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網膜・硝子体

クロロキン/ヒドロキシクロロキン網膜症(Hydroxychloroquine Toxicity)

1. クロロキン/ヒドロキシクロロキン網膜症とは

Section titled “1. クロロキン/ヒドロキシクロロキン網膜症とは”

クロロキン(CQ)の長期投与により両眼黄斑が障害される網膜症は1959年に初報告された。日本では1962年に症例報告がなされ、その後1975年までに多数の発症例が社会問題化し、3大薬害の1つとなってCQの使用が制限されるに至った。

ヒドロキシクロロキン(hydroxychloroquine; HCQ、商品名プラケニル®)はその教訓を踏まえて導入された比較的安全な代替薬である。CQに比べ毒性が約半分とされ4)、関節リウマチ(RA)・全身性エリテマトーデスSLE)・シェーグレン症候群などの自己免疫疾患に広く使用される。日本ではリウマチ学会・皮膚科学会主導の国内臨床試験を経て、2015年9月にSLEおよび皮膚LEに対して薬事承認を取得し、近年本薬剤を必要とする症例が着実に増えている。

HCQはCQと同様に、長期投与では網膜毒性のリスクがある。HCQの作用機序はリソソームに蓄積してpHを上昇させ、Toll様受容体(TLR)の活性化を阻害することで免疫調節効果を発揮する8)。抗炎症・免疫調節・抗凝固作用を併せ持つ4, 8)

5年以上の長期投与では発症率が約0.5%に達する。10年で約2%、20年以上では約20%まで上昇するとの報告がある8, 12)網膜毒性は通常不可逆的であり、早期発見と薬剤中止が最善の対策となる。

初期は無症状であることが多く、検査上では中心視野感度の低下を認める。症状が出現する頃には、すでに相当の網膜障害が進行していることが多い。

主な自覚症状は以下の通りである。

  • 色覚異常(赤色):最初期に出現しやすい症状。赤色の識別困難が特徴的。
  • 中心視力欠損・読書困難:中心部の感度低下による。
  • 霧視変視症黄斑部の障害に伴う。
  • 眩しさ・光視症:光受容体障害を反映する。
  • 夜盲:進行例では桿体機能障害により出現。
  • ハロー・羞明角膜症合併時に認められる。
Q HCQを飲んでいますが、どのような症状に注意すべきですか?
A

初期は無症状のことが多いため、自覚症状だけでは判断できない。色覚の変化(特に赤色)、中心部の見えにくさ、読書困難、眩しさ、ゆがみを感じたら速やかに眼科を受診することが重要である。定期的なスクリーニング検査(診断と検査方法の項参照)が毒性の早期発見に不可欠である。

病期によって特徴的な所見を呈する。

初期所見中心窩反射の消失、黄斑部の微細な顆粒状所見、脱色素斑。自覚症状はほぼない。

進行所見:bull’s eye黄斑症(輪状萎縮)が特徴的な所見である。中心窩を中心とした輪状のRPE萎縮であり、見た目が雄牛の目に似ることからこの名称がつけられた。さらに進行すると動脈狭細化・視神経萎縮を伴う。

SD-OCTの所見:傍中心窩の外層(楕円体帯)から始まる菲薄化が早期変化として捉えられる。

分布パターンの人種差:典型的な傍中心窩型(白人に多い)と周辺中心窩型(アジア系・黒人に多い)がある。アジア系では55%、黒人では21%、ヒスパニック系では5%が周辺中心窩型を呈し、白人の1.8%と大きく異なる10)

黄斑浮腫CME)合併:まれではあるが、HCQ毒性に囊胞様黄斑浮腫が合併する場合がある3, 10)

皮膚色素沈着:眼所見以外に、青/灰色の皮膚色素沈着を示す患者もいる4)

Pengら(2024)は、長期HCQ投与(400 mg/日、3年間)後にbull’s eye黄斑症と皮膚色素沈着を呈した65歳のRA患者を報告した4)。皮膚病変と眼病変が並行して進行することがある。

Alexら(2025)は、7年間のHCQ投与(200 mg×2回/日)後に楕円体帯(EZ)破壊が見落とされた68歳SLE患者のケースシリーズを報告した6)。定期スクリーニングを受けていたにもかかわらず微細な変化が見逃されており、検査の解釈には十分な注意が必要である。

