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神経眼科

視神経乳頭出血(Intrapapillary Hemorrhage with Adjacent Peripapillary Subretinal Hemorrhage)

1. 視神経乳頭出血(IHAPSH)とは

Section titled “1. 視神経乳頭出血(IHAPSH)とは”

Intrapapillary Hemorrhage with Adjacent Peripapillary Subretinal Hemorrhage(IHAPSH)は、視神経乳頭内(intrapapillary)の出血と、それに連続する乳頭周囲網膜下(peripapillary subretinal)の出血を同時に認める臨床像を指す。視神経乳頭浮腫様の所見を伴うこともあり、若年・近視眼に好発する良性の症候群として位置づけられる1)

乳頭出血と乳頭周囲網膜下出血を同一眼に認める病態は、1975年のCibisらによる後部硝子体剥離に伴う網膜出血の報告にさかのぼる2)。1995年にはKatzとHoytが、若年者で後部硝子体剥離が不完全な状態で生じる乳頭内・乳頭周囲出血を硝子体乳頭牽引(vitreopapillary traction)の所見として報告した3)。2004年、Kokameらが9例(女性7例・男性2例、平均年齢47歳、屈折は−1.00〜−9.50D)について「intrapapillary hemorrhage with adjacent peripapillary subretinal hemorrhage」として独立した症候群を提唱し、現在の名称が定着した1)

正確な発症率は不明だが、本邦の症例報告は若年・近視眼の女性に偏る傾向がある。Kokameらの当初9例では女性が大半を占め、屈折は軽度から強度近視まで幅広かった1)。両眼例は比較的まれだが、25歳女性で発症2年の経過に左右で順次発症した報告5)や、36歳女性で2か月の間隔をおいて両眼に同様所見を呈した報告6)がある。10代発症例も増加し、11歳女児7)、12歳9,10)、17歳11)、19歳1)などの典型例が蓄積されている。

Q IHAPSH はどのくらいまれな病気ですか?
A

全国規模の発生頻度は把握されていない。報告は症例単位がほとんどで、明らかにまれな病態である。一方で、若年・近視後部硝子体剥離が重なる集団にはまとまって認められ、認知されにくいだけで実際の頻度はもう少し高い可能性も指摘されている。

IHAPSH 両眼眼底所見
Wang Y, Chen H, Yuan L, et al. Intrapapillary hemorrhage with adjacent peripapillary subretinal hemorrhage of both eyes after COVID-19 infection: a case report. BMC Ophthalmol. 2024;24(1):101. Figure 1. PMCID: PMC10913657. License: CC BY 4.0.
両眼の眼底写真である。視神経乳頭内に暗赤色の出血塊が認められ、その縁に沿って乳頭周囲網膜下に出血が連続して広がる。乳頭は小型かつ傾斜を伴い、IHAPSH に特徴的な傾斜乳頭・small scleral canal の解剖的素因が読み取れる。

代表的な自覚症状は飛蚊症と軽度の霧視であり、無症状で眼科健診や別疾患の精査時に偶発的に発見されることも多い。視力は良好に保たれる例が多く、Kokameらの初発9例では7例で1.0以上の視力が維持されていた1)。本邦症例でも、初診時矯正視力 0.9/1.2の12歳女児や10)、両眼1.2を維持した17歳例11)、1.2/1.2を保った11歳女児例7)が報告されている。

ただし、出血が硝子体腔に進展した場合や黄斑近傍の網膜下出血が及んだ場合には、霧視視野欠損中心暗点を生じる。62歳女性で硝子体出血と乳頭周囲網膜下出血をきたし右眼矯正視力 0.01まで低下した症例も報告される4)

特徴的な3つの出血コンポーネントが同時または順を追って観察される1,4)

  • 乳頭内出血(intrapapillary hemorrhage)視神経乳頭面に放射状に広がる赤色〜暗赤色の出血。
  • 乳頭周囲網膜下出血(peripapillary subretinal hemorrhage):乳頭縁から鼻側〜下鼻側に偏って広がる淡赤色〜暗赤色の出血で、網膜内出血より境界が不鮮明である。
  • 硝子体出血:軽度の場合は乳頭前の薄い出血浮遊物として、強い場合には眼底観察を妨げる量として認める。

