MSA-C 主要所見
多系統萎縮症の神経眼科的徴候
1. 多系統萎縮症の神経眼科的徴候とは
Section titled “1. 多系統萎縮症の神経眼科的徴候とは”多系統萎縮症(multiple system atrophy; MSA)は、パーキンソニズム・運動失調・自律神経機能不全を特徴とする中枢神経系の進行性神経変性疾患である。
旧来は小脳症状を主とするオリーブ橋小脳萎縮症、パーキンソニズムを主とする線条体黒質変性症、自律神経症状を主とするシャイ・ドレーガー症候群として別々に分類されていた。現在はこれらを統合し、小脳型(MSA-C)とパーキンソン型(MSA-P)の2型に分類される。
米国の発症率は10万人あたり0.6〜3.0人と報告されている。男女比はほぼ同等(1.3:1の報告もあり)で、発症年齢は50代前半に多くピークは55〜60歳とされる。診断後の平均余命は6〜10年である。
MSAでは求心路(瞳孔)と遠心路(眼球運動)の双方に眼科的徴候が生じる。診断が困難なことが多く、症状発症からMSA診断まで平均9.08年、脳深部刺激術(DBS)施行後にMSAと診断されるまで平均2.89年を要した後方視的研究がある。4)
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”- 動揺視(振子視、oscillopsia):頭部運動時に景色が揺れて見える。MSAにおける代表的な神経眼科症状である。
- めまい(vertigo):孤立性めまいが初発症状となることがある。1)
- ドライアイ:自律神経機能不全と瞬目障害の複合により生じる。
- 視力・色覚・視野は通常保たれる。視覚症状を欠く患者も存在する。
MSAの最も一般的な徴候はパーキンソニズム(87%)と小脳失調(54%)である。眼球運動異常は30例の検討で以下の頻度が報告されている。
MSA-P 主要所見
VNG(ビデオ眼振図検査)でサッケード侵入・間欠性マクロサッケード振動・オプソクローヌスを検出した症例も報告されている。1) 眼球運動の定量評価にはEOG(眼球電図)が用いられ、視覚誘導サッケード(潜時・振幅)・パシュート(利得)・VOR(利得)・固視(眼振波形・SWJ潜時)などのパラメータを記録する。最終的には多くの患者で眼球固定に至る。
小脳変性により前庭動眼反射が障害され、頭部運動時に眼球が適切に補正されないため景色が揺れて見える。眼球運動異常の中でも動揺視は患者の日常生活に直接影響する訴えである。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”MSAの直接的な原因は、ミスフォールドしたα-シヌクレインがオリゴデンドロサイト内に蓄積することに起因する神経細胞死と考えられている。
- 膠細胞細胞質内封入体(GCI、パップ・ラントス体):ミスフォールドしたα-シヌクレイン凝集体。MSAの病理組織学的特徴。
- GCIの好発部位:小脳・橋核・下オリーブ核・黒質。
- ニューロン消失部位:淡蒼球外節・尾状核・被殻・黒質・下オリーブ核・橋核・小脳プルキンエ細胞・脊髄中間外側核。
- 肉眼的病理:前頭葉大脳皮質の変性、小脳・中脳の萎縮。
- α-シヌクレイン遺伝子の変異は認められていない。
- α-シヌクレインの腸管神経系への蓄積がMSAの消化管機能障害(難治性便秘等)に寄与する可能性がある。5)
- MSA-P線条体のアセチルコリンエステラーゼ活性低下が報告されている(Gilman et al. 2010)。5)
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”MSAのコンセンサス診断基準は4つの症状領域で構成される:①自律神経・排尿機能不全、②パーキンソニズム、③小脳失調、④皮質脊髄路機能不全。
MSA診断基準(3段階)
Section titled “MSA診断基準(3段階)”確診度に応じて以下の3段階に分類される。
| 確診度 | 基準の要点 |
|---|---|
| 疑い(possible) | 自律神経不全の徴候1つ以上+他の基準1つ |
| ほぼ確実(probable) | 自律神経不全+パーキンソニズムまたは小脳失調+レボドパ反応不良 |
| 確定(definite) | 死後病理確認が必要 |
probable MSAの自律神経不全の定義:尿失禁(男性では勃起不全を伴う)または起立後3分以内の血圧低下(収縮期30 mmHg以上または拡張期15 mmHg以上)。MDS 2022年MSA診断基準(Wenning et al. 2022)では「clinically established MSA」の概念が導入されている。2)
神経画像検査
Section titled “神経画像検査”- MRI:小脳・橋・基底核の不相応な萎縮。ホットクロスバンサイン(十字サイン)は橋の特異的所見だが早期では検出困難なことが多い。5)
- PET-CT:両側小脳半球の代謝低下(左側31%低下の報告あり)、脳幹・小脳の容積減少が初期MRI正常例でも検出可能。1)
眼科的検査とレッドフラッグ所見
