この疾患の要点
ベスト病(BVMD)は目玉焼き状(卵黄状)の黄斑 病変で知られる黄斑 ジストロフィであり、BEST1遺伝子変異による遺伝性網膜 疾患群(ベストロフィノパチー)の代表的サブタイプである。
小学校低学年頃に視力 低下を主訴に受診するのが典型的だが、中年以降の初診例も珍しくない。
初診時視力 は0.1〜0.5程度で左右差を認めることが多い。視力 予後はそれほど悪くなく、左右どちらかの眼は矯正視力 0.5以上を保てる例が多い。
全サブタイプでEOG アーデン比が低下(≦1.5)し、全視野ERG は基本的に正常という組み合わせが特徴的な電気生理パターンである。
本症であればほぼ100%にEOG の異常がみられ、診断に決定的な検査となる。
約20%の患者で脈絡膜新生血管 (CNV )が合併し、急速な視力 低下の原因となる。
現時点で根治的治療法はなく、CNV 合併時は抗VEGF療法 が有効である。
ベスト病(Best disease)は、目玉焼き状(卵黄状)の黄斑 病変で知られる黄斑 ジストロフィである。ベストロフィノパチー(bestrophinopathy)はBEST1遺伝子(旧称VMD2)の変異により引き起こされる遺伝性網膜 疾患群の総称であり、ベスト病(BVMD)はその最も一般的なサブタイプにあたる。網膜色素上皮 (RPE )を主に障害し、卵黄状物質の黄斑 への蓄積を特徴とする。
1883年にJ.E. Adamsが初めて報告し、1905年にFriedrich Bestが常染色体優性遺伝 の家族性疾患として詳細に記述した。
BEST1遺伝子は染色体11q12.3に位置し、11エキソンで構成される。585アミノ酸の膜貫通タンパク質(Best1)をコードし、RPE 基底側細胞膜に局在するホモ五量体構造のCa²⁺活性化塩化物チャネル(CaCC)として機能する9) 。bestrophin(ベストロフィン)は網膜色素上皮 (RPE )細胞の細胞膜におけるCl⁻イオン輸送に関与するイオンチャネルタンパク質である。現在250以上の病原性変異が報告されており、遺伝性網膜 ジストロフィ(IRD)患者全体の3.9%〜7.8%でBEST1変異が検出される。小児IRD患者に限ると18〜36%に達する10) 。
小学校低学年頃に視力 低下を主訴に受診するのが普通であるが、中年以降の初診も決して珍しくない。初診時の視力 は0.1〜0.5程度であり、視力 ・眼底所見に左右差がみられることが多い。
ベストロフィノパチーの主要サブタイプは以下の4つである。
BVMD
ベスト卵黄状黄斑ジストロフィ :最も一般的なサブタイプ。常染色体優性遺伝 。小児〜青年期(3〜15歳)に発症。有病率1/5,000〜1/67,000。古典的「目玉焼き」状黄斑 病変が特徴。
ARB
常染色体劣性ベストロフィノパチー :常染色体劣性遺伝 。4〜40歳に発症。両眼対称性の多巣性網膜 下黄色沈着物。遠視 ・眼軸長 短縮を伴い、閉塞隅角緑内障 リスクがある。有病率約1/1,000,000。
AVMD
成人発症型卵黄状黄斑ジストロフィ :30〜50歳で発症。BVMDより病変が小さく進行が緩徐。
ADVIRC
常染色体優性硝子体 網膜 脈絡膜 症 :卵黄状病変を欠く。赤道から鋸状縁 にかけての色素帯が特徴。有病率約1/1,000,000。
Q
ベスト病は遺伝しますか?片方の親がベスト病の場合、子どもへの影響は?
