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神経眼科

視交叉炎

視交叉炎(chiasmitis)は、視交叉部視神経炎(chiasmal optic neuritis)とも呼ばれる。視神経炎の一種であり、炎症が視交叉に生じた状態を指す。急激な視力低下、両耳側半盲を中心とする視野欠損、および視交叉の画像所見を特徴とする。

多発性硬化症(MS)に合併する視神経炎で起こることが多い。1975年にBellがMSと視交叉病変の病理学的相関を初めて記録し、1987年にRosenblattがMRIで視交叉神経炎を報告した。2)

特発性視交叉炎と脱髄性視神経炎は、同じ病理学的プロセスの異なる発現と考えられている。特発性視交叉炎のリスク要因は視神経炎と同様であり、女性および若年者に多い。

Kawasaki & Purvinは特発性視交叉炎20例を追跡した最大規模の研究で、患者の経過は視神経炎と類似すると報告した。3年以内に6例(40%)が臨床的に確定したMSと診断され、うち4例は1年以内に2回目の脱髄イベントを起こした。

Q 視交叉炎と視神経炎はどう違うのですか?
A

視交叉炎は視神経炎の一種であり、炎症部位が視交叉にある点が異なる。視神経炎では主に片眼の中心暗点を呈するのに対し、視交叉炎では両耳側半盲など視交叉病変に特徴的な視野障害を示す。病態生理や治療法は類似しており、同じ脱髄プロセスの異なる発現と考えられている。

  • 霧視・視力低下:急性発症が多い。数日から数週間で悪化し、その後安定・改善する。
  • 光視症:通常は一過性であり、火花やまぶしさとして自覚される。
  • 耳側視野の暗転:両耳側の視野が暗く感じられる。
  • 半視野スライド現象・複視:眼球運動は正常であるにもかかわらず像のずれを自覚する。
  • 固視点での深径覚の喪失:両耳側半盲に伴う両眼視機能の障害による。
  • 眼痛:特発性では通常伴わない。Kawasaki & Purvinの報告では眼痛を伴ったのは20例中20%のみであった。
Q 視交叉炎で痛みはありますか?
A

特発性視交叉炎では通常、眼痛を伴わない。20例の報告で眼痛を認めたのは20%のみであった。これは眼球運動痛を約6割に認める典型的視神経炎との重要な相違点である。ただし、感染性や自己免疫性の原因では頭痛を伴うことがある。

視交叉内の病変部位により視野障害のパターンが異なる。

前視交叉

接合部暗点:一眼の中心暗点に対側眼の上耳側視野欠損を伴う。

トラクエア接合部暗点:同側眼のみの耳側視野欠損を示す。

視交叉本体

両耳側半盲:視交叉病変の最も典型的な所見である。

垂直子午線を順守:左右の耳側視野が対称的に欠損する。

後視交叉

両耳側半盲性暗点:後方の交叉線維障害による。

側方病変:非交叉線維が障害されると同名半盲を呈する。

その他の臨床所見として以下がある。

  • 中心視力の低下:病変の範囲と程度により軽度から高度まで幅がある。
  • 対光反射の異常瞳孔の対光反応が緩慢となることがある。
  • 帯状萎縮:慢性期に視神経乳頭の鼻側と耳側が萎縮し、上下が保たれる「蝶ネクタイ状」パターンを示す。

視交叉炎の原因は多岐にわたる。

分類原因疾患
感染性結核、梅毒、EBV、水痘帯状疱疹ウイルス、ムンプス、ライム病、クリプトコッカス、嚢虫症、住血吸虫症
炎症性サルコイドーシス
自己免疫性MS、SLE
抗体介在性NMO(AQP4抗体)、MOGAD(MOG抗体
血管炎性巨細胞性動脈炎
虚血性もやもや病
中毒性エタンブトール

梅毒はぶどう膜炎に合併して視交叉炎を呈することがある。Ishibeらは梅毒性ぶどう膜炎に視交叉視神経炎を合併し、両耳側半盲様の視野欠損を呈した症例を報告した。4)

エタンブトールによる中毒性視神経症では、視交叉への障害が波及して両耳側半盲を生じることがある。3)

AQP4抗体陽性のNMOSDでは視交叉単独の病変が特徴的であり、MOGAD関連の視神経炎も視交叉に進展することがある。5)

