コンテンツにスキップ
その他

眼科手術における抗血栓療法

1. 眼科手術における抗血栓療法とは

Section titled “1. 眼科手術における抗血栓療法とは”

眼科手術を受ける患者において、ワルファリン、直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)、抗血小板薬(アスピリン、クロピドグレルなど)の使用は一般的である。これらの薬剤は全身の血栓塞栓症リスクを低下させるが、周術期の出血リスクを増加させる可能性がある。

眼科医にとっての主要な課題は、治療中断による血栓症リスク治療継続による出血リスクのバランスをとることである。この判断は一律に決まるものではなく、患者の全身的な血栓リスクと手術の出血リスクの両方に基づいて個別化する。

日本の「循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン(2009年改訂版)」では、白内障手術について抗血小板薬継続下の手術と、至適治療域にPT-INRをコントロールした上でのワルファリン継続下の手術がクラスIIaで推奨されている。日本人のPT-INR至適治療域は70歳未満で2.0〜3.0、70歳以上で1.6〜2.6とされる。

2. 主な薬剤の特性と周術期タイミング

Section titled “2. 主な薬剤の特性と周術期タイミング”

ワルファリン

作用機序:ビタミンK拮抗薬。凝固因子II, VII, IX, Xの活性を低下。

半減期:約36〜42時間。

術前休薬:約5日前に中止。手術当日にINR確認。

中和:ビタミンK ± 4因子PCC。

DOAC

薬剤例:ダビガトラン、アピキサバン、リバーロキサバン、エドキサバン。

半減期:5〜17時間と比較的短い。

術前休薬:CrCl ≥50で24〜48h、CrCl 30〜49で48〜72h。

中和:ダビガトランはイダルシズマブ、Xa阻害薬はアンデキサネットアルファ。

  • アスピリン:不可逆的COX-1阻害。血小板への影響は7〜10日持続。日本では休薬する場合7日間が目安。低〜中リスク手術では多くの場合継続可能。
  • クロピドグレル:不可逆的P2Y12受容体拮抗薬。休薬する場合は5日前が目安。日本のガイドラインでは7〜14日の休薬期間。
  • プラスグレル:不可逆的P2Y12拮抗薬。休薬する場合は7日前。
  • チカグレロル:可逆的P2Y12拮抗薬。機能的影響は3〜5日。

患者の血栓リスク(全身レベル)

Section titled “患者の血栓リスク(全身レベル)”
  • 高リスク:機械弁(僧帽弁)、最近(3か月以内)の静脈血栓塞栓症・肺塞栓症、左室補助人工心臓、最近の脳卒中・一過性脳虚血発作を伴う心房細動、必須の抗血小板薬2剤併用療法期間内のステント留置
  • 中リスク:中等度リスクの心房細動、3〜12か月前の静脈血栓塞栓症
  • 低リスク:低リスク心房細動、12か月超前の静脈血栓塞栓症

手術の出血リスク(眼科レベル)

Section titled “手術の出血リスク(眼科レベル)”
リスク代表的手術
極めて低い硝子体内注射YAGレーザー、選択的/アルゴンレーザー線維柱帯形成術網膜光凝固
低い角膜切開白内障手術(点眼/テノン嚢下麻酔)、単純翼状片
中等度低侵襲緑内障手術MIGS)、斜視手術眼瞼内反/外反矯正、角膜内皮移植術(DSAEK/DMEK
高い線維柱帯切除術チューブシャント硝子体手術全層角膜移植術涙囊鼻腔吻合術眼窩手術
Q 白内障手術では抗血栓薬を中止する必要があるか?
A

多くの場合、中止は不要である。点眼麻酔や角膜切開を用いた白内障手術は出血リスクが低く、日本のガイドラインでも抗血小板薬・抗凝固薬の継続下での手術がクラスIIaで推奨されている。

点眼麻酔またはテノン嚢下麻酔下の角膜切開白内障手術では、ほとんどの患者で抗血栓薬の継続が可能である。CHEST 2022ガイドラインでも軽微な眼科手術(白内障手術等)では抗凝固薬・抗血小板薬の継続が推奨されている[1]。Jamulaらのシステマティックレビュー・メタアナリシスでは、ワルファリン継続下白内障手術における出血イベントは増加するものの、その大半は自己限定的で視力を脅かさないことが示された[3]。結膜下出血の頻度は上昇するが、視力を脅かす出血合併症は稀である[6]。

球後麻酔は稀だが重大な球後出血のリスクがあるため、テノン嚢下カニューレ法や完全な点眼麻酔の選択が推奨される。

線維柱帯切除術チューブシャント術は前房出血脈絡膜上腔出血のリスクがあり、白内障手術より出血の代償が大きい。血栓リスクが短期間の休薬を許容する場合、DOACやP2Y12阻害薬の休薬を検討する。アスピリンは多くの場合継続される。低侵襲緑内障手術は出血プロファイルが多様であり、デバイスの種類に応じて個別化する。

硝子体内注射や外来レーザー(汎網膜光凝固術、局所光凝固)では抗血栓薬を通常継続する。Lauermannらの後ろ向き研究では、抗血小板薬・抗凝固薬の使用は硝子体網膜手術における重篤な術中出血の有意なリスク因子ではなく、糖尿病・頸動脈狭窄・若年・強膜バックル併用などの併存因子の方が強く関連していた[4]。Confalonieriらのシステマティックレビューでも、抗血栓薬継続下の硝子体網膜手術は概ね安全とされる一方、DOACに関するエビデンスは依然として限定的である[7]。後眼部手術で広範な増殖膜剥離や強膜バックルを伴う長時間手術では、全身リスクが許容される場合にP2Y12阻害薬やDOACの短期休薬を検討し、アスピリンは可能な限り継続する。

