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その他

眼球運動検査(むき運動・ヘス赤緑試験)

眼球運動検査は、眼球の運動範囲・眼位・複視の有無を評価する一連の検査である。主な検査は以下の3つである。

  • 視診によるむき運動・ひき運動の評価:両眼同方向の共同運動(むき運動、version)と片眼単独の運動(ひき運動、duction)を視診で評価する
  • ヘスチャート(Hess chart / Hess赤緑試験):赤緑眼鏡を利用して眼球運動障害の部位・程度を記録する
  • 視野検査:単眼注視野と両眼注視野(両眼単一視野)により複視の範囲を記録する

ヘスチャートと注視野検査の意義は、眼球運動障害複視の程度を「記録」しておくことにある。これらの検査で初めて異常が検出されたり、確定診断に役立ったりすることは少ない。視診による眼球運動検査で患者の見え方(複視)を確認しながら行うほうが、得られる情報量はるかに多い。

眼球運動検査の主な適応を以下に示す。

Q 眼球運動検査はどのような場合に行うのか?
A

複視・眼球運動制限・頭位異常(代償頭位)を認める患者に適応となる。外転神経麻痺動眼神経麻痺滑車神経麻痺などの麻痺性斜視甲状腺眼症眼窩底骨折による機械的制限を評価するほか、斜視手術の術前術後変化の客観的記録にも用いられる。ヘスチャートと注視野検査は主に「記録」が目的であり、視診による眼球運動評価とセットで行うのが基本である。

2. 検査の前提:代償頭位の観察

Section titled “2. 検査の前提:代償頭位の観察”

眼局所にとらわれず、はじめに患者の全体を観察し、姿勢異常がないかを確認する。頭位異常(代償頭位)は、左右どちらかへの顔回し(水平面)、顎上げと顎引き(矢状面)、左右どちらかへの頭部傾斜(冠状面)の3次元の回転方向で評価する。

代償頭位は眼球運動障害斜視を補正するための自然な適応であり、その方向から障害筋・障害方向を推定できる。

眼性頭位異常の種類自然頭位(代表例)異常所見代表疾患
顔回し左への顔回し左眼外転制限外転神経麻痺、Duane症候群
顎上げ・顎引き顎上げA型内斜視A型・V型斜視眼瞼下垂
頭部傾斜左への頭部傾斜上斜視上斜筋麻痺などの上下・回旋斜視

代償頭位を確認後、9方向でのむき運動・ひき運動の視診へ進む。

Q 複視を訴える患者にまず何をすべきか?
A

最初に患者全体を観察し、代償頭位(顔回し・顎上げ・頭部傾斜)の有無を確認する。次に9方向のむき運動を視診で評価し、各方向での運動制限と複視の出現方向を確認する。その後、記録目的でヘスチャートや注視野検査を行う。複視が水平性か垂直性かによって鑑別疾患の優先順位が異なるため、まず視診で複視の方向性と眼球運動制限の方向を把握することが最も重要である。

左動眼神経麻痺症例のヘススクリーン検査と9方向眼球運動写真の経時変化(発症4日目・13日目・6週目)
左動眼神経麻痺症例のヘススクリーン検査と9方向眼球運動写真の経時変化(発症4日目・13日目・6週目)
Murakami N, et al. Spontaneous resolution of acute isolated cranial nerve III palsy associated with anti-ganglioside antibody. BMC Ophthalmol. 2023 Jan 5;23:11. Figure 1. PMCID: PMC9813886. License: CC BY.
動眼神経麻痺の症例における発症4日目(a)、13日目(b)、6週目(c)のヘススクリーン検査と、眼球運動の外眼写真(d:外転以外全方向に−2制限、e:全方向完全回復)を示す。本文「3. 各検査法の原理と手順」の項で扱うむき運動視診とヘスチャートによる経時記録に対応する。

むき運動(version)は両眼が同方向に動く共同運動であり、9方向(正面・右・左・上・下・右上・右下・左上・左下)への追従眼球運動を観察する。ひき運動(duction)は片眼ずつを単独で評価する眼球運動であり、交互遮蔽試験(交代遮蔽法)と組み合わせて偏位方向を確認する。

むき運動評価の手順

  1. 患者と向き合い、約50cmの距離で実施する
  2. 検者の指先またはペンライトで9方向に誘導する
  3. 各方向での眼球運動の到達度を確認し、制限の有無を記録する
  4. 過運動(解離性眼振等)の有無も確認する
  5. 各方向での複視の有無を患者に確認する

ひき運動評価の手順

  1. 交代遮蔽法によりカバー除去後の眼球運動から偏位方向を判断する
  2. 単独遮蔽法(cover test)で顕性斜視を検出する
  3. 各眼の運動範囲を片眼ずつ確認する

