外表所見
眼球の縮小・軟化:眼圧が著明に低下(測定不能の場合もある)し、眼球が明らかに小さく触れる。
角膜所見:角膜混濁と血管侵入(pannus形成)が生じ、透明性は失われる。
眼球陥凹:眼窩脂肪の萎縮を伴い眼窩全体が凹んだ外観となる。
強膜の菲薄化:強膜が軟化・薄化し、青みを帯びて見えることがある。
眼球癆(Phthisis bulbi)は、眼球が重篤な外傷・感染・慢性炎症などを経て不可逆的に萎縮した最終段階の眼球状態である。語源はギリシャ語の phthisis(萎縮・消耗)に由来する。眼球の軟化・縮小・石灰化・骨化が特徴で、視機能は完全に失われる。
眼球萎縮には段階がある。完全な眼球癆に至るまでに、以下の3段階を経るとされる。
| 段階 | 名称 | 所見 |
|---|---|---|
| 第1段階 | 萎縮(Atrophy without shrinkage) | 内部構造は変性するが眼球形態は保たれる |
| 第2段階 | 眼球萎縮(Atrophy with shrinkage) | 眼球の縮小が始まる |
| 第3段階 | 眼球癆(Phthisis bulbi) | 完全な軟化・縮小・石灰化・骨化を呈する |
主な原因疾患を以下に示す。Tripathy らの臨床病理学的レビューでは、低眼圧・眼内バリア破綻・慢性炎症の3要素が共通の最終病態として収束することが示されている¹。
眼球癆は不可逆的な状態であり、萎縮した眼球の視機能を回復させることはできない。治療の目的は疼痛の除去と整容的改善(義眼装用)であり、視力の回復を期待した治療は存在しない。
眼球癆の症状は、疼痛の有無によって大きく2つに分類される。「有痛性眼球癆」と「無痛性眼球癆」の区別は、治療方針の決定において最も重要な判断軸となる。
外表所見
眼球の縮小・軟化:眼圧が著明に低下(測定不能の場合もある)し、眼球が明らかに小さく触れる。
角膜所見:角膜混濁と血管侵入(pannus形成)が生じ、透明性は失われる。
眼球陥凹:眼窩脂肪の萎縮を伴い眼窩全体が凹んだ外観となる。
強膜の菲薄化:強膜が軟化・薄化し、青みを帯びて見えることがある。
眼内所見
前眼部変化:前房が消失し、虹彩は萎縮・変形する。水晶体は後退・混濁・石灰化を来す。
眼底・眼内変化:脈絡膜・網膜が萎縮し機能を喪失する。白色の石灰化斑が眼内に出現する。
骨化所見:最終段階では異所性骨形成(osseous metaplasia)が起こる。CTで眼内石灰化・骨化が確認される。
毛様体変化:毛様体は線維化し、房水産生機能を完全に失う。
眼球癆は単一の疾患ではなく、さまざまな重篤な眼疾患・外傷の転帰として生じる終末状態である。
眼球癆の診断は、既往歴と臨床所見の組み合わせによる。重要な鑑別として、小児では網膜芽細胞腫との鑑別が必須である。
| 検査法 | 目的 | 主な所見 |
|---|---|---|
| 眼圧測定 | 低眼圧の定量 | 著明な低眼圧(<5mmHg)または測定不能 |
| Bモード超音波 | 眼内構造の評価 | 眼内石灰化・網膜剝離の有無・眼球サイズ |
| CT | 石灰化・骨化の確認 | 眼内石灰化(骨形成)・眼球サイズ縮小の定量 |
| MRI | 軟部組織の評価 | 眼球内部の構造変性・腫瘍の除外 |
| 前眼部診察(細隙灯) | 角膜・虹彩・水晶体の評価 | 角膜混濁・前房消失・虹彩萎縮 |
先天性小眼球(microphthalmos)は生まれつき眼球が小さい発達異常であり、後天性の眼球萎縮である眼球癆とは成因が異なる。鑑別の要点は「後天的な重篤な疾患・外傷の既往があるか」である。眼球癆では角膜混濁・石灰化・眼圧低下などの萎縮所見を認め、超音波やCTで眼内構造の高度変性が確認される。先天性小眼球では内部構造の変性所見は軽度にとどまる場合が多い。また小児の眼球癆で石灰化を認める場合は、網膜芽細胞腫との鑑別も重要課題となる。
眼球癆の治療方針は、疼痛の有無によって大きく二分される。
疼痛を伴わない眼球癆では、経過観察と義眼装用による整容的改善が基本となる。Aggarwal らは50例の眼球癆を4分類して義眼装用ガイドラインを提唱しており、整容的リハビリテーションは唯一の治療選択肢であると結論づけている⁴。
慢性疼痛が問題となる有痛性眼球癆には以下の治療選択肢がある。
| 治療法 | 適応 | 特徴・注意点 |
|---|---|---|
| 眼球摘出術(Enucleation) | 有痛性眼球癆の標準治療 | 最も確実な疼痛除去法。オービタルインプラント(ヒドロキシアパタイト・多孔質ポリエチレン等)を同時挿入。病理組織検査が可能 |
| 眼球内容除去術(Evisceration) | 強膜温存を希望する例 | 手術手技が比較的簡便。眼内炎の既往がある場合は交感性眼炎リスクがあるため原則禁忌 |
| レトロブルバー注射(エタノール) | 全身状態不良で手術困難な例 | 対症的な疼痛緩和。効果は一時的な場合もあり、繰り返し施行が必要となることがある |
