この疾患の要点
片側性色素性網膜症(UPR)は片眼のみに発症する稀な網膜 変性疾患で、文献報告は100例未満である。
網膜色素変性症 (RP )に酷似した眼底所見を呈するが、対側眼は正常である。
診断には、罹患眼のRP 典型所見・対側眼の正常網膜電図 ・炎症性原因の除外・5年以上の観察期間という4条件が必要である。
胚発生中の体細胞変異が主な病因と考えられ、次世代への遺伝リスクは極めて低い。
現時点では確立された治療法はなく、支持療法と定期的な眼科フォローアップが基本となる。
眼トキソプラズマ症 など後天性疾患がUPRを模倣することがあり、鑑別診断が重要である。
嚢胞状黄斑浮腫 (CME )を合併した場合は、炭酸脱水素酵素阻害薬や硝子体内注射 で対処する。
片側性色素性網膜症(Unilateral Pigmentary Retinopathy;UPR、片側性網膜色素変性症 とも呼ばれる)は、片眼の網膜 における視細胞 (photoreceptor)レベルの変性・萎縮を特徴とする、稀な孤発性疾患である。
網膜色素変性症 (Retinitis Pigmentosa;RP )と酷似した外観を呈する。RP が両眼性であるのに対し、UPRは対側眼が正常なまま片眼のみに発症する点が根本的な違いである。
有病率は約4,000人に1人とされるが、現在まで文献報告は100例未満にとどまっている。網膜色素変性 診療ガイドラインでは、UPR(片眼性網膜色素変性 )は定型RP とは異なる非定型RP の一型として分類されている。
眼トキソプラズマ症 はUPRを模倣し得る代表的な後天性疾患として知られる。若年男性がトキソプラズマ再活性化を契機に骨小体様色素沈着・嚢胞様黄斑浮腫 ・視野狭窄を呈し、UPRとの鑑別が困難であった症例が報告されている1) 。
Q
UPRは網膜色素変性症(RP)と同じ病気か?
A
UPRとRP は病態が異なる。RP は通常両眼性で遺伝性の網膜 変性疾患であるが、UPRは片眼のみに発症し、胚発生中の体細胞変異が主な病因と考えられる。眼底所見はよく似ているため鑑別には十分な観察期間と精密検査が必要となる。
UPRの初期症状として以下が認められる。
夜盲 (nyctalopia) :暗所・夜間での視力 低下。最も早期から生じることが多い。
周辺視野狭窄 :輪状暗点から求心性狭窄へと進行する。
中心視力 低下 :視野狭窄に遅れて出現する。嚢胞状黄斑浮腫 (CME )合併例では比較的早期から生じることがある。
報告された症例の視力 は、20/15(1.2相当)から指数弁(counting fingers)まで幅広い。
眼底所見、画像検査、電気生理検査の各領域で特徴的な所見が認められる。
眼底所見
骨小体様色素沈着 :網膜 中間周辺部に散在する骨小体形状の色素の塊。
RPE の変化 :網膜色素上皮 (RPE )のmottling(虫食い状変化)、顆粒状色素異常、または打ち抜き状RPE 萎縮病変。
網膜 血管狭細化 :細動脈の著明な狭小化。
視神経乳頭 の蝋様蒼白(waxy pallor) :進行例で認められる。
画像・電気生理
眼底自発蛍光 (FAF ) :中心窩 周囲の高蛍光リング、血管弓・乳頭周囲の蛍光消失。黄斑部 の線状低蛍光も報告される。
OCT :外網膜 層の萎縮が確認される。嚢胞様黄斑浮腫 を合併することがある1) 。
網膜電図 :罹患眼でa波が検出不能〜軽度低下。b波の潜時・振幅が病的値を示す。多局所網膜電図 は広範な機能低下を反映する1) 。
眼トキソプラズマ症 に伴うUPR様症例では、右眼に骨小体様色素沈着・細動脈狭細化・嚢胞様黄斑浮腫 ・網膜前膜 ・脈絡網膜 瘢痕が認められ、多局所網膜電図 は記録不能であった。一方で活動性炎症病変は対側眼(左眼)にのみ存在し、左眼網膜電図 は中心10度のみ選択的な反応消失を示した1) 。
Q
対側眼が正常でも将来発症することはあるか?
