臨床診断
結膜下出血
1分でわかる結膜下出血
本編へどんな病気?
結膜下出血は、白目の血管が切れて、その下に血がたまる病気です。多くは自然に治まり、視力への影響はありません。
- どんな症状が出ますか?
- 多くの場合は痛みがなく、鏡を見て白目が赤くなっていることに気づきます。出血は時間とともに色が変わりながら消えていきます。
- 治療は必要ですか?
- 結膜下出血そのものを治す治療はなく、自然に消えるのを待ちます。目が乾いて不快なときは、人工涙液の点眼で症状をやわらげます。
- どんなときに受診が必要ですか?
- 出血を繰り返す場合や、なかなか消えない場合は、体の病気が隠れていることがあるため受診してください。抗凝固薬を飲んでいる方は、自己判断で薬をやめずに主治医へ相談してください。
本編
もっと詳しく知りたい方へ
ここからは、このテーマについて、さらに詳しく解説します。
1. 結膜下出血とは
Section titled “1. 結膜下出血とは”結膜下出血(subconjunctival hemorrhage: SCH、hyposphagma)は、結膜血管からの出血が結膜下(球結膜とテノン嚢の間の結膜下腔)に貯留した状態である。結膜下出血の原因には、急性出血性結膜炎などの炎症、外傷や手術などの外的ストレス、咳や嘔吐などによる静脈圧上昇、ワルファリン内服や血液凝固系異常、血管異常、高血圧や糖尿病など血管の脆弱性が挙げられる。球結膜は結膜下組織・強膜との接着が弱いため、少量の出血でも肉眼的にはっきりと視認される特徴がある。
古くは「hyposphagma」(ギリシャ語で「血が覆う」の意)と呼ばれ、西洋医学では1800年代から症例報告が蓄積されてきた。日本語では「結膜下出血」が統一表記であり、一般向けには「白目の出血」とも呼ばれる。病変は表層の結膜とテノン嚢の間に位置する結膜下腔の血管が破綻することで生じ、しばしば境界明瞭な平坦な出血領域として出現する。重症例では水疱状(bullous hemorrhage)に膨隆し、閉瞼困難となる場合もある。
眼科外来受診者全体の 約3% を占め、充血を主訴とする患者に限定すると 2.9% に認められる。65歳以上では 10.1% と高齢者に多い10)。Mimuraらによる日本の充血患者8,726人を対象とした大規模横断研究でも同様の頻度が確認されており10)、年齢や性別による有意な偏りは報告されていない。Tarlanらのレビューでは、多くの症例は原因の特定が困難で特発性とされ、引用された研究では約半数で原因が不明であった12)。外傷、高血圧、糖尿病、抗凝固薬などが主な関連因子であり、若年者では外傷・コンタクトレンズ、高齢者では全身性血管疾患との関連が多い12)。急性出血性結膜炎の流行期には同疾患が主要原因となることがある。
大半の症例は 1〜4週間以内に自然吸収 し、後遺症を残さない。吸収過程で出血は赤色から紫色、青緑色、黄色へと段階的に変色する。視力への影響はない。ただし再発性の場合や長期間消退しない場合は、全身疾患・腫瘍・血液凝固異常などの精査が必要である。
単独の結膜下出血は良性であり、視力に影響しない。通常1〜4週間で自然吸収する。ただし再発する場合や長期間消退しない場合は、高血圧・糖尿病・血液凝固異常・腫瘍など重篤な全身疾患が隠れている可能性がある。カポジ肉腫が結膜下出血に偽装して発見された報告もある1)。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”
- 多くは無症状:結膜下出血単独では痛みや視力低下を伴わない。
- 異物感:ドライアイ関連症状を訴える場合がある。
- 充血の自覚:鏡を見て気づく、あるいは他者から指摘されて受診することが多い。
臨床所見(医師が診察で確認する所見)
Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”- 出血斑:球結膜下に鮮血色あるいは暗赤色の出血斑が透見される。点状・しみ状の限局したものから球結膜全体に広がるものまでさまざまである。吸収過程でピンク・オレンジ・黄色に変色する。
- 出血の局在:上結膜より下結膜に多い。外傷や糖尿病では鼻側より耳側が多い。
