眼瞼の異常
眼瞼外反(ectropion):下眼瞼が外側に反転し、結膜・角膜が露出する。板状魚鱗癬では最大50%に出現し、TGM1変異例ではほぼ全例で眼瞼縁の異常を伴うとされる3,6)
兎眼(lagophthalmos):閉瞼不全。眼瞼周囲皮膚の硬化による
眼瞼炎(blepharitis):眼瞼縁の慢性炎症。鱗屑の蓄積が原因となる
睫毛乱生(trichiasis):睫毛が角膜側に向き、眼表面を障害する
魚鱗癬(ichthyosis)は、皮膚の乾燥・肥厚・鱗屑(りんせつ)を特徴とする遺伝性皮膚疾患の一群である。皮膚のバリア機能に関与する遺伝子の変異から生じ、角化および落屑(自然な皮膚剥離)の欠陥を引き起こす。
主な型と有病率は以下の通りである。
| 型 | 有病率 | 遺伝形式 |
|---|---|---|
| 尋常性魚鱗癬 | 1/250 | 常染色体顕性 |
| X連鎖性魚鱗癬 | 男性1/2,000〜1/6,000 | X連鎖性潜性 |
| 板状魚鱗癬 | 1/100,000〜1/300,000 | 常染色体潜性 |
| 道化師様魚鱗癬 | 1/1,000,000 | 常染色体潜性 |
魚鱗癬は主に皮膚疾患であるが、眼にも多様な合併症を引き起こしうる。眼症状は主に眼瞼と涙液層の異常に関連し、露出性角膜症(exposure keratopathy)を招きうる。特に板状魚鱗癬や先天性魚鱗癬様紅皮症では眼瞼周囲の皮膚が硬化し柔軟性を失うため、眼瞼外反や兎眼が高率に発生する1)。
X連鎖性魚鱗癬(XLI)では、ステロイドスルファターゼ欠損による硫酸コレステロールの蓄積が角膜に特徴的な所見(糠状角膜変性・実質混濁)をもたらす2,4)。このように、魚鱗癬の型によって眼への影響は大きく異なる。
眼瞼の異常
眼瞼外反(ectropion):下眼瞼が外側に反転し、結膜・角膜が露出する。板状魚鱗癬では最大50%に出現し、TGM1変異例ではほぼ全例で眼瞼縁の異常を伴うとされる3,6)
兎眼(lagophthalmos):閉瞼不全。眼瞼周囲皮膚の硬化による
眼瞼炎(blepharitis):眼瞼縁の慢性炎症。鱗屑の蓄積が原因となる
睫毛乱生(trichiasis):睫毛が角膜側に向き、眼表面を障害する
角膜・涙液層の異常
露出性角膜症:眼瞼外反・兎眼に続発する角膜上皮障害。乾燥・潰瘍のリスクが高い
糠状角膜変性(cornea farinata):X連鎖性魚鱗癬に特徴的。微細な塵状の実質混濁を呈する
角膜実質沈着物:硫酸コレステロールの蓄積による点状沈着。XLIで認められる
マイボーム腺機能不全(MGD):涙液脂質層の減少により蒸発亢進型ドライアイを引き起こす
| 型 | 眼瞼所見 | 角膜所見 |
|---|---|---|
| 尋常性 | 有意な変化なし | 点状表層角膜炎 |
| X連鎖性 | 有意な変化なし | 実質混濁・糠状角膜変性 |
| 板状 | 眼瞼外反 | 角膜瘢痕 |
| 道化師様 | 眼瞼外反 | 角膜瘢痕 |
X連鎖性魚鱗癬では、細隙灯顕微鏡検査で著明な角膜神経が観察されることがある。これはステロイドスルファターゼ欠損に関連する特徴的所見であり、高倍率では硫酸コレステロール蓄積による点状の実質沈着物も確認できる4)。糠状角膜変性は通常無症状で視力に影響しないが、代謝障害の存在を示唆する所見として重要である。Costagliolaらの38例の調査では、XLI患者の角膜混濁の発生率は約23.7%で、保因者である母親(24.3%)と差がなく、混濁の有無のみではXLI診断を確定できないことが示されている2)。
光干渉断層血管撮影(OCTA)などの先進的画像検査の適用については、現時点では魚鱗癬に特化した報告は限られている。
X連鎖性魚鱗癬(XLI)では、ステロイドスルファターゼ酵素の欠損により硫酸コレステロールが角膜実質に蓄積します。これにより、細隙灯顕微鏡検査で角膜神経の著明化、点状の実質沈着物、および糠状角膜変性(cornea farinata)と呼ばれる微細な塵状の実質混濁が観察されます。糠状角膜変性は通常無症状で視力に影響しませんが、基礎疾患の診断の手がかりとなる重要な所見です。
魚鱗癬の各型には固有の遺伝子変異が関与する。
尋常性魚鱗癬:フィラグリン遺伝子(FLG)の変異。皮膚バリア機能の不全を引き起こす。常染色体顕性遺伝であり、最も頻度が高い。
X連鎖性魚鱗癬:ステロイドスルファターゼ遺伝子(STS)の変異。硫酸コレステロールの分解障害により、皮膚と角膜に蓄積が生じる。男性のみに発症する。
板状魚鱗癬:脂質代謝に関与する複数の遺伝子変異。TGM1(トランスグルタミナーゼ1)が最も多い。常染色体潜性遺伝である。