A
UPRの診断基準では、非対称性の遺伝性RP を除外するために5年以上の観察期間が必要とされる。定期的な対側眼の網膜電図 ・視野検査 によるフォローアップが重要である(「診断と検査方法」の項 を参照)。
UPRの正確な病因は不明である。胚発生(embryogenesis)中に生じた体細胞変異(somatic mutation)が、網膜 および網膜色素上皮 (RPE )を形成する細胞系列に関与していると考えられている。変異が胚発生の早期に起こるため生殖細胞系列にも影響を及ぼす可能性があるが、次世代への変異の継承リスクは極めて低いとされている。
遺伝形式としては常染色体優性・常染色体劣性・X連鎖劣性のいずれもとりうる。関連変異として以下が報告されている。
RP 1遺伝子 p.R677X生殖細胞系列変異
USH2A遺伝子 W4149R変異
PDE6B遺伝子 変異
ロドプシン(rhodopsin)遺伝子 :最も多く関与するとされる遺伝子
UPRの片眼性という性質は体細胞変異または生殖細胞変異による可能性があるが、血液由来の検体による分子診断では確定できないことがある1) 。
以下の後天性疾患が片側性の「偽性RP (pseudo-RP )」を引き起こし、UPRと鑑別が必要となることがある。
外傷 :鉄錆症(siderosis)、鈍的外傷(網膜 振盪症・網膜剥離 )、鈍器分娩による出生時外傷
薬物毒性 :クロロキン、ヒドロキシクロロキン、フェノチアジン、チオリダジン
感染後状態 :眼トキソプラズマ症 、梅毒、CMV、ライム病 、風疹、麻疹、結核
炎症後状態 :網膜血管炎 、後部ぶどう膜炎 後、びまん性片側性亜急性神経網膜 炎(DUSN )、急性帯状潜在性外網膜 症(AZOOR )
自己免疫 :自己免疫性網膜 症
悪性腫瘍 :癌関連網膜症 (CAR)
Q
遺伝するリスクはあるか?
A
UPRは主に胚発生中の体細胞変異が原因と考えられており、次世代への遺伝リスクは極めて低いとされている。ただしRP 1やUSH2A等の生殖細胞系列変異を伴う例も報告されているため、遺伝的素因が疑われる場合は遺伝カウンセリング の受診が推奨される。
FrancoisおよびVerriestによる片側性色素性網膜症(特発性)の診断基準は以下の4項目からなる。
罹患眼に、原発性色素変性に典型的な機能的変化および眼底所見が認められること
対側眼に網膜 変性の症状がなく、網膜電図 が正常であること
罹患眼における炎症性・感染性・血管性の原因が除外されていること
非対称性の遺伝性PRの可能性を排除するために、5年以上 の観察期間があること
この基準のうち条件(3)「炎症性原因の除外」は、眼トキソプラズマ症 関連症例では満たされないことがある1) 。
以下の検査を組み合わせて診断を進める。
網膜電図 (ERG ) :UPRと感染性網膜 症の鑑別に有用。罹患眼のa波は検出不能〜軽度低下の範囲。b波の潜時と振幅が病的値を示し、振幅のみが低下する梅毒性網膜 症と区別される。ISCEV標準プロトコールに従い暗順応下・明順応下で記録する。
多局所網膜電図 :眼トキソプラズマ症 関連症例で右眼は記録不能、左眼は中心10度のみ選択的消失が確認された1) 。
眼底自発蛍光 (FAF ) :過去の症例で中心窩 周囲の高蛍光リング、血管弓および乳頭周囲に沿った著明な蛍光消失が報告されている。
OCT :嚢胞様黄斑浮腫 ・網膜前膜 ・外網膜 層萎縮の評価に有用。トキソプラズマ関連UPR症例では、swept-source OCT にて外網膜 層萎縮と過反射スポット(RPE 色素沈着に対応)が確認された1) 。
超音波Bモード :視神経乳頭ドルーゼン を認める症例が報告されている。
遺伝子検査 :遺伝性網膜 症に関与する主要変異の探索に有用。ただし体細胞変異の場合、血液由来の検体では検出できないことがある1) 。
血清学的検査 :眼トキソプラズマ症 等の感染性原因を除外するために実施する。PCR(房水 ・硝子体 )も有用。
Q
どのような検査でUPRと診断されるのか?