表層角膜手術や単純翼状片手術は抗血栓薬継続下で施行されることが多い。血管新生を伴う角膜病変や全層角膜移植では、より慎重な計画が必要である。

眼窩隔壁後方の深部剥離を伴う手術は、視力喪失の原因となりうる眼窩血腫のリスクが最も高い[5]。Kimらのレビューによれば、眼瞼前方の表層手術(霰粒腫切除、眼瞼皮膚切除など)では抗血栓薬継続下でも視力を脅かす出血は稀である一方、眼窩隔壁後方手術や眼窩手術ではリスクが高まる[5]。待機的手術ではP2Y12阻害薬やDOACの休薬を検討するが、アスピリンは循環器科確認のもと継続する場合がある。

Q 抗血栓薬を休薬する場合、処方医への確認は必須か?
A

必須である。特に冠動脈ステント留置後の抗血小板薬や機械弁患者の抗凝固薬は、不適切な中断が致死的合併症を招きうるため、必ず処方医(循環器内科等)に休薬の可否を確認する。

ブリッジング療法とは、経口抗凝固薬の休薬期間に短時間作用型の注射用抗凝固薬(低分子ヘパリンなど)を一時的に使用することである。

BRIDGE試験(NEJM 2015)はランダム化比較試験により、ワルファリン服用中の心房細動患者において周術期のルーチンのブリッジングが動脈血栓塞栓症の予防に対して非劣性であった一方、大出血リスクをほぼ3倍に増加させることを示した[2]。これに基づき、CHEST 2022ガイドラインも多くの心房細動患者でルーチンのブリッジングを推奨していない[1]。DOACでは効果消失と再開が速やかなため、ブリッジングは一般に不要である[1]。

  • ワルファリン:ビタミンK ± 4因子PCC
  • ダビガトラン:イダルシズマブ 5g静注
  • Xa阻害薬:アンデキサネットアルファまたは4因子PCC

これらは生命を脅かす出血や緊急手術時に用いられるが、中和後の血栓イベントリスクに注意が必要である。

ワルファリンはビタミンK依存性凝固因子(II, VII, IX, X)の合成を阻害する。DOACはトロンビン(ダビガトラン)または第Xa因子(アピキサバン、リバーロキサバン、エドキサバン)を直接阻害し、食事制限や頻回のモニタリングが不要で安定した抗凝固効果を示す。

アスピリンは血小板COX-1を不可逆的に阻害し、トロンボキサンA2産生を抑制する。P2Y12受容体拮抗薬はADPを介した血小板活性化をブロックする。冠動脈ステント留置後の抗血小板薬2剤併用療法では通常アスピリンとP2Y12拮抗薬が併用される。

Q DOACとワルファリンの周術期管理の違いは何か?
A

DOACは半減期が短く(5〜17時間)、腎機能に応じた24〜72時間の休薬で効果が消失するため、ブリッジングが不要である。ワルファリンは半減期が長く(36〜42時間)、約5日前の休薬とINR確認が必要である。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

眼科手術における抗血栓薬管理のエビデンス

Section titled “眼科手術における抗血栓薬管理のエビデンス”

眼科手術、特に白内障手術以外の領域における抗血栓薬管理のエビデンスはまだ乏しい。2022年のCHESTガイドラインでは、VKA・DOAC・抗血小板薬の中断と再開に関するエビデンスに基づいたタイミングがまとめられ、2024年のAHA/ACC周術期ガイドラインでは眼科領域にも適応可能な段階的アプローチが提示されている。

今後は各眼科サブスペシャリティ別の前向き研究やランダム化比較試験の蓄積が望まれる。特にDOAC使用患者における硝子体手術緑内障手術の出血リスクに関するデータが求められている。


  1. Douketis JD, Spyropoulos AC, Murad MH, et al. Perioperative Management of Antithrombotic Therapy: An American College of Chest Physicians Clinical Practice Guideline. Chest. 2022;162(5):e207-e243. PMID: 35964704. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35964704/

  2. Douketis JD, Spyropoulos AC, Kaatz S, et al. Perioperative Bridging Anticoagulation in Patients with Atrial Fibrillation. N Engl J Med. 2015;373(9):823-833. PMID: 26095867. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26095867/

  3. Jamula E, Anderson J, Douketis JD. Safety of continuing warfarin therapy during cataract surgery: a systematic review and meta-analysis. Thromb Res. 2009;124(3):292-299. PMID: 19233450. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19233450/

  4. Lauermann P, Klingelhöfer A, Mielke D, et al. Risk Factors for Severe Bleeding Complications in Vitreoretinal Surgery and the Role of Antiplatelet or Anticoagulant Agents. Ophthalmol Retina. 2021;5(8):e23-e29. PMID: 33915331. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33915331/

  5. Kim C, Pfeiffer ML, Chang JR, Burnstine MA. Perioperative Considerations for Antithrombotic Therapy in Oculofacial Surgery: A Review of Current Evidence and Practice Guidelines. Ophthalmic Plast Reconstr Surg. 2022;38(3):226-233. PMID: 35019878. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35019878/

  6. Idrees S, Sridhar J, Kuriyan AE. Perioperative management of antiplatelet therapy in ophthalmic surgery. Int Ophthalmol Clin. 2020;60(3):17-30. PMID: 32576720. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32576720/

  7. Confalonieri F, Ferraro V, Di Maria A, et al. Antiplatelets and Anticoagulants in Vitreoretinal Surgery: A Systematic Review. Life (Basel). 2023;13(6):1362. PMID: 37374144. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37374144/

記事の全文をコピーして、お好みのAIに貼り付けて質問できます