- 水疱状隆起:重症例では水疱状(bullous)に膨隆し、閉瞼困難となることがある。重症血友病A患者の硝子体内注射後に360度の水疱状結膜下出血を生じ、閉瞼不能となった報告がある2)。
- 合併所見:ドライアイ、点状表層角膜症、上輪部角結膜炎、lid-wiper epitheliopathy、瞼裂斑、結膜弛緩症を合併することが多い。
- 危険徴候:充血・眼脂・結膜裂傷・前房出血・虹彩炎を伴う場合は、外傷・打撲・感染性結膜炎など原疾患の精査が必要である。出血に隠れた結膜裂傷は見逃しやすいため、丁寧な細隙灯観察が求められる。
- 急性出血性結膜炎との鑑別:エンテロウイルス70(EV70)・コクサッキーウイルスA24変異株(CA24v)による急性出血性結膜炎(acute hemorrhagic conjunctivitis: AHC)では、結膜下出血がAHC全症例の70〜90%に出現し、両眼性・濾胞性結膜炎・耳前リンパ節腫脹を伴って急激に出現する9)。潜伏期は約1日と極めて短く、片眼発症例も翌日には両眼性となることが多い。出血は斑状・点状から広範なものまでさまざまで、発症後3〜5日で広がりをもった形になる。1994年沖縄県でのEV70流行、2011年沖縄県でのCA24v流行など日本でも繰り返し流行が報告されている9)。流行歴・接触歴・両眼性の有無が診断上重要である。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”結膜血管の損傷によりテノン嚢と結膜の間に出血が生じる。高齢者ではテノン嚢と結膜の間の弾性組織・結合組織が脆弱であるため出血が広がりやすい。
| リスク因子 | 機序 |
|---|---|
| 特発性 | 原因不明 |
| 外傷 | 結膜血管への直接的損傷 |
| 全身性高血圧 | 50歳以上の主要原因 |
| 糖尿病 | 微小血管損傷による脆弱化8) |
| ワルファリン | 服用者のSCH発生率3.7%、非服用者1.7%7) |
| DOAC(直接作用型経口抗凝固薬) | アピキサバン・リバーロキサバン・エドキサバン・ダビガトラン等。INR測定なしで使用されるため自己判断中止が起きやすい |
| 抗血小板薬 | アスピリン・クロピドグレル等による止血遅延 |
| バルサルバ手技 | 咳・嘔吐・便秘・重量挙げなど静脈圧上昇による血管破綻 |
| 結膜弛緩症 | 摩擦亢進による結膜血管損傷 |
| 急性出血性結膜炎 | エンテロウイルス70・コクサッキーウイルスA24による炎症性血管損傷 |
頻度の高い原因の詳細
Section titled “頻度の高い原因の詳細”特発性結膜下出血は明確な誘因を同定できない症例を指し、報告によっては原因不明例が約半数を占める12)。加齢に伴う結膜血管の脆弱化が関与すると考えられている。結膜下出血は、バルサルバ手技、百日咳、嘔吐、くしゃみ、重量挙げなど、急激な静脈うっ血を伴う状況の後に生じることがある12)。
外傷性結膜下出血は、直接的な眼球打撲・異物・コンタクトレンズ装着操作・目をこする行為などによって生じる。児童では鬼ごっこ・球技中の偶発的な接触が原因となる。外傷性症例では必ず 前房出血・虹彩離断・水晶体亜脱臼・網膜振盪症・眼球破裂 の有無を確認する。特に 360度の結膜下出血、著明な眼圧低下、視力低下を認める場合は潜在性眼球破裂を強く疑い、眼窩CTと眼球探査術の適応となる。
高血圧関連結膜下出血は50歳以上で最多の既知原因であり、Mimuraらの報告では再発性症例の高血圧合併率が有意に高かった10)。家庭血圧測定の普及に伴い、結膜下出血を契機に未治療高血圧が発見される例も増えている。
抗凝固薬・抗血小板薬関連はワルファリンで発生率3.7%(非服用者1.7%)と報告されており7)、近年のDOAC普及下でも同程度のリスクが推定される。高齢者の心房細動・静脈血栓症治療増加に伴い、今後も重要な原因として位置づけられる。
外傷性窒息:胸腹部の突然の圧迫により右心房から弁のない無名静脈・頸静脈へ血液が逆流し、頭頸部に点状出血と結膜下出血を生じる。「masque ecchymotique(エキモーゼ仮面)」と呼ばれる。小児では非常にまれであるが、トラクター転落後に両側結膜下出血と顔面浮腫を呈した症例が報告されている6)。
