この疾患の要点
ヘビーアイ症候群(HES)は強度近視 の眼軸 延長により眼球後部が筋錐から上耳側に脱臼し、進行性の内斜視 ・下斜視 を生じる後天性斜視 である。
外転・上転の機械的運動制限と牽引試験陽性が特徴的な臨床所見である。
診断にはMRI眼窩 冠状断が必須で、外直筋の下方偏位と上直筋の内側偏位を確認する。
第一選択治療は上直筋・外直筋縫着術(横山法)であり、内直筋後転術単独では長期的な再発が避けられない。
外直筋短縮は横山法の成功率を低下させるため禁忌である。
強度近視 (-8.00D以上)・長眼軸 (27mm以上)・高齢・女性がリスク因子で、40歳以降に発症することが多い。
固定内斜視 の最重症例では眼虚血・視神経萎縮 ・網膜 中央動脈閉塞症を合併する危険があり、早期手術が推奨される。
ヘビーアイ症候群(Heavy Eye Syndrome; HES)は、強度近視 (high myopia )に伴って発症する後天性斜視 の一種である。固定内斜視 (strabismus fixus convergence)、近視 性固定内斜視 (myopic strabismus fixus)、強度近視性斜視 (highly myopic strabismus)とも呼ばれる。
外転・上転制限を伴う進行性の内斜視 および下斜視 を特徴とする。非典型例として外斜視 や上斜視 の報告もある。
疫学的特徴:
好発年齢・性差 :平均年齢59.7歳(16〜87歳)、通常40歳以降に発症。女性が75〜90%を占める
屈折 異常・眼軸長 :-6.00D以上または眼軸長 27mm以上の患者における有病率は2.65%6) 。典型的な特徴として-8.00D以上、眼軸長 27mm以上、大角度の内斜視 ±下斜視 、外転・上転の運動制限が挙げられる4) 。大部分の症例で眼軸長 30mm以上に達する
自然経過 :HESによる斜視 ・複視 は自然には改善しない。固定内斜視 が最も進行性で、長期的に重症化する4) 7)
サギングアイ症候群(SES)との鑑別:
HESと類似した斜視 としてサギングアイ症候群(SES)がある。SESは非近視 の高齢者にみられ、遠見で悪化する内斜視 、両側性眼瞼下垂 ・眼瞼溝深化を伴う点でHESと異なる。詳細は「診断と検査方法」の項 を参照。
Q
ヘビーアイ症候群とサギングアイ症候群はどう違うのか?
A
HESは強度近視 の眼軸 延長による眼球後部の筋錐外脱臼が原因で、大角度の内斜視 ・下斜視 と重度の外転・上転制限を伴う。SESは非近視 の高齢者に生じる加齢性のLR-SRバンド変性が原因で、内斜視 は比較的軽度で運動制限も軽微である。MRIでのLR-SR角度はHES 121±7度に対しSES 104±11度と有意差がある4) 。
HESは成人期になって初めて症状を自覚する後天性疾患であり、小児期には通常みられない。
複視 :成人期に外見上気づかれることもあるが、複視 を主訴とすることが多い
眼球の内下転位 :外見上の問題として受診するケースもある
症状の進行性 :患者が高齢で近視 が強いほど斜視 を発症する可能性が高く、放置すれば悪化する
眼球運動制限 :外転および上転方向に機械的運動制限を認める。牽引試験(forced duction test)陽性
大角度の内斜視 ・下斜視 :進行性に増大する4) 。重症例ではプリズム光反射法(Krimsky test)でしか斜視 角を測定できない
重症度の幅 :軽症例では正中を越えて外転可能なものから、最重症例では眼球が内下転位に固定されて全く動かない固定内斜視 まで多様である
平均眼軸長 :28.9〜31.4mmと報告されている
運動制限の質 :SESよりはるかに重度。内直筋の二次性拘縮および上耳側への眼球脱臼による機械的制限が主因である4)
強度近視 による眼軸 延長が根本的な原因である。眼軸 が延長すると眼球後部がぶどう腫 様変化を呈し、上直筋(SR)と外直筋(LR)の間にある結合組織帯(SR-LRバンド)が破裂する1) 2) 。
SR-LRバンドの破綻により外眼筋 の走行が偏位するカスケードが生じる。
外直筋の下方偏位 :下方にシフトした外直筋は上転機能を失い、代わりに内下転作用を及ぼすようになる
上直筋の内側偏位 :内側にシフトした上直筋は外転機能を失い、代わりに内上転作用をもたらす
眼球の上耳側脱臼 :偏位した両筋により眼球後部が上耳側の筋錐外へ脱臼し、外直筋・上直筋がさらに引き伸ばされて機械的な外転・上転制限が完成する2) 4)
強度近視 :-8.00D以上が典型的なリスク4)
長眼軸 :27mm以上4) 6)
加齢 :40歳以降に発症することが多い7)
女性 :患者の75〜90%が女性
なお、すべての強度近視 がHESになるわけではない。眼球の伸長が軸方向のみで上耳側脱臼が生じない場合は発症しない4) 。
Q
強度近視があれば必ずヘビーアイ症候群を発症するのか?