Section titled “眼科的検査とレッドフラッグ所見”MSAを示唆する眼科的「レッドフラッグ」基準として以下が挙げられる:過剰なSWJ、中等度のサッケード低測定、VOR障害、眼振。VNG(ビデオ眼振図検査)がMSAの早期眼球運動異常検出に有用である。1) MSA-P患者で眼球運動異常がMRI所見より先行して検出された事例がある。1)
EOGによる眼球運動の定量評価では、視覚誘導サッケード(潜時・振幅)、パシュート(利得)、VOR(利得)、固視(眼振波形・SWJ潜時)を記録する。
- パーキンソン病(PD):眼球運動障害は軽度にとどまることが多い。MSAではSWJ過剰・サッケード低測定・VOR障害・眼振がレッドフラッグとなる。
- 進行性核上性麻痺(PSP):垂直注視麻痺(特に下方注視障害から始まり上方注視・水平注視へ進行)があればPSPを優先的に考慮する。VORは初期に保たれる。
- レビー小体型認知症:認知症が前景に立つことが多い。
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”MSAに対する確立された根治療法はなく、対症療法が主体となる。
パーキンソン症状
Section titled “パーキンソン症状”- レボドパ療法:試みるが反応するのは約1/3のみ。
自律神経症状
Section titled “自律神経症状”- 起立性低血圧:フルドロコルチゾン・ピリドスチグミン・ミドドリンで管理。
- ドライアイ・眼瞼炎:局所抗炎症点眼薬・人工涙液・軟膏・眼瞼衛生(リッドスクラブ)・経口ドキシサイクリン。
- 眼瞼痙攣:ボツリヌス毒素注射。
- 動揺視:眼位依存性がある場合はプリズム眼鏡が有用なことがある。
- 垂直眼振・SWJ混入:GABA_B作動薬が著効することがある。
DBSについて
Section titled “DBSについて”DBSはMSA患者には推奨されない。12名に対する後方視的研究では、9名で一時的改善がみられたが7名で全般的悪化が生じた。認知障害・歩行困難・自律神経障害・ジストニアなどの有害事象が生じ、4名でDBS停止を要した。4)
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”α-シヌクレイン蓄積とGCI形成
Section titled “α-シヌクレイン蓄積とGCI形成”ミスフォールドしたα-シヌクレインがオリゴデンドロサイト内に蓄積してGCI(膠細胞細胞質内封入体)を形成し、グリア細胞機能を障害してニューロン死に至る。ニューロン消失とグリオーシスの主要部位は淡蒼球外節・尾状核・被殻・黒質・下オリーブ核・橋核・小脳プルキンエ細胞・脊髄中間外側核(ICC)である。
眼球運動障害の機序
Section titled “眼球運動障害の機序”- サッケード異常:終止ニューロン(omnipause neuron; ON)の障害、または大脳皮質→基底核経由の抑制経路の障害により衝動ニューロンが脱抑制される。小脳が脳幹眼球運動機能を効果的に抑制・最適化できなくなり、サッケード振動が生じる。1)
- 小脳の眼球運動制御:前庭小脳(片葉・傍片葉・虫部)と近傍領域(背側虫部・室頂核)がサッケード・パシュート・VORのパラメータを最適化する。これらの経路の障害がMSAの多彩な眼球運動異常を引き起こす。
- 上方・下方注視の神経回路:riMLF(内側縦束吻側間質核)が上下方向・回旋性サッケードを生成し、iC(Cajal間質核)が上下運動の注視眼位を維持する。
オプソクローヌスの病態生理(3仮説)
Section titled “オプソクローヌスの病態生理(3仮説)”オプソクローヌスの発症機序については以下の3つの仮説が提唱されている。2)
| 仮説 | 提唱機序 |
|---|---|
| 橋理論 | 橋被蓋核raphe interpositus内のON障害→burst cell脱抑制 |
| 脳幹理論 | ON→burst cell間のシナプス膜特性変化→post-inhibitory rebound excitation亢進 |
| 小脳理論 | プルキンエ細胞機能不全→室頂核(FN)脱抑制→FNがONを強力に抑制→burst cell活動亢進 |
小脳理論はfMRIでFN活性化亢進が確認されており、現在最も支持されている仮説である。2)
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”α-シヌクレインPETイメージング
Section titled “α-シヌクレインPETイメージング”Matsuokaら(2022)は、18F-SPAL-T-06を用いてMSA患者のα-シヌクレイン病変をin vivoで可視化する世界初のfirst-in-human PET研究を報告した。3) MSA-P 2名・MSA-C 1名・健常対照1名(72歳)でPETを実施。MSA-Pでは被殻にSPAL-T-06集積亢進、MSA-Cでは橋・小脳白質・小脳脚にも集積亢進を認めた。健常対照では対応部位に有意な集積はなかった。プローブの解離定数Kd = 2.49 nM(高親和性)で、MAO-A/B阻害剤による置換はごくわずか(オフターゲット影響最小)。GCI分布パターンと一致するトポロジーが確認された。