CQ/HCQ網膜毒性の発生には複数のリスク因子が関与する。

以下の表に投与期間とリスクの目安を示す8, 12)

投与期間毒性リスク
5年以内1%未満
10年約2%
20年以上約20%

投与量

HCQの閾値:1日投与量 >5 mg/kg/日(理想体重)でリスク上昇11)。従来は >6.5 mg/kg/日が危険域とされていたが、AAO 2016でHCQ >5 mg/kg/日(理想体重)に厳格化された。

CQの閾値:>3.0 mg/kg/日でリスク上昇。

累積投与量:HCQ >1,000 g、CQ >460 gが高リスクの目安。

投与期間

5年以内:リスク1%未満と低い。

20年以上:リスクが約20%まで上昇する8, 12)。5年以上の長期投与では約0.5%に達する。

腎機能障害

eGFR<60:腎排泄低下によりHCQ血中濃度が上昇し、毒性リスクが増大する8)

腎疾患を持つ患者では特に慎重なモニタリングが必要。

その他のリスク因子

肥満:実体重でなく理想体重に基づくdosingを推奨8)

タモキシフェン併用:相加的な網膜毒性リスク。

高齢・肝機能障害:代謝・排泄に影響し、血中濃度が上昇しやすい。

既存の網膜疾患・黄斑:毒性の評価が困難になる。

Q どのくらいの期間で毒性リスクが高くなりますか?
A

投与期間5年以内はリスク1%未満と低いが、10年で約2%、20年以上では約20%まで上昇する8, 12)。投与量を5 mg/kg/日以下(理想体重)に保つこと11)、腎機能の定期確認、タモキシフェンとの重複を避けることも重要なリスク管理となる。

CQ/HCQ網膜毒性の診断には複数のモダリティを組み合わせたスクリーニングが推奨される。

ベースライン検査:HCQ開始前または開始後1年以内に実施する。投与前の基準値(ベースライン)を把握することが後の評価に不可欠である。

定期スクリーニング開始時期:開始から5年後より年1回。リスク因子がある患者(腎機能障害・高用量・タモキシフェン併用等)ではより早期から開始する。リスク因子がなければ年1回、リスク因子があればより短い間隔が望ましい。処方医(リウマチ科・皮膚科)と眼科医の連携強化が重要である11)

SD-OCT

楕円体帯(EZ)破壊:最初期の異常所見。傍中心窩外層から始まる菲薄化が特徴的。

flying saucer signOCTで確認できる特徴的な所見6, 7)。垂直・放射状スキャンで全マキュラキューブを確認する10)

10-2 視野

中心視野検査(Humphrey 10-2):最重要スクリーニング。傍中心暗点(2〜6度)を検出する6, 10)

アジア系への注意:周辺中心窩型の多いアジア系・黒人では24-2/30-2視野も必要6, 10)

FAF(眼底自発蛍光)

早期:高自発蛍光領域として出現する。

進行RPEの代謝機能障害が進むと低自発蛍光へと変化する。OCTと組み合わせて診断精度を高める。

mfERG・FA

多局所網膜電図(mfERG:傍中心窩振幅低下として電気生理学的に機能変化を捉える。

全視野ERG:桿体・錐体機能を全体的に評価する。AI解析との組み合わせが期待される6)

蛍光眼底造影FA:進行例での有用性が認められている。

10-2視野のターゲット色による感度・特異度は以下の通りである2)

指標赤色ターゲット白色ターゲット
感度91%78%
特異度57%84%

Centnerら(2024)は、OCT視野検査に明らかな異常がなくても視野変化のみでHCQ毒性を検出した症例を報告した2)。標準的な白色ターゲット視野のみでは見逃しの可能性があり、赤色ターゲットを組み合わせる意義がある。

鑑別疾患を以下に示す。両眼に黄斑部の円形萎縮を生じる疾患との鑑別には、投与前からの定期的な眼科観察が極めて重要であり、処方医と眼科医の連携が推奨される。

鑑別疾患鑑別のポイント
錐体ジストロフィ遺伝性・緩徐進行
Stargardt病(黄斑ジストロフィ)若年発症・silent choroid
萎縮型加齢黄斑変性ドルーゼン・加齢
自己免疫性網膜急速進行・抗網膜抗体
中心性漿液性脈絡網膜症片側性・SRF既往
クリスタリン網膜症(CYP4V2遺伝子異常)角膜辺縁の結晶沈着・遺伝子検査
タモキシフェン網膜タモキシフェン使用歴・黄斑部結晶沈着