A
強度近視 であっても、眼球の伸長が軸方向のみで上耳側への脱臼が生じない場合はHESを発症しない4) 。発症にはSR-LRバンドの破綻と眼球後部の上耳側への脱臼という形態変化が必要であり、単純な屈折 度数だけで発症を予測することはできない。
眼窩 MRI(冠状断)がHES診断の最重要画像検査である1) 2) 。外直筋の下方偏位、上直筋の内側偏位、眼球の上耳側脱臼を確認する。
推奨撮像条件 :T1強調画像・脂肪抑制なし・冠状断4)
軽症例の注意点 :眼位によって脱臼程度が変わるため、正面視だけでなく右下向き・左下向きなど複数方向の撮像が推奨される
LR-SR筋間中隔 :菲薄化・伸展・断裂が認められることがある
HES・SES・正常例のMRI定量比較(LR-SR角度・眼球脱位角)を以下に示す。
HES SES 正常対照 LR-SR角度 121±7度4) 104±11度4) — 眼球脱位角 179.9±30.8度5) — 102.9±6.8度5)
HESと類似した外転・上転障害を呈する疾患との鑑別が必要である。
HESの画像所見
外直筋 :下方に偏位し、筋走行が下側にシフト
上直筋 :内側に偏位し、筋走行が鼻側にシフト
眼球後部 :上耳側象限から筋錐外に脱臼。LR-SR角度121±7度4)
SESの画像所見
外直筋 :下方に偏位(LR-SRバンド変性による)
上直筋 :内側偏位は軽微または認めない
眼球後部 :脱臼は軽微。LR-SR角度104±11度4)
主な鑑別疾患の特徴を以下に示す。
疾患 特徴的な鑑別点 サギングアイ症候群(SES) 非近視 の高齢者、外直筋下方偏位のみ、軽度内斜視 4) 甲状腺眼症 (TED)眼瞼後退 ・眼球突出 、MRIで外眼筋 肥大4) 第VI脳神経麻痺 単眼性外転障害、MRIで外眼筋 走行偏位なし4) デュアン症候群 先天性、内転時眼球後退、眼瞼裂狭小化 重症筋無力症 易疲労性、時間帯による変動
牽引試験(forced duction test) :手術開始時に必須。内直筋拘縮による制限と、眼球脱臼による機械的制限を確認する5) 7)
眼球運動検査 :外転・上転の運動制限を評価。重症例では角膜 反射法(Krimsky test)でのみ斜視 角が計測可能4)
Q
なぜMRIが診断に必要なのか?