ヘスチャート(Hess赤緑試験)

原理:赤緑眼鏡で両眼を分離し、赤碁盤に緑視標を重ね合わせて眼位を検出する

判定原則:パターンが小さいほうが麻痺眼。パターンが最も縮小した方向が麻痺筋の作用方向

適応:麻痺性斜視の定量記録、経時的変化の追跡、術前術後評価

注意点:両眼に麻痺がある場合は判定不能。共同性斜視・skew deviationではパターンサイズが両眼で等しくなる

注視野検査

単眼注視野:単眼ずつの追従固視できる範囲を測定。正常でほぼ50°の円形。ひき運動の記録目的で用いる

両眼注視野(両眼単一視野):両眼で単一視できる範囲を測定。正常でほぼ50°の円形。複視の方向・範囲の把握に有用

限界:回旋性複視は反映されない。診断的価値は低く記録としての価値が主

  1. 暗室でヘスチャート(赤碁盤スクリーンまたはタブレット)を準備する
  2. 被検者に赤緑眼鏡を装着させる(赤眼鏡が固視眼側)
  3. 検者が赤スクリーンの各点(9方向)を順に指示する
  4. 被検者が緑視標を重ね合わせる
  5. ずれを記録する(9方向分)
  6. 赤緑眼鏡を左右交換して再度記録する(反対眼を固視眼として記録)
  7. 両眼のパターン比較で判定する

Hering法則(共同筋には等量の神経支配が入る)により、麻痺眼の共同筋に対応する対側眼の筋が過動(innervation sequelae)を示す。これがヘスチャートで反対眼のパターンが拡大する理由である2)

  1. 被検者を正面固視させ、指標を周辺へゆっくり移動させる
  2. 単一視が維持される限界角度を記録する
  3. 8〜12方向で実施する
  4. 両眼注視野では回旋性複視が反映されない点に注意する
Q ヘスチャートでは何がわかるのか?
A

ヘスチャートは麻痺眼の同定・麻痺筋の方向推定・障害程度の定量的記録に用いる。両眼でパターンを記録し、パターンが小さいほうが麻痺眼、最も縮小した方向が麻痺筋の作用方向を示す。また、Hering法則により非麻痺眼の共同筋が過動し、非麻痺眼のパターンは拡大する。ただし、両眼に麻痺がある場合や共同性斜視・skew deviationでは判定に注意が必要である。

眼球運動制限は、正常範囲を0として、制限の程度を-1〜-4のスケールで記録することがある。

スコア意味
0正常範囲
-1軽度制限(辺縁約1/4が到達不能)
-2中等度制限(辺縁約1/2が到達不能)
-3重度制限(辺縁約3/4が到達不能)
-4完全麻痺(眼球が正中を超えない)

この定量スコアをカルテに記録することで、経時変化を客観的に比較できる。

検査主な目的診断的価値記録的価値
むき運動視診制限方向の確認・複視の確認高い中等度
ヘスチャート麻痺眼・麻痺筋の定量記録中等度高い
単眼注視野ひき運動の記録低い中等度
両眼注視野複視範囲の把握低い高い

視診による眼球運動評価のほうが得られる情報量は多く、ヘスチャートと注視野検査は経過観察や術前術後の変化記録として最も価値を発揮する。

右外転神経麻痺・右滑車神経麻痺・甲状腺眼症それぞれのヘススクリーン検査パターン比較
右外転神経麻痺・右滑車神経麻痺・甲状腺眼症それぞれのヘススクリーン検査パターン比較
Kolling GH, et al. Objective measurement of ocular deviations using a video-oculography system. J Eye Mov Res. 2021;13(6):10.16910/jemr.13.6.4. Figure 5. PMCID: PMC8015013. License: CC BY.
(a)右外転神経麻痺、(b)右滑車神経麻痺、(c)甲状腺眼症に伴う上斜筋機能不全のヘススクリーン検査パターンを示す。各疾患で患眼側パターンの縮小方向が異なり、麻痺筋の作用方向を反映する。本文「5. 代表的疾患の検査所見」の項で扱う外転神経麻痺滑車神経麻痺甲状腺眼症ヘスチャートパターンに対応する。

眼球運動障害をきたす主要疾患でのむき運動所見とヘスチャートパターンを以下に示す。

疾患むき運動所見ヘスチャート所見
外転神経麻痺(第VI脳神経)患側外転制限、患側内斜視患側パターン縮小(外転方向で最大偏位)
滑車神経麻痺(第IV脳神経)患側内下転制限、上下斜視患側パターン内下方で縮小
動眼神経麻痺(第III脳神経)内転・上転・下転制限(外転位・下転位)患側パターン著明縮小
甲状腺眼症下直筋拘縮→上転制限が多い拘縮筋方向で牽引パターン
眼窩底骨折嵌頓→上転・下転制限forced duction test陽性
Duane症候群外転制限+内転時眼球後退外転方向で縮小+globe retraction

skew deviationは核上性眼球運動障害の一つで、片眼が上転しもう片眼が下転している状態(垂直性開散眼位)である。小脳・脳幹を含む脳の広範な障害でみられ、共同性の核上性上下斜視を呈する。