Ahnら(2025)は、既往の中心性漿液性脈絡網膜症CSCR)がHCQ毒性に酷似した所見を呈した症例を報告した7)SLE患者でHCQを投与している場合、CSCRの既往が鑑別を複雑にする。

Panditら(2022)は、ドミニカ系患者における主に周辺中心窩型のHCQ毒性の遅れた発見例を報告した10)。標準的な10-2視野・傍中心窩OCTのみでは周辺中心窩型毒性を見逃す可能性があり、垂直方向のフルスキャンとより広い視野検査が必要と結論づけた。

Q 眼科スクリーニングはいつから始めるべきですか?
A

HCQ開始前または開始後1年以内にベースライン検査を行う。その後、5年目から年1回のスクリーニングを継続する11)。腎機能障害・タモキシフェン併用・高用量など、リスク因子がある患者ではより早期に開始する。SD-OCTと10-2視野(アジア系では24-2/30-2も考慮)の組み合わせが推奨される。

毒性の最初の徴候が確認された時点でCQ/HCQを中止する。ただし、薬剤は脂溶性が高く組織への蓄積が多いため、体内からの排出が遅い。中止しても毒性が進行悪化することがある。早期発見・早期中止が視力温存の鍵である。

Hipolito-Fernandesら(2021)は、SLEに対してHCQを20年間(400 mg/日)投与された43歳の患者を報告した9)。中止後も毒性が進行し、非中心性漿液性脈絡網膜症を合併した。長期使用例では中止後の経過にも注意が必要である。

予防的管理(定期モニタリング)

Section titled “予防的管理(定期モニタリング)”

毒性の予防には、投与開始前からの計画的な管理が重要である。

  • 投与開始前ベースライン検査:中心視野検査・SD-OCT眼底検査を必ず実施する
  • 定期モニタリング:年1回(リスク因子があればより短い間隔で)11)
  • 投与量の適正管理:HCQ ≤5 mg/kg/日(理想体重)を目安とする11)
  • HCQ血中濃度の治療域:750〜1,200 ng/mL8)。1,200 ng/mL超は過治療域となる
  • 処方医と眼科医の連携:定期的な情報共有と評価が重要である

HCQ毒性に合併する嚢胞様黄斑浮腫に対する治療は、従来は点眼ステロイド・NSAIDs・炭酸脱水酵素阻害薬(CAI)が試みられてきた。しかし奏効しない症例もあった。

Mathaiら(2024)は、デキサメタゾン硝子体内インプラントOzurdex®)をHCQ毒性による嚢胞様黄斑浮腫 3例に使用し、全例で有効性を確認した3)トリアムシノロンベバシズマブが無効であった症例にも奏効し、新たな選択肢として注目される。

自己免疫性網膜症(AIR)合併例

Section titled “自己免疫性網膜症(AIR)合併例”

SLE患者でHCQ投与中にAIRが発症・合併する可能性がある。AIR合併が疑われる場合、テノン嚢トリアムシノロン(30〜40 mg)が選択肢となる1)

Maら(2023)は、SLE患者においてHCQがRPE細胞に細胞死を引き起こし、抗網膜自己抗体が産生されることでAIRが加わる可能性を報告した1)。AIRとHCQ毒性が共存する複合病態として注意が必要である。

HCQによる角膜症(渦状角膜混濁)は完全に可逆的であり、投与中止により消退する。

Q HCQ網膜症は治りますか?
A

一般に、CQ/HCQ網膜毒性は不可逆的である。薬剤を中止しても、すでに障害された光受容体・RPEは回復しない。さらに中止後も体内排出が遅いため、しばらくの間は毒性が進行することがある9)。早期発見・早期中止が視力温存の最善策である。なお、角膜症(渦状角膜混濁)は完全可逆的で、中止後に消退する。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

