グレードI(pre-steal)
椎骨動脈血流の減少:患側椎骨動脈の順行性血流が低下している状態。
自覚症状なし:画像検査や超音波で偶然発見されることが多い。
鎖骨下動脈盗血症候群(subclavian steal syndrome; SSS)は、鎖骨下動脈の近位部における狭窄または閉塞により、同側椎骨動脈の血流が逆転する疾患である。これにより椎骨脳底動脈系が低灌流となり、後頭葉・脳幹・眼への血流が減少して多彩な神経・眼症状を呈する。
1960年にContorniが橈骨脈消失例での血管造影逆流として初の症例を報告し、1961年にFisherが「subclavian steal」の用語を考案した。
疫学
一般人口の2〜4%に認められるが、多くは無症状である3)。末梢動脈疾患患者では約30%に鎖骨下動脈狭窄が存在し、血圧差が大きくても無症状のまま経過する例も少なくない4)。

SSSの自覚症状は椎骨脳底動脈系の低灌流を反映する。
全身所見
眼科的所見
重症度分類
グレードI(pre-steal)
椎骨動脈血流の減少:患側椎骨動脈の順行性血流が低下している状態。
自覚症状なし:画像検査や超音波で偶然発見されることが多い。
グレードII(交互血流)
拡張期順行・収縮期逆行:拍動に合わせて血流方向が変化する。
軽度〜中等度症状:運動負荷時に症状が出現しやすい。
グレードIII(持続的逆行)
常に逆行性血流:患側椎骨動脈の血流が持続的に逆転している。
症状が顕著:安静時にも椎骨脳底動脈系の低灌流症状が出現する。
収縮期血圧差が20 mmHg以上でSSSを疑う。40 mmHg以上はグレードII〜IIIに相当するが、70 mmHgの差があっても無症状の例も存在する4)。血圧差のみで症状の有無を予測することは難しく、超音波や画像検査による確認が必要である。
SSSの最多原因は動脈硬化(atherosclerosis)であり、患者の81%は脳供給血管に多発性動脈硬化を有するとされる。
その他の原因
リスク因子
特殊な病態
透析アクセス(シャントなど)の過剰血流が、鎖骨下動脈狭窄がない場合でもSSS様の症状を引き起こすことがある1)。透析中のめまいや上肢症状はこの機序によることがあり、早期に評価が必要である。
各画像診断法の特徴を以下に示す。
| 検査法 | 主な用途 | 特徴 |
|---|---|---|
| CTA | 狭窄部位の特定・石灰化評価 | 閉塞・逆行性充填を描出3) |
| MRA(TOF法) | 椎骨動脈信号評価 | 患側の信号低下が早期診断に有用5) |
| DSA(脳血管造影) | 確定診断・治療 | ゴールドスタンダード6) |
Tanakaら(2022)は76歳男性の反復性めまい症例において、TOF-MRAで左近位頭蓋内椎骨動脈の信号低下を確認し、血管造影で左鎖骨下動脈起始部閉塞と左椎骨動脈逆流を確定診断した5)。MRAの信号強度変化がSSS早期診断に有用であると報告している。
リスク因子の管理と薬物療法を基本とする。
眼虚血に対する眼科的治療
経皮的血管形成術(PTA)+ステント留置術が広く用いられている。2017年のESC/ESVS(欧州心臓病学会・欧州血管外科学会)末梢動脈疾患ガイドラインでは、症候性SSSに対して血行再建が考慮され(Class IIa)、血管内治療(ステント)と外科手術がともに第一選択肢として症例ごとに検討されるとされている。
Neupaneら(2024)は60歳女性の左鎖骨下動脈近位部高度閉塞に対し、血管形成術+ステント留置を施行した2)。術後DAPT(アスピリン+クロピドグレル)+スタチンを開始し、血流回復と症状消失が得られた。
血管内治療が困難な場合(高度石灰化など)や血管内治療が失敗した場合に選択する。
各術式の長期開存率を以下に示す。
| 術式 | 開存率 |
|---|---|
| 鎖骨下動脈移植術(transposition) | 5年98% |
| 頸動脈-鎖骨下動脈バイパス | 5年95%・10年83% |
| 頸動脈-腋窩動脈バイパス | 47か月96%1) |
| 腋窩-腋窩動脈バイパス | 5年76%1) |
Hashimotoら(2023)は鎖骨下動脈の高度石灰化を有する83歳の透析患者に対し、8mm PTFEグラフトを用いた総頸動脈-腋窩動脈バイパスを施行した1)。術後11日で退院し、術後1年再発を認めていない。
