白内障手術後の屈折誤差
1. 白内障手術後の屈折誤差とは
Section titled “1. 白内障手術後の屈折誤差とは”白内障手術(水晶体乳化吸引術)では、混濁した水晶体を除去し眼内レンズ(IOL)を挿入する際に、術後の屈折値を目標値に近づけることが重要な目標となる。しかし、IOL度数計算の誤差・術中因子・患者の解剖学的特性などにより、目標屈折値からずれる「屈折誤差(refractive error)」が生じることがある。
屈折サプライズ(refractive surprise) とは、術後に予期しない残余屈折誤差が残り、眼鏡・コンタクトレンズ、角膜屈折矯正、IOL交換などの追加対応を要しうる状態を指す1)。
術後屈折値が目標から±0.5D以内に収まる割合は患者の50〜70%程度と報告されており、±1.0D以内では79〜94%とされる。EUREQUOに基づく欧州ガイドラインでは、523,921件の白内障手術データを用いて診療工程が検討された11)。術前角膜乱視は約1/3の症例で1D以上存在し、患者満足度向上のため適切なIOL度数選択と術後乱視の軽減が重要となる。
屈折誤差の分類
Section titled “屈折誤差の分類”- 球面性誤差:近視性サプライズ(IOLの実効位置が予測より前方)または遠視性サプライズ(IOLの実効位置が予測より後方)
- 残余乱視:術前角膜乱視の矯正不足、切開創による惹起乱視、トーリックIOLの軸ずれ
- IOLの偏位・傾斜:IOL光学中心の瞳孔中心からのずれや前後方向の傾き
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”屈折誤差による症状は誤差の種類・程度によって異なる。
- 視力不良(距離視力・近方視力):目標屈折値との乖離が大きいほど不満が生じやすい
- 眼精疲労・見づらさ:残余乱視が主な原因となることが多い
- 羞明・グレア・ハロー:多焦点IOLと屈折誤差の組み合わせで増強する場合がある
- 単眼複視:不規則乱視や高次収差が混在する場合に生じる
術後の屈折誤差の評価は以下の検査を組み合わせて行う。
- 視力検査・屈折検査(顕性屈折):矯正視力と残余屈折の定量
- 細隙灯顕微鏡検査:IOLの位置・傾斜・偏位の確認。散瞳下徹照法によるIOL位置確認が特に多焦点IOL・EDoF IOLで有用
- 角膜形状解析:術後乱視の角膜成分と内部成分の分離。トポグラフィー・トモグラフィーで不規則角膜の評価も行う
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”屈折誤差の原因は術前測定誤差・IOL計算誤差・術中因子・術後因子に大別される。
術前測定誤差
- 眼軸長測定誤差:1mmの測定誤差は、短眼軸(≤22mm)で3.4D、標準眼で2.9D、長眼軸(≥26mm)で1.6Dの屈折誤差に相当する。0.2mm以内の精度が要求される。光学式眼軸長測定装置(IOLMaster・LENSTAR等)は非接触・高精度で検者間差が少ない。swept-source OCTを搭載した機器は成熟白内障でも測定可能な場合がある2)
- 角膜屈折矯正手術後の過小・過大評価:LASIK・PRK・RK後は角膜前後面の形状が変化しており、通常のK値計算では屈折力が正確に算出されない3)
- 不規則角膜(円錐角膜・スタフィローマ):角膜トポグラフィー評価が必須
- 国内で使用可能な光学式眼軸長測定装置の例:IOLMaster(Carl Zeiss)、OA-1000(トーメー)、LENSTAR LS900(Haag-Streit)、AL-Scan(ニデック)、ALADDIN(トプコン)の5機種が代表的である
IOL計算誤差
- 有効レンズ位置(ELP)の予測誤差:IOLが術後に位置する前後位置の推定誤差。計算誤差の最大の源となる
- 計算式の選択誤差:長・短眼軸眼への不適切な式の使用(例: 短・長眼軸眼へのSRK/T式の誤用)で大きな誤差が生じる
- 後部角膜乱視の考慮不足:後部角膜乱視を考慮しないとトーリックIOL計算の精度が低下する8)
- 式の誤用・データの誤入力・術者ミス(左右眼の取り違え等)も屈折誤差の原因となりうる