道化師様魚鱗癬:ABCA12遺伝子の変異。最重症型であり、異常な層板顆粒と高度の角化亢進を呈する。
魚鱗癬の診断は臨床評価が基本である。体の広範囲に及ぶ特徴的な鱗状皮膚の外観と分布パターンから型を推定する。確定診断には遺伝子検査が有用であり、特定の遺伝子変異の同定により型を確定できる。組織病理学的検査では、正角化性角化亢進・顆粒層の変化・硫酸コレステロールの蓄積など型に特徴的な所見が得られる。
魚鱗癬患者には以下の眼科検査が推奨される。
X連鎖性魚鱗癬では、角膜神経の著明化と点状実質沈着物が特徴的な細隙灯所見となる。
魚鱗癬の眼症状は以下の疾患との鑑別が必要である。
人工涙液:防腐剤無添加の製剤を頻回に点眼する。蒸発亢進型ドライアイに対しては脂質含有型が有効である。
眼軟膏:就寝前に塗布し、夜間の角膜乾燥を防ぐ。
温罨法と眼瞼清掃:MGDに対して温罨法でマイボーム腺の脂質を融解し、眼瞼縁の清掃を行う。
モイスチャーゴーグル:蒸発を抑制し眼表面の保湿を維持する。
ステロイド点眼:炎症が高度な場合に短期使用する。長期使用は眼圧上昇・白内障のリスクに留意する。
抗菌薬:眼瞼炎の増悪時に外用または経口抗菌薬(テトラサイクリン系等)を使用する。
シクロスポリン点眼:慢性の眼表面炎症に対して使用される。
眼瞼外反の矯正:保存的治療で十分な効果が得られない場合に適応となる。lateral tarsal stripなどの術式により眼瞼の正常位を回復し、角膜の露出を解消する。
睫毛乱生の治療:乱生した睫毛の定期的な抜去。再発を繰り返す場合は電気分解や冷凍凝固による永久脱毛を考慮する。
涙点プラグ:涙液量が不十分な場合に涙点を閉鎖し、涙液の排出を減らす。
魚鱗癬の基本病態は皮膚バリア機能の不全である。遺伝子変異により角化過程が障害され、異常な角質層が形成される。正常な落屑が阻害されるため、鱗屑の蓄積と皮膚の硬化が進行する。
眼瞼周囲の皮膚がこの過程に侵されると、皮膚の弾力性が失われ眼瞼外反が生じる。板状魚鱗癬や道化師様魚鱗癬では角化亢進が特に高度であるため、出生直後から眼瞼外反が出現することがある3,5)。眼瞼外反は結膜・角膜の露出を引き起こし、慢性の乾燥と角膜上皮障害(露出性角膜症)につながり、放置すると角膜潰瘍や穿孔に至りうる1,5)。
X連鎖性魚鱗癬ではステロイドスルファターゼ(STS)酵素が欠損する。この酵素は硫酸コレステロールを遊離コレステロールに変換する役割を持つ。酵素欠損により硫酸コレステロールが皮膚のみならず角膜にも蓄積する。
角膜における硫酸コレステロールの蓄積は以下の所見をもたらす。
これらの変化は代謝異常の反映であり、通常は視力に影響しない。しかし、XLIの診断の重要な手がかりとなる。Macsaiらは、上皮基底膜の肥厚とBowman層への異常タンパク沈着が病理学的にも確認できる症例を報告している4)。
魚鱗癬では皮膚全般の角化異常がマイボーム腺にも及ぶ。マイボーム腺の開口部が角化物質により閉塞され、脂質の分泌が障害される。涙液の脂質層が減少すると涙液蒸発が亢進し、蒸発亢進型ドライアイが生じる。これは魚鱗癬の型を問わず共通の問題である。
魚鱗癬は角膜円錐(keratoconus)の関連疾患として報告されている。角膜円錐は角膜コラーゲンの分解に起因する角膜菲薄化であり、酵素活性の変化や酸化ストレスが発症因子として提唱されている。魚鱗癬における角膜構造の異常がこの疾患感受性に寄与する可能性があるが、その詳細な機序は今後の研究課題である。
魚鱗癬の原因遺伝子が同定されている型では、将来的に遺伝子治療や分子標的治療の開発が期待される。皮膚バリア機能の根本的な改善が達成されれば、眼合併症の予防にもつながる可能性がある。
魚鱗癬の眼合併症に特化した大規模研究は未だ限られている。各型における眼合併症の正確な有病率、最適な眼科スクリーニング間隔、および長期予後に関するデータの蓄積が求められる。
Al-Amry MA. Ocular manifestation of Ichthyosis. Saudi J Ophthalmol. 2016;30(1):39-43. PMID: 26949357. PMCID: PMC4759502.
Costagliola C, Fabbrocini G, Illiano GM, Scibelli G, Delfino M. Ocular findings in X-linked ichthyosis: a survey on 38 cases. Ophthalmologica. 1991;202(3):152-155. PMID: 1923309.
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