A
網膜電図 が最も重要な確定検査であり、罹患眼の広範な機能不全と対側眼の正常網膜電図 を示すことが診断基準に含まれる。これにFAF ・OCT ・遺伝子検査・血清学的検査を組み合わせ、後天性原因(感染・炎症・薬物毒性・外傷)を系統的に除外したうえで診断する。5年以上の経過観察も必要である。
UPRに対するゴールドスタンダードや確定的な治療法は現時点では存在しない。支持療法(supportive care)が標準的なケアとなる。
抗酸化物質・ビタミン・栄養補助食品 :一般的に用いられるが、真の有益性は示されていない。ビタミンAは進行抑制効果があるとされるが、原因遺伝子によっては進行を助長することが知られており注意が必要である。DHAやルテインは黄斑部 視細胞 を酸化ストレス から保護する可能性がある。
遮光眼鏡 :羞明 の改善に有効。
暗所視支援眼鏡 :近年開発された装具で、暗所視の改善が期待される。
嚢胞状黄斑浮腫 (CME )を合併している場合は、原因に応じた薬物療法が必要となる。
治療における注意点
ビタミンAは原因遺伝子の種類によっては進行を助長する可能性がある。遺伝子検査の結果を踏まえたうえで補充の可否を判断することが望ましい。
嚢胞様黄斑浮腫 の原因が眼内炎 症の場合、CAIのみでは対応できないことが多い。炎症の評価を適切に行い、抗炎症治療を選択する。
罹患眼の疾患進行の監視と、対側眼が非対称型RP に移行していないかの確認のために、年1回の眼科検査 が推奨される。
視力検査 およびゴールドマン視野検査 を定期的に実施する。
UPRにおける骨小体様色素沈着の形成は、以下の一連の過程によって生じると考えられている(マウスモデルの研究による)。
視細胞 のアポトーシス :視細胞 のプログラム細胞死 が外網膜 の変性を引き起こす。
内網膜 血管との直接接触 :外網膜 の変性が進行すると、内網膜 血管との直接接触が生じる。
RPE 細胞の移動 :位置がずれたRPE 細胞が変性部位に移動する。
細胞外マトリックス沈着 :移動したRPE 細胞が細胞外マトリックスを沈着させる。
血管の部分的封鎖 :沈着したマトリックスが接触している血管を部分的に封鎖し、骨小体様外観を形成する。
色素変化の性質のみからは、診断や機能的な表現型を確実に予測することはできない。網膜 内色素沈着・RPE の脱色素・視神経乳頭 蒼白・血管の狭細化はUPRで生じうるが、これらは疾患に特異的な所見(pathognomonic)ではない。
RP の病態と同様に、網膜 周辺部に多く存在する杆体の一次的変性が先行する。
杆体の変性は周辺視野の制限(トンネル視野)・暗所視感度の低下・夜盲 を引き起こす。患者はよく照明された環境では適応できることがある。疾患が進行すると錐体も変性し、視力 ・コントラスト感度 ・色覚が低下する。最終的には中心窩 が障害され、日常生活機能の著しい低下をきたす。
疾患の進行速度には大きな個人差があり、若年発症例ほど視力 予後が不良な傾向がある。
網膜色素変性 全体においては、異常遺伝子の多様性から遺伝子診断そのものが容易でなく、治療ターゲットを絞りにくい状況にある。現時点では特殊な症例に限り遺伝子治療 が行われており、RPE 65遺伝子変異を持つLeber先天盲に対するウイルスベクターを用いた遺伝子導入治療が2006年以降実施されている。UPRへの遺伝子治療 の応用は、まず原因遺伝子の同定が前提となる。
UPRの体細胞変異という特性上、血液サンプルに基づく分子診断には限界がある1) 。全エクソーム解析を含む高度な遺伝子検査の実施が、診断確定に必要な場合がある。RP は約40種類以上の遺伝子(ロドプシン・ペリフェリンをコードする遺伝子等)の変異によって引き起こされるため、包括的な遺伝子パネル検査の重要性が高まっている1) 。
Karska-Basta I, Romanowska-Dixon B, Pojda-Wilczek D, Mackiewicz N. Ocular Toxoplasmosis Associated with Unilateral Pigmentary Retinopathy That May Mimic Retinitis Pigmentosa: Diagnostic Dilemmas. Medicina. 2021;57(9):892. doi:10.3390/medicina57090892. PMID:34577815; PMCI D:PMC8470494.
Errera MH, Robson AG, Wong T, Hykin PG, Pal B, Sagoo MS , et al. Unilateral pigmentary retinopathy: a retrospective case series. Acta Ophthalmol. 2019;97(4):e601-e617. PMID: 30597758.
Chapelle JF, Chapelle AC, Georges A, Blaise P, Rakic JM. [Unilateral pigmentary retinopathy : about 2 cases]. Rev Med Liege. 2019;74(9):451-456. PMID: 31486313.
記事の全文をコピーして、お好みのAIに貼り付けて質問できます
下のAIを開いて、チャット欄に貼り付け(ペースト)してください