SSSと胸郭出口症候群(TOS)が合併する場合は、まずSSS治療(ステント留置など)で鎖骨下動脈基部の血流を改善し、それでも症状が残存する場合にTOSの評価・第一肋骨切除を検討する8)。SSS治療後に症状が残るときはTOSの合併を疑うことが重要である。
経皮的血管形成術+ステント留置術の5年一次開存率は約83%(二次開存率約96%)と良好である。ただし再狭窄率は10%であり、血管形成術を併用することで5%に低下する6)。術後は定期的な超音波検査による経過観察が重要である。
SSSの基本機序は以下の通りである。
椎骨脳底動脈系の低灌流による障害部位
眼虚血の機序
運動時増悪の機序
患側上肢を使用すると腕の筋肉への血流需要が増大し、鎖骨下動脈遠位への血流が増加する。これにより椎骨動脈からの「盗血」が増大し、脳・眼への低灌流が悪化する。
透析関連SSSの機序
透析アクセス(シャント)の過剰な血流が鎖骨下動脈の血流需要を高め、鎖骨下動脈に明らかな狭窄がない場合でも椎骨脳底動脈不全を引き起こしうる1)。
冠動脈-鎖骨下動脈盗血
内胸動脈グラフトを使用した冠動脈バイパス術後に、グラフトから鎖骨下動脈へ血液が逆流し、心筋虚血(運動時狭心症)を惹起する特殊病態である。
先天性の機序(先天性大動脈弓奇形)
まれではあるが、先天性大動脈弓奇形が動脈硬化を介さずにSSSを起こすことがある。代表例が右大動脈弓+異所性左鎖骨下動脈(RAA-ALSA)で、人口の0.1%未満に認められ、RAA-ALSAに伴うSSSは11例のみの報告にとどまる7)。RAA-ALSAは胎生4〜8週の大動脈弓発生異常に起因し、第4咽頭弓動脈と背側大動脈の退縮・残存パターンにより多様な奇形が生じる。異所性左鎖骨下動脈(ALSA)はKommerell憩室から起始し、食道後方・食道気管間・気管前の3経路のいずれかをとる。この経路のALSAが閉鎖・狭窄することで先天性SSSが生じる7)。
放射線誘発性の機序
頸部への放射線照射後には、加速された動脈硬化と線維化により鎖骨下動脈が閉塞し、SSSを来すことがある。ホジキンリンパ腫治療後の報告が多く、放射線治療から鎖骨下動脈・頸動脈狭窄の発症までの中央値は約21年である9)。放射線量と大血管疾患の用量-効果曲線は未確立であるが、鎖骨下動脈狭窄を発症した患者の低頸部放射線量の中央値は4400 cGyと報告されている9)。放射線照射後の完全閉塞・線維化例は血管内治療が困難であり、外科バイパスが推奨される9)。
Tanakaら(2022)は、TOF-MRAで患側椎骨動脈の信号強度低下がSSSの早期診断に有用であることを症例報告で示した5)。非侵襲的で低コストなMRAが、DSAを行う前のスクリーニングとして果たす役割が注目されている。
Leachら(2023)は、左鎖骨下動脈ステント閉塞+バイパス閉塞後に再発した50代後半女性の症例を報告した6)。高血圧・2型糖尿病・脂質異常症・冠動脈疾患・両側頸動脈狭窄を併存しており、再発SSS+起立性脳低灌流症候群(OCHOS)の合併が確認された。重度の多発性血管障害を有する患者における再発リスクと長期管理戦略の確立が課題として示唆されている。
無症状SSSは適切な管理指針が確立していない。
Amanoら(2021)は収縮期血圧差70 mmHgを有しながらも完全無症状であった82歳男性例を報告し4)、偶発的に発見された無症状SSSに対する介入の必要性と日常的な両側血圧測定の重要性を論じた。
Kageyamaら(2024)は、SSS治療後も症状が残存した59歳女性を報告した8)。ステント留置で鎖骨下動脈基部の血流は改善したが、めまい・しびれが持続した。挙上位CTAで肋鎖間隙の鎖骨下動脈狭窄を認め、神経原性TOSと診断。内視鏡補助下の鎖骨下アプローチで第一肋骨切除・斜角筋切離を施行し、術後即日に症状が改善した。12か月後も再発なく、握力は左12→23 kg、DASHスコアは90→4点へ改善した。SSSとTOSが併存しうること、SSS治療後の遺残症状ではTOSを疑うべきことを示した報告である。
Nakataら(2023)は、RAA-ALSAによる先天性SSSの74歳女性を報告した7)。6年間にわたる反復性の回転性めまい誘発性転倒と右側失調を主訴とし、CTAで左鎖骨下動脈起始部の閉鎖と2.4 cmの狭窄区間を認めた。左頸動脈-腋窩動脈バイパス術(6 mm PTFEグラフト)を施行し、術後2日で退院、術後15日でほぼ完全に症状が消失した。