リスク要因

  • 女性
  • 若年(15〜45歳)
Q 視交叉炎から多発性硬化症になるリスクはどの程度ですか?
A

特発性視交叉炎の20例を追跡した研究では、3年以内に40%が臨床的に確定したMSと診断された。うち4例は1年以内に2回目の脱髄イベントを起こしており、特に初期の経過観察が重要である。このリスクは視神経炎からのMS移行率と同程度とされる。

視交叉炎に確定的な診断基準はない。視交叉の病変パターンと一致する視野障害の存在に基づき、臨床的に診断する。

MRIが最も重要な画像検査である。

  • 撮像法:脂肪抑制法(STIR)で視交叉の腫大・高信号を描出する。造影T1強調画像で造影効果を確認する。
  • 撮像方向:水平断に加え、冠状断および矢状断が有用である。
  • 所見:視交叉の腫大および造影増強がみられる。Kawasaki & Purvinの報告では、MRI施行15例中12例(80%)に視交叉の腫大または造影増強を認めた。
  • FLAIR画像:側脳室近傍の脱髄病変の有無を評価し、MS合併のリスクを判断する。

MRI所見が正常であっても視交叉炎を否定できない。SLE関連の視交叉炎ではMRIが正常であった症例が報告されている。1)

原因検索のため以下を評価する。

  • 抗AQP4抗体:NMOSDの評価に必須である。ステロイド無効例や依存的経過を示す場合は早期の評価が重要である。
  • 抗MOG抗体:MOGAD関連視神経炎の鑑別に用いる。
  • 髄液検査:オリゴクローナルバンドの有無によりMSを評価する。感染性の場合は髄液RPR・梅毒トレポネーマ抗体も検討する。4)
  • 梅毒血清反応:RPR、TPHA(梅毒トレポネーマ血球凝集試験)。

以下の特徴がある場合は非典型的視神経炎を疑い、原疾患の精査を行う。

  • 15〜45歳以外の年齢
  • 両眼発症
  • 発症後2週間以降も症状が進行
  • ステロイド依存性の経過
  • 全身症状の合併

光干渉断層計(OCT)・光干渉断層血管撮影(OCTA)

Section titled “光干渉断層計(OCT)・光干渉断層血管撮影(OCTA)”
  • OCT:乳頭周囲網膜神経線維層(RNFL)や黄斑部神経節細胞内網状層(mGCIPL)の菲薄化を経時的に評価する。慢性期には帯状萎縮に対応するパターンを示す。
  • OCTA:Cunaらは、MS関連の視交叉炎において表在毛細血管叢密度がびまん性に低下することを報告した。圧迫性視交叉障害では交叉線維に対応した選択的な低下を示すのに対し、脱髄性では全体的な低下を呈した。2)

視交叉炎に対する確立された治療法はなく、原因に応じた治療が基本となる。

ステロイドパルス療法が第一選択である。

  • 投与法:メチルプレドニゾロン1,000 mg/日の点滴静注を3日間行う。
  • 後療法:日本ではパルス後のプレドニゾロン内服(後療法)は行わない。海外の視神経炎治療試験(ONTT)ではパルス後にプレドニゾン1 mg/kg/日を11日間内服するレジメンが用いられている。
  • 副作用:高血糖・消化性潰瘍・感染症誘発に注意する。

AQP4抗体陽性例

ステロイドパルス療法が無効の場合、血漿交換を行うことがある。

  • 感染性:原因微生物に応じた抗菌薬・抗ウイルス薬を使用する。梅毒性の場合はペニシリン系抗菌薬の全身投与が基本であり、アモキシシリン内服で改善した報告がある。4)
  • 中毒性(エタンブトール):原因薬剤を直ちに中止する。視機能の回復には数ヶ月を要することがある。3)
  • 自己免疫性(SLE):ステロイドに加え、シクロホスファミドやミコフェノール酸モフェチルなどの免疫抑制薬を併用することがある。1)

Kawasaki & Purvinの20例の追跡では、罹患眼の97%が視力20/40(0.5)以上に改善し、すべての視野が安定または改善した。1ヶ月を超えて視力低下が進行した例は1例のみであった。