術中因子
- 粘弾性物質の残留によるIOL位置変化
- IOLの毛様体溝挿入(溝固定IOLは平均眼で0.5〜1.0D度数減となる)2)
- 短眼軸眼(AL < 22mm)では高パワーIOL(+30D以上)は0.5Dステップが入手困難な場合がある3)
術後因子
| 眼軸長 | 推奨式(標準) | 特記事項 |
|---|---|---|
| 短眼軸(≤22mm) | HofferQ、Holladay2 | ≤20mmではHolladay2が最優 |
| 中程度(22〜26mm) | Holladay1、Barrett II | 標準的症例 |
| 長眼軸(≥26mm) | SRK-T、Holladay1、Holladay2 | 術後遠視化注意 |
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”IOL度数計算式の選択
Section titled “IOL度数計算式の選択”IOL度数計算式は以下のように世代で分類される。
- 第1世代:Fyodorov式、Binkhorst式、Colenbrander式(理論式)
- 第2世代:SRK式(1980年)、SRKII式(回帰式)
- 第3世代:SRK-T式、Holladay1式、HofferQ式(理論+回帰)
- 第4世代:Holladay2式(多変数)
- 新世代(第5世代相当):Barrett Universal II、Hill-RBF(AI・放射基底関数)、Kane式(AI+理論光学)
ESCRSのガイドラインは、旧世代式(SRK-II、SRK、Binkhorst、Hoffer等)は使用すべきでないとし、新世代式の使用を推奨している(GRADE +)3)。ESCRSのメタ解析データでは、Barrett Universal II MAE 0.314D(±0.5D以内 82.1%)、Haigis 0.346D(76.1%)、Holladay2 0.351D、SRK/T 0.389D、Hoffer Q 0.409Dと報告されており、新世代式が優れている3)。
極度長眼軸(AL ≥30mm)では、Kane式MAE 0.51D、Hill-RBF 0.52D、Barrett II 0.66D、SRK/T 0.96Dと、AI駆動式がSRK/Tを大幅に上回った。AL ≥32mmではKane式MAE 0.44Dで、±1.0D超えの発生率はSRK/T 42.5%に対しAI駆動式は7.5%と報告されている4)。
極度長眼軸例におけるMN60MA IOL群では、以下の結果が報告されている4)。
| IOL計算式 | MAE (D) | MedAE (D) |
|---|---|---|
| SRK/T | 0.86 | 0.77 |
| Barrett Universal II | 0.62 | 0.54 |
| Hill-RBF | 0.54 | 0.45 |
| Kane式 | 0.49 | 0.41 |
短眼軸・浅前房(ACD < 2.5mm)ではHofferQ、長眼軸・深前房(ACD > 3.5mm)ではHaigis、急峻角膜(>46D)または扁平角膜(<38D)ではBarrett II(TK)・EVO(TK)が推奨される3)。ESCRSオンラインIOL計算ツール(https://iolcalculator.escrs.org/)の利用も推奨されている3)。
角膜屈折矯正手術後のIOL計算
Section titled “角膜屈折矯正手術後のIOL計算”LASIK・PRK後の眼では以下の点が計算精度に影響する。
- 角膜屈折力の過小評価(近視矯正後)または過大評価(遠視矯正後)
- 修正アルゴリズムの選択:Barrett True-K(近視矯正後MAE 0.36D)、Haigis-L(MAE 0.41D)が比較的高精度3)
- DoubleK法・前眼部OCT光線追跡ソフト(OKLIKUS)・Calossi式(IOL-Station)なども活用される
- 術中収差解析はLASIK/PRK後で有用だが、RK後では精度が低い2)
- 放射状角膜切開術(RK)後では、正視目標設定で83.4%が遠視性誤差を示す。近視目標に変更すると遠視性誤差を42.0%に低減できる3)