発症機序の詳細は不明な点が残るが、以下の経路が想定されている。薬剤がメラニンと結合してRPE網膜色素上皮)および脈絡膜のメラニン含有細胞(メラノサイト)に取り込まれ、リソソームの破壊と酵素・代謝機能の障害を引き起こす。その結果、光受容体(主に錐体細胞)の二次的障害が生じる。

蓄積と毒性の過程は以下の通りである。

  • リソソーム機能障害RPEリソソームへのCQ/HCQ蓄積により内部pHが上昇し、酵素活性が低下して代謝機能が障害される。
  • 食作用の低下:光受容体外節のRPEによる日常的な食作用が低下し、外節が蓄積する。
  • 光受容体変性:外節の蓄積がRPE変性を引き起こし、最終的に光受容体が失われる。
  • bull’s eyeパターンの成因中心窩錐体は相対的に保護され、周囲の桿体・錐体が先に障害されることで輪状萎縮(bull’s eye)が形成される。

薬物動態8)

  • 経口投与後2〜6時間で最高血中濃度に達する
  • 半減期は22日〜3ヶ月以上と極めて長い
  • バイオアベイラビリティ67〜74%
  • 分布容積:血液5.5 L、血漿44,000 L(組織への広範な分布)
  • 高脂溶性により肝・腎・メラニン豊富組織に蓄積
  • 肝代謝:CYP3A4 / CYP2C8 / CYP2D6
  • 腎排泄:50%(未変化体として約20%)

上記の薬物動態が、中止後も毒性が進行する理由(組織からの緩徐な放出)を説明している。

心毒性の機序:心筋細胞のリソソームのアルカリ化によりリソソーム機能障害が生じ、構造性心疾患(心筋症・伝導障害)を引き起こすことがある8)。HCQはIa群抗不整脈薬と構造的に類似しており、QT延長のリスクもある。

7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

HCQ血中濃度の測定が、投与量の個別最適化および毒性予防に役立つ可能性が示されている。治療域は750〜1,200 ng/mLとされ、1,200 ng/mL超では過治療域として毒性リスクが高まる8)。腎機能低下患者では同じ経口量でも血中濃度が上昇しやすく、血中濃度モニタリングの導入が今後の標準化につながる可能性がある。

Alexら(2025)は、OCTA(光干渉断層血管造影)・適応光学(AO)・ハイパースペクトル画像などの先進的モダリティが、従来のOCT視野検査では検出困難な初期変化の発見に有用である可能性を報告した6)。AI(人工知能)を組み合わせたmfERG波形解析も早期検出の精度向上が期待されている。

HCQ毒性への感受性に遺伝的要因が関与する可能性が指摘されている。RP1L1、RPGR、RPE65、CCDC66などの遺伝子多型が感受性に影響する可能性がある6)。将来的には遺伝子プロファイルに基づく個別化医療が実現する可能性がある。

系統的モニタリングプログラムのコスト効果

Section titled “系統的モニタリングプログラムのコスト効果”

Meredithら(2024)は、系統的なHCQ網膜症モニタリングプログラムが2年間で16例の確定毒性を検出し(有病率1.06%)、プログラムの実施コストを早期発見によるコスト削減効果が上回ることを報告した5)。系統的モニタリングは患者アウトカムの改善と医療経済の両面で有益である。

長期CQ/HCQ投与患者における心毒性(心筋症・伝導障害)のスクリーニング体制の整備が課題となっている8)。眼科的モニタリングと並行して心臓評価を行う体制の構築が今後の課題である。


  • 早期発見・早期中止:bull’s eye黄斑症に至る前に検出できれば、重篤な視機能低下の回避が期待できる。
  • 進行例:bull’s eye黄斑症や外層萎縮に至った症例では、不可逆的な視力低下や中心視機能障害が残存しやすい。
  • 中止後の進行:薬剤中止後も数週から数か月は組織内蓄積の影響で進行することがある9)
  • 定期スクリーニングの意義:視機能予後の改善には、計画的な眼科スクリーニングの継続が最も重要である11)

処方医(リウマチ科・皮膚科・内科など)と眼科医が検査所見を共有し、用量調整や中止の判断を共同で行う体制が予後改善に重要である。高リスク患者では腎機能や併用薬も含めた総合的な管理が必要である8, 11)


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