腫瘍:結膜下出血に偽装したカポジ肉腫が報告されている。34歳男性がHIV未診断のまま3か月間の自然発症左眼充血で受診し、下耳側円蓋部にカポジ肉腫が発見された1)。再発性結膜下出血は海綿状血管腫・リンパ腫などの腫瘍の初発症状となりうる。
全身性エリテマトーデス(SLE):結膜下出血を契機にSLEおよび抗リン脂質抗体症候群が診断された症例が報告されている。高血圧(140/110mmHg)、腹部静脈怒張、蝶形紅斑を伴い、下大静脈血栓症・Budd-Chiari症候群と診断された3)。
眼性代償性月経(ocular vicarious menstruation):月経に伴い毎月再発する結膜下出血のきわめてまれな原因である。子宮外のエストロゲン・プロゲステロン受容体を持つ血管の充血と二次出血が機序と考えられている。経口避妊薬(レボノルゲストレル/エチニルエストラジオール)で再発が著明に改善する5)。
血友病:重症血友病A(第VIII因子<1%)患者の硝子体内抗VEGF注射後に重度の結膜下出血を生じた報告がある。静脈内第VIII因子投与により止血され、以後は注射前の予防的第VIII因子投与で再発なく経過した2)。
ワルファリン服用中に結膜下出血を生じた場合、INR(国際標準比)が治療域を超えていないか血液検査で確認する。白内障手術のメタ解析では、ワルファリン継続群で非服用群の約3倍の出血イベントが認められたが、大半は自然消退する結膜下出血であり術後視力には影響しなかった7)。自己判断で抗凝固薬を中止せず、主治医に相談する。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”全身検査
血圧測定:高血圧のスクリーニングとして必須である。
血液検査:再発例・抗凝固薬服用者ではINR・PT・APTT・血小板数を確認する。
全身精査:頻繁に繰り返す例では血液凝固異常・自己免疫疾患・悪性腫瘍の精査を追加する3)。
必要な追加検査
Section titled “必要な追加検査”再発例・両眼例・長期消退しない例 では、以下の検査を段階的に追加する。
- 全血球計算(CBC)・末梢血塗抹:血小板減少、血液疾患の除外
- 凝固系検査:PT-INR・APTT・フィブリノゲン・D-dimer
- 肝機能・腎機能:凝固因子産生能と薬剤代謝の評価
- 自己免疫スクリーニング:抗核抗体・抗リン脂質抗体(SLE・抗リン脂質抗体症候群の除外)3)
- HIV抗体:結膜カポジ肉腫の除外1)
- 画像検査:眼窩CT・MRI(外傷疑い例、腫瘍疑い例)
- 内科コンサルト:高血圧・糖尿病・肝硬変のスクリーニング
頻繁に繰り返す例や長期間消退しない例では全身疾患のコントロール不良や血液・血管異常を考慮し、内科的精査を追加すべきである。
| 鑑別疾患 | 鑑別のポイント |
|---|---|
| 細菌性・アレルギー性結膜炎 | 充血・眼脂・瘙痒、両眼性 |
| 急性出血性結膜炎 | 両眼性・濾胞性結膜炎・耳前リンパ節腫脹・流行歴 |
| カポジ肉腫 | 暗赤色結節、HIV関連1) |
| 眼球破裂 | 外傷歴、360度出血、前房出血 |
| 結膜悪性腫瘍 | 長期間消退しない腫瘤、血管増生 |
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”結膜下出血は自己限定的な疾患であり、1〜4週間で自然吸収する。原因がある場合は原疾患の治療を行う。結膜下出血そのものは自然経過に任せる。
結膜下出血そのものに対して保険適用のある点眼薬は存在しない。涙液層の乱れによる不快症状に対しては人工涙液の頻回点眼による支持療法を行う。ドライアイ・点状表層角膜症・結膜弛緩症などの眼表面疾患を合併する場合、それぞれの診断に基づきドライアイ治療薬(ジクアホソルナトリウム3%点眼液、レバミピド2%懸濁点眼液、ヒアルロン酸ナトリウム点眼液等)を処方する。
繰り返す結膜下出血に対しては、カルバゾクロムスルホン酸ナトリウム(アドナ®錠30mg、1日3回内服) などの毛細血管強化薬を用いる場合がある。ただしエビデンスレベルは高くなく、特発性再発例への経験的使用にとどまる。
血友病患者の対応
Section titled “血友病患者の対応”血友病A患者では硝子体内注射後に重度の結膜下出血を生じうる。予防的第VIII因子投与(注射4時間前に静脈内投与)により出血合併症を予防できた報告がある2)。血液内科との緊密な連携が重要である。