トーリックIOLの適応評価
Section titled “トーリックIOLの適応評価”術前角膜乱視1.5D以上は白内障患者の15〜29%に認められる2)。角膜乱視1.0D以上ではトーリックIOLの使用を検討する(GRADE ++)9)。
- 後部角膜乱視(PCA)を測定・考慮した計算式を使用すると残余乱視がさらに低減する8)
- 術前評価:角膜トポグラフィー・トモグラフィー、Scheimpflugカメラによる後部角膜乱視測定、SIAノモグラム
- 術中収差解析(OIA)はトーリックIOL軸合わせにも使用可2)
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”残余球面屈折誤差への対応
Section titled “残余球面屈折誤差への対応”眼鏡・コンタクトレンズ:残余屈折誤差の第一選択。非侵襲的で確実な方法。高齢者でコンタクトレンズ装用が困難な場合には外科的治療を検討する。
エキシマレーザー(LASIK・PRK):残余屈折誤差が少ない症例で有効。乱視矯正と球面度数矯正を同時に実施できる。ただしレーザー装置を有する施設が限られる2)。
フェムトセカンドレーザーによる周辺角膜切開:乱視矯正が可能。用手法(LRI)と比較して切開精度・予測性に優れる点が特徴である。
IOL交換:前囊閉鎖が始まる前の術後2〜3週間以内が最適。術後4か月以内が最も安全性が高い。IOL dislocation/removal/exchangeの発生率は0.19〜1.1%と報告されている2)。
ピギーバックIOL(アドオンレンズ):高度遠視眼で入手可能な度数範囲を超える場合の選択肢。前囊内に1枚・毛様体溝に1枚配置することで前囊間膜形成リスクを低減する。自覚屈折度数で度数決定ができるため屈折誤差が生じにくい2)。
抜糸:水晶体囊外摘出術でタイトな縫合による惹起乱視が強い場合に有効な乱視軽減手段である。
残余乱視への対応
Section titled “残余乱視への対応”眼鏡・コンタクトレンズ:保存的治療の第一選択。
トーリックIOL軸ずれ修正術:日本では6,431眼中42眼(0.653%)に施行されている。目標軸からの平均ずれは32.9 ± 15.7°(10〜74°)で、初回手術から平均9.9 ± 7.5日後に実施されている。術後1〜2週間以内なら水晶体囊との癒着はほとんどないため処置が容易。1度の軸ずれで矯正効果が約3%減少し、30度ずれで効果が消失する。長眼軸・直乱視眼では特に注意が必要である。
角膜弛緩切開術(LRI・AK):少量の残余乱視に対して有効。白内障手術と同時施行が多く、高価な装置が不要という利点がある。ただしCochraneレビューでは、トーリックIOLの方が術後乱視0.5D以内を達成しやすい可能性が示されている10)。
エキシマレーザー(LASIK・PRK):残余乱視が大きい場合に有効2)。
術後2〜3週間以内が最も処置しやすく理想的なタイミングである。術後4か月以内であれば比較的安全に施行できる。それ以降では前囊の線維化・癒着が強まり操作が困難になる。屈折誤差が大きく眼鏡等での対応が難しいと判断した場合は早期に執刀医と相談することが重要である。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”IOL度数計算誤差の発生機序
Section titled “IOL度数計算誤差の発生機序”IOL度数計算は主に以下の要素に依存する。
- 眼軸長(AL):光学式眼軸長測定装置は非侵襲・高精度・検者間差なしという利点を持つ。超音波A-scanより高精度であり、光学式は全眼球に単一屈折率を適用するため、高度近視眼では眼軸長を過大評価してIOLパワーを過小評価する傾向がある。Wang-Koch AL調整が適用可能だが、Barrett II・Hill-RBF等には不要である2, 7)
- 角膜屈折力(K値):前部角膜曲率から算出。後部角膜も含めた全角膜屈折力の計測が理想的
- 有効レンズ位置(ELP)の予測:IOLが術後に位置する前後位置の推定。現行の計算式では眼軸長・K値からELPを推定するが、これが計算誤差の最大の源となる