ヘスチャートではパターンサイズが両眼で等しく、ずれのみが記録される点で麻痺性斜視と異なる。skew deviationの疑いがある場合は神経画像検査(MRI等)が必須となる3)

共同性斜視ではヘスチャートのパターンサイズは両眼で等しく、左右や上下のずれのみが記録される。これに対して麻痺性斜視では患眼側のパターンが明らかに縮小する。この違いがヘスチャートにおける最も重要な判定基準である。

6. 眼球運動の解剖と神経支配(病態生理)

Section titled “6. 眼球運動の解剖と神経支配(病態生理)”

眼球運動は6本の外眼筋が3対の拮抗関係を形成し、3対の脳神経が支配する。

  • 外直筋(外転筋):外転神経(第VI脳神経)が支配
  • 上斜筋:滑車神経(第IV脳神経)が支配
  • 内直筋・上直筋・下直筋・下斜筋:動眼神経(第III脳神経)が支配

外直筋のみが外転神経支配で、上斜筋のみが滑車神経支配であることを覚えておくと、脳神経麻痺の診断に役立つ。

眼球運動には以下の2つの基本法則が適用される2)

  • Hering法則:共同筋(同方向運動を担当する両眼の筋)には等量の神経支配が入る。麻痺眼への神経支配が増加すると、共同筋を持つ非麻痺眼の同方向筋にも同量の支配が入り、非麻痺眼が過動する
  • Sherrington法則:眼球が一方向へ運動するとき、主動筋が収縮すると同時に拮抗筋が弛緩する(交互神経支配)

眼球運動障害は障害レベルで3段階に分類される。

  • 核下性(下位運動ニューロン)障害:脳神経核から筋肉への間の障害。個別筋の麻痺、共同運動は保たれる場合がある
  • 核性障害:脳神経核の障害。核内の構造的配置から他の神経症状を伴う場合が多い
  • 核上性(上位運動ニューロン)障害:共同運動の障害。核間性眼筋麻痺MLF症候群)は内側縦束(MLF)の障害により、同側内転制限と対側外転時解離性眼振を呈する3)

MLF症候群では個別外眼筋の麻痺ではなく共同運動の障害であるため、ヘスチャートでは複雑なパターンを呈する。神経眼科的な詳細評価が必要となる。

水平眼球運動は橋の傍正中網様体(PPRF)と外転神経核が制御し、垂直眼球運動は中脳の間質核(riMLF)が制御する。これらの核上性制御回路が障害されると、特定の方向の共同性眼球運動が障害される3)

前庭眼反射(VOR)・視運動性眼振(OKN)・衝動性眼球運動(saccade)・追従性眼球運動(smooth pursuit)の各系統が統合されて正確な眼球運動が成立する。これらの評価は高次神経眼科検査の領域となる。

従来の光学スクリーン型ヘスチャートに加え、タブレット・PCモニターベースのデジタルヘスチャートの開発・普及が進んでいる1)。デジタル化により検査記録の自動化・電子カルテへの統合が容易となり、経時変化の追跡精度が向上することが期待されている。

ビデオ眼球運動計測(Video-oculography)

Section titled “ビデオ眼球運動計測(Video-oculography)”

赤外線カメラとアイトラッキング技術を組み合わせたVideo-oculography(VOG)は、眼球運動の三次元定量計測を可能にする。水平・垂直・回旋成分を同時計測でき、回旋性複視を反映できない注視野検査の限界を補完することが可能である2)

機械学習・ディープラーニングを利用した眼球運動解析が研究されており、ヘスチャートパターンから麻痺筋を自動同定するアルゴリズムの開発が進んでいる。将来的には遠隔診療や一般クリニックでの眼球運動評価への応用が期待される。

スマートデバイスのカメラを利用した遠隔眼球運動評価の研究が進んでいる。急性眼筋麻痺のトリアージや神経眼科コンサルテーションへの応用が検討されているが、定量精度の確保が課題である。

  1. Roper-Hall G. The Hess screen test. Am Orthopt J. 2006;56:166-174.
  2. Bhidayasiri R, Plant GT, Leigh RJ. A hypothetical scheme for the brainstem control of vertical gaze. Neurology. 2000;54(10):1985-1993.
  3. Virgo JD, Plant GT. Internuclear ophthalmoplegia. Pract Neurol. 2017;17(2):149-153.

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