抗凝固薬服用患者の管理
Section titled “抗凝固薬服用患者の管理”ワルファリン服用者で結膜下出血を繰り返す例では、INR(国際標準比)が治療域(多くは2.0〜3.0)を超えていないかを血液検査で確認する。自己判断による抗凝固薬中止は脳梗塞・心原性塞栓のリスクを伴うため厳禁であり、必ず主治医と相談のうえ用量調整を行う。DOAC服用例では定期的なINR測定が不要である分、過量投与の発見が遅れる傾向があるため、腎機能に応じた用量調整を徹底する。
結膜下出血そのものに対する直接的な外科的適応はない。結膜弛緩症の関与が疑われ再発を繰り返す場合は結膜弛緩症手術(切除法、conjunctival resection)で再発を減少できる。下方球結膜の弛緩した余剰結膜を三日月状に切除し、テノン嚢と強膜面に再縫着または自然癒合させる術式が用いられる。高周波ラジオ波メス・サーモブレードによる焼灼切除法も用いられる。
現時点では結膜下出血の吸収を促進する確立された治療法はない。通常1〜4週間で自然に消退する。血液が吸収される過程でピンク・オレンジ・黄色に変色するが、これは正常な経過である。温罨法が吸収を促すとする経験的な報告もあるが、エビデンスは限られている。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”血管破綻の機序
Section titled “血管破綻の機序”結膜血管の損傷により、テノン嚢と結膜の間に出血が生じる。若年者では出血が結膜全体に広がることはまれであるが、高齢者ではテノン嚢と結膜の間の弾性組織・結合組織が脆弱であるため広範囲に広がりやすい。
外傷性窒息の機序
Section titled “外傷性窒息の機序”胸腹部への鈍的外傷により縦隔内に陽圧が発生する。この陽圧が右心房から弁のない無名静脈・頸静脈に血液を逆流させ、頭頸部の静脈床に急激な圧上昇を生じる。これにより点状出血が発生する6)。下半身に点状出血が生じないのは、下肢静脈の弁が圧上昇を制御するためと考えられている6)。
結膜リンパ管によるドレナージ
Section titled “結膜リンパ管によるドレナージ”結膜下出血の吸収に結膜リンパ管が関与する可能性が報告されている。白内障手術時の結膜下麻酔後に生じたSCHの症例で、術中OCTにより出血部位に隣接して嚢状の血液充満構造が観察された。弁様構造を有することからリンパ管と同定された4)。術後1日目から2日目にかけて著明なSCH消退が認められ、リンパ管が結膜下腔からの血液クリアランスを促進している可能性が示された4)。
糖尿病による結膜微小血管障害
Section titled “糖尿病による結膜微小血管障害”2型糖尿病では結膜微小血管に拡張・不均一分布・蛇行増加・血流速度変化が報告されている8)。これらの微小血管異常が結膜血管の脆弱性を高め、結膜下出血のリスクを上昇させる。糖尿病罹病期間が長くHbA1cが高い症例ほど結膜下出血の再発頻度が高いとされる。
高血圧による血管脆弱化
Section titled “高血圧による血管脆弱化”50歳以上での結膜下出血の主要原因は全身性高血圧である。慢性的な血圧上昇は細動脈の内膜肥厚と中膜変性を引き起こし、結膜血管の弾性低下を招く。急激な血圧変動(咳・怒責・重量挙げ・急性ストレス)により脆弱化した血管が破綻する。特発例と分類される症例の中にも未診断の境界域高血圧が含まれている可能性が指摘されている。
急性出血性結膜炎の病理機序
Section titled “急性出血性結膜炎の病理機序”エンテロウイルス70・コクサッキーウイルスA24変異株(CA24v)はピコルナウイルス科に属する1本鎖プラス鎖RNAウイルスで、エンベロープを持たない9)。結膜上皮細胞への感染により局所炎症性サイトカインが放出され、結膜毛細血管の透過性が亢進して点状・斑状出血を生じる。発症後3病日以降はRT-PCR法でもウイルスRNA検出が困難となるため、診断目的の検体採取は発症早期に行う必要がある9)。
従来は結膜下腔の血液が自然に分解・吸収されると考えられていた。近年の研究で、結膜リンパ管が血液のドレナージに関与している可能性が示された4)。術中OCTで弁様構造を持つリンパ管内に血液が確認され、結膜下腔からのマクロ分子クリアランスにリンパ管が寄与することが報告されている。