A
BVMDは常染色体優性遺伝 だが、不完全浸透と多様な表現型を示す。変異遺伝子を持っていても発症しない場合がある。一方、ARBは常染色体劣性遺伝 であり、両親がともに保因者の場合に子どもが発症する確率は25%となる。いずれの場合も遺伝カウンセリング の受診が推奨される。
BVMDは小児期〜青年期(3〜15歳が典型的)に発症する。初期は視力 への影響は最小限で、眼底所見の劇的さに比して視力 は良好に保たれることが特徴である。視力 は卵黄期までは比較的良好であるが、病変が崩れ始めると低下することが多い。
視力 低下 :進行に伴い緩徐な両側性視力 低下をきたす。萎縮期(第V期)では20/30〜20/200に低下する。
中心暗点 :黄斑部 病変の進行とともに出現する。
変視症 :物がゆがんで見える症状で、黄斑 病変を反映する。
CNV 合併時 :急速な視力 低下をきたし6) 、第VI期(CNV 期)では視力 が20/200以下に低下する。
BVMDには6つの臨床病期がある。以下の表に病期別の眼底所見と視力 の目安を示す。
病期 眼底所見 視力 I 前卵黄状期 RPE 変化のみ/正常正常 II 卵黄状期 「目玉焼き」状病変 正常〜軽度低下 III 偽蓄膿期 リポフスチン 層形成II期と同等 IV 卵黄破裂期(炒り卵期) スクランブルエッグ状 同等〜軽度低下 V 萎縮期 RPE /網膜 萎縮20/30〜20/200 VI CNV 期 脈絡膜新生血管 ≦20/200
第I期(前卵黄状期)は視力 正常でEOG のみ異常を示す。第II期(卵黄状期)では古典的な「目玉焼き」状の卵黄状病変が出現し、30%の患者に異所性病変を認める。第III期(偽蓄膿期)では黄色物質が重力により下方にのみ沈着して偽蓄膿様の所見を呈する。第IV期(卵黄破裂期)は病変が崩れた「スクランブルエッグ」状の外観を呈し、いわゆる「炒り卵期」とも称される。第V期(萎縮期)では中心RPE および網膜 の萎縮が生じる。第VI期(CNV 期)では約20%の患者に脈絡膜新生血管 が発生する。なお、視力 低下は成人になってから生じることが多く、0.1より悪くなることはまれである。
すべての症例がすべての病期を順に経るわけではなく、経過は個人差が大きい。
マルチモーダルイメージングによる追加所見として以下が知られている1) 。
OCT :卵黄状病変は網膜 下腔に局在し、病変型はvitelliform型・mixed型・SRF型・萎縮型に分類される。視細胞 楕円体帯(EZ )の破壊が視力 低下と最も強く関連する。外核層(ONL)厚は全病期にわたり健常者より有意に低い。
FAF (眼底自発蛍光 ) :卵黄状期に過自発蛍光、萎縮期に低自発蛍光へと変化する。
AO -SLO(適応光学走査型レーザー検眼鏡) :錐体モザイクの希薄化が全病期で認められる。
犬モデルの知見 :網膜 下物質はゲル状マトリックスであり液体ではないことが確認されている2) 。
ARBの臨床所見 9) :両眼対称性の多巣性網膜 下黄色沈着物、FAF で過自発蛍光、OCT で網膜下液 ・網膜 内嚢胞・視細胞 外節の伸長、眼軸長 短縮による閉塞隅角緑内障 リスク、網膜電図 正常、EOG の光ピーク消失。
Q
「目玉焼き」のような病変があっても視力が良好なのはなぜですか?
A
初期のBVMDでは、錐体視細胞 がまだ機能を維持しているためである。OCT 上でONL厚やEZ の完全性が保たれている間は視力 は維持される。眼底所見と視力 の乖離はBVMDの臨床的特徴であり、診断の手がかりとなる。
ベストロフィノパチーの原因遺伝子はBEST1(VMD2)である9) 。遺伝形式は基本的に常染色体優性(BVMD)であるが、近年常染色体劣性の病態(ARB)も存在することが明らかになっている。BVMDは常染色体優性遺伝 であり、不完全浸透と多様な表現型を特徴とする。ARBは常染色体劣性遺伝 であり、ホモ接合または複合ヘテロ接合変異によって発症する9) 。
代表的な変異として以下が報告されている。
BVMDの点変異例 :c.851A>G(p.Tyr284Cys)6)
ARBの複合ヘテロ接合変異例 :c.103G>A(p.Glu35Lys)+ c.313C>A(p.Arg105Ser)9)
arBVMDのホモ接合変異例 :c.695T>G(p.Ile232Ser)5)
卵黄状パターンはBEST1以外の遺伝子変異でも生じることがあり、鑑別が必要な遺伝子としてPRP H2、IMPG1、IMPG2、THRBが報告されている3), 7) 。特にTHRB遺伝子(甲状腺ホルモン受容体β)の変異が卵黄状黄斑ジストロフィを引き起こすことが報告されており、家族内表現型の多様性が高い3) 。
ARBでは遠視 ・眼軸長 短縮を伴うことが多く、閉塞隅角緑内障 の発症リスクに注意が必要である9) 。
遺伝性疾患として知っておきたいこと
ベスト病は遺伝性疾患であるため、家族(兄弟姉妹・親・子ども)も眼科検査を受けることをお勧めします。
変異遺伝子を持っていても必ずしも発症するとは限りません(不完全浸透)。