この研究はパーキンソン病・レビー小体型認知症への応用も見据えた基盤的研究である。今後の診断・病態解明への貢献が期待される。
薬剤誘発性オプソクローヌスの系統的解析
Section titled “薬剤誘発性オプソクローヌスの系統的解析”Cannillaら(2024)は、30論文158症例を対象とした薬剤・毒素誘発性オプソクローヌスのシステマティックレビューを報告するとともに、MSA患者におけるアマンタジン誘発性オプソクローヌスの初症例を記載した(Naranjoスコア7)。2)
DBS誤施行の課題
Section titled “DBS誤施行の課題”Badihianら(2022)の後方視的研究では、1,496名のMSA患者のうち12名がDBSを施行されており、9名は手術時にPD診断であった。4) 術前に非定型パーキンソニズムのレッドフラッグが全例に認められており、術前の自律神経機能検査の重要性が示唆された。MSAがPDと誤診されてDBSが施行されるケースの存在が課題である。
2022年にfirst-in-human研究が報告された段階であり、まだ研究段階にある。今後パーキンソン病・レビー小体型認知症への応用も検討されている。一般的な診療での使用はできない。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”-
Wei Y, Chen J, Lu C, Jiang Y, Liu Z, Zhang W, et al. Multiple system atrophy with oculomotor abnormalities as a prominent manifestation: A case series. Medicine. 2023;102(25):e34008. doi:10.1097/MD.0000000000034008. PMID:37352034; PMCID:PMC10289487.
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Cannilla H, Messe M, Girardin F, Borruat FX, Bally JF. Drug- and Toxin-Induced Opsoclonus - a Systematized Review, including a Case Report on Amantadine-Induced Opsoclonus in Multiple System Atrophy. Tremor and other hyperkinetic movements (New York, N.Y.). 2024;14:23. doi:10.5334/tohm.832. PMID:38737300; PMCID:PMC11086588.
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Matsuoka K, Ono M, Takado Y, Hirata K, Endo H, Ohfusa T, et al. High-Contrast Imaging of α-Synuclein Pathologies in Living Patients with Multiple System Atrophy. Movement disorders : official journal of the Movement Disorder Society. 2022;37(10):2159-2161. doi:10.1002/mds.29186. PMID:36041211; PMCID:PMC9804399.
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Badihian N, Jackson LM, Klassen BT, Hassan A, Low PA, Singer W, et al. The Effects of Deep Brain Stimulation in Patients with Multiple System Atrophy. Journal of Parkinson’s disease. 2022;12(8):2595-2600. doi:10.3233/JPD-223504. PMID:36442207; PMCID:PMC10077954.
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Wang M, Wang Y, Yang Y, Luan M, Zhong M, Xu L, et al. A case report and literature review of possible multiple system atrophy-parkinsonian type with cholinergic deficiency. CNS neuroscience & therapeutics. 2023;29(8):2384-2387. doi:10.1111/cns.14243. PMID:37122149; PMCID:PMC10352873.