7. 最新の研究と今後の展望
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望”結膜リンパ管ドレナージの発見
Section titled “結膜リンパ管ドレナージの発見”結膜リンパ管による結膜下出血のドレナージ機序が術中OCTを用いて初めて実証された4)。この知見は緑内障濾過手術における濾過胞の予後予測にも応用される可能性がある。健全な結膜リンパ管が房水や炎症メディエーターの排出を助け、濾過手術の成績を向上させうるとの仮説が提唱されている4)。
抗凝固・抗血小板療法と眼科処置
Section titled “抗凝固・抗血小板療法と眼科処置”直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)の普及により、ワルファリンを含めた抗凝固薬継続下での眼科手術・硝子体内注射の安全性評価が課題となっている。AAOのPreferred Practice Patternでは、白内障手術のメタ解析結果に基づき、原則として抗凝固薬・抗血小板薬を中止せずに手術を行うことが推奨されている7)。大半の出血性合併症は自然消退する結膜下出血にとどまり、重大な視力低下を招くことはまれである7)。
分子診断と流行監視
Section titled “分子診断と流行監視”日本では急性出血性結膜炎に対するRT-PCR法を用いた分子疫学的解析が1996年以降確立されており、ウイルス株の系統解析と流行パターンの追跡が可能となっている9,11)。2025年版ウイルス性結膜炎診療ガイドラインでは、EV70・CA24v迅速診断キットは未開発であるが、研究機関への依頼検査で遺伝子型の同定が可能と記載されている9)。
また、抗VEGF薬の抗接着効果と局所線溶刺激作用が出血リスクに影響する可能性が指摘されているが、硝子体内注射後の全身抗VEGF濃度はきわめて低く、実臨床での影響は不明確である2)。血液凝固障害を有する患者における眼科処置の安全性に関するさらなるデータの蓄積が求められている。
外傷性結膜下出血:外傷後の評価と初期対応
Section titled “外傷性結膜下出血:外傷後の評価と初期対応”1. 外傷性結膜下出血とは
Section titled “1. 外傷性結膜下出血とは”外傷性結膜下出血は、眼球打撲・外傷を原因として結膜血管が破綻し、結膜下腔(球結膜とテノン嚢の間)に血液が貯留した状態である。結膜下出血全体の中で外傷性は10〜20%を占めるとされる12)。
非外傷性結膜下出血(特発性・高血圧・抗凝固薬・バルサルバ手技等)と異なり、外傷性の場合は眼球内部の重篤な損傷のサインとなりうる点で臨床的重要性が高い。結膜下出血そのものは良性であるが、外傷後に認めた場合は潜在する眼球損傷を系統的に除外する必要がある。
眼科外来受診者の約3%に結膜下出血が認められ、65歳以上では10.1%に達する10)。結膜下出血全体のうち特発性が30〜50%、高血圧が10〜30%、外傷が10〜20%を占めるとされる。外傷性に限定した詳細な疫学データは乏しいが、スポーツ・作業・交通事故・家庭内事故が主な受傷機転となる。
外傷性結膜下出血は、合併眼球損傷がない単純例であれば1〜4週間以内に自然吸収し、後遺症を残さない。吸収過程で出血は赤色→紫色→青緑色→黄色へと変色する。視力への影響はない。ただし合併する眼球損傷の有無が予後を決定するため、慎重な初期評価が欠かせない。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”
- 多くは無症状:結膜下出血単独では痛みや視力低下を伴わない。外傷に伴う眼痛は合併損傷(角膜上皮剥離・前房出血等)による。
- 充血の自覚:鏡を見て気づく、あるいは他者から指摘されて受診することが多い。
- 異物感:ドライアイ関連症状を訴える場合がある。
臨床所見(医師が診察で確認する所見)
Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”- 出血斑:球結膜下に鮮血色あるいは暗赤色の出血斑が透見される。点状・しみ状の限局型から球結膜全体に広がる広範型まである。吸収過程でピンク・オレンジ・黄色に変色する。
