断されていたことを報告した2) 。発症10年以内に7つのred flag特徴のいずれか1つが出現した場合のMSA確率は約2.3倍(OR: 2.3)に上昇した。特に重度自律神経障害(起立性低血圧・尿失禁)が発症3年以内に出現する場合、MSA対進行性核上性麻痺のオッズ比は2.7であった。この研究から決定木アルゴリズムによる鑑別法の開発も試みられている。
Jiangら(2023)は、ATXN8OS遺伝子のCTA/CTG反復131回以上(完全浸透変異)を有するSCA8の1例が進行性核上性麻痺様表現型を呈したことを中国から報告した(同様の報告は日本からの2例に続く3例目)4) 。SCA8の剖検例では4リピートタウオパチーが確認されており、遺伝子・病理レベルでの関連が示唆されている。現時点では進行性核上性麻痺患者への広範なATXN8OS遺伝子検査は支持されないとされる。
Diogo C, Fernandes C, Luz L, et al. Frequent and Unexplained Falls: A Case of Progressive Supranuclear Palsy. Cureus. 2024;16(10):e72503.
Miki Y, Tsushima E, Foti SC, et al. Identification of multiple system atrophy mimicking Parkinson’s disease or progressive supranuclear palsy. Brain. 2021;144(4):1138-1151.
Katzdobler S, Nitschmann A, Barthel H, et al. Additive value of [18F]PI-2620 perfusion imaging in progressive supranuclear palsy and corticobasal syndrome. Eur J Nucl Med Mol Imaging. 2023;50(2):423-434.
Jiang L, Zhu W, Zhao G, Cao L. Spinocerebellar ataxia type 8 presents as progressive supranuclear palsy. Neurosciences (Riyadh). 2023;28(3):199-203.
Braun AA, Jung HH. Systematic review of phenotypes in McLeod syndrome and case report of a progressive supranuclear palsy in a female carrier. Orphanet J Rare Dis. 2024;19(1):312.
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