球結膜出血(最も特徴的)
球結膜出血(結膜下出血):AHCの70〜90%に出現する最も特徴的な所見である2)。
出血の形態は点状・斑状から広範なものまでさまざまで、発症後3〜5日で広がりをもった形になることが多い。
著明な球結膜浮腫(chemosis)を伴う例もある。
急性出血性結膜炎(acute hemorrhagic conjunctivitis:AHC)は、眼科領域における感染性の高い代表的な疾患の一つである。流行性角結膜炎(EKC)と並んで、わが国の感染症サーベイランス(感染症発生動向調査)の監視対象に指定されているウイルス性結膜炎3疾患(EKC・咽頭結膜熱・AHC)の一つに位置づけられている1)。
原因ウイルスはエンテロウイルス70(EV70)とコクサッキーウイルスA24変異株(CA24v)の2種類である。これらはいずれもピコルナウイルス科に属するRNAウイルスであり、遺伝学的変異が速いという特性から過去に何度も世界的な大流行を引き起こしてきた。
本疾患は別名「アポロ病」と呼ばれる。1969年にアポロ11号が月面着陸した年に西アフリカ・ガーナでEV70による世界的大流行が発生し、同年シンガポールではCA24vによる流行も確認された。「太陽のように赤い出血」を特徴とする結膜炎がその年に大流行したことから、この歴史的な別称が定着した。
「アポロ病」は急性出血性結膜炎の通称である。1969年に米国のアポロ11号が月面着陸した年に、西アフリカを発端とした世界的な流行が発生したことに由来する。「太陽のように赤い出血」を呈する結膜炎がこの年に爆発的に広まったため、アポロ11号の年の出来事として記憶され、この別称が広まった。現在でも眼科的には急性出血性結膜炎として診断・治療される。
急性出血性結膜炎の最大の特徴は、潜伏期の短さと球結膜出血の高頻度な出現である。
球結膜出血(最も特徴的)
球結膜出血(結膜下出血):AHCの70〜90%に出現する最も特徴的な所見である2)。
出血の形態は点状・斑状から広範なものまでさまざまで、発症後3〜5日で広がりをもった形になることが多い。
著明な球結膜浮腫(chemosis)を伴う例もある。
結膜・リンパ節の変化
EV70感染例では、結膜炎に続いて四肢麻痺(特に下肢麻痺)が合併した例が報告されている3)。ただし、この神経合併症はCA24v感染では報告されておらず、EV70に特有のものとされている。現在ではEV70感染自体がほとんど報告されていないため、神経合併症のリスクは実質的に低い。
急性出血性結膜炎では球結膜の結膜下出血(白目の表面の出血)が70〜90%に生じ、目全体が真っ赤に見えることがある。しかし、これは眼球内部の出血ではなく、白目の表面を覆う薄い膜(結膜)の下に血液が漏れ出したものである。約1週間で自然に吸収されて治癒し、後遺症を残すことは通常なく、視力低下や失明とは無関係である。
急性出血性結膜炎の原因ウイルスはEV70とCA24vの2種類に限定されている。
エンテロウイルス70(EV70)
ウイルス分類:ピコルナウイルス科エンテロウイルス属
特性:塩基数7.5kbp、1本鎖プラス鎖RNAウイルス、エンベロープなし1)
歴史:1969〜1970年の世界的大流行を引き起こした原型ウイルス。現在は従来の培養細胞での分離が不可能となっており(1984年のサウジアラビアでの分離報告を最後に)、実験室での検出にはRT-PCR法が必要である
特記事項:四肢麻痺の神経合併症が報告されているが、近年では分離例がない
コクサッキーウイルスA24変異株(CA24v)
ウイルス分類:ピコルナウイルス科エンテロウイルス属
特性:同じく1本鎖プラス鎖RNAウイルス。エンベロープなし1)
歴史:1970年にシンガポールで初確認。東南アジアを中心に流行を繰り返し、1985年に世界的拡大。日本(沖縄)では1985年、1994年、2011年に大流行を記録3)
特記事項:現在のAHC流行の主体。培養細胞による分離は可能。神経合併症の報告なし
EV70・CA24vはいずれもRNAウイルスであり、DNAウイルスと比較して遺伝学的変異速度が速い。この特性により、免疫応答を回避する変異株が生まれやすく、過去に何度も世界的な大流行を引き起こしてきた1)。2011年の沖縄流行でも、新規遺伝子型のCA24v変異株が流行の主因であることが確認されている3)。
急性出血性結膜炎の臨床診断は、以下の3つの特徴に基づく。
この三徴が揃えば、臨床的にAHCと診断できる。
| 疾患 | AHCとの鑑別点 |
|---|---|
| 流行性角結膜炎(EKC) | EKCは片眼発症→遅れて他眼。潜伏期1週間程度と長い。球結膜出血は少ない。MSI(点状上皮下浸潤)を残す。AdV迅速抗原検査陽性1) |
| アデノウイルス11型による結膜炎 | AHCと類似した臨床像を呈することがある。AdV迅速抗原検査陽性により鑑別 |
| 細菌性結膜炎 | 粘液膿性眼脂が主体。球結膜出血は通常みられない |