乳頭周囲網膜下出血は鼻側に偏ることが多く4,7,8,10)、これは乳頭の小強膜管と硝子体牽引の方向に関連すると考えられている。発症時には軽度の乳頭浮腫様の腫脹を伴うこともあり、うっ血乳頭との鑑別を要する場合がある9)。HwangとLin は思春期の多層性視神経乳頭出血をまとめ、乳頭面・網膜下・硝子体の3層出血が同じ機序で説明される一連の病態であることを示している21)

視野変化は軽微で、Mariotte 盲点の拡大やBjerrum 型暗点を呈する程度であり、自覚されないことも多い。Goldmann 視野や Humphrey 視野で評価すると、出血部位に対応する弓状の感度低下や鼻側階段の所見を認める。出血消退後は多くの場合視野欠損も改善する1,5)

出血は無治療で6週から数か月の経過で自然吸収されるのが原則である。Kokameらの観察では9例中7例で1.2以上の視力が回復し、再発は認められなかった1)。本邦の典型例でも、12歳女児が初診6週間後に硝子体出血が消失し矯正視力 1.0に改善した報告10)、両眼例の36歳女性が2か月で右眼1.2/左眼1.0に回復した報告6)がある。再発は少ないが、両眼で時期を異にして発症する症例があり、片眼発症後も対側眼の経過観察が必要である5,6)

  • 小さな視神経乳頭・小強膜管(small scleral canal):Tengらは crowded optic nerve head と small scleral canal がIHAPSH に関連することを報告した13)。乳頭内に密集した神経線維と小さな強膜管口が、軽微な機械的負荷で出血を生じやすくする可能性がある。
  • 乳頭傾斜(disc tilt):Takahashi らは swept-source OCT を用いて IHAPSH 眼の乳頭傾斜角が対照眼に比して大きいことを示した14)。本邦の傾斜乳頭症候群+PHOMS+IHAPSH の合併例も傾斜と本症との関連を支持する15)
  • 近視眼軸延長:報告例の多くが軽度〜強度近視であり、近視進行期に発症した12歳女児例も存在する9)眼軸延長と乳頭周囲組織の脆弱化が背景にあると考えられる。
  • PHOMS(peripapillary hyperreflective ovoid mass-like structures)の合併PHOMS視神経乳頭周囲に Bruch 膜上で観察される卵円形高輝度構造で、軸索流うっ滞を反映するとされる16,17)。複数の本邦報告でIHAPSH 患者にPHOMS の合併例が報告されており15,18)、共通する解剖・力学的素因が示唆される。小児では PHOMS が偽乳頭浮腫の頻度の高い原因となることが報告されており22)近視のある児では PHOMS の有病率が有意に高いとされる23)
  • 後部硝子体剥離PVD)と硝子体乳頭牽引:Cibis らはPVD に伴って乳頭出血と網膜出血が発生しうると報告し2)、Katz と Hoyt は不完全PVD による硝子体乳頭牽引で若年者の乳頭出血が起こることを示した3)。本邦の62歳例ではPVD と乳頭表層血管の破綻が出血機序と推測されている4)
  • Valsalva 様の血圧変動:強い咳嗽・排便・運動など、急激な静脈圧上昇が出血の引き金となる場合がある12)
  • 若年(10〜30代)女性
  • 近視(軽度〜強度)
  • 傾斜乳頭・小強膜管・PHOMS
  • 不完全PVD硝子体乳頭癒着
  • 強い眼球運動や Valsalva 動作

検眼鏡的に「乳頭内出血」と「それに隣接する乳頭周囲網膜下出血」を同一眼で確認することが診断の出発点となる。鼻側偏位の網膜下出血、軽度の硝子体出血、若年・近視・女性などの背景がそろう場合は、IHAPSH を強く疑う1,4)