Wooら(2022)は、12年前に扁桃癌に対し左頸部リンパ節への放射線治療(6000 cGy/30回)を受けた67歳男性において、SSSから後方循環TIA・脳梗塞を来した症例を報告した9)。CTAで左鎖骨下動脈近位部の完全閉塞を、ドプラ超音波で左椎骨動脈の逆行性血流を確認し、MRIで左後頭葉に亜急性梗塞を認めた。放射線照射から長期間を経て顕在化する遅発性の大血管障害として注意を要する。
Hashimoto K, Kawahara T, Miyoshi K, et al. A case of carotid-axillary bypass for subclavian steal syndrome in an 83-year-old female undergoing hemodialysis. Int J Surg Case Rep. 2023;112:108974. doi:10.1016/j.ijscr.2023.108974.
Neupane D, Kafle S, Chhetri V, et al. Subclavian steal syndrome. Clin Case Rep. 2024;12:e8561.
Shemesh E, Karkabi B, Zissman K. Multimodality imaging in subclavian steal syndrome. Oxford medical case reports. 2021;2021(7):omab048. doi:10.1093/omcr/omab048. PMID:34306715; PMCID:PMC8297644.
Amano Y, Watari T. “Asymptomatic” subclavian steal syndrome. Cureus. 2021;13(10):e19109. doi:10.7759/cureus.19109.
Tanaka T, Fukushima K, Goto H, Momozaki N. Brain Magnetic Resonance Angiography of Subclavian Steal Syndrome. JMA journal. 2022;5(4):551-552. doi:10.31662/jmaj.2022-0129. PMID:36407077; PMCID:PMC9646396.
Leach DF 3rd, Radwanski DM, Kaur P, Das DD, Kondapalli M. Recurrent Subclavian Steal Syndrome: A Novel Case of Vasculopathy. Cureus. 2023;15(1):e33310. doi:10.7759/cureus.33310. PMID:36741643; PMCID:PMC9894333.
Nakata J, Stahlfeld KR, Simone ST. Subclavian steal syndrome in a right aortic arch with aberrant left subclavian artery atresia. SAGE Open Med Case Rep. 2023;11:2050313X231179305. doi:10.1177/2050313X231179305. PMID:37342424.
Kageyama A, Suzuki T, Kiyota Y, et al. A case of concomitant subclavian steal syndrome and thoracic outlet syndrome. J Vasc Surg Cases Innov Tech. 2024;10(6):101613. doi:10.1016/j.jvscit.2024.101613. PMID:39323650.
Woo JD, Markowitz JE. A great heist: subclavian steal syndrome causing posterior transient ischemic attack and stroke. Perm J. 2022;26(4):106-109. doi:10.7812/TPP/21.234. PMID:36036849.