小児期に眼球癆が生じた場合、眼窩骨・眼瞼の成長に影響する。
眼球癆は、さまざまな初発事象から共通の最終病態へと至る収束型の病態である。
眼球癆の組織学的変化を以下に示す。
眼球癆化した眼では、ぶどう膜抗原は通常「閉鎖」されており、対側眼に対する交感性眼炎を誘発するリスクは低い。しかし、完全に否定できるわけではない。眼球癆化した眼の経過観察中に対側眼の炎症兆候(充血・羞明・飛蚊症など)が出現した場合は、速やかに眼科を受診することが重要である。
眼球内容除去術後に眼内組織が残存している場合は、理論的に抗原刺激が持続する可能性があるため、交感性眼炎の既往や高リスク例では眼球摘出術が優先される。
眼球摘出後の眼窩再建において、インプラント素材の改良が進んでいる。バイオセラミック(ハイドロキシアパタイト・多孔質ポリエチレン)は線維血管組織の内部増殖を促し、組織統合による良好な可動性が期待される。3Dプリンティング技術を用いた患者個別最適化インプラントの研究も進められており、眼窩形態に合わせた精密な義眼台製作が将来的に可能になると期待される。
小児の眼球癆では眼窩骨の成長障害が問題となる。成長期に合わせて段階的にサイズアップできる拡張型インプラントの研究が行われており、眼窩の対称的成長を促す手段として注目されている。自家真皮脂肪移植(dermis-fat graft)も小児における眼窩容積維持・成長促進策として有用とされる。Jovanovic らのレビューでは、一次的な真皮脂肪移植は眼瞼位置の良好な維持率(83.3%)を示し、特に小児・複雑な眼窩・瘢痕化したソケットに有用であると報告されている⁵。
眼球癆・眼球摘出後の患者のQOL評価と心理的サポートに関する研究が注目されている。外見の変化・視機能の喪失・社会生活への影響を総合的に評価するツールの開発が進んでいる。義眼の品質改善(精密な虹彩パターンマッチング・血管紋様の再現)も整容的QOL向上に寄与する。患者への心理的支援プログラムと義眼師・眼科医の連携体制の整備が今後の重要課題となる。
Tripathy K, Chawla R, Temkar S, Sagar P, Kashyap S, Pushker N, Sharma YR. Phthisis Bulbi-a Clinicopathological Perspective. Semin Ophthalmol. 2018;33(6):788-803. PMID: 29902388
Adewara BA, Badmus SA, Olugbade OT, Ezeanosike E, Adegbehingbe BO. Distribution of phthisis bulbi and status of fellow eyes at a tertiary eye-care centre in Nigeria: a ten-year review. Afr Health Sci. 2021;21(1):395-402. PMID: 34394326
Bui K, Tomaiuolo M, Carter K, et al. Sympathetic Ophthalmia in Patients with Enucleation or Evisceration: Pathology Laboratory and IRIS® Registry Experience. Ocul Oncol Pathol. 2023;9(5-6):138-146. PMID: 38089175
Aggarwal H, Singh RD, Kumar P, Gupta SK, Alvi HA. Prosthetic guidelines for ocular rehabilitation in patients with phthisis bulbi: a treatment-based classification system. J Prosthet Dent. 2014;111(6):525-528. PMID: 24423459
Jovanovic N, Carniciu AL, Russell WW, Jarocki A, Kahana A. Reconstruction of the Orbit and Anophthalmic Socket Using the Dermis Fat Graft: A Major Review. Ophthalmic Plast Reconstr Surg. 2020;36(6):529-535. PMID: 32134765
Taha H, Amer HZ, El-Zomor H, et al. Phthisis bulbi: clinical and pathologic findings in retinoblastoma. Fetal Pediatr Pathol. 2015;34(4):223-232. PMID: 25839785