Q ステロイドパルス療法が効かない場合はどうしますか?
A

ステロイド無効例では抗AQP4抗体陽性のNMOSDの可能性を考慮し、血漿交換を行うことがある。また、ステロイド依存性の経過を示す場合はMOGADやSLEなどの原疾患の精査と免疫抑制療法の併用が検討される。詳細は「原因とリスク要因」の項を参照。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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視交叉炎の病態生理は十分に解明されていない。原因により機序が異なる。

脱髄性(特発性・MS関連)

初期段階で原因が特定されない特発性視交叉炎は、脱髄によって生じると考えられている。ミエリン鞘に対する自己免疫反応が視交叉部の神経線維を障害する。後にMSと診断される例があり、視神経炎と同一の脱髄スペクトラムに属する可能性がある。

感染性・炎症性

感染性または炎症性の原因では、虚血や変性変化を介して視交叉に直接的な損傷が生じる。免疫介在性の副感染性(parainfectious)あるいは感染後後遺症として発症することもある。

中毒性(エタンブトール)

エタンブトールは網膜神経節細胞に対して自食作用(オートファジー)障害を引き起こし、アポトーシスを誘導する。また金属キレート作用により酸化的リン酸化を障害し、ミトコンドリア機能不全を来す。3) 視神経障害が近位に進展して視交叉に波及する機序が推定されている。

抗体介在性

AQP4抗体はアストロサイトのアクアポリン4チャネルを標的とし、視交叉を含む視神経後方に好発する病変を形成する。5) MOG抗体はミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質を標的とし、主に視神経前方を障害するが視交叉に進展することがある。5)


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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OCTAによる脱髄性視交叉炎の評価

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Cunaら(2022)は、MS関連の視交叉炎においてOCTAによる経時的評価を3年間行った。視力は20/20に回復したにもかかわらず、表在毛細血管叢密度と神経節細胞複合体の進行性低下がみられた。圧迫性視交叉障害では交叉線維に対応した選択的な血管密度低下を示すのに対し、脱髄性視交叉炎ではびまん性の低下を呈した。この差異は脱髄性病変がより広範な視神経損傷を引き起こすためと推測されている。2)

mGCIPLによる中毒性視交叉障害の評価

Section titled “mGCIPLによる中毒性視交叉障害の評価”

Linら(2022)は、エタンブトール関連の視交叉障害において、黄斑部神経節細胞内網状層(mGCIPL)の鼻側菲薄化が逆行性経シナプス変性を反映することを報告した。最高矯正視力が20/20に回復した後もmGCIPLの菲薄化は残存しており、不可逆的な神経損傷の構造的マーカーとなる可能性が示唆された。3)

梅毒性ぶどう膜炎と視交叉炎の合併

Section titled “梅毒性ぶどう膜炎と視交叉炎の合併”

Ishibeら(2026)は、梅毒性ぶどう膜炎(急性梅毒性後部板状脈絡網膜炎)に視交叉視神経炎を合併した症例を報告した。両耳側半盲様の視野欠損は眼底病変のみでは説明できず、MRIで視交叉の造影増強が確認された。眼梅毒において視野欠損が眼底所見と一致しない場合、頭蓋内病変の除外のため神経画像検査が重要であることが示された。4)


  1. Almeida GB, Moro N, Monteiro MLR. Recurrent and Reversible, Bitemporal Field Defect from Presumed Chiasmitis in a Patient with Systemic Lupus Erythematosus. Neuro-Ophthalmology. 2021;45(2):117-119.
  2. Cuna A, Pellegrini F, Interlandi E, et al. Optical Coherence Tomography Angiography in Chiasmitis. Case Rep Ophthalmol. 2022;13:517-522.
  3. Lin YW, Wang JK, Huang TL. Ethambutol optic neuropathy with correspondent chiasmitis manifestation in magnetic resonance imaging. Taiwan J Ophthalmol. 2022;12:343-346.
  4. Ishibe T, Otsuka M, Itotani M, et al. Syphilitic Uveitis-Associated Chiasmal Optic Neuritis Presenting As Bitemporal Hemianopia-Like Visual Field Defects. Cureus. 2026;18(1):e100656.
  5. Cacciaguerra L, Flanagan EP. Diagnosis and Treatment of NMOSD and MOGAD. Neurol Clin. 2024;42(1):81-114.

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