従来の回帰式(SRK/T等)は平均的な眼球形状を前提としており、眼軸長が極端に長い・短い場合や角膜が平坦・急峻な場合に誤差が大きくなる。Barrett Universal IIは多因子理論眼モデルを使用し、Hill-RBFは放射基底関数によるAIパターン認識、Kane式はAI回帰+理論光学+性別を考慮した設計で、特に眼軸長の外れ値症例での精度が高い1, 4, 5, 6)。
Hill-RBFは眼軸長との相関がなく(ρ = -0.088, p = 0.439)安定しているのに対し、Barrett IIは中程度の正の相関(ρ = 0.406)を示し、長眼軸ほど遠視化傾向があるとの報告もある4)。
角膜屈折矯正手術後の屈折誤差発生機序
Section titled “角膜屈折矯正手術後の屈折誤差発生機序”近視矯正LASIK後の眼では、角膜前面が平坦化され前後面の屈折力比が変化している。通常の角膜屈折力計はこの変化を正確に捉えられないため、角膜屈折力を過小評価しやすく、結果として術後に遠視性屈折誤差が生じる3)。
遠視矯正LASIK後では逆の現象が起こり、角膜屈折力が過大評価されて近視性誤差が生じやすい3)。
IOL偏位・傾斜による屈折誤差
Section titled “IOL偏位・傾斜による屈折誤差”3ピースIOLを毛様体溝に配置した場合、IOL光学部の前方偏位により近視性変化が生じる(平均眼で0.5〜1.0D)2)。
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”光線調整レンズ(Light Adjustable Lens:LAL)
Section titled “光線調整レンズ(Light Adjustable Lens:LAL)”RxSight社のLALは、IOL挿入後に特定波長の光(紫外線)を照射することでIOLの屈折力を術後に調整できる光重合性シリコーン製レンズである。術後の調整により92%の患者で球面等価が±0.5D以内に収まり、91.6%で20/25以上の裸眼視力が達成されたと報告されている2)。球面・円柱成分の調整が可能であり、lock-in処理で最終屈折値が固定される。
なお、屈折率整形(refractive index shaping)と呼ばれるフェムト秒レーザーによるアクリルIOLの化学的変化を用いた手法も研究されており、球面・円柱・焦点数の変更が理論上可能とされているが、現時点では未市販である2)。
術中収差解析(Intraoperative Aberrometry:OIA)
Section titled “術中収差解析(Intraoperative Aberrometry:OIA)”術中に実際のIOL挿入前後の屈折状態をリアルタイムに計測し、IOL度数を最終選択する技術。949眼の検討では±0.5D以内がOIA 82%(Barrett II 84%)と同等であった12)。角膜屈折矯正手術後の症例での有用性が期待されており、トーリックIOLの軸合わせにも応用されている2)。
AI駆動IOL計算の今後
Section titled “AI駆動IOL計算の今後”AI駆動式(Kane、Hill-RBF)は極度長眼軸(AL ≥ 30mm)でSRK/Tを有意に上回り、±1.0Dを超える屈折誤差の発生率をSRK/T 42.5%からAI式7.5%に低減した4)。Hill-RBFはリアルタイムデータ学習で今後さらなる精度向上が期待される。今後の大規模研究で新世代式間の優劣がさらに明確化される見込みである3)。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Abdelghany AA, Alio JL. Surgical options for correction of refractive error following cataract surgery. Eye Vis (Lond). 2014;1:2. PMCID: PMC4604120. doi:10.1186/s40662-014-0002-2.
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