臨床診断
シリコーンオイル角膜症
1. シリコーンオイル角膜症とは
Section titled “1. シリコーンオイル角膜症とは”シリコーンオイル角膜症(silicone oil keratopathy)は、硝子体手術における眼内タンポナーデ物質として使用されるシリコーンオイル(SO)が、角膜内皮に接触・沈着・乳化することで生じる角膜代償不全である。乳化オイル角膜症(emulsified oil keratopathy)とも呼ばれる。
SOは無色透明で粘度900〜1,250mm²/秒の疎水性液体であり、化学的・生物学的に不活性なため長期の眼内タンポナーデが可能である。増殖硝子体網膜症、黄斑円孔網膜剥離、難治性網膜剥離の治療に用いられる。しかし角膜内皮にSOが接触すると内皮障害が生じ、初期には帯状角膜変性が起こり、内皮障害が進行すると水疱性角膜症に至る1)。
SO角膜症の発症率は6〜9.4%と報告されている。開放性眼外傷後にSOタンポナーデを施行した患者では28%に達するとする報告もある。
SOが前房内に移動して角膜内皮に直接接触すると、内皮細胞に機械的外傷を与える。また房水がSOに置換されると内皮への酸素・栄養供給が遮断される。さらにSOの乳化により微小オイル滴が角膜実質に浸透し、組織障害を引き起こす。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”- 視力低下:多くは軽度であるが、進行例では著明となる。
- 異物感:角膜表面の不整に伴い生じる。
- 眼刺激症状:角膜上皮障害に関連する。
- 羞明:角膜浮腫による光散乱で生じる。
臨床所見(医師が診察で確認する所見)
Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”- 帯状角膜変性(band keratopathy):SO角膜症の初期所見として特徴的である。表層の石灰化として観察される。
- 角膜浮腫:内皮障害の進行により角膜実質の含水量が増加する。進行すると水疱性角膜症に至る1)。
- 角膜内皮の混濁:灰色がかった白色の混濁として観察される。
- 角膜知覚低下:内皮障害に伴い生じることがある。
- 周辺部角膜新生血管:慢性的な角膜障害の結果として出現する。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”硝子体手術後のSOタンポナーデに起因する。SOが前房内に移動し角膜内皮に接触することが直接的原因である。SOの乳化も重要な病因であり、乳化した微小オイル滴が角膜実質に浸透する。
| リスク因子 | 機序 |
|---|---|
| 無水晶体眼 | 水晶体バリアの欠如によりSOが前房に移動しやすい |
| 長期留置(6か月以上) | 内皮への接触時間が延長する |
| SO注入量過多 | 前房内へのSO移動リスクが増加する |
| 開放性眼外傷(ゾーンIII) | 広範な組織損傷に伴い角膜症リスクが上昇する |
SOは有水晶体眼では高率に白内障を生じる。無水晶体眼ではSOによる瞳孔ブロックで眼圧が上昇するため、予防として6時の位置に周辺虹彩切除を行う。乳化したSOが線維柱帯に詰まることによっても眼圧が上昇する2)。
SOの前房への移動は線維柱帯の閉塞をもたらし、乳化SOはマクロファージに貪食されて線維柱帯に蓄積し線維柱帯炎を誘発する2)。SOと線維柱帯の長期接触は恒久的な構造変化を引き起こしうる2)。
添付文書上は充填後に網膜が安定した後、1年以内の適切な時期に抜去されるべきとされている。しかし再剥離リスクが高い症例や低眼圧による眼球癆の危険がある症例ではSOを抜去できない場合もある。症例ごとに抜去の利益とリスクを十分に検討して判断する。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”画像・特殊検査
帯状角膜変性の他の原因(慢性ぶどう膜炎、高カルシウム血症、眼球癆など)を除外する必要がある。
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”無症状で軽度の場合は経過観察が可能である。角膜症は進行性となりうるため、二次感染の監視が必要である。
軽度の眼刺激症状や異物感に対して、包帯コンタクトレンズや高張食塩水点眼を用いる。内皮代償不全に対する一般的な保存的管理と同様である。
- 硝子体茎切除術によるSO除去:角膜症の根本的原因を除去する。網膜剥離の再発や低眼圧のリスクとのバランスを考慮する。SO抜去時は液空気置換を数回繰り返し、残留する微小SOを可能な限り除去する。
- 手動式表層角膜切除術:表層の石灰化沈着物を除去する。
- PTK(エキシマレーザー治療的角膜切除術):帯状角膜変性の治療に用いられる。
- 全層角膜移植術(PKP):角膜代償不全が高度な場合に施行する。移植片の平均生存期間は21〜25か月である。SO除去を角膜移植前または移植中に行うことで移植片の生存期間が延長する。
- ボストン型人工角膜:移植片不全が繰り返される症例で検討される。
全層角膜移植は角膜代償不全に対して施行されるが、移植片の平均生存期間は21〜25か月と限られている。SOを角膜移植の前または同時に除去することで移植片の予後が改善する。SOが留置されたままの移植は予後不良となりやすい。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”角膜内皮への直接的障害
Section titled “角膜内皮への直接的障害”SOが前房内に移動し角膜内皮に直接接触すると機械的外傷が生じる。特に仰臥位でSOが角膜内皮面に浮上するため接触リスクが高まる。無水晶体眼では水晶体バリアがないため、SOの前房移動が容易に起こる。数週間から数か月の接触で内皮細胞数は減少する。
角膜内皮は血流を持たず、酸素とグルコースを房水の産生と循環から得ている。房水が完全にSOに置換された場合、内皮細胞は酸素飢餓に陥る。房水の流れの減少は液体のpHを変化させ、SOの乳化を促進する可能性がある。
シリコーンオイルの乳化
Section titled “シリコーンオイルの乳化”SOの乳化は多因子的な現象である。オイル自体の界面張力や粘度に加え、眼球運動による剪断力が乳化を促進する。乳化したSOの微小滴は角膜実質に浸透し、組織病理学的にはマクロファージに囲まれた局所的な実質内シリコーンオイル空胞として観察される。Descemet膜の不整や角膜後膜の形成も認められる。
角膜バイオメカニクスへの影響
Section titled “角膜バイオメカニクスへの影響”角膜抵抗因子(CRF)と角膜ヒステレシス(CH)は、SOタンポナーデ施行眼で術後に有意に低下する。この知見は、SOが角膜のバイオメカニクス特性に影響を与えることを示唆している。
SOの乳化とは、眼球運動による剪断力や界面張力の変化により、SOが微小な液滴に分離する現象である。乳化した微小SOは線維柱帯に詰まり眼圧上昇を引き起こしたり、角膜実質に浸透して組織障害を生じたりする。乳化は長期留置や手術操作により促進される。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- American Academy of Ophthalmology. Corneal Edema and Opacification Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2024.
- European Glaucoma Society. European Glaucoma Society Terminology and Guidelines for Glaucoma, 5th Edition. Br J Ophthalmol. 2021 Jun;105(Suppl 1):1-169. doi:10.1136/bjophthalmol-2021-egsguidelines. PMID:34675001.