| アレルギー性結膜炎 | 眼掻痒感が主訴。季節性・慢性経過。出血なし |
AdV迅速抗原検出キット(アデノウイルスの迅速診断キット)が陰性であることが、EKCとの臨床的鑑別に重要な手がかりとなる1)。AHCはほぼ両眼同時に急激発症するのに対し、EKCでは片眼に発症後やや遅れて他眼が発症する点も鑑別上重要である。
EV(エンテロウイルス)に対する迅速病因診断キットは現時点では開発されていない。確定診断には以下の専門機関への依頼検査が必要である1)。
1. RT-PCR法(逆転写PCR法)
最も実用的な確定診断法。EV70とCA24vを同時に検出できる。
2. ウイルス分離
3. 抗原検査(蛍光抗体法)
結膜擦過物を用いたEV70のPCR検出が報告されている6)。ただし、これは実験室レベルの検査であり、臨床現場での日常使用には適していない。
4. 血清学的検査
EV70またはCA24vに対する血清中和抗体価を測定する。急性期と回復期(発症後10日〜2週間)のペア血清で抗体価4倍以上の上昇があればEV感染症と診断できる。なお、EV70抗体は感染後7年目には検出できなくなることが知られている5)。
急性出血性結膜炎の確定診断に用いるRT-PCR法では、ウイルスの増殖が活発な発症直後の早期(発症後3日以内)でなければウイルスRNAが検出されないことが多い。AHCはその名の通り急性の経過をたどり、ウイルスが急速に減少するため、3病日を過ぎると検出できなくなる。そのため、「もう少し様子を見てから検査」とならないよう、症状が出たらできるだけ早く受診することが重要である。
現時点では、EV70およびCA24vに対する特異的な抗ウイルス薬は確立されていない1)。治療は症状を和らげる対症療法が中心となる。多くの症例は数日で臨床症状が改善し、約1週間で後遺症なく自然治癒する。
抗菌薬点眼(細菌性重複感染予防)
抗ウイルス薬として処方するのではなく、細菌との重複感染(二次感染)を予防する目的で抗菌薬点眼を投与することがある。ただし、数日で臨床症状が自然に改善するため不要な場合も少なくない1)。
ステロイド点眼薬
必要な重症例はまれである。EKCと異なり、AHCでは角膜上皮下混濁を残すことがまれなため、ステロイド点眼の適応となる機会は少ない1)。
消炎(非ステロイド系抗炎症薬)点眼
自覚症状(異物感・流涙など)が強い場合に補助的に使用することがある。
感染力が非常に強いため、感染管理が治療と同等に重要である。
個人での対策
学校・職場での対応
国内の流行では、中高生への感染が多く学校閉鎖に至ることも少なくない。感染した場合は医師の判断に従い、学校や職場への登校・出勤を控えることが感染拡大防止に重要である。
医療機関での院内感染対策
ウイルス性結膜炎診療ガイドライン(2025年版)では、EV結膜炎に準じた院内感染対策が推奨されている1)。
急性出血性結膜炎は接触感染力が非常に強く、眼脂や涙液に触れることで感染が広がる。学校や職場への復帰時期は担当医の判断によるが、一般的には急性期(充血・眼脂が著明な時期)が過ぎるまでは控えることが望ましい。家族内での感染を防ぐため、タオルや洗面用具の共有を避け、こまめな手洗いを励行してほしい。感染者が眼を触った後は必ず手洗いを行い、眼をこすった手で他のものに触れないよう注意することが重要である。
AHCの原因ウイルスであるEV70とCA24vは、ピコルナウイルス科に属するRNAウイルスである。主な特性は以下のとおりである1)。
VP4領域を標的とした2パラメータ近隣結合法によるRT-PCR法では、ポリオウイルスなどピコルナウイルス全体をカバーする型鑑別と系統解析が可能である4)。この手法により、沖縄での2011年CA24v流行において新規遺伝子型変異株が流行の主因であることが明らかにされた3)。また、EV70については1984年以降、分子生物学的手法が同定の主要な手段となっている。
2015年のHarada et al.による研究では、2011年沖縄でのCA24v流行(165例以上)の詳細な分子疫学解析が行われた3)。VP1領域の遺伝子配列解析により、流行株が従来のCA24vと遺伝的に異なる新規変異株であることが確認された。この研究は、RNAウイルスとしてのCA24vが継続的に変異を蓄積しながら周期的に大流行を引き起こす可能性を示している。
RT-PCR法によるEV70の分子生物学的検出に関しては、1996年のUchio et alの研究でその有効性が確立された6)。発症後3病日以内での高い検出感度が示され、従来の培養不能なEV70に対する分子診断の標準的方法として確立されている。
血清中和抗体の長期動態に関しては、Aoki & Sawadaの研究で、EV70感染後の中和抗体は経年的に減少し、感染後7年目には検出できなくなることが示された5)。この知見は、EV70による再流行の可能性や感染後免疫の持続期間を考えるうえで重要な基礎データとなっている。