A
HESの本質は外眼筋 の走行偏位と眼球脱臼であり、これらはMRI冠状断でなければ確認できない。SESや甲状腺眼症 など他の原因との鑑別にも画像所見が不可欠である。また、軽症例では眼位によって脱臼程度が変わるため、複数方向の撮像が推奨される。
MRIで確定診断されれば、眼球運動制限が軽度・斜視 角が小さい場合でも、上外直筋縫着術(横山法)が第一選択である。
筋錐外に脱臼した眼球後半部を筋錐内に整復するために、上直筋と外直筋の筋腹を縫着する術式である。
縫着部位
縫着位置 :各直筋の付着部から15mm後方
通糸方法 :筋縁から異なる距離で2回通糸し、筋をしっかり固定する
縫合糸
使用糸 :5-0ポリエステル糸
選択理由 :不要な組織反応を避けるため、吸収糸は使用しない
追加手術
内直筋後転の適応 :眼球が筋錐内に整復されても外転制限が残る場合に追加する
手術順序 :上外直筋縫着の後に内直筋後転を検討する
横山法の術後成績: Yamaguchiらは23例でループ筋固定術(±内直筋後転)を施行した5) 。術前23例全員で牽引試験陽性→術後陽性は1例のみ。眼球脱位角の減少、最大外転・上転角度の改善、斜視 角の減少を確認。平均48.8ヶ月追跡で再発を認めなかった5) 。
結膜 後転の追加: 鼻側結膜 が拘縮している場合は同時に行う。
内直筋後転単独では効果は一時的であり、長期的に内下斜視 が再発する。必ず横山法の後に、必要に応じて追加する手技として位置づける。
MRIで筋走行異常が確認されない場合は従来の後転短縮術(recession-resection; R&R)が有効であり、ループ筋固定術は不要である4) 。
プリズム眼鏡 :大角度・非共同性のため基本的に不適応。術後残余偏位に対しては有用な場合がある
経過観察 :患者が治療を希望しない場合に選択する
手術前に網膜 専門医への紹介を検討する。進行性の近視 性変性に活動性網膜 病変がないかを確認するためである。
手術における重要な禁忌・注意点
外直筋短縮は禁忌 :外直筋短縮は上外直筋縫着術の成功率を低下させるため、絶対に行ってはならない
内直筋後転の手術順序 :上外直筋縫着の前に内直筋の大量後転を行うと、過矯正で外斜視 になる可能性がある。内直筋後転は必ず上外直筋縫着の後に検討する
内直筋後転単独は不十分 :内直筋後転単独では長期的な再発が避けられない
Q
内直筋後転術だけで治療できないのか?
A
内直筋後転術単独では効果が一時的で、長期的に内下斜視 が再発する。HESの根本的な原因は眼球後部の脱臼と外眼筋 の走行偏位であり、これを整復する上外直筋縫着術(横山法)が第一選択である。内直筋後転は横山法で外転制限が残存した場合にのみ、その後に追加する手技として位置づけられる。
HESの病態は、眼軸 延長→SR-LRバンド破綻→外眼筋 偏位→眼球脱臼という連鎖反応によって形成される。
眼軸 延長とSR-LRバンドの破綻:
強度近視 では眼軸長 の延長に伴い、眼球後部がぶどう腫 様に変形する。この過程でSR-LRバンドが引き伸ばされ、最終的に断裂する1) 2) 。バンドの破綻は、加齢に伴う結合組織変性が好発する上耳側象限で優先的に生じる。
MRIによる定量的評価:
眼球脱位角は眼球中心・外直筋・上直筋がなす角度で定義され、脱臼の程度を定量化できる5) 。
Yamaguchiら(2010)は23例のHES患者において眼球脱位角を測定した5) 。HES患者の平均眼球脱位角は179.9±30.8度であり、正常対照の102.9±6.8度に比べて著しく大きかった。この数値はHESにおける眼球脱臼の重篤さを定量的に示している。
外直筋下方偏位と上直筋内側偏位の程度もMRIで測定可能であり、HESの診断と治療効果判定に用いられる1) 2) 。
機械的制限の二重機序:
HESにおける外転・上転の機械的制限は2つの原因による。第一は偏位した外眼筋 走行による解剖学的な制限、第二は長期の斜視 により二次的に生じた内直筋の拘縮である4) 。
筋走行と合併症リスク:
視神経 の機械的伸展・捻転が血流を遮断し、眼虚血・視神経萎縮 ・CRAO をきたす危険がある。筋走行の重要性は、こうした合併症リスクの観点からも強調されている3) 。
横山法はその有効性が確立されているが、より簡便・確実な術式への改良が続けられている。
複数の変法が報告されている。2本の縫合糸で筋腹を結合させる改良法が報告されている。Jensen法を応用し、外直筋上半分と上直筋耳側半分を分割縫合する手技も提案されている。外直筋上半分と上直筋耳側半分をTillauxの螺旋に沿って中間地点に移動する方法も報告されている。ジップアップ式のループ筋固定術、シリコンスリーブによる結合法、3本縫合糸によるSR-LR結合法なども提案されている。
複数の変法が報告されている。ループ筋固定術単独(内直筋後転を同時に行わない)で72%の症例で良好な結果が得られたとの報告がある。同時に内直筋後転を行うアプローチは2回目の手術を不要にする利点があり、術後の斜視 角を確認してから内直筋後転を追加する段階的アプローチは全体の手術量を抑制できる利点がある。いずれが優れるかは現在も検討中である。
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