IHAPSH の OCT 所見
Wang Y, Chen H, Yuan L, et al. Intrapapillary hemorrhage with adjacent peripapillary subretinal hemorrhage of both eyes after COVID-19 infection: a case report. BMC Ophthalmol. 2024;24(1):101. Figure 2. PMCID: PMC10913657. License: CC BY 4.0.
両眼の乳頭部水平断 OCT である。視神経乳頭内にドーム状に隆起する高反射病変が intrapapillary hemorrhage として描出される。乳頭直近の網膜下スペースにも高反射層が連続し、peripapillary subretinal hemorrhage の所見として捉えられる。OCT は出血の局在と層構造を非侵襲的に評価でき、PHOMS視神経乳頭傾斜の併存評価にも用いる。
  • 光干渉断層計OCT:乳頭内および乳頭周囲の出血の層構造を評価する。網膜下スペースに広がる高反射像として出血を捉え、PHOMS(Bruch 膜開口部上の卵円形高反射病変)の有無も確認する10,15,16)。Swept-source OCT は乳頭傾斜角・小強膜管・PHOMS の観察に有用である14,15)
  • OCT アンギオグラフィ(OCTA脈絡膜新生血管CNV)の除外と、PHOMS 内の flow signal 評価に用いる。IHAPSH 単独例では原則として CNV は認めない10,11)
  • フルオレセイン蛍光眼底造影FA)/インドシアニングリーン(IA)CNV の有無と乳頭からの色素漏出を評価する。本症では出血部の蛍光ブロックを認めるのみで、活動性CNV はみられない1,12)
  • 頭部MRI/MRA/MRVうっ血乳頭特発性頭蓋内圧亢進症IIH)の鑑別に必要である。本邦の30代IIH 例では empty sella と PHOMS を認め、髄液圧 300 mmH₂O が確認された19)。IHAPSH 単独例では中枢神経画像に異常を認めない。

Goldmann 視野・Humphrey 視野で Mariotte 盲点の拡大や Bjerrum 型暗点の有無を評価する。本症単独では中心視野は保たれることが多い。視神経炎を疑う場合には visual evoked potential(VEP)や色覚検査を併用する。

鑑別疾患鑑別のポイント
非動脈炎性前部虚血性視神経症NAION高齢、急激な視力低下と高度な視野欠損乳頭浮腫が主体
視神経炎眼球運動時痛、中心暗点相対的瞳孔求心路障害RAPD
緑内障視神経症慢性経過、特徴的な乳頭陥凹拡大とRNFL 欠損
うっ血乳頭IIH両眼性乳頭浮腫、頭痛・拍動性耳鳴、髄液圧上昇
視神経乳頭ドルーゼン自家蛍光・OCT・超音波による石灰化評価
傾斜乳頭症候群単独出血を伴わない先天的乳頭異形成
Terson 症候群くも膜下出血など中枢神経イベントが先行
外傷性視神経乳頭出血明らかな外傷の既往
血液疾患関連の乳頭出血高度貧血・血小板減少などの全身所見20)

IHAPSH は自然経過で吸収する良性疾患であり、明確な薬物療法・外科治療は確立されていない。多くの報告で無治療経過観察のみで6週から数か月以内に出血が消退している1,6,10,11)

  • 初期評価視力・矯正度数・眼圧・視野・OCTFA/OCTA を組み合わせ、CNV視神経炎うっ血乳頭を除外する。
  • 観察間隔:発症初期は 1〜2週間ごと、出血の縮小傾向を確認できたら 1〜2か月ごとに延長する。視力の安定が確認できれば 6か月ごとの定期診察に移行する。
  • 生活指導:強い力みや Valsalva 動作を避けるよう助言する。コンタクトスポーツや極端な眼球運動も短期的には控える方が安全である。
  • 対側眼の評価:両眼性発症例の存在を踏まえ、片眼例でも対側眼のOCT・視野を経時的に評価する5,6)