- 出血の拡大方向:時間とともに瞼裂から下方に移動拡大する。
- 結膜裂傷の合併:出血に隠れた結膜裂傷は見逃しやすい。フルオレセイン染色と丁寧な細隙灯観察が必要である。
- 合併所見:前房出血・虹彩離断・水晶体亜脱臼・硝子体出血・網膜振盪症の有無を系統的に評価する。
眼球破裂を疑う危険徴候
Section titled “眼球破裂を疑う危険徴候”良性経過の特徴
限局性出血:出血は一部の結膜にとどまる。
瞳孔正常:対光反射正常・瞳孔形状正常。
視力正常:矯正視力が受傷前と同等。
眼球破裂を疑う危険徴候
360度の結膜下出血は潜在性眼球破裂のサインとなりうる。著明な低眼圧や視力低下・瞳孔変形を伴う場合は緊急性が高く、眼窩CTと眼球探査術が検討される。このような所見を認めた場合は当日中に眼科専門医を受診する必要がある。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”受傷機転別分類
Section titled “受傷機転別分類”外傷性結膜下出血の受傷機転は多様である。
- 鈍的外傷:拳・ボール・肘・転倒・交通事故による直達・介達外力
- 鋭的外傷:ガラス片・金属片・木の枝・鉛筆等による穿通・穿孔
- 医原性:白内障手術・硝子体内注射・結膜麻酔・デバイス留置等の術後
- 小児:遊具事故・球技・子ども同士の接触
以下のリスク因子は外傷性・非外傷性を問わず結膜下出血の発生率を高める。
- 抗凝固薬服用:ワルファリン服用者のSCH発生率は3.7%(非服用者1.7%)7)。DOACも同程度のリスクと推定される。
- 抗血小板薬:アスピリン・クロピドグレル等による止血遅延。
- 高血圧:慢性的な血圧上昇による結膜血管の弾性低下。
- 糖尿病:微小血管障害による結膜血管の脆弱化7)。
- 高齢:テノン嚢と結膜間の弾性組織・結合組織の脆弱化により出血が広がりやすい。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”外傷性結膜下出血の初療アルゴリズム
Section titled “外傷性結膜下出血の初療アルゴリズム”外傷後の結膜下出血では以下の手順で系統的に評価する。
- 視力測定・対光反射確認:受傷前後の視力変化・瞳孔異常を確認する。
- 細隙灯顕微鏡検査:出血の範囲・深さ・結膜裂傷の有無を評価する。出血に隠れた結膜裂傷は見逃しやすい。
- フルオレセイン染色・Seidel試験:結膜裂傷・角膜上皮障害の確認、眼球開放創(房水漏出)の検出。
- 眼圧評価:外傷所見を踏まえて測定の可否を判断する。低眼圧は眼球破裂を疑う手掛かりとなる。
- 散瞳下眼底検査:網膜振盪症・網膜裂孔・硝子体出血の除外。
- 360度出血+低眼圧認識時:眼窩CT+眼球探査術を検討する。
臨床診断
全身・画像検査
以下の疾患との鑑別が必要である。
| 鑑別疾患 | 鑑別ポイント |
|---|---|
| 特発性結膜下出血 | 外傷歴なし、正常眼圧、良性経過 |
| 眼球破裂 | 360度出血、低眼圧、瞳孔変形、前房出血 |
| 結膜裂傷 | 出血下に裂傷あり、Seidel試験陽性 |
| 急性出血性結膜炎 | 両眼性、濾胞性結膜炎、耳前リンパ節腫脹、流行歴 |
| 結膜下カポジ肉腫 | 暗赤色結節、HIV関連、長期消退しない |
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”原疾患の治療が最優先
Section titled “原疾患の治療が最優先”外傷性結膜下出血の治療は、結膜下出血そのものではなく合併する眼球損傷の治療が最優先である。
- 結膜裂傷合併:小さいもの(<5mm)は経過観察可、大きいものは縫合
- 強膜裂傷合併:手術室でのナイロン縫合
- 眼球破裂:緊急創閉鎖手術(一次修復)
- 前房出血合併:安静・ステロイド点眼、必要に応じて洗浄手術
結膜下出血そのものの治療
Section titled “結膜下出血そのものの治療”合併眼球損傷がない場合、結膜下出血は自然経過に任せる。1〜4週間で自然吸収する。現時点で吸収を促進する確立された治療法はない。
| 薬剤 | 用法 | 適応 |
|---|---|---|
| 人工涙液 | 適宜点眼 | 不快症状の対症療法 |