遺伝カウンセリング を受けることで、遺伝リスクや将来の家族計画について専門的なアドバイスを得られます。
定期的な眼科受診でCNV 合併を早期発見することが視力 保護につながります。
ベストロフィノパチーの診断には、電気生理学的検査・形態学的検査・遺伝子検査を組み合わせる。
EOG
アーデン比 :全ベストロフィノパチーで一様に低下(≦1.5)。本症であればほぼ100%にEOG の異常がみられ、診断に決定的な検査となる。網膜電図 正常との組み合わせが特徴的。ARBではEOG の光ピーク消失。
OCT/FAF
OCT :病変の局在・組成を評価。病変型分類(vitelliform/mixed/SRF/atrophy)に有用。EZ 破壊が視力 低下と最も強く相関。FAF :病期に応じた自発蛍光の変化を確認。
OCTA
MNV検出 :FA ・ICGA より優れたMNV検出能。静止型(非滲出性)NVもOCTA のみで検出可能。OCTA 導入後、MNV有病率は最大65%に上方修正された。
各検査の詳細を以下に述べる。
EOG :全ベストロフィノパチーで一様に異常であり、アーデン比(明順応/暗順応の電位比)が≦1.5を示す5), 9) 。arBVMDではアーデン比1.52/1.59の報告5) 、MNV合併例ではアーデン比1.1の報告がある8) 。ARBでは光ピーク自体が消失する9) 。
網膜電図 (ERG ) :BVMDでは基本的に正常9) 。全視野ERG の正常はRPE 特異的な機能障害(周辺網膜 は障害されない)を反映している。ARBでは正常〜軽度異常9) 。EOG 異常とERG 正常の解離がベストロフィノパチーに特徴的な電気生理学的パターンである。
遺伝子検査 :BEST1遺伝子の遺伝子解析で確実に診断できる6), 9) 。遺伝カウンセリング とともに実施する。BEST1以外の遺伝子(PRP H2、IMPG1、IMPG2、THRB)の検索も鑑別上有用である。
OCTA :MNV(黄斑 新生血管 )の検出においてFA やICGA より優れ4) 、滲出性MNVと非滲出性(静止型)NVの鑑別に有用である4) 。OCTA の普及によりMNV有病率の推定値は最大65%に上方修正された1) 。
Q
診断に最も重要な検査は何ですか?
A
全ベストロフィノパチーを通じてEOG アーデン比の低下(≦1.5)が一様に認められ、全視野ERG が正常との組み合わせが特徴的である。本症であればほぼ100%にEOG の異常がみられるため、診断に決定的な検査となる。確定診断にはBEST1遺伝子検査が必要となる。MNV合併の検索にはOCTA が最も有用であり、静止型NVも検出できる。
BVMDおよびベストロフィノパチーに対する根治的治療法は現時点で存在しない。対症療法・ロービジョンケア が主体となる。治療の主目標は合併症(特にCNV )の早期発見と対処、および視機能の維持である。
滲出性MNV(脈絡膜新生血管 )が確認された場合は抗VEGF療法 の適応となる。萎縮期に出現したCNV に対して抗VEGF療法 が選択肢となる。非滲出性MNVへの治療は萎縮変化を加速する可能性があるため、無治療経過観察が推奨される1) 。
抗VEGF治療の結果を以下の表に示す。
症例 薬剤・回数 転帰 12歳女児・脈絡膜新生血管 ベバシズマブ 20/125→20/206) 12歳男児・MNV ラニビズマブ 2回2年間MNV退縮8) 28歳女性・CME アフリベルセプト 3回20/20、15ヶ月維持5)
特に注目すべき報告として、ラニビズマブ (0.5mg/0.05mL)2回投与後にMNVが退縮し、2年間にわたり安定が維持された症例がある8) 。また同症例ではラニビズマブ 注射後に卵黄状沈着物の一時的な消退が観察された。これは初めての報告である8) 。
ARBに合併した囊胞様黄斑浮腫 (CME )に対しては、アフリベルセプト 2.0mg/0.05mL 3回投与で視力 20/20への回復が得られ、15ヶ月間維持された5) 。
炭酸脱水酵素阻害薬 :ARBの網膜下液 に対して点眼による1年間治療が試みられたが、改善は得られなかった9) 。
定期的な経過観察 :非滲出性MNVやCNV の早期発見のため、定期的なOCTA を含む眼科検査が重要。
ロービジョンケア :視力 障害が進行した患者には、拡大鏡・遮光眼鏡・視覚補助機器の利用と社会的支援が重要となる。
治療における注意点
非滲出性(静止型)MNVに対する抗VEGF治療は萎縮変化を加速する可能性があり、慎重な判断が必要である1) 。
CNV 合併を見逃さないために、定期的なOCTA を含む眼科フォローアップを継続する。
ARBでは眼軸長 短縮による閉塞隅角緑内障 リスクがあるため、眼圧 と隅角 の定期的な評価が必要である9) 。
視力 予後はそれほど悪くない。左右どちらかの眼は矯正視力 0.5以上を保つことができる例が多く、萎縮期に至っても社会的視覚機能を保持できる患者が少なくない。ただしCNV が合併した場合は急速な視力 低下をきたすため、定期的な眼科検査によるCNV の早期発見が重要となる。
Q
治療法はありますか?遺伝子治療は可能ですか?