CNV を合併する場合や出血が黄斑に及び視機能に持続的影響を与える場合に限り、抗VEGF 薬の投与や硝子体手術が個別に検討される。本症単独で抗血栓薬や副腎皮質ステロイドの投与を行う根拠は乏しい。視野欠損視力低下が遷延する例では、慢性視神経症の合併や別疾患の見落としを再評価する。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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最も支持される機序は、視神経乳頭の小さな強膜管口(small scleral canal)に密集した神経線維と血管が、不完全な後部硝子体剥離PVD)に伴う硝子体乳頭牽引で機械的に損傷を受け、表層毛細血管が破綻するというものである1,3,13)。出血は乳頭面・乳頭周囲網膜下・硝子体腔の3層に同時に拡散しうる。

近視眼軸延長や傾斜乳頭症候群では、強膜管口形態の歪み・乳頭周囲脈絡膜の菲薄化・Bruch 膜開口部の拡大が起こり、硝子体側からの牽引や眼圧変動に対して脆弱になる14,15)。本邦の傾斜乳頭症候群+PHOMS+IHAPSH 合併例では、傾斜乳頭の解剖学的素因が PHOMS と IHAPSH の双方を促進したと考察されている15)

PHOMSOCT 上Bruch 膜開口部の上方に観察される卵円形高反射構造で、当初は視神経乳頭ドルーゼンとの鑑別が問題となったが、現在では網膜神経線維の軸索流うっ滞を反映する所見と理解されている16,17)。Borrelli らは OCTAPHOMS 内に血流信号を認めることを示した17)。徳久らは IHAPSH を呈した12歳女児で両眼性のPHOMS を確認し、PHOMS と IHAPSH の合併が偶然ではない可能性を報告した18)。山本らも傾斜乳頭症候群でPHOMS と IHAPSH を伴う11歳例を提示し、PHOMS が IHAPSH 発症の素地となる可能性を考察している15)

Valsalva 様の急激な静脈圧上昇、強い眼球運動、運動時の血圧変動などが、機械的に脆弱化した乳頭表層血管の破綻を後押しすると考えられる12)。本症と発症前の身体活動・力みのエピソードを関連付けて記述した症例も少なくない。

以上を総合すると、IHAPSH は「(1)乳頭の解剖学的素因(small scleral canal・傾斜乳頭・PHOMS近視)」「(2)硝子体乳頭牽引(不完全PVD)」「(3)一過性の血行動態的負荷」が重なった結果、乳頭表層・乳頭周囲毛細血管が破綻して生じる多因子性の出血と捉えることができる。発症後はPVD の進行とともに牽引が解除され、出血は自然吸収に向かう1,3,13,14)

Swept-source OCTOCTA の普及により、PHOMS や乳頭傾斜角の評価、Bruch 膜開口部の三次元的把握が日常診療で可能となった14,17)。Takahashi らは IHAPSH 眼で乳頭傾斜角が大きいことを定量化し14)、本邦の少数例集計では傾斜乳頭・PHOMS の合併が高率であることが繰り返し示されている15,18)

症例集積による疾患像の精緻化

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複数の症例報告では若年女性(10代)と中年女性(30〜40代)に発症の集積が見られる傾向があるが、症例数が限られており確定的な発症パターンの特定には至っていない7,9,10,11)。両眼例・遅発再発例の蓄積も進み、片眼発症後の対側眼サーベイランスの重要性が再認識されている5,6)

PHOMSIIH や脱髄性疾患でも認めるため、PHOMS を伴うIHAPSH では IIH視神経炎の併存を慎重に除外する必要がある。30代IIHPHOMS の本邦報告は、PHOMS の所見を見つけた際の系統的な精査の重要性を示している19)。今後、PHOMS の有無・大きさ・分布をパラメータ化し、IHAPSH 発症リスクを定量するアルゴリズムが期待される。

明確な予防策は確立していないが、近視進行抑制・適切な屈折矯正・強い Valsalva 動作の回避は、理論的には乳頭への機械的負荷を減らす可能性がある。学童期近視の管理戦略との接点が今後の課題である9)

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