| カルバゾクロムスルホン酸Na(アドナ®)30mg | 1日3回内服 | 毛細血管強化(繰り返す場合) |
不快症状に対しては人工涙液点眼による支持療法を行う。ドライアイを合併する場合は、3%ジクアホソルナトリウム点眼液・2%レバミピド懸濁点眼液・ヒアルロン酸ナトリウム点眼液等の処方を検討する。繰り返す出血にはカルバゾクロムスルホン酸ナトリウム(アドナ®錠30mg、1日3回内服)を用いる場合があるが、エビデンスレベルは高くない。
抗凝固薬服用患者の管理
Section titled “抗凝固薬服用患者の管理”ワルファリン服用者でINRが治療域(多くは2.0〜3.0)を超えていないか血液検査で確認する。自己判断での抗凝固薬中止は脳梗塞・心原性塞栓のリスクを伴うため厳禁である。必ず主治医と相談のうえ対応する7)。
自己判断での抗凝固薬中止は脳梗塞・心原性塞栓のリスクを伴うため厳禁である。INR等の検査で治療域を確認し、主治医と相談のうえ対応する。ワルファリン服用者の結膜下出血発生率は3.7%(非服用者1.7%)であり7)、外傷後はとくに出血が広がりやすいが、薬剤の中止判断は専門医が行う。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”外傷による血管損傷機序
Section titled “外傷による血管損傷機序”直達外力により結膜血管に物理的損傷が生じ、結膜下腔に血液が漏出する。高齢者ではテノン嚢と結膜の間の弾性組織・結合組織が脆弱であるため、同一の外力でも出血が広範囲に広がりやすい。
眼球破裂に伴う結膜下出血
Section titled “眼球破裂に伴う結膜下出血”鈍的外傷による眼球破裂では、急激な眼内圧上昇により眼球壁の最薄部(角膜輪部・直筋付着部付近)で断裂が生じる。眼内出血・硝子体が結膜下に溢出し、広範な結膜下出血として現れる。360度の結膜下出血がこの機序を示す特徴的所見である。
結膜リンパ管によるドレナージ
Section titled “結膜リンパ管によるドレナージ”結膜下出血の吸収に結膜リンパ管が関与する可能性が報告されている。術中OCTにより出血部位に隣接する弁様構造を持つリンパ管内に血液が確認されており、リンパ管が結膜下腔からの血液クリアランスを促進していることが示唆されている4)。
糖尿病による結膜微小血管障害
Section titled “糖尿病による結膜微小血管障害”糖尿病では結膜微小血管に拡張・蛇行・血流速度変化が生じ、血管の脆弱性が高まる。これにより軽微な外力でも結膜下出血が生じやすくなる。
7. 最新の研究と今後の展望
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望”結膜リンパ管ドレナージの実証
Section titled “結膜リンパ管ドレナージの実証”結膜リンパ管による結膜下出血のドレナージ機序が術中OCTを用いて初めて実証された4)。白内障手術時に生じたSCHの症例で、弁様構造を持つリンパ管内への血液移行が確認され、術後1〜2日での著明なSCH消退が報告された。この知見は緑内障濾過手術の予後予測にも応用される可能性がある。
外傷性結膜下出血の初療プロトコル標準化
Section titled “外傷性結膜下出血の初療プロトコル標準化”外傷性結膜下出血と眼球破裂の鑑別アルゴリズムの標準化が求められている。前眼部OCTによる結膜下出血の深さ・範囲の定量評価が診断精度向上に寄与するとの報告もあるが、臨床的普及には至っていない。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Redzuwan NS, Ahmad Tarmizi NA, Mohd Khialdin S. From Simple to Sinister: Kaposi Sarcoma Masquerading as a Subconjunctival Hemorrhage. Cureus. 2023;15(9):e45296. doi:10.7759/cureus.45296. PMID:37846262; PMCID:PMC10576943.
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