A
現時点では根治的治療法はなく、合併症への対処が中心となる。CNV 合併時は抗VEGF療法 が有効で、視力 改善の報告がある。遺伝子治療 については、犬モデルでAAVベクターによる治療が劇的な効果を示しており、Phase 1/2臨床試験が計画されている。詳細は「最新の研究と今後の展望」の項 を参照。
Best1はRPE 基底側細胞膜に存在するホモ五量体であり、中央にイオン細孔を形成する9) 。Ca²⁺活性化塩化物チャネル(CaCC)として機能し、RPE のイオン輸送・液体ホメオスタシスに関与する9) 。
BVMDの変異機構 :ドミナントネガティブ(優性阻害)機構。野生型Best1の機能を変異型タンパク質が阻害することで発症する9) 。
ARBの変異機構 :ヌル表現型(機能喪失)。両アレルの機能が喪失することで、BVMDとは異なる表現型を示す9) 。
犬モデルの研究から、RPE 頂位微絨毛の発達不全が錐体外節の被覆不全を引き起こし、微小剥離が生じることが明らかになっている2) 。この微小剥離は光に反応して動的に変化し、明所で拡大・暗所で縮小することが確認された2) 。
リポフスチン の蓄積はBEST1遺伝子異常の一次的影響ではなく、視細胞 とRPE の接着喪失の結果として生じる1) 。RPE のポンプ機能の喪失が卵黄状物質の蓄積を促進する主要な原動力となる1) 。
ブルッフ膜 への機械的・虚血的・酸化ストレス が継続的にかかることでVEGFが産生され、MNVが発生すると考えられている8) 。滲出性MNVは急速に成長するのに対し、非滲出性MNVは緩徐な経過をたどる1) 。
脈絡膜 厚 :卵黄沈着期に増厚し、萎縮/線維化期に菲薄化する1) 。
深層毛細血管叢(DCP) :血管密度の低下は急速進行と関連する1) 。
脈絡膜 毛細血管(CC) :サブクリニカル期から障害が始まる1) 。
全層黄斑円孔 :稀な合併症として報告されている1) 。
RPE vs 視細胞 :AO -ICGを用いた研究では、RPE 細胞は錐体よりも重度に障害されることが示された1) 。
犬のベスト病モデルを用いた遺伝子治療 研究が大きな進展を遂げている。
AAV2/2-hVMD2-cBEST1ベクターを用いた遺伝子治療 をBVMDの犬モデルに施行した研究では、偽前房蓄膿 期の病変が2週間以内に縮小し、RPE と視細胞 の接触回復とインターフェースの修復が確認された2) 。治療効果は33ヶ月以上にわたり安定して維持された2) 。
この結果に基づき、Phase 1/2ヒト臨床試験が計画されている2) 。遺伝子治療 は現時点では前臨床段階であり、ヒトへの応用は今後の臨床試験の結果を待つ必要がある。
OCTA (光干渉断層血管撮影 )の普及により、従来の蛍光眼底造影 (FA )やICGA では検出困難だった静止型(非滲出性)MNVが検出可能となった4) 。これによりベスト病患者でのMNV有病率の推定値は最大65%に上方修正されており1) 、疾患の自然経過の理解が大きく変化しつつある。
THRB遺伝子(甲状腺ホルモン受容体β)の変異が卵黄状黄斑ジストロフィを引き起こすことが報告され、BEST1遺伝子変異陰性の患者の一部を説明しうる新たな知見となっている3) 。また、IMPG2変異がARBとAVMDの両方の表現型を引き起こしうることも明らかにされており7) 、遺伝的原因の多様性が解明されてきている。
OCT を用いた病変型分類(vitelliform型・mixed型・SRF型・atrophy型)が体系化され1) 、疾患進行の予測や治療適応の判断に活用される基盤が整いつつある。EZ (視細胞 楕円体帯)の完全性が視力 予後の最も重要な予測因子として同定されている1) 。
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